期待のネット新技術

11axはCBRSとあわせて伸びる分野、その先には5Gも~Ruckus Networksインタビュー

【利便性を向上するWi-Fi規格】(番外編2)

 「利便性を向上するWi-Fi規格」では、Wi-Fiに関する最新動向について、メッシュネットワークや暗号化、WPSなどの利便性を向上する規格や、フリーWi-Fiスポット向けの接続規格を42回にわたって紹介してきた。

 Wi-Fiの規格にまつわる話は先週までで終わったのだが、ちょうどこのタイミングで、Ruckus Networks社長のイアン・ホワイティング氏が来日されるということで機会を頂いた。番外編として、前回に引き続きインタビューをお届けする。

 Ruckus NetworksといえばWi-Fi Certified Vantage Version 2に対応した企業向け製品を世界で唯一リリースしている企業であるが、今回のインタビューの中ではこのあたりには触れていない。

 ちなみにインタビューにはホワイティング氏のほか、ラッカスネットワークスで日本のカントリーマネージャーを務める高山尚久氏にも同席いただき、今後の展開や5Gの取り組みなどについて伺った。

Ruckus Networks社長のイアン・ホワイティング氏

屋内向け5Gはカバレッジの確保が困難、CBRSがソリューションの1つに

――2019年のCESでは、どの会場も人が少ないうちはいいのですが、Wi-Fiは人が増えてくるとまるで使い物になりませんでした。このため、取材を行う私たちは、複数キャリアのLTE回線を用意してネットワークに繋いていました。そもそもLTEはともかく、LTE Advancedになれば、Wi-Fiとそれほど遜色ないスピードで繋がりますし、5GではWi-Fiを速度面で上回りそうなほどです

 そうです。今後2年間ほどは、屋外向けの5Gに猛烈な投資が行われることになるでしょう。ただし、屋内向けの5Gはとても難しいのです。屋外から建物を貫通してカバレッジを提供するのは困難ですからね。だから、国内向けには別のネットワークソリューションが必要で、その1つのオプションが(前編でも触れた)「CBRS(Citizens Broadband Radio Service)」になるわけです。

 一方でWi-Fiは、現在でもLTEと同等のパフォーマンスを提供できますが、11axになれば、より高いパフォーマンスと容量を実現できます。CESはいい例なのですが、おっしゃる通りCESの会場ではWi-Fiが使い物になりませんでした。ただ、明言しておきますが、あそこで使われていたWi-FiはRuckusのものではありません(笑)。CES会場のような環境でも、例えばショッピングモールや駅などでも、我々にはより高密度なWi-Fiの設置が可能です。パフォーマンスと容量の両面で、No.1のソリューションを提供できます。

――私の経験で言えば、例えばさまざまホテルでメーカーがプライベートショーを開催するときなどに、参加者が100人未満だとWi-Fiで上手く繋がるんです。ところが1000人規模になるとまともに繋がらなくなる

 CESだと数千人規模になりますからね。

アクセスポイントとスイッチ間はマルチギガ接続、中規模企業への提供も視野に

――そこで、少し技術的な質問を。クライアントとアクセスポイントは11acなり11axになるとして、アクセスポイントとスイッチの間はどうなりますか?

 マルチギガになります。

――そのマルチギガも、2.5G/5G/10Gとあるわけです。例えばスタジアムなどの環境に10GBASE-Tを使うのは、非常に難しいのではないかと思われるのですが

高山: そこは、どのようなネットワークを構築するかに掛かって来ます。我々の製品は、アクセスポイントとルーターの双方が2.5GBASE-TのPoEに対応しています。さらに、2.5Gを4本束ねて10Gとするソリューションも用意しています。

――つまり、5Gや10Gがいきなりアクセスポイント直接接続されることは、今のところは想定されていないわけですか?

高山: 今のところはそうです。将来的には分かりませんが、コストパフォーマンスの面で現時点で最適なのは2.5Gという判断です。

Ruckus Networks日本担当カントリーマネージャーの高山尚久氏(右)

 競合メーカーのマルチギガ対応スイッチは、かなり大きなシャーシで提供されます。しかし、Ruckusのソリューションは、スモールフォームファクターのものでもマルチギガに対応します。

 我々は、中規模の顧客企業についても、マルチギガの導入対象と考えています。競合に比べて十分低価格で提供できるためです。現在、マルチギガのスイッチを提供しているのは、主にデータセンター向け製品を手掛けるベンダーなので、どうしてもシャーシが大きく、高価な製品になります。一方、Ruckusは、分散アクセスとWi-Fiとスイッチの会社です。製品で言えば「ICX Switches」でマルチギガを利用できるので、ずっと低価格です。

高山: 無線と有線を組み合わせたネットワークを構築する場合、おそらくRuckusで構築するのが一番安上がりではないでしょうか。もちろんコアネットワークは他の、例えばCiscoさんなどにお任せするわけですが。

