期待のネット新技術
高精度の屋内測位機能を提供する「Wi-Fi CERTIFIED Location」
【利便性を向上するWi-Fi規格】(第25回)
2019年1月15日 06:00
利便性を向上するWi-Fi規格では、Wi-Fiに関する最新動向について、メッシュネットワ ークや暗号化、WPSなどの利便性を向上する規格や、フリーWi-Fiスポット向けの接続規格を紹介してきた。
ここまでで、そうしたものの説明もおおむね終わったのだが、Wi-Fi Allianceでは、ほかにもさまざまな標準規格を制定している。最後に、そうしたものをまとめて紹介していこう。
今回は、高精度の屋内測位機能を提供する「Wi-Fi CERTIFIED Location」について解説していく。(編集部)
「利便性を向上するWi-Fi規格」記事一覧
- メッシュネットワーク編【1】【2】【3】【4】【5】【6】
- Wi-Fi暗号化編【1】【2】【3】【4】【5】【6】
- WPS(SSID&パスフレーズ交換)編【1】【2】【3】
- フリーWi-Fiスポット向け接続規格編【1】【2】【3】【4】【5】【6】
- スマホでQRコードを読み取り、ほかの機器をWi-Fi接続する「Wi-Fi Easy Connect」
- Wi-FiでVoIPを実現する音声伝達向け規格「Wi-Fi CERTIFIED Voice-Personal」
- Wi-Fi子機同士を直接接続する「Wi-Fi Direct」
- 高精度の屋内測位機能を提供する「Wi-Fi CERTIFIED Location」
- Wi-Fiで100μs精度の時刻同期ができる「Wi-Fi CERTIFIED TimeSync」
- 公衆Wi-Fiアクセスポイント向けの「Wi-Fi CERTIFIED Vantage」
- 同一LAN内移動時のローミングなどを規定した「Wi-Fi CERTIFIED Agile Multiband」
- 異なるESSIDのへの接続を高速化「Wi-Fi CERTIFIED Optimized Connectivity」
- 11axはCBRSとあわせて伸びる分野~Ruckus Networksインタビュー1
- 11axはCBRSとあわせて伸びる分野~Ruckus Networksインタビュー2
位置情報を測定できるこれまでのサービス
今回はWi-Fi CERTIFIED Locationを紹介しよう。発表は2017年2月と比較的最近だ。
Wi-Fi CERTIFIED Locationは、名前の通り位置を測定するサービスだ。Wi-Fiを使ったLocation Serviceは、実は世の中に山ほど存在する。例えばGoogleの位置情報サービスでは、端末からスキャニングできるアクセスポイントのMACアドレスを利用し、大雑把な位置測定を可能にしている。
要するに、パブリックのWi-FiアクセスポイントのMACアドレスと位置情報のリストを持っていて、MACアドレスから逆に位置情報を検索できる仕組みだ。もちろんアクセスポイントが1台しかなければ、そのアクセスポイントの数十~数百メートルの範囲内、ということしか分からないが、複数台のアクセスポイントが参照できる場合には、さらに精度を高めることができる。
同様の仕組みは、例えば「Mozilla Location Service」など、ほかにも提供されている。こうした仕組みは屋外用のソリューションで、その意味では日本であればGPSやみちびきといった「GNSS(Global Navigation Satellite System)」の補完的な役割を果たしているものだ。ちなみに、Wi-Fiアクセスポイント以外に、携帯電話の基地局IDからの検索も可能となっていて、これらを複合的に組み合わせて使うことが一般的となっている。
その一方で、GNSSが使えない屋内での位置測定に関しては、それこそ2010年頃からさまざまなソリューションが出ては消え、という状況だった。簡単なものであれば、例えば商用施設であれば店ごとにビーコンを設置して、その信号を受信した端末の位置がラフな精度で分かるというものだ。商用施設内の人の流れを追いたいというレベルの要求であれば、これでもそれなりに使えるわけだ。
また、ビーコンの代わりにLEDライトを搭載して信号を変調させる(これも光学的なビーコンと言えるかもしれない)ものや、監視カメラで人物認識を利用して判断する(これは位置情報サービスとは別の用途で使われることが多い)ものや、RFIDなどを利用したものなどなど、その方法はさまざまだ。
