期待のネット新技術
「IEEE 802.11ac」でスループットが大幅増、2012年に国内向け製品が登場
【Wi-Fi高速化への道】(第6回)
2018年5月15日 06:00
現在、高速なWi-Fiアクセスポイントとして普及が進んでいる「IEEE 802.11ac」の最大転送速度は、8ストリーム時の理論値で6.9Gbpsとなっているが、国内で販売されているWi-Fiアクセスポイントは4ストリームまでの対応で最大2167Mbps、クライアント側は2ストリームまでで最大867Mbpsの転送速度となっているのが現状だ。
一方、理論値では最大転送速度が9.6Gbpsに達し、混雑下での速度向上も目指す「IEEE 802.11ax」が現在策定中だ。このドラフト規格に対応し、最大2.4GbpsのWi-Fiアクセスポイント機能を備えたホームゲートウェイが、KDDIが3月より提供を開始した「auひかり ホーム10ギガ/5ギガ」のユーザーに向けて、すでに提供されている。
スマートフォンやPCなど、Wi-Fi子機向けの11ax対応チップについては、IntelやQualcomm、東芝が2018年度の出荷などを発表している。
2.4GHz帯と5GHz帯を用いる11axに対し、60GHz帯を用いて最大転送速度6.8Gbpsを実現している「IEEE 802.11ad」に対応する機器も、すでにネットギアジャパンから販売されている。
そこで今回は、2013年に策定された「IEEE 802.11ac」のOptional規格として採用された技術のうち、パケットのヘッダに関する仕様である「フレームアグリゲーション」や、11acにおけるOptionalの各仕様が有効/無効時のスループットなどについて解説する。(編集部)
「Wi-Fi高速化への道」記事一覧
- 20年前、最初のWi-Fiは1Mbpsだった……「IEEE 802.11/a」
- ノートPCへの搭載で、ついにWi-Fi本格普及へ「IEEE 802.11b/g」
- 最大600Mbpsの「IEEE 802.11n」、MIMO規格分裂で策定に遅れ
- 1300Mbpsに到達した「IEEE 802.11ac」、2013年に最初の標準化
- 「IEEE 802.11ac」のOptional規格、理論値最大6933Mbps
- 「IEEE 802.11ac」でスループット大幅増、2012年に国内向け製品登場
- 11ac Wave 2認証と、ビームフォーミングの実装状況
- 「IEEE 802.11ad」普及進まず、「IEEE 802.11ax」標準化進む
- 「IEEE 802.11ax」は8ユーザーの同時通信可能、OFDMAも採用
- 「IEEE 802.11ax」チップベンダーとクライアントの製品動向
- 11ad同様に60GHz帯を用いる「WiGig」、UWBの失敗を糧に標準化へ
- 最大7GbpsのWiGig対応チップセットは11adとの両対応に
- 11adの推進役はIntelからQualcommへ
- 次世代の60GHz帯無線LAN規格「IEEE 802.11ay」
- 60GHz帯の次世代規格「IEEE 802.11ay」の機能要件
パケットの送信効率を向上する「フレームアグリゲーション」
前回解説した「STBC」や「LDPC」と同じく、IEEE 802.11nからOptionalとして追加されたものに「フレームアグリゲーション」がある。最初のWi-Fi規格である「IEEE 802.11」では、まず上位層から渡されたIPパケットに対してLLC(Logical Link Control)層でLLCヘッダを、次にMAC層でMACヘッダを付加し、最後に物理層で無線ヘッダを付けて送り出すことになる。このため以下のような構成になる。
無線ヘッダ+MACヘッダ+LLCヘッダ+IPパケット
これでは非常に無駄が多いため、まず「MSDU(MAC Service Data Unit)層」で複数のIPパケットを集約する「A-MSDU(Aggregate MSDU)」が制定された。まずLLCヘッダとIPパケットを1つのMSDUパケットとした上で、以下のようなかたちに集約する方法だ。ここでは、{}内のサイズが最大8KBと定められている。
無線ヘッダ+{MACヘッダ+MSDU #1+MSDU #2+……+MSDU #n}
さらに下層の「MPDU(MAC Protocol Data Unit)層」でパケットを集約するのが「A-MPDU(Aggregate MPDU)」である。こちらはMACヘッダ+MDSUパケットを1つのMPDUパケットとした上で、以下のように集約する。こちらは、{}内のサイズが最大64KBと規定されている。
