期待のネット新技術

「IEEE 802.11ac」、256QAMやMU-MIMOをOptionalとしてサポート

【Wi-Fi高速化への道】(第5回)

 現在、高速なWi-Fiアクセスポイントとして普及が進んでいる「IEEE 802.11ac」の最大転送速度は、8ストリーム時の理論値で6.9Gbpsとなっているが、国内で販売されているWi-Fiアクセスポイントは4ストリームまでの対応で最大2167Mbps、クライアント側は2ストリームまでで最大867Mbpsの転送速度となっているのが現状だ。

 一方、理論値では最大転送速度が9.6Gbpsに達し、混雑下での速度向上も目指す「IEEE 802.11ax」が現在策定中だ。このドラフト規格に対応し、最大2.4GbpsのWi-Fiアクセスポイント機能を備えたホームゲートウェイが、KDDIが3月より提供を開始した「auひかり ホーム10ギガ/5ギガ」のユーザーに向けて、すでに提供されている

 スマートフォンやPCなど、Wi-Fi子機向けの11ax対応チップについては、IntelQualcomm東芝が2018年度の出荷などを発表している。

 2.4GHz帯と5GHz帯を用いる11axに対し、60GHz帯を用いて最大転送速度6.8Gbpsを実現している「IEEE 802.11ad」に対応する機器も、すでにネットギアジャパンから販売されている

 そこで今回は、2013年に策定された「IEEE 802.11ac」に採用された技術のうち、MIMOにまつわる空間ストリーム数や、ビームフォーミングの詳細などについて解説する。(編集部)

二次変調では「256QAM」がOptionalに

 前回は下表のチャネル幅までについて、「IEEE 802.11ac」におけるMandatoryとOptionalの違いを解説したが、今回はまず変調方式について。このうち一次変調方式(PHY)は、IEEE 802.11nと同じく、DSSS/FHSS/OFDM/MIMO-OFDMのすべてが必須となる。ただ、正確に言えば、DSSS/FHSSは過去との互換性を維持するためのもので、IEEE 802.11acそのものでは、空間ストリームが1つの場合はOFDM、2つ以上だとOFDM-MIMOになるかたちだ。

 また、二次変調方式については、IEEE 802.11nまでのBPSK/QPSK/16QAM/64QAMに加え、新たに256QAMが加わった。ただしMandatoryは64QAMまでで、256QAMはOptional扱いとなっている。

IEEE 802.11acの標準化仕様
MandatoryOptional
利用周波数5GHz帯
後方互換性IEEE 802.11n/a/g互換
Guard Interval800ns(/400ns)
チャネル幅20/40/80MHz20/40/80/160MHz
一次変調DSSS/OFDM/OFDM-MIMO
二次変調BPSK/QPSK/16QAM/64QAM(/256QAM)
空間ストリーム~2(3)~8
最大データレート585(1300)Mbps6933.3Mbps

3対のアンテナそれぞれで個別に通信可能な「MU-MIMO」

 さて、一番分かりにくいのが空間ストリームである。要するに、同時にいくつまで波長を送受信できるかを表すものだ。実はMandatoryでは、これは1となっている。つまりMIMO構成を取れない状況であっても構わないことになっているわけだ。

 ちなみに最大値は8で、フル構成だと8×8(送受信共に8対)となる。さて、これに関してはWave 1/Wave 2の規定はMandatory/Optionalと必ずしも一致していない。とりあえずIEEE 802.11acの規定では、1対の送受信ができればOK、というか、これ未満はありえないわけだが、Wave 1ではこれが1~3対、Wave 2は1~8対となっている。分かりにくいのは、規定が以下のようになっていることだ。

種別主な製品最小要件オプション
モバイル向けノートPC内蔵用、USBアダプターなど1対2対以上
非モバイル向けルーター、アクセスポイント2対3対以上

 「モバイル向け」では、複数のアンテナを搭載するのは難しいケースがあるため、最小が1対なのは特に不思議ではない。分かりにくいのは、ルーターやアクセスポイントで、Wave 1でも3対というオプションが用意されていることから、アンテナが3対あればWave 2とは限らない点だ。

 現実問題として、Wave 1に順ずる製品でアンテナを3対以上搭載したものはほとんどないため、「アンテナが3本以上あればWave 2」という見分け方は、おおむね間違ってはいない。ただし、正確なものとは言えない。

 この空間ストリームには、もう一つ要素がある。それが「SU-MIMO(Single User MIMO)」と「MU-MIMO(Multi User MIMO)」である。例えば以下の図のように、3×3 MIMO構成のアクセスポイント1台とクライアント3台があったとする。このとき、SU-MIMOは、同時に接続できるのはクライアントのうち1台のみである。そのクライアントが1×1の構成だと、実際にはMIMOとしての動作は不可能で、単に1対のリンクで繋がり、残りの2対分は使われないことになる。

 これに対してMU-MIMOは、3対のアンテナそれぞれで別々のクライアントと同時に接続可能である。この状態だと、クライアントから見ればピークの帯域そのものは変わらないものの、実効帯域は改善することになる。また、図では3台だけなのでピンと来にくいかもしれないが、オフィスなどで多数のクライアントがある環境においては、明確に実効性能が上がることになる。

