期待のネット新技術

Wi-Fiホットスポット接続規格「Passpoint」、高速なLTEの普及で拡大せず

【利便性を向上するWi-Fi規格】(第21回)

 Wi-Fiにおける暗号化の方式は、当初用いられていた「WEP」から「WPA」「WPA2」へと変遷したが、2017年に公表されたWPA/WPA2の脆弱性“KRACKs”を受け、2018年後半には新機能「WPA3」が提供予定だ。

 一方、SSIDやパスワードが公開されて運用されることの多いフリーWi-Fiでは、これまでならVPNなどを使って通信を暗号化する必要があった。こうした環境で、アクセスポイントとクライアント間の通信を傍受されない仕組みを提供するのが、すでに解説した「Wi-Fi CERTIFIED Enhanced Open」である。

 さらに、SSIDによらない認証手段を提供することで、接続先のSSIDをシームレスに切り替えてフリーWi-Fiを利用できるのが「Wi-Fi CERTIFIED Passpoint」、そのベースとなった標準規格が「IEEE 802.11u」、ホットスポットの設置・提供にあたって技術指標が「WISPr」、IEEE 802.11uやWISPrに欠けていた項目を定めた規格が「HotSpot 2.0」だ。

 今回は、2012年の「Wi-Fi CERTIFIED Passpoint Release 1」と、2015年の同Release 2の機能や普及の状況について解説していく。(編集部)

Wi-Fiホットスポット接続規格「Passpoint Release 1」、1409の機器が認定

 「Wi-Fi Passpoint Release 1」の発表時に、国内で開かれた説明会、では、以下のような機能の提供が表明されていた。

  • 自動接続
    Passpoint認定デバイスであれば、自動的に対応ネットワークを検索してアクセスポイントへの接続を行うため、ユーザーが接続を意識する必要はない
  • シームレスなユーザー認証
    デバイスベースのID認証を利用する場合、サービスへの登録やパスワード入力の必要がない。SIMや電子証明書などによる認証もサポートする
  • WPA2 Enterpriseの利用
    セキュリティ方式としてはWPA2 Enterpriseを利用

 これにより、携帯電話と同様に、アクセスポイントの接続範囲に入ると自動的にWi-Fiアクセスポイントに接続してインターネットを利用できる環境が、ようやく整ったことになる。なお、ユーザー認証では、アカウント名とパスワードを利用した認証ももちろん可能だが、この場合はひと手間増えることになる。さらに、これをサポートするため、EAPが拡張されている。

Wi-Fi Allianceも発表当時ビデオを公開し、Passpointのメリットをアピールしていた

 ちなみに説明会では、具体的にPasspointの認証機器そのものはリストアップされなかったが、「機器がWPA2に対応していれば、理論上にはソフトウェアアップデートでPasspointに対応可能」と説明されていた。

 Passpointの仕様策定完了と、Certification(認証)プログラムの確立は、業界では歓迎された。発表時のプレスリリースによれば、以下のアクセスポイント側とクライアント側の機器が、Passpoint Release 1に対応していたとされている。

  • BelAir 20E
  • Broadcom Dualband 11n Wi-Fi & Dual Band 802.11n Access Point
  • Cisco CT2500 Series WLAN Controller and LAP1260 Series Access Point
  • Intel Centrino Advanced-N 6230
  • Marvell Plug – 88W8787 802.11 a/b/g/n Reference Design
  • MediaTek Hotspot 2.0 Client V1
  • Qualcomm Atheros Dual-Band XSPAN and Dual-Band XSPAN 802.11n WLAN Adapter
  • Ruckus Wireless ZoneFlex 7363 & ZoneDirector 1100

 その後、Passpoint Release 1と認定された機器は増加し、現時点では1409までその数が増えている。

Wi-Fi Allianceの「Product Finder」の「Advanced Filters」にある「Access」から「Passpoint (Release 1)」の認定機器を表示できる

