期待のネット新技術

「IEEE 802.11ax」のMU-MIMOは8ユーザーの同時通信が可能に、OFDMAも採用

【Wi-Fi高速化への道】(第9回)

 現在、高速なW i-Fiアクセスポイントとして普及が進んでいる「IEEE 802.11ac」の最大転送速度は、8ストリーム時の理論値で6.9Gbpsとなっているが、国内で販売されているWi-Fiアクセスポイントは4ストリームまでの対応で最大2167Mbps、クライアント側はほぼ2ストリームまでで最大867Mbpsの転送速度となっているのが現状だ。

 一方、理論値では最大転送速度が9.6Gbpsに達し、混雑下での速度向上も目指す「IEEE 802.11ax」が現在策定中だ。このドラフト規格に対応し、最大2.4GbpsのWi-Fiアクセスポイント機能を備えたホームゲートウェイが、KDDIが3月より提供を開始した「auひかり ホーム10ギガ/5ギガ」のユーザーに向けて、すでに提供されている

 スマートフォンやPCなど、Wi-Fi子機向けの11ax対応チップについては、IntelQualcomm東芝が2018年度の出荷などを発表している。

 2.4GHz帯と5GHz帯を用いる11axに対し、60GHz帯を用いて最大転送速度6.8Gbpsを実現している「IEEE 802.11ad」に対応する機器も、すでにネットギアジャパンから販売されている

 そこで今回は、「IEEE 802.11ax」におけるMU-MIMOの仕様や、OFDMAの採用などについて解説する。(編集部)

複数クライアントからアクセスポイントへの同時送信が可能に

 「IEEE 802.11ax」におけるMU-MIMOの仕様は、「IEEE 802.11ac」と基本的には変わらず、エクスプリシット・ビームフォーミングも引き続きサポートする。ただし、11acが最大4ユーザーまでの同時接続だったのに対し、11axでは同時接続が8ユーザーまでに拡張される。

 さらに、11acでは、同時送信がアクセスポイントから複数のクライアントへの1方向のみで、クライアントからアクセスポイントへの送信は1度に1クライアントしか送信できない「Downlink Multi-User」モードのみだったが、11axではこれに加えて、アクセスポイントから複数のクライアントへ同時に送信できるだけでなく、複数のクライアントからアクセスポイントへも同時に送信可能な「Uplink Multi-User」モードが追加されている。

バンドを細分化し、各ユーザーに割り当てる「OFDMA」

 もう1つ11axで拡張されたのが、「OFDMA(Orthogonal Frequency Division Multiple Access)」の搭載である。OFDMAはOFDMをベースにした拡張方式で、LTEの世代で最初に利用された手法である。端的に言えば、バンド内をさらに細分化して、別々のユーザーに割り当てる方式となる。

 IEEE 802.11acまでで利用されてきたOFDMでは、最小で20MHzのバンドを丸ごと全部、ある一定期間の間だけ特定のクライアントに割り当てる方式だった。これに対し、OFDMAでは、このバンドの中をさらに細分化して、必要であれば異なるクライアントに割り当てることが可能となる。

左がOFDM、右がOFDMAのイメージ。出典はNI(National Instruments)の“高効率な無線LAN規格、IEEE 802.11axの概要

 前回説明した通り、IEEE 802.11axでは、サブキャリアの間隔が、11acにおける312.5KHzごとの4分の1となる78.125KHzごとに狭められているので、20MHz帯の場合には242のサブキャリアが利用できる。接続しているのが1クライアントのみであれば、この242のサブキャリアを独り占めできることになるが、OFDMAモードでは、これを106×2/52×4/26×8の3種類に分割し、それぞれ別のクライアントに割り当てることが可能なわけだ。

例えば、4ユーザーで106+52+26+26といった組み合わせは、今のところ考慮されておらず、こうした場合には26×4+26×2+26+26、という組み合わせになる模様だ。出典はNTT技術ジャーナル2016年11月号“次世代高効率無線LAN規格「IEEE 802.11ax」の標準化動向(PDF)

 この分割の際の単位は「RU(Resource Unit)」と呼ばれ、20MHzでは最大8ユーザーだが、40MHzなら18、80MHzなら37、80+80MHzまたは160MHzなら74ユーザーへ割り当てが可能となる。同時接続ユーザーは最大でも8だから、74ユーザーが同時には使えず、この枠を8ユーザーで適宜分け合って使うかたちとなる。

トリガーフレームに関する処理の通知も改善、オーバーヘッドを最小に

 このOFDMAの採用に絡み、もう1つ実装されるのが、前述の「Uplink Multi-User」におけるトリガーフレームに関する処理である。トリガーフレームは、アクセスポイントから全てのクライアントに対して割り当てられる空間ストリーム数やOFDMAの周波数、RUのサイズなどを通知するものだ。

 各クライアントでは、これを受けて受信の準備を整えるわけだが、その際にはアクセスポイントに対して、単にそれを了解したというだけでなく、電力調整が可能か否かといった情報を返すことになっている。

 要するに、アクセスポイントから距離の近いクライアントは、送信電力を多少落としても転送にはさほど支障はないが、遠いクライアントへの送信電力を落とすと通信ができなくなったり、通信できても転送速度が下がったりしかねない。

