期待のネット新技術
60GHz帯の「IEEE 802.11ad」は普及進まず、「IEEE 802.11ax」の標準化進む
【Wi-Fi高速化への道】(第8回)
2018年5月29日 06:00
現在、高速なWi-Fiアクセスポイントとして普及が進んでいる「IEEE 802.11ac」の最大転送速度は、8ストリーム時の理論値で6.9Gbpsとなっているが、国内で販売されているWi-Fiアクセスポイントは4ストリームまでの対応で最大2167Mbps、クライアント側は2ストリームまでで最大867Mbpsの転送速度となっているのが現状だ。
一方、理論値では最大転送速度が9.6Gbpsに達し、混雑下での速度向上も目指す「IEEE 802.11ax」が現在策定中だ。このドラフト規格に対応し、最大2.4GbpsのWi-Fiアクセスポイント機能を備えたホームゲートウェイが、KDDIが3月より提供を開始した「auひかり ホーム10ギガ/5ギガ」のユーザーに向けて、すでに提供されている。
スマートフォンやPCなど、Wi-Fi子機向けの11ax対応チップについては、IntelやQualcomm、東芝が2018年度の出荷などを発表している。
2.4GHz帯と5GHz帯を用いる11axに対し、60GHz帯を用いて最大転送速度6.8Gbpsを実現している「IEEE 802.11ad」に対応する機器も、すでにネットギアジャパンから販売されている。
そこで今回は、2012年に策定された「IEEE 802.11ad」の仕様と普及状況、続く「IEEE 802.11ax」の標準化について解説する。(編集部)
「Wi-Fi高速化への道」記事一覧
- 20年前、最初のWi-Fiは1Mbpsだった……「IEEE 802.11/a」
- ノートPCへの搭載で、ついにWi-Fi本格普及へ「IEEE 802.11b/g」
- 最大600Mbpsの「IEEE 802.11n」、MIMO規格分裂で策定に遅れ
- 1300Mbpsに到達した「IEEE 802.11ac」、2013年に最初の標準化
- 「IEEE 802.11ac」のOptional規格、理論値最大6933Mbps
- 「IEEE 802.11ac」でスループット大幅増、2012年に国内向け製品登場
- 11ac Wave 2認証と、ビームフォーミングの実装状況
- 「IEEE 802.11ad」普及進まず、「IEEE 802.11ax」標準化進む
- 「IEEE 802.11ax」は8ユーザーの同時通信可能、OFDMAも採用
- 「IEEE 802.11ax」チップベンダーとクライアントの製品動向
- 11ad同様に60GHz帯を用いる「WiGig」、UWBの失敗を糧に標準化へ
- 最大7GbpsのWiGig対応チップセットは11adとの両対応に
- 11adの推進役はIntelからQualcommへ
- 次世代の60GHz帯無線LAN規格「IEEE 802.11ay」
- 60GHz帯の次世代規格「IEEE 802.11ay」の機能要件
普及が進まなかった「IEEE 802.11ad」
Wi-Fi AllianceがWave 2のCertification(認証)を始めようという2016年あたりから、「その次」を狙う動きがぼちぼち出始めた。当時本命視されていた「次の規格」が、「IEEE 802.11ad」である。実はこの11ad、名称こそ「IEEE 802.11ac」の次ながら、仕様策定が完了したのは2012年末で、IEEE 802.11acよりも1年早い。
IEEE 802.11adは、57GHz~66GHzという非常に高い周波数を利用する規格で、最大7Gbps程度の転送性能を実現できるというものだった。ピーク性能はIEEE 802.11acと同じながら、何しろ混線が少ないため、実効性能は高く取れるという見込みもあった。2016年にWi-Fi Allianceが国内で行った説明会では、このIEEE 802.11adが、2017年あたりから広まっていくという見通しが語られていた。
製品としては、2016年のCESにおいてTP-Linkが世界初となるIEEE 802.11ad対応ルーター「Talon AD7200」を発表。同年3月頃に発売を開始している。国内では、ネットギアジャパンがやや遅れて、2017年5月に「Nighthawk X10 R9000」を発売した。
では、これでマーケットが立ち上がったかというと、ご存知の通り続いた製品はほぼ皆無に近い。ルーターはともかく、クライアントの側で11adに対応するものがないのが最大の問題である。例えば、Intelの「Wireless Gigabit Sink W13100」、Qualcomm Atheros QCA6320(Wilocity Wil6300)、Broadcom BCM20130/20138など、チップセットそのものは実際にいくつか存在するのだが、これらを搭載した製品として、例えば、Qualcommの802.11adページに掲載されているのは、Acerの「TravelMate P658/P648/P238/P446」と、ASUSの「ZenFone 4 Pro」だけというお寒い状況である。
そんなわけで、現実問題としてIEEE 802.11adそのものは立ち上がりを見事に外した観がある。筆者としては、IEEE 802.11aの立ち上げを見ているような感じで、「歴史は繰り返すものだなぁ」いう感想なのだが、そのIEEE 802.11ad/WiGigや、その後継規格についてはまた改めて紹介することにして、問題はIEEE 802.11acの次である。
「IEEE 802.11ax」標準化までの見通し
