期待のネット新技術

Wi-Fi子機同士を直接接続する「Wi-Fi Direct」

【利便性を向上するWi-Fi規格】(第24回)

 利便性を向上するWi-Fi規格では、Wi-Fiに関する最新動向について、メッシュネットワ ークや暗号化、WPSなどの利便性を向上する規格や、フリーWi-Fiスポット向けの接続規格を紹介してきた。

 ここまでで、そうしたものの説明もおおむね終わったのだが、Wi-Fi Allianceでは、ほかにもさまざまな標準規格を制定している。これから数回は、そうしたものをまとめて紹介していこう。

 今回は、アクセスポイントを介さずに、Wi-Fiの子機同士を直接接続する規格である「Wi-Fi Direct」について解説していく。(編集部)

アドホックモードに欠けた機能と各サービスを追加した「Wi-Fi Direct」

 Wi-Fi Directは2010年10月に発表された規格で、前回のWi-Fi CERTIFIED Voiceより、実は広範に使われている。

 その骨子は名前の通り、アクセスポイントを介することなく、Wi-Fiクライアント同士をP2P(Point-to-Point)で直接(Direct)接続できるというものだ。当初は、エンタープライズ向けというよりもコンシューマー向けとの位置付けで、Wi-Fi Allianceによる以下の動画も、これを反映したものになっている。

 もともとIEEE 802.11では、接続形態としてインフラストラクチャーモードとアドホックモードの2種類が規定されている。前者は、クライアントが全てアクセスポイントに繋がるかたちで通信を行い、クライアント同士では通信を行わない。一方の後者では、クライアント同士がアクセスポイントを介さず直接P2Pで接続する。Wi-Fi Directでも、このアドホックモードで通信を行う。このため原理的には、全てのWi-FiクライアントがWi-Fi Directを利用可能となっている。

 もっとも、アドホックモードでの接続は、単に通信パケットをお互いに送り合える以上のものではない。ただ、アドホックモードでの接続でもTCPやUDPのパケットを交換できるので、これを用いてインターネット接続を提供することもできる。ただし当然ながら、モバイルルーターなどを用いたインターネット接続に、Wi-Fi Directを用いる必要は特にない。

 上の動画にもあるように、Wi-Fi Directの目的は、アドホックでの接続を経由して、例えば手元のスマートフォンの写真を印刷したり、画面を別のディスプレイに出力したり、ファイル交換を行うといった用途にある。そこで、こうしたデータ交換のためのプロトコルを上位層で規定してやる必要があるわけだ。

 ただし、IEEE 802.11におけるアドホック接続には、例えばデバイスの検索とか、グルーピングといった機能が欠けている。これらは絶対に必要というものではないが、ないと不便ではある。そういったこともあってWi-Fi Allianceでは、まずIEEE 802.11の上位で必要となるP2Pのサービスを「Wi-Fi P2P」としてまとめた上で、さらにその上位にアプリケーション別のプラットフォームとサービスを提供する、という仕組みを提供することにした。

一番下がWi-Fi P2Pで提供される仕組みで、その上位にアプリケーション別のサービスが載るかたちとなる

デバイス検索やグルーピングの仕様を定めた「Wi-Fi P2P」

 Wi-Fi P2Pについては、2009年12月にVersion 1.0がWi-Fi Alliance内部向けに、次いで一般公開版がVersion 1.1として2010年10月にリリースされた。その後、バグ修正やNFCへの対応をはじめとした機能追加などを行いつつ、2016年7月にリリースされたVersion 1.7が最新版となる。そのWi-Fi P2Pでは、以下の機能が提供されることになる。

  • Device DiscoveryとService Discovery
     Wi-Fi P2Pに対応するデバイスの検出や接続、あるいはWi-Fi P2Pの上位サービスの有無の検出
  • Group Formation
     Wi-Fi P2P Groupの形成と、そこへの新規デバイスの参加/退出の管理
  • Powwer Management
     従来型省電力モードとWMMベースの省電力モードの利用、不在通知(Notice of Absense)の提供などを含む省電力技法

