期待のネット新技術
「Wi-Fi CERTIFIED Agile Multiband」、ネットワーク内の移動に伴うローミングなどの対応をまとめて規定
【利便性を向上するWi-Fi規格】(第28回)
2019年2月5日 06:00
利便性を向上するWi-Fi規格では、Wi-Fiに関する最新動向について、メッシュネットワークや暗号化、WPSなどの利便性を向上する規格や、フリーWi-Fiスポット向けの接続規格を紹介してきた。
ここまでで、そうしたものの説明もおおむね終わったのだが、Wi-Fi Allianceでは、ほかにもさまざまな標準規格を制定している。最後に、そうしたものをまとめて紹介していこう。
今回は、公衆Wi-Fiアクセスポイント向け製品認証プログラム「Wi-Fi CERTIFIED Vantage」のVersion 2の要件として追加された項目のうち、「Wi-Fi CERTIFIED Agile Multiband」について解説していく。(編集部)
「利便性を向上するWi-Fi規格」記事一覧
- メッシュネットワーク編【1】【2】【3】【4】【5】【6】
- Wi-Fi暗号化編【1】【2】【3】【4】【5】【6】
- WPS(SSID&パスフレーズ交換)編【1】【2】【3】
- フリーWi-Fiスポット向け接続規格編【1】【2】【3】【4】【5】【6】
- スマホでQRコードを読み取り、ほかの機器をWi-Fi接続する「Wi-Fi Easy Connect」
- Wi-FiでVoIPを実現する音声伝達向け規格「Wi-Fi CERTIFIED Voice-Personal」
- Wi-Fi子機同士を直接接続する「Wi-Fi Direct」
- 高精度の屋内測位機能を提供する「Wi-Fi CERTIFIED Location」
- Wi-Fiで100μs精度の時刻同期ができる「Wi-Fi CERTIFIED TimeSync」
- 公衆Wi-Fiアクセスポイント向けの「Wi-Fi CERTIFIED Vantage」
- 同一LAN内移動時のローミングなどを規定した「Wi-Fi CERTIFIED Agile Multiband」
- 異なるESSIDのへの接続を高速化「Wi-Fi CERTIFIED Optimized Connectivity」
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3つの標準規格で構成される「Wi-Fi CERTIFIED Agile Multiband」
先週紹介した通り、「Wi-Fi CERTIFIED Vantage」において、Version 1における「Wi-Fi CERTIFIED ac」と「Wi-Fi CERTIFIED Passpoint」に加え、Version 2で要件として加えられた「Wi-Fi CERTIFIED Agile Multiband」と「Wi-Fi CERTIFIED Optimized Connectivity」のうち、前者について紹介しよう。
Wi-Fi CERTIFIED Agile Multibandは、2017年12月に発表され、そのときのプレスリリースによれば、以下3つの標準規格から構成されるものだ。
- Dynamic Monitoring(動的モニタリング)
ネットワーク情報の交換 - Intelligent steering(インテリジェントなガイド機能)
情報に基づくネットワークロードの実現 - Fast network transitions(スピーディなネットワーク移行)
迅速な認証
同一ネットワーク内で接続先のアクセスポイントを素早く切り替え可能にする「Dynamic Monitoring」
最初の「Dynamic Monitoring」は、「IEEE 802.11k」をベースとする規格だ。「IEEE 802.11-2007」にAmendment 1として2008年に収録されており、「IEEE 802.11-2016」ではAnnex Cにまとめられている。IEEE 802.11kの骨子は「RRM(Radio Resource Management)」の強化で、具体的にはアクセスポイントからクライアントに対し、MAC層のManagement Frameを利用して以下の情報を伝達する仕組みだ。
- 近隣アクセスポイントの位置
- 各アクセスポイントからのビーコン信号の強度
- 各チャネルにおける無線LANの信号レベル
- 各チャネルにおける無線LAN以外の信号レベル(2.4GHz帯なら電子レンジなど)
これらの情報は、同一サブネットにあるアクセスポイント全てで共有される仕組みだ。ただし、異なるサブネットへは伝達されない。異なるサブネットへの共有は、IEEE 802.11fで規定されている。
例えば、以下の図のようにRoom 1からRoom 4へ移動するとしよう。Wi-Fiを使っているとき、オフィス内で自席から会議室へ移動するなど、クライアントがサブネット内を物理的に移動した際に、接続先のアクセスポイントが切り替わることは日常茶飯事だろう。
従来だと、部屋の移動によってAP01との接続が切れるので、Room 4で改めて接続できるアクセスポイントを探し、見つかったAP04へ再接続するという手順になるが、当然これには時間が掛かる。おまけに途中でRoom 3を経由していたりすると、最初にAP03に繋ぎにいってしまったりして、接続が不安定になるような場合も考えられる。
この運用が、IEEE 802.11kであれば以下のような流れとなる。
- クライアントがAP01から離脱しようとすると、AP01からクライアントへアクセスポイントを変更する旨の通知が渡される
- アクセスポイント変更の通知を受けて、クライアントは最適なAPを探す要求をAP01に送る
- AP01は(AP01を含む)全APの情報をクライアントに返す
- クライアントが移動後、入手した情報を元にすぐAP04へ接続する
これにより、同一セグメント内で接続するアクセスポイントの切り替えが、極めて迅速に行えるようになるわけだ。
別のアクセスポイントや周波数帯/チャネルへの移行手段をクライアントに提供する「Intelligent steering」
次が2つ目の「Intelligent steering」だ。こちらはまず「IEEE 802.11v-2011」として公開され、「IEEE 802.11-2012」でAnnex TおよびAnnex Uとして収録された後、「IEEE 802.11-2016」ではAnnex PとAnnex Qとなっている。
