期待のネット新技術

位相変調した光信号を復号するコヒーレント光と、波長分離多重「DWDM」を併用する「400ZR」

【光Ethernetの歴史と発展】

 Ethernetというか10GBASE-Tに関しては、2017年から【10GBASE-T、ついに普及?】と題し、全11回と番外編2回をお届けした。だが、ツイストペアによる銅配線のEthernetは10GBASE-Tまでで、25/40GBASE-Tはまだまだ実用化には至っていない。

 【アクセス回線10Gbpsへの道】とも一部は被るかもしれないが、ここでは光ファイバーを利用する“光Ethernet”を紹介していこう。

「光Ethernetの歴史と発展」記事一覧

100GHz間隔の高密度で光の波長を分割して多重通信を行う「DWDM」

 「DWDM(Dense WDM)」は、基本的にはその名の通り、波長分割多重を高密度で行う方式だ。例えば『レーンあたり50/25Gbpsで400Gbpsを実現する「IEEE 802.3bs」の各規格』で解説した「400GBASE-FR8/LR8」では、1272.55~1310.19nmの範囲に8本の波長を通している。これは波長での計算だが、周波数に直すと以下のようになる。

  • 1273.54nm:235.40THz
  • 1277.89nm:234.60THz
  • 1282.26nm:233.80THz
  • 1286.66nm:233.00THz
  • 1295.56nm:231.40THz
  • 1300.05nm:230.60THz
  • 1304.58nm:229.80THz
  • 1309.14nm:229.00THz

 ここから、0.8THz(=800GHz)間隔で波長を変えているのが分かるだろう。800GHzというのは、電波の世界ではとても広い帯域ではあるが、何しろ光なので、実際のところはさほど広くない、というかかなり狭いものだ。

 そして、この間隔をさらに狭くしたのがDWDMである。どのくらい狭いのかというと、アプリケーション(つまり利用する通信規格)次第ではあるが、ITU-Tの「G.694.1(Spectral grids for WDM applications: DWDM frequency grid)」というRecommendationにおいては、100GHz間隔を基本とした上で、さらに50/25/12.5GHzまでが定義されている。

そもそもG.694.1自体が、Specification(仕様書)ではなくRecommendation(推奨)なので、これをそのまま利用しなければいけない、というものではない。ちなみにこのテーブルは次ページに続いている(が、全て掲載しても仕方ないので先頭だけ)。出典は「G.694.1」(ITU-T)のTable 1

 400GBASE-FR8/LR8と同じ帯域へ、仮に100GHz間隔なら64波長、12.5GHz間隔なら512波長を同時に通すことができる。それぞれが25GbpsのNRZであれば、64波長の場合は1600Gbps、512波長なら12800Gbpsの換算なので、Terabitどころか10Terabit Ethernetすら実現できることになる。

 もちろん、“それが実現できれば”ものすごく有望なのかもしれないが、WDMにおける問題は、複数波長の分離である。800GHz間隔の400GBASE-FR8/LR8ですら、WDMの合成/分離のフィルターはかなり高価格(波長そのものは4nm程度の差でしかないから、当然と言えば当然)になるが、これが100GHz間隔だと波長の差は0.5nm程度、12.5GHzともなると0.1nmを切ることになる。

 そもそもそんな接近した波長をきれいに分離できるかというと、実験室レベルは別として、到底商用レベルには向かないほど著しく困難なため、100GHzあたりが無難ということになる。実際に400ZRの資料を見ると、100GHz間隔のDWDMのほかに、75GHz間隔のDWDMも候補に挙がっていた。しかし、比較検討の結果、こちらはオプション(というかFuture Work)扱いとなった経緯がある。

光ファイバーのピーク減衰率に近い「O-band」の波長に「DWDM」を組み合わせた「400ZR」

 なぜこのように高密度に波長を重ねるのかといえば、光ファイバーの伝達特性に起因している。光ファイバーは、それがSMFかMMFかの違いは当然として、材質や構造などによっても、「光を通しやすい波長帯」(=長距離での光の減衰が小さい)と、「光を通しにくい波長帯」(=長距離での光の減衰が大きい)がある。

 光を通しにくいこうした波長にまたがって信号を送ろうとすれば、減衰が激しいために到達距離は当然減ってしまう。このため、なるべく減衰が小さい波長を選んで送りたいわけだが、そうした波長はあまり多くない。

 この波長については、ITU-Tの「Series G Supplement 39」(最新版は2016年2月で、もともとは2003年10月に初版がリリースされた)での規定で、以下のように定めている(ちなみにこれはSMFを前提としたものであり、MMFで利用される850nm帯は、この議論には当てはまらない)。

