期待のネット新技術
60GHz帯を用いる次世代無線LAN規格「IEEE 802.11ay」の機能要件の現状
【Wi-Fi高速化への道】(第15回)
2018年7月17日 06:00
現在、高速なWi-Fiアクセスポイントとして普及が進んでいる「IEEE 802.11ac」の最大転送速度は、8ストリーム時の理論値で6.9Gbpsとなっているが、国内で販売されているWi-Fiアクセスポイントは4ストリームまでの対応で最大2167Mbps、クライアント側は2ストリームまでで最大867Mbpsの転送速度となっているのが現状だ。
一方、理論値では最大転送速度が9.6Gbpsに達し、混雑下での速度向上も目指す「IEEE 802.11ax」が現在策定中だ。このドラフト規格に対応し、最大2.4GbpsのWi-Fiアクセスポイント機能を備えたホームゲートウェイが、KDDIが3月より提供を開始した「auひかり ホーム10ギガ/5ギガ」のユーザーに向けて、すでに提供されている。
スマートフォンやPCなど、Wi-Fi子機向けの11ax対応チップについては、IntelやQualcomm、東芝が2018年度の出荷などを発表している。
2.4GHz帯と5GHz帯を用いる11axに対し、60GHz帯を用いて最大転送速度6.8Gbpsを実現している「IEEE 802.11ad」に対応する機器も、すでにネットギアジャパンから販売されている。
そこで今回は、策定中の標準規格「IEEE 802.11ay」の機能要件にまつわる現状について解説する。(編集部)
「Wi-Fi高速化への道」記事一覧
- 20年前、最初のWi-Fiは1Mbpsだった……「IEEE 802.11/a」
- ノートPCへの搭載で、ついにWi-Fi本格普及へ「IEEE 802.11b/g」
- 最大600Mbpsの「IEEE 802.11n」、MIMO規格分裂で策定に遅れ
- 1300Mbpsに到達した「IEEE 802.11ac」、2013年に最初の標準化
- 「IEEE 802.11ac」のOptional規格、理論値最大6933Mbps
- 「IEEE 802.11ac」でスループット大幅増、2012年に国内向け製品登場
- 11ac Wave 2認証と、ビームフォーミングの実装状況
- 「IEEE 802.11ad」普及進まず、「IEEE 802.11ax」標準化進む
- 「IEEE 802.11ax」は8ユーザーの同時通信可能、OFDMAも採用
- 「IEEE 802.11ax」チップベンダーとクライアントの製品動向
- 11ad同様に60GHz帯を用いる「WiGig」、UWBの失敗を糧に標準化へ
- 最大7GbpsのWiGig対応チップセットは11adとの両対応に
- 11adの推進役はIntelからQualcommへ
- 次世代の60GHz帯無線LAN規格「IEEE 802.11ay」
- 60GHz帯の次世代規格「IEEE 802.11ay」の機能要件
IEEE 802.11ayの機能要件
現時点ではまだ仕様策定までだいぶ時間があることもあり、そもそも11ayの機能要件をまとめた「Function Requirement for IEEE 802.11ay」(英文、docx)を読んでも、まともに数字として出ているのは、データレート(8K UHD圧縮ビデオの伝送で28.0Gbpsというのが一番高速)、パケットロスレート(おおむね10^-8)、遅延(10ms)程度。あとはIEEE 802.11adモードをフルサポートすること、Indoor/Outdoor Operationのサポート、Fast Link Setupのサポート、Mobilityのサポート(ただし歩行者の速度程度ということで、時速3km程度)が示されている程度である。
もっとも、そもそもドキュメントの作成日付が2015年9月と古いことが理由でもあるのだが、逆に言えば、そこから改定されていないというのは、まだFunctional Requirementに反映できるレベルまで議論が収斂していないということでもある。
ただ、「Channel Model for IEEE 802.11ay」(英文、docx)の方では、もう少し面白い情報が幾つか示されているので、こちらをベースに少し解説を加えたい。
基本的にIEEE 802.11ayはIEEE 802.11adの延長であるが、新たな機能として以下の3つが掲げられている。
- MIMOの実装とビームフォーミングの利用
- 256QAMの利用
- チャネルボンディングの利用
MIMOでは電波の指向性を変えられる「PAA(Phased Antenna Array)」の利用が前提に
まずMIMOについて。こちらはIEEE 802.11acと同じく、SU-MIMOとMU-MIMOの両方がサポートされる予定となっている。面白いのは、IEEE 802.11ayでは、必須ではない模様ながら「PAA(Phased Antenna Array)」の利用が前提になっていることだ。
PAAは、上の図のようにアンテナ素子が2次元平面に規則的に並ぶ形で構成されており、例えば各々のアンテナ素子からの信号の位相を微妙に変えることで、電波の指向性を変化させることもできる。
余談だがこのPAA、自動車用レーダーでも広く採用されている。レーダーといってもいろいろあり、一番簡単なものだと1軸で送信と受信を行い、信号の往復時間から距離が分かると言う仕組みだが、これだと本当に自分の真正面のものしか測定できない。ところがPAAを利用すると信号の方向を偏向できるので、真正面以外のものの測定も可能である。
