期待のネット新技術
ビームフォーミングで周波数と端末の混雑を解消する「IEEE 802.11ac」、2013年にMandatoryが標準化
【Wi-Fi高速化への道】(第4回)
2018年5月1日 06:00
現在、高速なWi-Fiアクセスポイントとして普及が進んでいる「IEEE 802.11ac」の最大転送速度は、8ストリーム時の理論値で6.9Gbpsとなっているが、国内で販売されているWi-Fiアクセスポイントは4ストリームまでの対応で最大2167Mbps、クライアント側は2ストリームまでで最大867Mbpsの転送速度となっているのが現状だ。
一方、理論値では最大転送速度が9.6Gbpsに達し、混雑下での速度向上も目指す「IEEE 802.11ax」が現在策定中だ。このドラフト規格に対応し、最大2.4GbpsのWi-Fiアクセスポイント機能を備えたホームゲートウェイが、KDDIが3月より提供を開始した「auひかり ホーム10ギガ/5ギガ」のユーザーに向けて、すでに提供されている。
スマートフォンやPCなど、Wi-Fi子機向けの11ax対応チップについては、IntelやQualcomm、東芝が2018年度の出荷などを発表している。
2.4GHz帯と5GHz帯を用いる11axに対し、60GHz帯を用いて最大転送速度6.8Gbpsを実現している「IEEE 802.11ad」に対応する機器も、すでにネットギアジャパンから販売されている。
そこで今回は、2013年に策定された「IEEE 802.11ac」の規格策定における状況や、採用している技術の一部について解説する。(編集部)
「Wi-Fi高速化への道」記事一覧
- 20年前、最初のWi-Fiは1Mbpsだった……「IEEE 802.11/a」
- ノートPCへの搭載で、ついにWi-Fi本格普及へ「IEEE 802.11b/g」
- 最大600Mbpsの「IEEE 802.11n」、MIMO規格分裂で策定に遅れ
- 1300Mbpsに到達した「IEEE 802.11ac」、2013年に最初の標準化
- 「IEEE 802.11ac」のOptional規格、理論値最大6933Mbps
- 「IEEE 802.11ac」でスループット大幅増、2012年に国内向け製品登場
- 11ac Wave 2認証と、ビームフォーミングの実装状況
- 「IEEE 802.11ad」普及進まず、「IEEE 802.11ax」標準化進む
- 「IEEE 802.11ax」は8ユーザーの同時通信可能、OFDMAも採用
- 「IEEE 802.11ax」チップベンダーとクライアントの製品動向
- 11ad同様に60GHz帯を用いる「WiGig」、UWBの失敗を糧に標準化へ
- 最大7GbpsのWiGig対応チップセットは11adとの両対応に
- 11adの推進役はIntelからQualcommへ
- 次世代の60GHz帯無線LAN規格「IEEE 802.11ay」
- 60GHz帯の次世代規格「IEEE 802.11ay」の機能要件
11acの規格策定では周波数帯の混雑と大規模台数の接続性確保が課題に
そんなわけで紆余曲折はありつつも、何とかIEEE 802.11nの標準化が大詰めとなった2008年11月末、次の標準規格を策定するためのTechnical GroupとしてIEEE P802.11ac TG(TGac)が立ち上がる。当初このTGでは、以下2点の実現が目標とされた。
- 単一のLinkで500Mbps
- 複数のLinkで1Gbpsの転送速度
ところが実際の規格策定作業において、この目標は上方修正された。理由はいくつかあるが、例えばピークで500Mbpsといっても、ある程度距離があると一気に転送速度は落ちる傾向にある。例えば4K映像の配信を考えたとき、エンコード方法にもよるが、4K60pならおよそ50~75bpsあれば伝送には問題ない。同じ部屋の中にある4KディスプレイとSTBをWi-Fiで接続する場合であれば、条件にもよるが500Mbpsでおつりがくる。ただし、STBとディスプレイの間に距離があるようだと、ピーク性能を500Mbpsよりさらに高くしておかないと、十分な転送速度が確保できないことがあり得る。
さらに、前回の最後でも若干触れたが、2.4GHz帯での混雑という問題もあった。それこそ初回の冒頭に書いた話ではないが、もともと2.4GHzという周波数帯は、利用にあたって面倒不要のいわゆる“Unlicensed ISM Band”ということで、電子レンジはもちろん、Wi-Fi以外にBluetoothやIEEE 802.15.4(ZigBeeだけでなく、RFリモコンもこれに順ずる)などでも利用されているので、干渉しない方がどうかしているわけだ。
加えて、2010年頃からのスマートフォン普及により、どこの家庭にも無線LANアクセスポイントが入り始めたことや、公衆無線LANの本格普及により、特に都市部では2012年頃から2.4GHz帯での混雑が本格的に問題になり始めた。これがTGacでは当初から議論の対象になっていたが、議論といっても2.4GHz帯はどうしようもなく混雑しており、これをどうにかできる状態ではなくなっているとの認識で、2.4GHz帯を捨てるという方向で、比較的早期にコンセンサスが取れていたそうだ。しかし、単に5GHzに移行すればよいのかというと、そういう簡単な話ではなく、今度は5GHz帯が混雑する結果になるだけだ。現在、不幸にも都市部では、既に5GHz帯も十分混雑している状況だ。