 そこで、各クライアントから受信状態をアクセスポイントに送り返すことで、アクセスポイント側で電力を調整できるようにするわけだ。前々回には、IEEE 802.11acのMU-MIMOにおいてエクスプリシット・ビームフォーミングを行うにあたって、CSIというデータをクライアントからアクセスポイントに送り返すという話を紹介したが、これと似た仕組みである。

 さて、この仕組みでは、まずアクセスポイントからトリガーフレームを送り出した後、クライアントはこれに対する返答をそれぞれから送り返すわけだが、この際に、全てのクライアントが同時に返答をアクセスポイントに送り出すようになっている。

 以前であればクライアント1、クライアント2……と、クライアントが順に返事を送り出していたが、特にクライアント数が多いときには、この返事を順に返す時間が馬鹿にならない。せっかく実装されているUplink Multi-Userを活用して、全クライアントが同時に返事を送り出すことで、このオーバーヘッドを最小にしようというわけだ。

複数クライアント間で信号の衝突を回避する「CSMA/CS」

 トリガーフレームにおけるオーバーヘッドについては、CCSに関しても手を入れる予定になっている。若干話が昔に戻るが、もともとのEthernet(つまり10BASE-5や10BASE-2)では、「CSMA/CD(Carrier Sense Multiple Access/Collision Detection)」と呼ばれる方式で、複数のデバイスが1本のEthernetを共有していた。

 CSMAは、送信前に媒体(Ethernet)に対し、ほかのデバイスが通信を開始していないことを確認してから送信するというものだ。ただ、これだと、複数デバイスが同時に送信を始めることを防げない。そこで、複数のデバイスが同時に送信を行った際の衝突を直ちに検知(CD)し、一定(これは乱数)の期間、待機してから再送信を行うという手法である。

 スイッチングハブになると、原理的にコリジョンは発生しないので、10BASE-T以降ではCSMAの必要もないのだが、互換性維持のため、今でもCSMA/CDが利用されている。とはいえ、昨今では信号速度が上がって衝突検知の前に通信が終了してしまうため、CSMA/CDをサポートする最後の規格は1000BASE-Tまでだ。

 さて、同じ仕組みは、Wi-Fiでも利用されている。ただし、Ethernetの場合は、信号が衝突すると信号電圧が規定値を超えるというかたちで容易に検出できたが、Wi-Fiでは信号の衝突(というか干渉)の検出は難しい。そこで、CSMAは同じだが、CDの代わりにCS(Collision Avoidance:衝突回避)という技法を採用している。

 具体的には、まずチャネルが空いていることを確認すると、「RTS(Request To Send)」というパケットを相手に送信する。このRTSを受け取った相手は(自分が受信可能な場合は)、直ちに「CTS(Clear To Send)」というパケットを送り返す。送信側は、このCTSを受け取ったら送信を開始するわけだ。

 ただ、それでも衝突が起きる可能性はゼロではない。そこで送信が完了したら、相手からACKパケットが返るのを待ち、これが一定期間内に返ってこなかったら衝突が起きたと見なして再送信を行う仕組みになっている。ここまでで分かる通り、このオーバーヘッドが、Wi-Fiの実効速度を大きく落としている理由である。

 さて、上でさらっと「チャネルが空いていることを確認」と書いたが、これを実施する際に利用されるのが「CCA(Clear Channel Assessment)」であり、要するに空きチャネルの判定である。何をやっているかといえば、しばらく受信を行い、その際の信号レベルが一定値以下であれば空き、そうでなければ空いていないという判断を行う。

 問題は、複数のアクセスポイントが密に配されているケースが近年では珍しくなく、またクライアントが多数あると、そもそも空きと判断される時間そのものが減ってしまうことだ。例えば以下のように、2つのBSS(Basic Service Set)があり、特にクライアント1はMyBSS(左側)とOBSS(Overlapping BSS:右側)の両方の信号が受信できるような状況だったとする。この場合、クライアント1は、MyBSSとOBSSの両方が空いている状況でしか送信できないことになってしまう。

あるアクセスポイントと、そこに繋がるクライアントをBSSと呼ぶ

 この問題を完全に回避するのは難しいが、状況を緩和するために提案されているのが、CCAのしきい値を変化させるという技法だ。つまり、CCAによってMyBSSでの信号はしきい値を低め、OBSSからの信号はしきい値を高めに設定することで、MyBSSの通信は阻害せずに、OBSSが通信をしていても、それなりに通信ができるようにしよう、というものだ。

 上手でいうMyBSSとOBSSを区別するため、IEEE 802.11axでは、MACフレームにカラーコードと呼ばれるものが新たに追加された。あるBSSに属するアクセスポイントやクライアントでは同一のカラーコードを使うという決まりになっており、受信した際には、そのカラーコードを見れば、それがMyBSSのものか、OBSSのものかが判断できる。これを利用して、感度のしきい値を上げ下げしようというわけだ。

 次回は、「IEEE 802.11ax」の仕様についてさらに解説していきます。

大原 雄介

フリーのテクニカルライター。CPUやメモリ、チップセットから通信関係、OS、データベース、医療関係まで得意分野は多岐に渡る。ホームページはhttp://www.yusuke-ohara.com/