SU-MIMOでは、1×1構成のクライアント接続時には、単に1対のリンクで繋がり、残りの2対分は使われない
MU-MIMOでは、3対のアンテナそれぞれで別々のクライアントと同時に接続可能

電波の位相をずらして指向性を高める「ビームフォーミング」

 MIMOに関してはもう一つ、「ビームフォーミング」と呼ばれる技術がIEEE 802.11acで導入された。例えば、アンテナがAとBの2本ある場合を考えると、アンテナA・Bから同じ位相で信号(赤と青の実線)を送出した場合、2本のアンテナから出る電波が重なり合う方向で信号は強め合うことになる。この場合、強め合う方向は黒の破線となる。ここで、2本のアンテナから出る電波の位相をわずかにずらすと、波の重なり合う場所が変化する関係で、強め合う方向がややずれることになる。

 この「位相をわずかにずらす」ことで電波の方向を変化させるという方式は、最初「Phased Array Rader」として軍に採用されたものだが、現在では自動車のレーダーなどにも広く使われている技法だ。当時、これが無線LANにも導入されたかたちと言える。なお、余談であるが、この技法はIEEE 802.11acでは"Sounding"と称され、もちろんPhased Array Raderなどに比べるとずっと指向性は低い。以下は実際の電界パターンを模した例だが、何もしないよりは信号強度を高められる、という程度に理解しておけばいいだろう。

ユーザーごとに信号が一番強くなるような位相差を設定するが、そもそも指向性を高めすぎると、今度は繋がらなくなる場所が増えるため、どうしてもそれほど高い指向性は与えられないという難しさもある。出典はCiscoの「802.11ac: The Fifth Generation of Wi-Fi Technical White Paper」(PDF)

 このビームフォーミングも、IEEE 802.11acではOptionalに位置付けられ、Wave 1ではそもそも対象に入っていない。このため、現実問題としてこれが実装されるのはWave 2以降になる。ただし、Wave 2でも必須扱いにはなっておらず、実装されるかどうかはベンダー任せである。

複数アンテナでの通信時に伝送効率を向上する「STBC」

 前回の表には挙げていないが、このほかにもIEEE 802.11acでいくつか追加された機能がある。まずは「STBC(Space-time block coding)」。これはもともとIEEE 802.11nで追加された機能で、MU-MIMOでの通信環境における受信品質を高めるため、最初から複数アンテナを利用した通信を前提として符号化コードを利用する、というものである。

 このSTBCは、「a×b」という表記で示され、aがSpace-Time Streamの数、bが空間ストリームの数である。実際にIEEE 802.11nでは2×1・3×2・4×2・4×3の4つが定義されていた。例えば4×3なら、4対のSpace-Time Streamを利用して、3対相当のSpace Streamを伝送するという方式だ。本来4対のStreamを伝送できるところを3対に減らしているので、効率は75%に落ちるが、その分伝送品質は向上し、場合によっては確実な伝送が可能となる。

 ただし、IEEE 802.11nでは、この4つのSTBCが定義されてはいるものの、実際の製品でサポートされるのは2×1のみ、というケースが非常に多かった。理由は簡単で、3対以上のMIMOに対応したクライアントがほとんど存在しないため、3×2や4×2を実装しても、使いようがないと判断されたためだ。

 IEEE 802.11acでは、このSTBCが2×1・4×2・6×3・8×4の4種類に変更されたのだが、4×2以上のSTBCをサポートする製品は、今のところ見かけない。そもそもSTBCそのものが、Wave 1/Wave 2ともにオプション扱いなので、これを実装しなくても問題はないためだ。

11acチップのプロセス微細化で実用にかじを切った「LDPC」

 同様に、IEEE 802.11nで追加された機能に「LDPC」がある。IEEE 802.11gまでは、送受信の誤り訂正のために「BCC(Binary Convolutional Code)」を利用しており、これはIEEE 802.11nやIEEE 802.11acでもMandatoryとしてサポートしている。だが、IEEE 802.11nでは、より高いエラー訂正能力が必要な場合に備え、LDPCがOptionalとして追加された。

 ただ、LDPCは、本連載の10GBASE-T編第2回でも述べたが、なかなかに演算負荷の高い処理であり、これを実装するとチップの回路規模(=原価)が上がってしまうため、ビジネス用はともかく、コンシューマー向けの低価格な機器には採用しづらい状況だった。

 このため、IEEE 802.11nでこれを実装した製品はそう多くなかった。IEEE 802.11acでもWave 1/2ともにLDPCはやはりOptional扱いになっているが、IEEE 802.11acではチップの製造プロセスが40nmないし28nmへと移行してきたこともあり、LDPCを搭載した製品がやや増え始めている。

 次回は、IEEE 802.11nからOptionalで追加された、パケットのヘッダーに関する仕様である「Frame Aggregation」や、11acにおいて各Optionalを用いた場合のスループット向上などについて、解説していきます。

大原 雄介

フリーのテクニカルライター。CPUやメモリ、チップセットから通信関係、OS、データベース、医療関係まで得意分野は多岐に渡る。ホームページはhttp://www.yusuke-ohara.com/