これに加えて、もう1つ俎上に上がったテーマは、アメリカで言えばフットボールや野球のスタジアムなど、大規模なイベント会場での接続性である。こうした会場で、多くの人間がスマートフォンを使い、自分で映像を配信したり、あるいは配信されている映像を見たりといった使い方をしようとしている。従来だと「アクセスポイントを密に配置して」という話なのだが、密に配置、といってもそもそもチャネルが十分あるとは言えない上、アクセスポイント同士があまりに近ければ、当然電波は干渉するので限界はある。こうした問題に対するソリューションも必要となった。
11acの標準仕様は2段階に、まず2013年に最大1300MbpsのMandatoryが標準化
この周波数帯混雑への対策、あるいは大規模会場における接続性の確保に対する回答がビームフォーミングとなるわけだが、2009年当時の技術では、実装しようとすると、まだやや敷居が高かったのが問題となった。ビームフォーミングについては後で細かく説明するが、端的に言えば複数のアンテナを利用して目的の機器と確実に通信できるようにする仕組みである。元々は軍用向けだったが、最近は自動車の前方監視レーダーなどにも採用されているフェーズドアレイアンテナと同じ原理だ。理屈は簡単なのだが、僅かな時間差で信号を送り出すタイミングを変化させないといけないなど、非常に細かな信号制御が必要であり、これをWi-Fi向けチップに組み込むのは、相応にコストが高くなる。
こうした問題があったため、TGacでは「IEEE 802.11ac」での新機能を“Mandatory(必須)”と“Optional(オプション)”に分け、まずは前者をベースに確実に製品を投入できるようにすることを望み、後追いでオプション項目の機能を搭載した、いわば完全版のIEEE 802.11ac対応製品を投入できるようにするという形で配慮した。
具体的には2013年12月に標準化が完了した「IEEE 802.11ac-2003」では、以下のような仕様となっている。()内はオプション扱いになっている部分だ。つまり、IEEE 802.11ac Wave1でも、仕様の一部はOption扱いとなっており、実際の製品の実装で多少差が出ることになる。
Mandatory | Optional | |
利用周波数 | 5GHz帯 | ← |
後方互換性 | IEEE 802.11n/a/g互換 | ← |
Guard Interval | 800ns(/400ns) | ← |
チャネル幅 | 20/40/80MHz | 20/40/80/160MHz |
一次変調 | DSSS/OFDM/OFDM-MIMO | ← |
二次変調 | BPSK/QPSK/16QAM/64QAM(/256QAM) | ← |
空間ストリーム | ~2(3) | ~8 |
最大データレート | 585(1300)Mbps | 6933.3Mbps |
各項目について、もう少し細かく見ていこう。まず後方互換性であるが、IEEE 802.11acのMandatoryは空間周波数が2(つまりアンテナ2本)となる。正確に言えば、モバイル向け製品は「1」、非モバイル向け(固定タイプのアクセスポイントなど)は「2」となっており、前者の場合はIEEE 802.11a/g互換、後者はIEEE 802.11a/g/n互換となる。
ちなみに後者ではアンテナが2本あるため、MIMOの構成を取れることになるが、正確に言えば、これは「SU-MIMO(Single User MIMO)」というIEEE 802.11n互換の動作であり、IEEE 802.11acの本命である「MU-MIMO(Multi User MIMO)」は必須となっていない。このあたりの話は、次回にもう少し細かく説明しよう。
次のGuard Intervalは、要するに通信と通信の間の切れ目のことである。連続してデータを送る際に、前のデータと次のデータの間に間隔というか、境目を設けることで、明示的にデータの切れ目を表現するやり方だ。Guard Interval自体はIEEE 802.11から搭載されている機能で、この間隔は従来800nsと定められており、IEEE 802.11nからはShort Guard Intervalとしてこれを400nsに縮める機能を追加した。IEEE 802.11acもこれを踏襲し、Mandatoryでは800ns、Optionalでは400nsとなっている。
バンド幅については、もともとIEEE 802.11では20MHz(正確には22MHzだが、チャネルは5MHz刻みになっている関係で、20MHzと表現する)であり、これはIEEE 802.11a/b/gでも変わっていない。ところがIEEE 802.11nでは、チャンネルボンディングと呼ばれる技法が導入された。IEEE 802.11n(とIEEE 802.11ac)でも、チャネルの幅そのものは20MHzなのだが、IEEE 802.11nでは2つのチャネルを同時に利用して通信を行うことで、帯域を増やす技法が導入された。10GBASE-Tの第6回で紹介したリンクアグリゲーションと考え方は同じだ。帯域としては倍の40MHzを占有することになる。IEEE 802.11acではこれをさらに広げ、最大160MHzにまで拡張した。最大8チャネルを占有する形だ。もっとも、Mandatoryでは20MHz(1チャネル)/40MHz(2チャネル)/80MHz(4チャネル)で、80+80MHz、および160MHzに関しては、Optionalの扱いとなった。
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- 次世代の60GHz帯無線LAN規格「IEEE 802.11ay」
- 60GHz帯の次世代規格「IEEE 802.11ay」の機能要件
次回は、「IEEE 802.11ac」規格に採用された技術の後半部分と、Optionalとなった技術を採用するIEEE 802.11ac Wave2などについて、解説していきます。