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Wi-Fiを利用してVoIPを実現する音声伝達向け規格「Wi-Fi CERTIFIED Voice-Personal」

【利便性を向上するWi-Fi規格】(第23回)

 利便性を向上するWi-Fi規格では、Wi-Fiに関する最新動向について、メッシュネットワークや暗号化、WPSなどの利便性を向上する規格や、フリーWi-Fiスポット向けの接続規格を紹介してきた。

 ここまでで、そうしたものの説明もおおむね終わったのだが、Wi-Fi Allianceでは、ほかにもさまざまな標準規格を制定している。これから数回は、そうしたものをまとめて紹介していこう。

 今回はWi-Fiを利用して「VoIP(Voice over IP)」を実現する音声伝達向けの規格である「Wi-Fi CERTIFIED Voice-Personal」と、その法人向けとなる「Wi-Fi CERTIFIED Voice-Enterprise」について解説していく。(編集部)

Wi-Fi CERTIFIED Voice-PersonalにおけるCertificationの3要件

 Wi-Fi CERTIFIED Voice-Personalは、2008年の6月30日に発表された、音声伝達向けの規格だ。個人環境でWi-Fiを利用して「VoIP(Voice over IP)」を実現する場合を念頭に、安定動作のための要件をまとめてCertificationを行うというものだ。構成としては以下の図のようなケースを想定している。

4台のVoIPクライアントがデータ通信と音声通信の両方を行い、ほかにデータ通信とビデオのストリーミングを同時に行うクライアントが1台づつあるとのシナリオだ。出典はWi-Fi Allianceの"Wi-Fi CERTIFIED Voice-Personal:Delivering the Best End-User Experience for Voice over Wi-Fi"(PDF)

 この環境において、まず以下3つの項目をそれぞれのVoIPクライアントが満たし、さらに後述する4つのCertificationを取得していることが、Wi-Fi CERTIFIED Voice-PersonalにおけるCertificationの要件だ。

  • パケットロスは1%未満。またバーストロスがないこと
  • レイテンシーが50ms未満
  • ジッターは50ms以下

 音声通信の場合は、レイテンシーがあまりに大きいと双方向でのやり取りが成立しなくなる。VoIPでの経路は、アクセスポイントからモデム経由で自分のプロバイダーに繋がり、そこからIX経由で相手のプロバイダーに繋がり、相手のモデムを経由して相手のクライアントに繋がる、非常に長いものとなる。

 一般的には、こうした長い経路でのレイテンシーは圧倒的に大きく、それをどの程度まで許容するのかという点が、VoIPでの双方向通信における問題となるわけだ。これは実装にも依存するものの、一般に100~150ms以内ならほぼ正常に会話できるが、200ms~300msに増えればかなり困難になり、それ以上になると会話が成立しないという声もある。

 これはまさにインターネットのレイテンシーそのものでもあるので、もちろんWi-Fi Allianceではどうしようもないものだ。これを大きくしないためには、まずはクライアントとアクセスポイントのレイテンシーを小さめに抑えたいわけで、その目安が50ms程度とされるわけだ。

 これはジッターについても同じだ。受信側では通常、パケットが連続的に届かないことを念頭に受信バッファを設け、ここでパケットの整列などを行っている。ジッターもこの受信バッファで吸収することになるが、大きくなればバッファも大きくなる。

 ということは、例えばジッターが100msあったとすると、この受信バッファを通すことにより、最大100msのレイテンシーが発生してしまうことになる。これも先のレイテンシーの場合と同じで、あまり大きくなると通話に差し障るようになるので、その目安として50msという数字になったものと思われる。

 ちなみにパケットロスは、文字通りパケットが伝達不能になるケースだ。Wi-Fiでパケットロスが起きたときは、TCP/IPでの通信であれば再送を行うことでカバーするわけだが、VoIPでは再送が掛かると、その間に次のパケットが到着しても処理が待たされることになる。このため、最悪の場合は通話が途切れることになる。

 それもあって、通常は再送処理がされないUDPを利用して、より上位のアプリケーション側でパケットロスをカバーするわけだ。純粋にその分をドロップすることも、エラー訂正を利用して補うこともあり、このあたりはコーデックに何を使うか次第となる。

 例えばコーデックに、ITUの「G.729」を利用する場合、音声のデータレートは8kbpsである。VoIPではおおむね20msごとに分割してパケット化するので、G.729だと20ms分で160bit/Packet。これにプロトコルヘッダーの類を加えても58Bytes/packet程度に収まる。となると、例えばあるパケットが失われても音声が20ms無音になるだけで済む。これがあまりに多ければ会話に差し障りが出るが、1%未満であればそれほど問題にはならないだろう。

Certificationには、4つの既存Wi-Fi規格取得も要件に

 さて、Certificationの要件には、上に挙げた3つの項目に加え、さらに以下4つのCertificationを取得(WMM/WMM Power Saveはオプション)している必要もある。

  • IEEE 802.11a/b/g、もしくはIEEE 802.11n Draft 2.0
  • WPA2-Personal
  • WMM(Wi-Fi MultiMedia)
  • WMM Power Save