――そこはArrisではなくCiscoさんに任せるわけですね(笑)

 面白いのは、新しく親会社となるCommScopeは、主にケーブルインフラを取り扱っていることです。CommScopeはファイバーやカッパーのケーブリング市場で1位または2位の立場で、論理的にはRuckus Networksと補完的な立場となるわけです。

 もちろんこれは未来の話ですが、ファイバーやカッパーのケーブリングと、(Ruckusの)スイッチとWi-Fiインフラを組み合わせたかたちで、完全なエンドトゥエンドのソリューションを提供できるようになるかもしれません。

既にあるIoT向けサービスを、RuckusのWi-Fiアクセスポイントに組み込んで提供可能に

 そうそう、IoTの話もしておきましょう。現時点では、ほとんどのIoT向けネットワークが、Wi-Fiをベースに構築されています。我々のアクセスポイントは、1つまたは2つのUSBポートを装備しています。ここにBluetooth/Zigbee/LoRaの各モジュールを装着することで、IoTネットワークが提供できるようになっています。

 例えば、現在、米国のホテル業界向けに、スマートロックのサービスを提供しています。ホテルのルームキーにはセンサーが内蔵されており、Bluetooth経由でアクセスポイントと接続します。

 つまり、スマートロック用のIoTネットワークを別個に構築しなくても、既存のWi-Fiを利用してIoTネットワークが実現するわけです。もちろんこの方が、IoTネットワークを別個に構築する場合と比較して安価で、しかも効率もいいわけです。

 これとは別に、ホテルや病院など、さまざまな業界へ応用できますが、従業員の保護を行う目的のものがあります。そこに勤務する人のユニフォームに「パニックボタン」が付いていまして、火事を発見した場合などにパニックボタンを押せば、直ちに警報が鳴り響くというものです。

 あるいは、空港には多くの車椅子が用意されていますが、必要なときに限って見つからなかったりします。サンノゼ国際空港には、Wi-Fiと繋がるセンサーが搭載された車椅子が、どこで使われているかを常に追跡できるトラッキングシステムを納入しています。

 デバイスのトラッキングやモニタリングだけでなく、さまざまな種類のIoTサービスが世の中に存在しますが、我々はそうしたIoTサービス用モジュールをRuckusのWi-Fiアクセスポイントと組み合わせて、きちんと動作することを検証しています。

Ruckus Networks社長のイアン・ホワイティング氏

――IoTネットワークという意味では、IEEE 802.11ahをどう思われますか?

 11ahに限らず、さまざまなIoT向けサービスが、サブ1GHz帯を使っていますが、そうしたものへの対応は可能です。ただ、現時点で11ah向けのモジュールを提供する予定は特にありません。現時点で最も優先順位が高いのは、既に存在するIoTサービスに対して、可能な限り動作検証を行うとともに、Ruckusのネットワークにこれを組み込んで提供できるようにするというものです。

 先に例を挙げたスマートロックやパニックボタン、車椅子のトラッキングシステムは最初の例で、今後はさらにラインアップを増やしていく予定です。

今後数年で5Gが屋内に、Wi-FiとCBRSに加え5G向けスモールセルも提供?

――今後のネットワークについてはどうお考えでしょう? 既に多数のネットワーク、それはプロトコルだけでなく周波数帯も広範に渡って、それぞれ独自の規格として提供されているわけですが、こうした状況は今後も続くのでしょうか? それともいくつかに収斂されていくのでしょうか?

 おそらく今後数年をかけ、5Gがどんどん屋内に入っていくことになると考えています。今年のMWCでは、5G対応のマクロセルをSiemensやEricsson、Nokia、Huaweiなどが展示するでしょうが、これは屋外向けのソリューションです。そして数年後には、屋内に向けた5Gのソリューションが出てくるようになります。

 そのいい例がIIoTです。現在のLTEでは、大規模な工場、例えば自動車製造工場などで十分なパフォーマンスが得られない。今のところはWi-Fiが、こうした用途に適したソリューションを提供しています。ただ、周波数帯は限られるし、技術的には(5Gに比べると)少し古いものです。Qualcommは製造業のシステムに組み込むためのモジュールを既に提供していて、私は将来こうしたモジュールが5GやCBRSをサポートすると考えています。

 我々は、ネットワークインフラストラクチャを提供することを事業の主軸にしています。この話はあくまで予測であって、具体的にそういう製品が存在していたり、予定をしているというわけではないのですが、Wi-Fiはもちろん、(前回述べた)CBRSに加え、将来は5Gも提供するようになるのではないかと想像しています。現時点では、屋内での5Gの利用が不可能になっていくことだけは間違いありません。