無線ヘッダ+{MPDU #1+MPDU #2+……+MPDU #n}
A-MSDUは、通信時に誤りが発生した場合のパケット再送単位に合わせてあるため、誤りが頻繁に発生した場合には効率がいいのだが、パケットサイズそのものはやや小さいため、この単位で転送を行うと、実効転送効率そのものはやや落ちる。A-MPDUは逆に、実効転送効率を追求しており、誤りが多発すると効率はやや落ちるが、逆に誤りが少ない環境では高いスループットが期待できることになる。
A-MSDUとA-MPDUを併用することも可能だが、IEEE 802.11nとIEEE 802.11acでは、A-MPDUのみがMandatoryとなっており、A-MSDUはOptional扱いである。これはWave 1/2でも同様だ。
11acにより向上するスループットの中身
さて、このように、IEEE 802.11nからIEEE 802.11acへの間で、さまざまな改良が加えられた結果、スループットは大幅に上がった。しかし、IEEE 802.11acにおける理論上のスループットを、一口に言うのはなかなか難しい。
「IEEE Std 802.11ac-2013」22章の最後にある"Parameters for VHT-MCSs"には、表形式で理論上のスループットがまとめられている。この表がTable 22-20からTabel 22-61まで42個も並んでいるという始末なのだ。これだけの数が並ぶ理由は、要するにパラメーターが多すぎ、しかもそのパラメーターによって転送速度が大きく変わってくるためだ。
例えば、最もスループットが低いのは、バンド幅20MHz・空間ストリーム1・BPSK・R=1/2・800ns GIの場合で、6.5Mbpsとなる。逆に最もスループットが高いのはバンド幅160MHz or 80MHz+80MHz・空間ストリーム8・256QAM・R=5/6・400ns GIの場合で、6933.3Mbpsとされている。
表に示したWave 2の最大スループットである6933.3Mbpsは、この一番高速なケースとなるわけだ。要するに全ての高速化オプションを利用した場合の数字である。他方、Wave 1の方については、最もスループットが低いのは、バンド幅800MHz・空間ストリーム2・64QAM・R=5/6・GI 800nsの場合で585.0Mbps、逆に最もスループットが高いのは、バンド幅800MHz・空間ストリーム3・256QAM・R=5/6・GI 400nsの場合で1300.0Mbpsとなる。
585.0Mbpsの方は、つまりWave 1のMandatoryの条件だけで構成した場合だ。一方、1300Mbpsの方は、Wave 1のOptionalの条件を全部用いた場合の数字である。ただし、現実問題として、Wave 1ではOptional全部入りの製品はほとんどない。そうした製品は早々にWave 2に移行してしまったので、どちらかというと585.0Mbpsの方が実際に近いのではないかと思う。
バンド幅 | 空間ストリーム | 二次変調方式 | Coding Rate | GI | 最大データレート | |
Wave 2 Mandatory | 20MHz | 1 | BPSK | 1/2 | 800ns | 6.5Mbps |
Wave 2 Optional | 160MHz or 80MHz+80MHz | 8 | 256QAM | 5/6 | 400ns | 6933.3Mbps |
Wave 1 Mandatory | 800MHz | 2 | 64QAM | 5/6 | 800ns | 585.0Mbps |
Wave 1 Optional | 800MHz | 3 | 256QAM | 5/6 | 400ns | 1300.0Mbps |
実際にどのような速度が出るのかは、単にこうした通信のパラメーターだけでなく、通信距離も大きく関係してくる。以下の図はCiscoによるシミュレーションのデータであるが、15ft(5m程度)の範囲であれば構成上の理論帯域に近いスループットが出るものの、30ft(10m程度)範囲を超えると急激にスループットが落ちていき、110ft(33m程度)を超えると、ぎりぎり最小限といった辺りまでになる。