さすがにIEEE 802.11ayのPAAにはそこまでの機能を持たせる必要はないが、特に指向性を強めて遠距離まで信号を飛ばしたい場合には効果的である。欠点は当然ながら場所(面積)を要することで、実際の製品でどの程度まで小型化できるのかは少し気になるところだ。
MIMOとPAAにおける5つの通信パターン
さて、話を戻すと、MIMOに関してはPAAとの絡みで現在5つの通信パターンが想定されている。
- 同一のPAAを持つ2つの機器同士が、同一偏波で2つの空間周波数を使って通信
- 同一のPAAを持つ2つの機器同士が、異なる偏波で2つの空間周波数を使って通信
- 同一の2つのPAAを持つ2つの機器同士が、同一偏波で2つの空間周波数を使って通信
- 同一の2つのPAAを持つ2つの機器同士が、異なる偏波で2つの空間周波数を使って通信
- 片方がPAA1つ、もう片方が偏波の異なる2つのPAAを持つ機器同士が、1つの空間周波数を使って通信
ここで「極性って何だ?」と言われそうだが、ちょっと分かりやすい例を挙げてみよう。以下の写真は筆者宅のIEEE 802.11acのルーターだが、3本のアンテナがある。今、一番左だけを水平に、残り2本を垂直にセットした状況だが、ここでは、右と中央のアンテナは同一偏波、一方、左のアンテナは異なる偏波となる。
最初の図では縦も横もないように見えるが、実際はすべてのアンテナ素子が同一方向に波を揃えているわけで、偏波の概念は当然発生する。さて、現在はこの5つのパターンのうち、2、3、5が必須、残り2つがオプション扱いとされている。5がクライアントとアクセスポイント、2と3はアクセスポイント同士の通信、というあたりが想定されているようだ。
ちなみにこのChannel Modelのドキュメントを読むと、インドア(講義室内)、サーバールーム、巨大なインドア(エントランスホール)、屋外(大学のキャンパス及び街角)などを利用して電波の通信状態の測定を行った結果なども記されており、なかなか面白い。一番遠い測定条件だと95mもの距離があり、さすがに信号は相当弱くなる(受信信号強度は-128.84dBとされる)が、一応通信ができたという結果になっている。ただ全般的にマルチパス(複数の経路を通って信号が届くこと)の影響は無視できず、このためにIEEE 802.11ayは準決定論式のアプローチ(Quasi-Deterministic Approach)を利用して、こうしたことに対処していく予定となっている。
ちなみに現時点では、MU-MIMO以前にSU-MIMOの方式(というか、方法論)を議論している段階のようで、MU-MIMOに関してはサポートすることのみが決定しており、具体的な話は後に送られているようだ。このあたりはSU-MIMOが決まった後、そのMulti-User版としてインプリメントが決まるのではないかと思われる。
このMU-MIMOと組み合わせるかたちで、当然ビームフォーミングに関しても議論が進んでいる。もともと、IEEE 802.11adにおいてもビームフォーミングはSLS(Sector Level Sweep)とBFT(BeamForming Training)として実装されているが、この方式をさらに改善したアイディアが出されている。
ただ、現状はまだ提案の手前といったところで、今年5月の会合では、LG ElectronicsによりMU Exclusive Beamformingのフィールドレポートが発表されているという段階であり、最終的な方式の提案まではもう少し時間が掛かりそうだ。
256QAMの採用で1シンボルあたり8bitを送信チャネルボンディングはMIMOとの排他利用に?
次が256QAMの採用である。IEEE 802.11adでは64QAM、つまり1シンボルで6bitを転送できる方式だったが、これを8bitに増加させようというもの。これに加えて、チャネルボンディングもサポートされる見込みだ。ただ当たり前の話であるが、そもそもIEEE 802.11ayではチャネルの数が圧倒的に少ない。第12回でも触れたが、そもそも60GHz帯で利用できる周波数は6チャネルしかなく、日本だとこのうち3チャネルしか使えない。このため、チャネルボンディングを利用すると、もうMIMOが使えないという、事実上排他の関係になってしまう。このあたりをどうするつもりなのか、現時点で議論の結果は見えていない。
ちなみに前回挙げたユーセージのうち、4/5/8/9/10で前提とされていたマルチホップの接続に関しては、2015年にBackhaul向けのFunction Requirementとして議論に挙がったものの、その後進んでいないところを見ると、議論が後回しになっている可能性がある。
IEEE 802.11ayの現在の状況は、おおむねこんなところだ。ベンダーの中には、来年あたりにはチップセットの試作を始めるところも出てくるだろうが、現時点ではIEEE 802.11ay(のドラフト)に対応したチップセットは存在しておらず、まずは技術的な要素をもう少し詰めてから、ということになるのだろう。
ただ、フル機能のチップセットを作る場合は別として、とりあえず必須機能のみをまとめたチップセットであれば、さすがにファームウェアアップデートだけでは無理だろうが、既存のIEEE 802.11ad向けチップセットを若干機能アップさせる程度で可能、というのがTGメンバー企業の見方のようだ。それもあって、それほど急いでいないのかもしれない。
そんなわけで現状は、水面下で仕様策定に向けて動いている、というのがIEEE 802.11ayをめぐる動向である。
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次回からは、Wi-Fiにおけるメッシュネットワークについて解説していきます。