2010年以降には、屋内でみちびきの信号と互換の位置情報メッセージを利用する「IMES(Indoor MEssaging System)」と呼ばれる手法も提案され、例えば、こうしたソリューションや、こんな製品ものなども登場しているが、まだ主流になったという感じではない。
ただ、どれか1つの技術に頼って判断すると誤差が多いこともあり、一般論として、複数の技術を併用して位置情報サービスを実現するという方向へ次第に流れつつある状況だ。
Wi-Fiを用いた位置情報サービスの仕組み
さて、ここからはWi-Fiに限った話である。こうした位置情報サービスのニーズに応えるかたちで、Wi-Fiを利用した測位サービスに向けた技術的な開発が、やはりここ数年に渡って行われてきた。単にビーコンを受信する/しないだけでなく、受信強度が距離の二乗に比例して落ちていく(*)ことを利用して、距離の概算に繋がるパラメーターを出し、そこから「遠い/近い」を推定するものや、MIMO構成で複数アンテナが利用できる場合に、これを利用してアクセスポイントの方向を測定する技法なども提案されている。
*「三次元空間だから距離の三乗では?」という突っ込みが入りそうだが、アンテナが点源(完全に無指向性でまんべんなく全方位に電波を放出する)の場合はともかく、現実問題としてアクセスポイントのアンテナは、通常は指向性を持った構成で(特に昨今のMIMO構成ではこれが顕著)、3次元方向にも若干は広がるとは言え、シミュレーションとしては2次元的に広がる感じで考えておけばおよそ実情に合うという話をメーカーからお伺いしたことがある。
【記事追記 1月17日 12:11】
電界強度は体積ではなく面積となり、体積ではなく面積で表されるため距離の2乗となります。
ただ、これらがどの程度の精度を実現できるのかというと、ことスマートフォンのレベルで言えば、かなり難しい。例えば信号強度に関して言えば、マルチパスの影響や、外部のノイズ(ことに2.4GHzではこれが非常に多い)の影響を受けやすい関係もあって、絶対的な基準値が存在しない。
例えば、地点Aで信号が-50dBm、地点Bで-60dBmだとすれば、アクセスポイントからBまでの距離は、Aまでの距離の大体3.2倍弱と算出できる。だが、そもそもアクセスポイントからAまでの距離が不明だ。角度の方はこれまた難しく、アクセスポイントはともかくスマートフォンなどでは、そもそもMIMO構成になっていないものも少なくない。少し前には、スマートフォンが内蔵するジャイロスコープとWi-Fiとを組み合わせて方角を測定する方式なども報告されていたが、実用化に至ったという話は聞いていない。
こうした中で、条件にもよるがおよそ数cmの誤差で位置を測定可能な比較的精度の高い方式が、「TOF(Time of Flight)」測定だ。要するにレーダーと同じで、電波を送り出してから戻ってくるまでの時間を測定すれば、距離が算出できるという仕組みとなる。
もちろんレーダーとは異なり、アクセスポイントなりクライアントなりの表面に電波を当てて跳ね返る時間を測定するわけではなく、アクセスポイントから測定電波をまずクライアントに送り、これを受け取ったクライアントがアクセスポイントにそれを送り返す。この合計の所要時間から、クライアント側の処理時間を引けば、往復の所要時間が算出できるという仕組みである。
この方式では、時間解像度をどの程度まで上げられるかが、距離の粒度を決めることになる。秒単位の時計しかなければ最小単位は30万kmになるが、ms単位なら300km、μs単位なら300m、ns単位なら30cmほどになる。もう一けた頑張って100ps単位まで解像度を上げられれば、最小測定単位が3cmまで減るわけだ。
以前であれば、このように時間解像度が高く、しかも正確な時計を組み込むことが難しく、なかなか実用化に至らなかったが、2010年を過ぎたあたりから、半導体の進歩と相まって、100ps単位までが低コストで実用可能な範囲となっていった。
そして距離が正確に測定できさえすれば、以下の図のように三角測量の仕組みを使えば、位置測定は難しくない。少なくとも、これでアクセスポイントとクライアントの位置関係はきちんと判断できるので、元のアクセスポイントの位置が分かっていれば、例えば「2Fの階段の脇のアクセスポイントから東に20m、北に3m、2Fの床から1.3mの位置」といった位置を算出可能になるわけだ。
距離測定技法「FTM」を「IEEE 802.11mc」として規定
