期待のネット新技術

ESSIDの異なるWi-Fiへの接続を高速化する「Wi-Fi CERTIFIED Optimized Connectivity」

【利便性を向上するWi-Fi規格】(第29回)

 利便性を向上するWi-Fi規格では、Wi-Fiに関する最新動向について、メッシュネットワークや暗号化、WPSなどの利便性を向上する規格や、フリーWi-Fiスポット向けの接続規格を紹介してきた。

 ここまでで、そうしたものの説明もおおむね終わったのだが、Wi-Fi Allianceでは、ほかにもさまざまな標準規格を制定している。最後に、そうしたものをまとめて紹介していこう。

 今回は、公衆Wi-Fiアクセスポイント向け製品認証プログラム「Wi-Fi CERTIFIED Vantage」のVersion 2の要件として追加されたもう1つの要素で、SSIDが異なるアクセスポイントへ再接続を高速化する規格「Wi-Fi CERTIFIED Optimized Connectivity」について解説していく。(編集部)

4つの特徴でWi-Fiへの再接続を高速化する「Wi-Fi CERTIFIED Optimized Connectivity」

 「Wi-Fi CERTIFIED Vantage」Version 2の構成要素で、先週の「Wi-Fi CERTIFIED Agile Multiband」と対をなす「Wi-Fi CERTIFIED Optimized Connectivity」を紹介したい。

 前回紹介したWi-Fi CERTIFIED Agile Multibandは、要するに同一ESS内での接続性を向上するもので、例示したように、社内(当然、ESSIDは同一)での移動の際に、Wi-Fiへの接続性を最大限にするためのものだった。

 今回紹介するWi-Fi CERTIFIED Optimized Connectivityは、複数のESSを跨いだ接続、もしくはWi-Fiとモバイル回線を切り替えながらの接続を、高速に行うためのものである。

 例えば駅の喫茶店からホームに移動する場合、そもそも公衆Wi-Fiサービスの提供元が違うので、アクセスポイントのESSIDも当然異なる。こうしたケースで高速にWi-Fiを繋ぎ直すことで、ユーザーの利便性を高めようというものだ。

 さて、Wi-Fi CERTIFIED Optimized Connectivityにおける基本的な特徴は、以下の4つとされる。

  • Optimized network discovery(ネットワーク検出の最適化)
  • Standardized link quality assessment(リンク品質評価の標準化)
  • Optimized authentication(認証の最適化)
  • Streamlined transmissions(合理的な伝送方法)

 実はこのうち、Optimized network discoveryとStandardized link quality assessmentは、前回も紹介したIEEE 802.11kの機能そのままである。そして残りの2つが「IEEE 802.11ai-2016」で提供される機能となる。

「FILS」を利用して認証と接続を高速化する「IEEE 802.11ai」

 「IEEE 802.11ai」は、IEEEにおけるTask Groupの議長を真野浩氏(コーデンテクノインフォ株式会社、当時の肩書は株式会社アライドテレシス開発センター)が務めたことでも有名な、認証と接続を高速化するための拡張である。

 2016年12月に標準化が完了しており、それもあってこんな話(2017年11月24日付記事『2020年は「IEEE 802.11ai」でおもてなし!? Wi-Fiの認証・接続にかかる時間を0.01秒以内に短縮』)も出ていたのだが、それがWi-Fi CERTIFIED Optimized Connectivityとして普及に踏み出したことになるわけだ。

 さて、そのIEEE 802.11aiは、おそらく次で統合されることになるだろうが、いまだにIEEE 802.11-2016へ取り込まれていない。ただ、既に標準化は終わっていることもあり、実装を行っている機器も存在している。

 その骨子は、「FILS(Fast Initial Link Setup)」の実装である。以下がこの簡単な模式図(というか、概念図に近いか)なのだが、Link確立→認証→Associationの流れを最小限のパケットのやり取りで済ませることで、クライアントが新しいアクセスポイントに接続するまでの時間を高速化させようというものだ。

一番右のTrusted Third Partyは、従来ならIEEE 802.1Xのサーバーなどになるが、ここを従来のプロトコルで実装するとボトルネックになるため、FILSに対応できる新たなサーバーが必要となる。出典は「IEEE Std 802.11ai-2016」

 このFILS、当初の設計目標はセキュアな初期接続時間を表す「Link Setup Time」を100ms以下に抑えることだった。具体的には、BeaconやProbe Request/Response、Association Request/Responseの各フレームの中に用意されるVendor Specific Information Elementを利用し、ここにNonceやMIC、GTK、IPアドレスなどを全て入れてしまうことで、ハンドシェイクの頻度そのものを減らしてしまおうというものだ。