主にプロバイダー側での機能を追加した「Passpoint Release 2」

 さて、当初の予定から少し遅れた2014年10月に発表されたのが、Passpoint Release 2である。その強化点が以下だ。

  • オンラインサインアップと迅速なアカウントプロビジョニング
    プロバイダー側でオンラインサインアップされたユーザーアカウント情報を迅速に利用可能とするための手順を確立
  • ローミングのサポート
    プロバイダー同士でユーザーアカウントのローミング運用を可能にする手順を確立
  • セキュアな登録
    「OSU(Online Sign-up) Server」に検証手順が導入され、登録時のユーザー情報の安全性を確保

 少なくともPasspoint Release 1の仕様では、オンラインサインアップの標準的な手順が決まっておらず、考慮もされていなかった。このため、Passpointに対応したプロバイダーを利用する場合も、登録をあらかじめ行っておく必要があったが、Release 2ではこの点も改善されている。

 なお、オンラインサインアップでの変更を除けば、クライアント側での変更点はほとんどなく、もっぱらプロバイダー側での機能追加となっていた。ただ、変更点がないとは言いつつ、Release 2に対応したアクセスポイント側機器との相互接続性試験は必要となる。

「LTEより低速」が定着、Release 2の普及進まず

 Release 2の認定機器であるが、Release 1の1409に対し、わずか119しかない。というのもRelease 2の発表当時にWi-Fi Allianceでは、Release 1からRelease 2へのCertification(認証)切り替えを、半年後の2015年4月からとすることを計画。そこからは若干遅れたものの、現在ではRelease 2相当のCertificationが実施されている。ということは、それ以降に3年以上の間に認定を取得した機器が、わずか119しかないということになる。

 この理由は、ホットスポットを取り巻く状況が大幅に変化したことと言える。2012年当時といえば、ようやくLTEの商用サービスが開始されたばかりで、まだ回線速度もそれほど高速ではなく、低速な3.5Gこそ広く利用可能だったが、LTEはまだ繋がりにくかった。

 このため当時は、LTE網に繋ぐよりも、ホットスポットへ繋いだほうが高速というシーンが圧倒的に多かった。基地局の整備に時間がかかることもあり、キャリア各社は、特にLTEのオフロード先としてWi-Fiを提供することに熱心であった。これが、Passpoint Release 1が広く使われた理由だと考えられる。

 ところが2015年になると、LTE回線向け基地局の設置や、混雑する場所への増強も一段落して、そろそろCA(キャリアアグリゲーション)をサポートするLTE-Advancedのサービスも始まりつつあった。この時期、キャリア各社は、むしろ自社のLTE/Advanced LTE回線の利用拡大に注力しており、Wi-Fiホットスポットの充実は、完全に後回しになってしまった。

 しかも、混雑した場所でのアクセス改善に効果的な「IEEE 802.11ac wave2」の対応機器が出回り始めたのは、やや遅れた2016年からだった。もう少し早くリリースされていれば、公共の場所におけるホットスポット普及に今よりは勢いが付いたのかもしれないが、実際には「ホットスポットは携帯電話回線より遅い」という状況がこの前後に定着し始め、その後、格差はさらに広がることになる。

 加えて日本の場合、現在のところ5GHz帯の屋外利用はW56(5150M~5250MHz)に限られているため、屋内での利用はともかく、商店街や公園などでその性能が生きるIEEE 802.11acのメリットを享受しにくく、混雑が解消しにくそうな状況が当面は続く見込みだ。となると、繋ぎやすい2.4GHz帯でということになるが、こちらはLTEに比べて明らかに性能が低い。

 厳密には国ごとに違いがあるものの、基本的に欧米では5GHz帯が屋外でも使える分マシなのだが、「誰もがホットスポットを使う」というよりも、「通常は携帯電話回線を使い、何らかの理由で携帯回線を使えないときにホットスポットを使う」というように変わりつつある。少なくともWi-Fi Allianceが描いていたほどには、広範にホットスポットが必要とはされていないという状況だ。

 こうしたあたりが、このRelease 2が不発となった理由ではないかと思われる。ちなみに、前回の最後でも書いたが、Release 3は、当初2015年に予定されていたものの、その後音沙汰がなくなってしまっているのも、Release 2を取り巻く状況を鑑みて、ということではないかと思われる。

大原 雄介

フリーのテクニカルライター。CPUやメモリ、チップセットから通信関係、OS、データベース、医療関係まで得意分野は多岐に渡る。ホームページはhttp://www.yusuke-ohara.com/