ただそれでも、Wave 1では300Mbpsを超えるかどうか、というところが、Wave 2では500Mbps程度が確保できている。前々回の最初に書いた「単一のLinkで500Mbps」という目標値を、何とかクリアできることになる。
もっとも、この300Mbpsあるいは500Mbpsというのは、グラフの縦軸にもある通り、PHYのデータレートであって、実効転送速度そのものではない。これはIEEE 802.11acに限らずWi-Fi全般に言えることだが、実効転送速度は大体7掛けといったあたりだ。ということは、Wave 1で200Mbps強、Wave 2で350Mbps前後ということになるだろうか。それでも、従来に比べれば大幅に高速ではある。
「Wi-Fi CERTIFIED ac」認証と、国内の電波法改正
さて、仕様の話はこの程度に留めておこう。IEEE 802.11acの標準化完了に先んじて、2013年6月にWi-Fi Allianceは「Wi-Fi CERTIFIED ac」の認証プログラムを開始する。この発表時点で既に以下11製品(というか、11デザインと言うべきか)が、Wi-Fi CERTIFIED ac認証を取得したことが明らかにされていた。
- Broadcom BCM4706 5G WiFi Communications Processor
- Broadcom BCM4360 5G WiFi Single Chip MAC/PHY/Radio
- Intel Dual Band Wireless-AC 7260
- Marvell Avastar 88W8897 AP Reference Design
- Marvell Avastar 88W8897 STA Reference Design
- MediaTek Dual Band 802.11ac Reference Access Point
- MediaTek Dual Band 802.11ac Reference STA
- Qualcomm VIVE 802.11ac 3-stream Dual-band, Dual-concurrent Router
- Qualcomm VIVE 802.11ac 3-stream, PCIe Client
- Realtek RTL8197D+RTL8188AR+RTL8192CE AP/Router
- Realtek RTL8812AE HMC card
実際、この直後から、これらのチップあるいはデザインを採用した製品の出荷が始まっている。その頃日本では、相変わらず電波法規制にまつわるドタバタがあった。国内で恐らく最初に11ac対応製品のアナウンスをしたのがメルコ(現バッファロー)で、まだWi-Fi CERTIFIED acすらスタートしていない2012年3月、早くも「WZR-D1100H」を発表している。
ただ、記事の最後にある「【7月2日訂正】記事初出時、IEEE 802.11ac対応としておりましたが、正しくは一部技術のみ搭載で、IEEE 802.11ac非対応です。お詫びして訂正します。」という記載の意味は、同年7月の井上繁樹氏の記事で明らかにされている。要するに、日本国内においては、5GHz帯を用いたチャンネルボンディングやMIMOがこの時点では許されておらず、これを利用するためには電波法の改正が必要だったわけだ。
この点は総務省も理解しており、2013年7月28日に「電波法施行規則等の一部を改正する省令(平成25年総務省令第29号)」が施行され、ここからIEEE 802.11acを利用することが可能になった。改正案の詳細はこちらのPDFを見ると分かりやすいが、従来は利用できる周波数帯の制限に加え、チャネル幅が最大38MHz以下に制限されていたのが、この改正で158MHz以下まで利用できるようになっている。
この改正の翌日、バッファローは早くも3×3 MIMOに対応した「WZR-1750DHP」を発売。清水理史氏が早速レビューされている。この半年後には、IEEE 802.11acへのバッファローの取り組みに関するインタビュー記事も公開されているので、こちらでも当時を偲べるのではないかと思う。そんなわけで、ようやくIEEE 802.11ac Wave 1の市場が立ち上がった。
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- 60GHz帯の次世代規格「IEEE 802.11ay」の機能要件
次回は、Wi-Fi CERTIFIED acプログラムにおけるWave 2の認証や、ビームフォーミングの実装状況について解説していきます。