 ちなみにVersion 1.7では、45GHz帯以上を利用する通信である「DMG(Directional Multi-Gigabit)」をサポートしており、2.4/5GHz帯のみならず、60GHz帯を使うIEEE 802.11ad/ayでも、Wi-Fi P2Pが利用可能となっている。また、実際の利用シーンの中では、1 to 1だけでなく1 to Manyの接続のシナリオもあり得るとの想定で、「Group」という概念が新たに定められた。

このシナリオは、例えば家庭内でPCと周辺機器をWi-Fi Directでつないでケーブルレスにすることが想定されている。だが現実問題として、そういう使い方はほとんど普及していない

上位に用意される「Wi-Fi P2P ASP」と各種サービス

 このようにWi-Fi P2Pは、あくまでも下回りの仕様のみを定めるものであり、その上位に「Wi-Fi P2P ASP(Application Service Platform)」が用意され、さらにその上位に具体的な各々のサービスが用意されることになる。

ASPが本当に必要かと言われると、Specificationを見る限り、なくても対応可能だとは思うが、この例のように複数の機能がある場合、サービス側の実装がかなり面倒になる。共通部を切り出し、ASPというレイヤーに分けるのが現実的だろう

 ASPについては、上の例で言えば以下のような流れになる。

  1. P2Pでの接続相手を発見(Wi-Fi P2Pの範疇)
  2. P2P Connectionを確立し、必要ならGroupを形成または加入(Wi-Fi P2Pの範疇)
  3. 2で確立したConnectionの上で、Service Xを利用するために必要なASP Session Xを構築(P2P ASPの範疇)
  4. 3で確立したASP Sessionの上でService Session Xを構築(Serviceの範疇)
  5. 2で確立したConnectionの上で、Service Yを利用するために必要なASP Session Xを構築(P2P ASPの範疇)
  6. 5で確立したASP Sessionの上でService Session Yを構築(Serviceの範疇)

 例えばDevice AがスマートフォンやPCなどの機器、Device Bが複合機などの多機能プリンターとする。この場合、Service Xは印刷機能、Service Yはスキャナーやカードリーダーなどの機能に該当する。

 その上に載る個別のServiceに関する仕様には、以下のものがある。

  • Send Service:ファイル転送
     UPnP File Transfer Serviceが基本になっているが、転送プロトコルとしてHTTPを利用する関係で、かなり重厚なサービスだ。基本的にはWi-Fi P2PとP2P ASP、その上にIP/TCP層を載せることで、デバイス同士がL2で繋がったかたちとなる。この上でHTTPのPutメソッドを利用して転送を行うが、転送制御はUPnP File Transfer Serviceで行うという仕組みだ
    Send Serviceのコンポーネント概要。HTTPを使う関係でTCP/UDPが必要となり、ここからIPも必要となる
  • Play Service:再生制御
     Playはゲームの方ではなく、DLNAを利用したメディア制御の方である
  • Display Service:画面表示
     技術的には以前の連載で紹介した「Miracast」と同一。ちなみに"Miracast"はWi-Fi Certificationのブランドで、「Certificationをパスした製品はMiracastを名乗っていい」という扱いとなるため、これだけがWi-Fi Directから独立するようなかたちになっている
  • Print Service:プリントサービス
     こちらは「IPP(Internet Printing Protocol)」をベースとしている。IPPにはRFC2565~2569で規定される「IPP/1.0」と、RFC2910/RFC2911で規定される「IPP/1.1」、「PWG(Printer Working Group)」が策定した「IPP Version 2.0~2.2」が存在するが、Print Serviceでは、このIPP Version 2.0をベースに仕様が定められている

デジカメとプリンターの直接接続で特に普及

 このようなWi-Fi Directだが、コンシューマー向けではそれなりに普及しており、日本のマーケットでいえば、デジカメとプリンターの組み合わせで、Wi-Fi Directの普及が進んでいる。

 PCやスマートフォンがなくとも、デジカメを直接プリンターに接続して印刷できるというソリューションは、Bluetooth接続に対応した製品が次第に増えてはいるが、最近までは、まさにWi-Fi Directの独壇場だった。Wi-Fi AllianceのProducts Finderでは15073製品ほど登録されている。かなり広く普及している規格といっていいだろう。

大原 雄介

フリーのテクニカルライター。CPUやメモリ、チップセットから通信関係、OS、データベース、医療関係まで得意分野は多岐に渡る。ホームページはhttp://www.yusuke-ohara.com/