この距離測定には、「IEEE 802.11mc」(正確には802.11REVmc)として規定された「FTM(Fine Timing Measurement)」と呼ばれる技法を利用する。ここでt1~t4は48bitのフィールドで、単位はpsである。つまりおおむね281秒ほどで1周するTimestampであり、これを利用して正確な時間間隔を測定するというものだ。ちなみに単位がpsだからといって、Timestampは必ず1psごとに加算されるわけではない。もし、そんなシステムがあるとすれば、多大なコストが掛かってしまうからだ。
2015年頃の「TGmc」(p802.11mc Task Group)の資料を読むと、Resolutionとしては100ps程度が想定されていたようだ。恐らく実際の製品への実装でも、その程度が見込まれるだろう。ちなみに実際の測定では、以下の図のように3回測定を行い、その結果がアクセスポイントからクライアントに返されるというのが一般的な手順だ。
これによってクライアントは、対象となるアクセスポイントからの距離を算出できることになる。これを3回繰り返せば、現在の位置が算出できるわけだ。この所要時間を元に距離をレポートする機能もあるが、こちらは最小単位が1/4096m(≒0.244mm)で、最大値は(2^24-1)/4096m(≒4096m)となっており、それ以上の距離の場合も、この最大値を使う。現実問題として、Wi-Fiの電波で4Kmを超える距離測定を行うニーズはないから、これで問題はないのだろう。
認証プログラム「Wi-Fi CERTIFIED Location」
IEEE 802.11mcは、2016年9月のDraft 8.0で仕様が固まり、これがIEEE 802.11-2016に取り込まれるかたちで標準化が完了した。Wi-Fi Allianceはこれを受けて「Wi-Fi CERTIFIED Location」を発表した流れだ。
ちなみにFTMを解説した上の図は、あくまでも距離を測定するシーケンスだけでしかない。そもそも“測定している相手(アクセスポイント)はどこにあるのか?”を知らなければ、クライアントは自分の位置が判断できない。これを行うためには、アクセスポイントから位置情報などを取得することになる。
これにあわせてWi-Fi CERTIFIED Locationでは、必須項目とオプション項目が定められていて、これに準拠した製品をCertifyすることでFTMを使った距離測定を可能にしているわけだ。
Wi-Fi CERTIFIED Locationの必須項目
FTM Protocol
AP localtion in FTM
Set of AP locations in neighbor report
Z sub-element
AP requests associated device FTM measurements
Mobile device location in associated state
AP location in ANQP
Wi-Fi CERTIFIED Locationのオプション項目
Mobile device location in associated state
Timestamp measurement on first FTM exchange
Device requests Public Identifier URI or FQDN
OSやアプリケーションの側も、既にこれに対応しつつある。例えばAndroid 9.0は開発段階で、既にこれに対応することが2018年に発表されている。ただ、2017年2月の発表時に8製品がリストアップされていたWi-Fi CERTIFIED Locationの認定製品は、約2年経過した現時点でもわずか13製品しかない。
なぜ流行らないかというと、設置が大変に面倒だからだ。要するに、すべてのアクセスポイントにきちんと正確な位置情報を登録してやる必要があるし、最低3つのアクセスポイントが常時アクセスできないと三角測量ができないため、アクセスポイントをある程度密に実装しないければ距離を測定する役に立たない。
このコストを負担するメリットが見い出せないと、建物などの所有者としては、設置に二の足を踏むことになる。ここまでの精度が必要なく、さらに独自のアプリで位置を表示できればいいのであれば、ほかにもさまざまな選択肢もあるわけで、こうしたコスト面が普及の最大のネックになっているのが実情だ。
そんなわけで、アクセスポイントを設置する側に対して、何らかの大きなブレークスルーがない限り、Wi-Fi CERTIFIED Locationの利用者が現状から大きく増えることはなさそうというのが、筆者の予測である。
「利便性を向上するWi-Fi規格」記事一覧
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