IEEE 802.11acの規格策定が大詰めを迎えた2013年5月頃、IEEEは「TGax(P802.11ax Task Group)」を立ち上げている。当初の名称は「HEW SG(High Efficiency WLAN Study Group)」であり、名前の通り既存のWireless LANを高効率にすることを狙ったものとして、以下のような目的があった。
- 周波数の利用効率向上と、スループット増大
- 実験室内でなく、実際の屋内外の環境におけるパフォーマンスの向上
具体的には、複数のWi-FiアクセスポイントやBluetooth、電子レンジといった複数の電波干渉源が混在する高密度の異種ネットワーク環境や、複数のヘビーユーザーがアクセスポイントにぶら下がるような環境での効率性向上を念頭にしていた。
この目的に沿ってHEW SGでは、2013年5月から2014年3月まで6回のミーティングを開催。IEEE 802.11axに向けた「PAR(Project Authorization Request:プロジェクト認証の要求)」と「CSD(Criteria for Standard Development:標準規格の開発のための基準)」が完成した。これを受け、HEW SGはTGaxに衣替えをし、2014年5月以降、既に24回の会合を開いている。25回目は2018年5月なので、おそらくは既に開かれているはずだが、原稿執筆時点ではまだ議事録が掲載されていない。
当初、この会合は2018年11月まで続く予定で、その時点でTask Groupとしての作業を完了し、標準化策定を行うというものだった。だが、2018年4月現在のタイムラインはやや後ろにずれ込み、以下のようなスケジュールになっている。
2018年5月:Draft 3.0を完成させ、Working Groupの投票を実施
2018年7月:Draftのうち必須の項目をレビュー
2019年2月:メンバーによる投票
2019年12月:REVCOM(Standard Review Committee:標準化審査委員会)へ送付
通常、REVCOMの作業には、何の問題がなくても1カ月程度掛かることを考えると、実際にIEEE 802.11axとしての標準化が完了するのは、早くても2020年にずれ込みそうである(一応現在は“IEEE 802.11ax-2019”になる、という話で進んでいるようだ)。
「IEEE 802.11ax」の仕様詳細
では、そのIEEE 802.11axの仕様はどんなものになるのだろうか。以下は2016年当時に検討されていたもので、最終的にこれらの要件がすべて実装されるかたちとなるかは、まだはっきりしない。ただ、一応は現状で流通しているDraftに近いものだ。
まず、周波数帯は、2.4GHz帯と5GHz帯の両方をサポートする。IEEE 802.11acでは切り捨てた2.4GHz帯であるが、IEEE 802.11axでは混信に強い技法を採用することで、2.4GHz帯においてもIEEE 802.11nより利用できる帯域を増やせるメドが立ったことで、再び両対応となった。というより、2.4GHzも利用できるような技法を採用したと言うべきかもしれない。利用周波数そのものは、既存のIEEE 802.11n(2.4GHz)/802.11ac(5GHz)と変わらず、帯域を広げるという話には今のところなっていない。
この周波数帯におけるチャネルの幅は、IEEE 802.11acと変わらず、20/40/80/80+80/160MHzをそのまま踏襲する。ただし、従来は20~160MHzのチャネルの中を312.5KHzごとに区切り、それぞれサブキャリアを送り出すかたちとなっていたが、これが78.125KHzごとへ変更される。つまり、サブキャリアの間隔を従来の1/4へと減らしているわけだ。
その一方、一次変調方式には、IEEE 802.11acと同じく、OFDM/OFDM-MIMOを採用する。だが、シンボル長を、従来の3.2μs+0.8/0.4μs CP(Cycle Prefix)の4倍となる12.8μs+0.8/1.6/3.2μsへと増やす。サブキャリアの数が増えた分、単位時間あたりに送信するシンボルの数は1/4になったため、差し引きイーブンになる計算だが、この変更により、周波数帯に干渉があっても混信に強くなり、実効通信レートがより落ちにくくなる。
二次変調に関しては、IEEE 802.11acでサポートされた256QAMに加え、新たに1024QAMをサポートする。これにより帯域80MHz・1ストリーム時の転送速度は、IEEE 802.11acの433Mbpsに対し、IEEE 802.11axでは600Mbpsへと引き上げられている。
IEEE 802.11ax | IEEE 802.11ac | |
利用周波数 | 2.4/5GHz帯 | 5GHz帯 |
チャネル幅 | → | 20/40/80/160MHz |
サブキャリア間隔 | 78.125KHz | 312.5KHz |
一次変調 | → | OFDM/OFDM-MIMO |
シンボル長 | 12.8μs+0.8/1.6/3.2μs | 3.2μs+0.8/0.4μs |
二次変調 | BPSK/QPSK/16QAM/64QAM/256QAM/1024QAM | BPSK/QPSK/16QAM/64QAM/256QAM |
1ストリーム時転送速度 | 600Mbps | 433Mbps |
【お詫びと訂正 5月30日16:04】
記事初出時、「IEEE 802.11axの仕様(推定)」の表に誤りがありました。お詫びして訂正いたします。
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次回は、「IEEE 802.11ax」におけるMU-MIMOの仕様や、OFDMAの採用などについて解説していきます。