IEEE 802.11vは、一般的には「WNM(Wireless Network Management)」として知られているが、これはIEEE 802.11kを用いて測定を行った結果を利用し、クライアントの通信を別のアクセスポイントや、別の周波数帯/チャネルへと移行させる手段を提供するものだ。
IEEE 802.11kの流れとして先に示したうちの4.では、「入手した情報を元にすぐAP04へ接続する」と簡単に書いたが、このために必要なフレームワークがIEEE 802.11vで定義してされているかたちとなる。もっとも、フレームワークと言っても必要最小限で、実際にIEEE 802.11-2016を見ても、「BSS(Basic Service Set)」における定義がAnnex Qで、時間差を利用した距離測定の方法がAnnex Pで規定されているだけである。
WMNそのものは4.3.18できちんと定義されていて、クライアント側では、これを利用することで、接続先として適切なアクセスポイントを選択可能になる仕組みだ。そのWMNでは、以下のような機能が提供される。
- BSS max idle period management
- BSS transition management
- Channel usage
- Collocated interference reporting
- Diagnostic reporting
- Directed multicast service (DMS)
- Event reporting
- Flexible multicast service (FMS)
- Location services
- Multicast diagnostic reporting
- Multiple BSSID capability
- Proxy Address Resolution Protocol (ARP)
- QoS traffic capability
- SSID list
- Triggered STA statistics
- TIM broadcast
- Timing measurement
- Traffic filtering service
- U-APSD coexistence
- WNM notification
- WNM sleep mode
全ての項目を説明すると長くなるので割愛するが、1つだけ追記するなら、例えば、Location servicesは緊急連絡(米国なら911、日本なら110や119など)を行う際に、現在位置をアクセスポイントから取得することで、緊急連絡に位置情報を含められる、という話である。このとき、アクセスポイント側にはあらかじめ位置を設定しておく必要がある。さらに、位置情報とはいっても、先の図で示したRoom No.といった情報とは無関係だ。
新プロトコル採用で認証を高速化する「Fast network transitions」
最後が「Fast network transitions」で、こちらは「IEEE 802.11r-2008」がベースだ。「IEEE 802.11-2012」ではAmendment 2として追加され、「IEEE 802.11-2016」では第13章がこれに充てられている。用語としては「FT(Fast BSS Transition)」で、要するに従来のIEEE 802.11iで規定された認証では時間が掛かるため、新しい認証プロトコル(FT Protocol)に切り替えて高速化するものだ。
新しい認証プロトコルに切り替える、というのは、WPAの4-way Handshakeを廃し、その手前のAuthentification /Associationのハンドシェイクの中に4-way Handshakeを含めてしまうとともに、その後をAuthentification-Request/Authentification-Response/(Re)Association Request/(Re)Association Responseで代用することで、ハンドシェイクそのものを大幅に削減して認証に必要な通信を減らしつつ必要な鍵交換を行うことで、ローミングの際の再認証に掛かる時間を削減するのが、その骨子である。
例えば、上の図を「利便性を向上するWi-Fi規格」の第11回でも掲載した以下の図と比較してもらうと、やり取りするパケットというか、フレームの数が大幅に減っているのが分かるだろう。
ちなみに、Wi-Fi CERTIFIED Agile Multibandの要件は、Dynamic Monitoring、Intelligent steering、Fast network transitionsの3つに加え、オプションとして、第18回で紹介した「IEEE 802.11u」も含まれている。要するに、IEEE 802.11uの認証も、IEEE 802.11kやIEEE 802.11vの環境において利用できるという話である。
現実問題として、Agile Multiband単体で利用する限りにおいてIEEE 802.11uは必須ではないが、Wi-Fi CERTIFIED Vantageとして利用する場合はPasspointが必須で、必然的にIEEE 802.11uも必須になると考えていいだろう。
以上がWi-Fi CERTIFIED Agile Multibandの基本だが、実際には、さらにいくつかの追加機能が用意されている。まず、IEEE 802.11k周りでは、Agile Multibandをサポートしていることをクライアントに通知するために、新しく「MBO-OCE IE(Multiband Operations-Optimized Connectivity information element)」が追加され、これをビーコンやハンドシェイクの際に盛り込むことが求められている。
また「ANQP(Access Network Query Protocol)」にも、一部に例外規定が設けられている。さらに、Agile Multibandでは、実装はオプション扱いながらも、Wi-Fiネットワークに加えてセルラーネットワークのカバレッジに関する情報も追加されている。これらを踏まえると、1つのネットワークの中での移動に伴うローミングなどの対応をまとめて規定したのが、Wi-Fi CERTIFIED Agile Multibandと位置付けられるだろう。
「利便性を向上するWi-Fi規格」記事一覧
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