 このため、我々は将来、(Wi-FiとCBRSに加えて)5G向けのスモールセルを提供することを考慮するでしょう。特にIIoTの分野では、非常に洗練されたシステムやプロセス、製造に向けた面白いユースケースが生まれるでしょうね。高い周波数と高いパフォーマンス、低いレイテンシは、5Gでしか実現できませんから。

 一方のWi-Fiは、既に多くの製造業で利用されています。例えば工場内の無人搬送機とか高機能な産業用ロボットなどでは、Wi-Fiの提供できる広帯域で低レイテンシのコネクティビティが重要な要素となっています。

 そんなわけで、現時点でのRuckusの事業の中心は、Wi-FiとCBRS、スイッチが3本柱です。では将来は? というと、これに5Gが加わるかもしれません。実は新たな親会社であるCommScopeは既に(5Gの)スモールセル製品を固定回線や携帯電話の事業者向けに提供しています。

 なので、あくまでこれは未来予測で、決定したことではありませんが、論理的には、CommScopeと合併した後、共同でR&Dなどを行えるようになるかもしれません。

――ちなみに合併はいつごろ完了の予定ですか?

 これは公開されている話で、2019年前半に予定しています。ただ、ご存知のように米国では政府機関の閉鎖などもあって、諸々の手続きが遅延しており、正確な日時は分かりかねる部分があります。

数千社のWi-Fiネットワークを一括管理するマネージドWi-Fiを提供

――確認ですが、コンシューマー向け市場へ進出する予定はないのですね?

 我々のビジネスは、エンタープライズとサービスプロバイダー向けのものです。Wi-Fiのビジネスを見ても、38~40%ほどがサービスプロバイダー向けで、日本では携帯電話キャリアが提供している公衆Wi-Fiなどがこれにあたります。

 一方、我々のデータセンターでは、トータルで数千社の顧客のWi-Fiネットワークを一括して管理しています。Virtual SmartZoneの対応製品をはじめ、小規模から大規模まで全てのサービスプロバイダーに対して、マネージドWi-Fiのソリューションを提供しています。

 なかでも急成長しているのは、ビル用のサービスプロバイダー向けです。しかし、こうしたソリューションは、非常に巨大なネットワークを顧客企業自身が管理している大企業や金融機関向けには提供していません。

 同時に、我々は自身のクラウドサービスである「Ruckus Cloud Wi-Fi」も1年以上前から、日本でも2018年12月から提供を開始しています。

 一般には、Cisco Cloudなどが有名ですが、Ruckus Cloud Wi-Fiは、自社に情報システム部門を持たず、ネットワーク管理などをやらない、あるいはできない中小企業向けに、サブスクリプションで、マネージドWi-Fiサービスを提供するものです。

品質やパフォーマンスへの要求が高く洗練された日本市場での成功が重要

――最後に日本のマーケットにメッセージをいただけますか?

 日本のマーケットは、大変に品質やパフォーマンスに対する要求が高く、少し難しい面もありますが、やりがいのあるものでもあります。日本のユーザーにテストしてもらうことで、より製品をより良くすることができるという意味でもあります。

 だから、日本のマーケットで販売ができるものなら、他国に持って行っても通常は問題ありません。日本の「標準」レベルは非常に高いですから。日本で成功するのはなかなか大変なのですが、一度成功できれば、その後は非常に楽になりおます。おしらく今後数年は、東京オリンピックを含む大きなイベントに向け、投資が進むと思います。

 これは我々にとってもネットワークインフラストラクチャーを更新する大きなチャンスで、パートナーと共同で公衆Wi-Fiなどを含むWi-Fiネットワークを更新するお手伝いをしていきたいと思っていいます。我々は既に電車内で利用できるWi-Fiソリューションも提供しているのです。

 今のところ(日本での)マーケット全体は好調で、売り上げは2018年も順調に伸びています。今後は教育機関やホテル、公共施設、交通網などに向け、さらにシェアを広げていきたいと思っています。

 日本は洗練されたマーケットで、最上の製品が要求されます。そして日本でも多くの人が、Ruckusを最も優れたWi-Fi製品と認識してくれていて、日本の市場にもうまくフィットしている、と考えています。

――そして来年には11axソリューションが提供される?

 おそらくはCBRSとあわせて伸びる分野です。この組み合わせは非常に興味深いアップグレードパスになるはずです。日本は人口密度も高いので、さまざまな場所で高密度なサービスが要求されます。こうしたニーズへの対応こそが、我々の最も得意とする場所でもあります。

 主にビジネス面での話が中心になったが、CBRSに注力しており、数年後には5Gが屋内に来ると予想している点は、なかなか面白い話だった。氏の予測が当たったとすると、2023~2025年頃にWi-Fiと5Gの棲み分けがどうなっているのか、ちょっと興味深いところではある。

大原 雄介

フリーのテクニカルライター。CPUやメモリ、チップセットから通信関係、OS、データベース、医療関係まで得意分野は多岐に渡る。ホームページはhttp://www.yusuke-ohara.com/