 この4つについては、Wi-Fi CERTIFIED Voice-Personalが発表された2008年という時期にはIEEE 802.11nが未だ審議中だったので、IEEE 802.11a/b/gが対象ということになる。次のWPA2-Personalはセキュリティ対策のためなので、これは妥当なものだろう。

 WMMは、Wi-Fiネットワークの上で、メディアの種類に応じた優先度を付ける(Prioritize)ための規格だ。ただ、正式にサポートされるのはIEEE 802.11n以降となるので、IEEE 802.11a/b/gにおいては要求されない。ちなみにこのWMMがサポートされた環境では、VoIPトラフィックの優先度を上げることが、特にレイテンシーの削減などに効果がある。

 最後のWMM Power SaveはWMMに絡むものだ。それこそスマートフォンなどの“Battery Powered Device”において、必要がない場合にスリープモードで動作させ、消費電力を削減する技術となる。こちらもWMMと同じく、IEEE 802.11a/b/gでは要求されていない。

 Wi-Fi Certified Voice-Personalでは、発表時点で8製品がCertificationを取得しており、その後、Wi-Fi AllianceのProduct Finderによれば、現時点では160製品ほどだ。たった160製品しかないというのは、要するに流行らなかったということだ。

 コンシューマー向けであれば、Skypeがその代表例となるだろうが、そもそもSkypeはスマートフォンでなくPCでも利用できる。ただ、市場はどちらかというと会議室などに設置して単体で通話が行える「Skype Phone」の方にシフトした。一方、スマートフォンなどで利用できるVoIPということなら、もちろんほかにもいくつかある。

 ただ、現実問題としてWi-Fi Certified Voice-Personal程度の要件であれば、Certificationを取得しなくても実現できる。例えばそもそも高速化されているIEEE 802.11n以降では、1%未満のパケットロス、50ms以内のレイテンシーやジッターという要件は、よほど環境が悪くなければ達成できるものだ。

 このため、Certificationを取得する意味がないと見なされたようだ。もしVoIPアプリケーションの側が「Wi-Fi Certified Voice-Personal準拠の端末でないと動かない」などの制約を設ければ普及したかもしれないが、そんなことをすれば、そのVoIPアプリケーションが利用されないことは、火を見るより明らかだろう。

企業向けの「Wi-Fi Certified Voice-Enterprise」

 ちなみにWi-Fi Allianceでは、このWi-Fi Certified Voice-Personalに続き、Wi-Fi Certified Voice-Enterpriseを策定する。こちらはもう少し複雑なシナリオに向けた規格であり、当初は2009年あたりが予定されていた発表が、実際には2012年5月9日までずれ込んだ

 性能面での要件はWi-Fi Certified Voice-Personalと変わらず、レイテンシー、ジッターとも50ms未満、パケットロスが1%未満であることに加え、“バーストロス”という表現が改められ、「3パケット以上の連続したパケットロスなし」というものだ。

 主な変更点としては、複数のアクセスポイントを移動しながら利用する場合のトランジション(これに関してはIEEE 802.11v準拠となる)と、同時に発表された「WMM-Admission」(WMMにおけるQoSをコントロールするための機能)が追加され、さらにセキュリティが「WPA2-Personal」から「WPA2-Enterprise」に変わったことだ。加えて言えば、もうIEEE 802.11nの標準化が完了しているので、Draft 2.0準拠ではなくなっている。

 Wi-Fi Certified Voice-Enterpriseの認定を取得している製品は、リリース時にはわずか8製品だったが、現在は1111製品ほどがラインナップされている。もっとも、広く成功したかと言われると微妙なところだ(Wi-Fi AllianceとしてはCertification Programからの収入が馬鹿にならないため、1000以上の製品がCertificationを取得したのは「成功」という評価だろうが)。

 主要なEnterprise向け製品は、カタログスペック上ではCertificationの取得が重要となるため、当然取得するし、その費用は製品価格に上乗せされる。しかし、Wi-Fi Certified Voice-Enterpriseを取得したからといって、オフィスで利用しているVoIPアプリケーションが正常に動くという保証はどこにもない。実際にはネットワーク機器ベンダーやVoIP機器ベンダーが、それぞれ自身の責任において動作検証を行って保証を行うかたちとなっているのが現状だ。

 Wi-Fi Certified Voice-Enterpriseを取得していることは、単にVoIPを利用するのに必要なベースがあることだけしか保証がされず、VoIPアプリケーションがきちんと利用できることはイコールではない。このあたりが、いまいち盛り上がらない理由と想像される。

 今後もそんなわけで、Wi-Fi Certified Voice-Enterpriseの取得製品は増えていく一方、Wi-Fi Certified Voice-Personalの方はひっそりと消えてゆくのではないかと思われる。

大原 雄介

フリーのテクニカルライター。CPUやメモリ、チップセットから通信関係、OS、データベース、医療関係まで得意分野は多岐に渡る。ホームページはhttp://www.yusuke-ohara.com/