 IEEE 802.11aiの標準化作業と並行して、真野氏らが手掛けたFILSの実装に関する論文「無線LAN高速認証 FILS(Fast Initial Link Setup)の実装及び多重アクセス評価」によれば、プロトコルの一部を実装した状況で認証の時間を計測したところ、従来のWPA2を利用した場合に、Authentification Request(認証要求)~DHCPACK(DHCPによりIPアドレスを取得したことを通知)まで5.055秒要していたところが、FILSを利用すると0.011秒で完了した、という結果が出たという。

この実装は、あくまでもFILSの有効性を確かめるためにいくつかの条件を設け、簡単に実装できるようにしたものだ。IEEE 802.11aiそのものでは、もう少しデータ量は増えると思われる

 ちなみに、WPA2を利用した場合の結果で言うと、Authentification Request~Association Responseまでが0.041秒、そこからEAPのハンドシェイクを行い、最後にEAP Responseをアクセスポイントに送るまでが0.416秒後、EAPOL Keyを取得し終わるまでが0.551秒後で、その後にDHCP Discover→DHCP Offerを出し終わるまでが3.021秒後だ。ただ、なぜかここでDHCPサーバーが応答せずに6回のリトライが発生しており、最終的にDHCPサーバーからIPアドレスを取得するのが5.055秒後となっている。このリトライがなければおよそ3秒ほどだった計算だ。それでも3秒は掛かるわけで、これに比べるとFILSの0.011秒がいかに高速かが分かるだろう。先に示した記事の見出しにある「Wi-Fiの認証・接続にかかる時間を0.01秒以内に短縮」の数字の根拠は、この論文に示されていたものだ。

 また、FILSを利用する副次的な効果として、より遠距離のアクセスポイントとリンクを確立できる可能性が高まることも、この論文で示されている。理由としては、接続開始に要する時間が短いため、反射伝搬などで一時的に到達距離が伸びた場合、あるいは何かの理由で一時的に外乱雑音が低下して伝達品質が向上した瞬間に、素早くリンクを確立できるためと推察されている。

IEEE 802.11k+11aiに「Estimated Service Parameters element」など追加、IEEE 802.11-2016で新定義

 Wi-Fi CERTIFIED Optimized Connectivityに話を戻すと、基本的にはIEEE 802.11k+IEEE 802.11aiで構成されるが、いくつか拡張も施されている。例えば、アクセスポイントは通信品質に関する情報をブロードキャストしているが、これはIEEE 802.11kで定義されており、「QBSS(QoS Basic Service Set) Load element」と呼ばれている。これに加え、IEEE 802.11-2016で新たに定義された「Estimated Service Parameters element」などが追加されている。

 また、冒頭でも書いたが、Wi-Fiとモバイル回線の両方が利用できるケースで、Wi-Fiの信号が弱かったりすることはしばしばあり得る。こうした状況で、Wi-Fiに無理やり繋ごうとするのは、利用者から見れば不便だ。そこで「RSSI(Received Signal Strength Indication)」ベースのAssociation rejectionという仕組みも取り入れられている。

 これは、とあるアクセスポイントから受信できるWi-Fiの信号強度が既定の値未満のとき、そのアクセスポイントへの接続を拒否する仕組みだ。スティッキークライアントの振る舞い抑制は、このRSSI based Association rejectionで実現されるかたちとなる。

 以上が、Wi-Fi CERTIFIED Optimized Connectivityの骨子となる。現実問題として、Wi-Fi CERTIFIED Agile Multibandを取得せずにWi-Fi CERTIFIED Optimized Connectivityのみを取得する製品はそう多くない(というか、Wi-Fi CERTIFIED Optimized Connectivityを取得した製品はWi-Fi CERTIFIED Agile Multibandを取得する)と思われる。問題は、これらのうち、どれだけがWi-Fi CERTIFIED Vantage Version 2を取得するか、というあたりだろうか。

 ということで、ここまで42回に渡ってWi-Fiの話をご紹介してきた。おおむね一通り説明した感があるので、このあたりでいったん終了としたい。今後、IEEE 802.11axの標準化が終わったタイミングなどで、アップデートした情報を改めてお届けできるだろう。

大原 雄介

フリーのテクニカルライター。CPUやメモリ、チップセットから通信関係、OS、データベース、医療関係まで得意分野は多岐に渡る。ホームページはhttp://www.yusuke-ohara.com/