  • O-band(Original band) 1260~1360nm
  • E-band(Extended band) 1360~1460nm
  • S-band(Short wavelength band) 1460~1530nm
  • C-band(Conventional band) 1530~1565nm
  • L-band(Long band) 1565~1625nm
  • U-band(Ultra-long band) 1625~1675nm

 その減衰率について、G Supplement 39に掲載されている一例が以下のグラフだ。縦軸が減衰率で、これが小さければ小さいほど到達距離は伸びる。つまり、大きなピークがある1370nm付近を外して利用するのがいいことになる。

1990年以前に設置されていたSMFの測定例。出典はITU-Tの「G.694.1」のFigure 10-2

 なるべくならO-band、つまり1260~1360nmの範囲で収めたいことになる。ただし、上の例でも書いたように、400GBASE-FR8/LR8では波長がおおむね4nm(をやや上回る)刻みだから頑張っても26波長、実際には1350nmを超えると急に減衰率が上がるから、1340nmあたりまでで止めておくとして、20波長そこそこが同時に利用できる限界となる。

 ところがDWDMを使えば、ここに80波長くらいを通すのはそう難しくないわけだ。実際には、ここまで広範囲で光出力できる素子が存在しないので、当初は48波長でのスタートとなったが、従来のWDMに比べて波長数がずっと多いことが分かる。余談だが、従来のWDMについて、DWDMに対比させるかたちで「CWDM(Coarse WDM:疎密度波長分割多重)」と呼ぶこともある。

 さて、400ZRのもう1つの特徴が、コヒーレント光の採用である。もともと光ファイバーの光源には半導体レーザーを使うことが一般的で、その時点で出力されている光はコヒーレント性が高い(=光の干渉を観測しやすい)わけだが、従来は光源の出力を、NRZあるいはPAM-4のように、単に信号あり/なしだけで伝送を行っていて、特に光の干渉を利用した通信方式ではなかった。

 これに対し、コヒーレント光通信と呼ばれる方式では、光信号が位相変調を掛けて送り出される。一方の受信側では「LO(Local Oscillator)」と呼ばれる連続光を用意し、これを受信した光信号と干渉させ、受信した信号光の複素振幅を測定することでデータ列を復号する手順を踏む。

 この方式は、受信した光信号をデジタル信号処理する技法が確立した2005年あたりから実用化されるようになった。そして400ZRでは、このコヒーレント光通信方式と、DWDMを併用する仕様となっている。

 ちなみに、400ZRが利用する光源は、O-band(1260~1360nm)ではなくC-band(1530~1565nm)である。波長で言えば35nm(周波数は191.56~195.94THzの4.38THz)分であり、ここに100GHz間隔で48波長分を取ると、C-bandを少しだけはみ出すことになる。

 実際は191.3~196.1THz(1529~1567nm)を利用しており、S-bandおよびL-bandへ少しだけはみ出しているが、おおむねC-bandを利用するとしていいだろう。O-bandではなくC-bandを利用する理由は、400ZRの構成に関係する。

 以下は400ZRの利用形態をまとめたもので、一番上のみPassiveであるが、中段および下段はDWDM Mux/Demux Amplifierが追加されている。要するに光アンプ(光信号の増強を行うユニット)であり、これを間に挟むことで、最大120kmの到達距離を実現できる仕組みだ。

 そして、この光アンプを作りやすいことが、おそらくC-bandが選ばれた理由だろう。O-bandでは絶対作れないわけではないが高コストとなって、機器もやや大型化してしまうからだ。

中段と下段の違いは400ZRのトランスポンダーをどこに付けるかだけで、400ZRを自分で喋れるスイッチが中段、汎用の400Gスイッチに400ZRモジュールを追加するのが下段となる。出典は"OIF-400ZR-01.0 – Implementation Agreement 400ZR"のFigure 2~4

 ちなみに、ここで示した例は原則Point-to-Pointであるが、ほかに「OADM(Optical Add/Drop Multiplexer)」を間に挟んで、例えば400Gを100G×4に分岐させるといったことも、仕様策定時点では考慮されていたようだ(ただし、OADMを利用する場合は仕様には未定義なので、今後追加されるのかもしれない)。

大原 雄介

フリーのテクニカルライター。CPUやメモリ、チップセットから通信関係、OS、データベース、医療関係まで得意分野は多岐に渡る。ホームページはhttp://www.yusuke-ohara.com/