期待のネット新技術
位相変調した光信号を復号するコヒーレント光と、波長分離多重「DWDM」を併用する「400ZR」
【光Ethernetの歴史と発展】
2020年10月20日 06:00
Ethernetというか10GBASE-Tに関しては、2017年から【10GBASE-T、ついに普及?】と題し、全11回と番外編2回をお届けした。だが、ツイストペアによる銅配線のEthernetは10GBASE-Tまでで、25/40GBASE-Tはまだまだ実用化には至っていない。
【アクセス回線10Gbpsへの道】とも一部は被るかもしれないが、ここでは光ファイバーを利用する“光Ethernet”を紹介していこう。
「光Ethernetの歴史と発展」記事一覧
- 10BASE-Tと同じ仕組みの光ファイバーで最大2kmを実現「10BASE-F」
- 屈折率で伝送距離が異なる「光ファイバー」の材質と構造
- 最大100Mbpsながら伝送距離の異なる「100BASE-FX」「100BASE-SX」などの各規格
- 実効1Gbpsに到達した「1000BASE-SX/1000BASE-LX/1000BASE-CX」
- 拠点間接続に用いる「1000BASE-X」の各種関連規格
- 低価格な光ファイバーで1Gbpsを実現する車載向けがメインの「GEPOF」
- 10Mbpsの「MII」から1000MbpsのCisco独自規格「SGMII」まで
- 1波長で10Gbps、光源と到達距離の異なる「10GBASE-W/R」の各規格
- 10Gbpsのフレッツ光で使われる「10GBASE-PR」、既存ケーブルを流用できる「10GBASE-LRM」
- XENPAK→X2→XFP→SFP+と移った10GBASEのトランシーバーモジュール規格
- 10Gbpsのシリアル通信規格「XFP」、これを置き換えた「SFP+」
- 10GbEの次は40GbEと100GbE、HSSGによってともに標準化の開始へ
- 最大100Gbps、「IEEE 802.3ba」として標準化された8つの規格
- IEEE 802.3baで定義されたInterconnectとトランシーバー規格
- 100Gbpsで100mを目指す「P802.3bm」、IEEE 802.3baをブラッシュアップ
- 最大100Gbps・100mの「100GBASE-SR4」と40Gbps・40kmの「40GBASE-ER4」
- CFPのサイズ半分、最大200Gbpsの「CFP2」、さらに小型化された「CFP4」
- 40Gbpsの「QSPF+」、50Gbpsの「QSFP56」、112Gbpsの「SFP-DD」「QSFP28」
- 25Gbps×4で100Gbps、光Ethernet第2世代「IEEE 802.3bm-2015」の各規格が標準化
- 50Gbpsに対応する5つの規格「50GBASE-KR/CR/SR/FR/LR」
- 「25G PAM-4」で100/200Gbpsを実現する7規格と、SMF1対で100Gbpsの「100G PAM-4」
- 25Gbps×8の「200GBASE-R」では4つのモジュール規格が乱立
- 最大400Gbpsを実現する2つのモジュール規格「OSFP」「CDFP」
- 1レーン50Gbpsで最大400Gbpsを実現する「P802.3bs」
- レーンあたり50/25Gbpsで400Gbpsを実現する「IEEE 802.3bs」の各規格
- 53.125Gの「PAM-4」を4対束ねた「PSM4」で最大400Gbps「400GBASE-DR4」
- アクセス回線向けの光ファイバー規格「IEEE P802.3cp/P802.3cs/P802.3ct」
- 位相変調した光信号を復号するコヒーレント光、波長分離多重の「DWDM」併用の「400ZR」
- 「100GBASE-ZR」を残し「IEEE P802.3ct」から「400GBASE-ZR」を分割
- 1対のMMFで100Gbpsを目指す「IEEE P802.3db」
- IEEE標準ではない光Ethernetの各規格、100G/400G/800Gですでに登場
- SWDMを用いた100/40Gbpsの「100G-SWDM4-MSA」と「40G-SWDM4-MSA」
- 「100GBASE-LR4」と「100GBASE-SR10」の間を埋める最大100Gbpsの「100G PSM4 MSA」
- SMF1本で25Gbps×4の100Gbpsを実現、到達距離2kmの「CWDM4 MSA」、40kmの「4WDM MSA」
- 100Gbpsで10/20/40kmの到達距離を狙った「100G 4WDM-10/20/40」
- 「100G PAM-4」で最大100Gbps、到達距離2kmの「100G-FR」と10kmの「100G-LR」
- SMF1対で100Gbpsの「100G LR1-20/ER1-30/ER1-40」、4本束ねて400Gbpsの「400G-FR」
- 最大400Gbps、到達距離2kmの「400G-FR4」と到達距離10kmの「400G-LR4-10」
- 最大100Gbpsで250kmを伝送可能な「MSA-100GLH」、巨大なサイズと消費電力で採用進まず
- 最大400Gbps、到達距離10kmの「CWDM8」、8×50G NRZの採用で低コストと低電力を実現
- 400Gbpsで到達距離2kmと10kmの「CWDM8 2km/10km」、低OH濃度SMFの採用で損失を抑える
- 400Gを光ファイバー1本で双方向通信する「400G BiDi MSA」、「400GBASE-SR8」を先行規格化
- 50Gが8対で400Gbpsの「400G-BD4.2」、消費電力増や高コストが課題に
- IEEE「400GBASE-SR4.2」は先行した「400G-BD4.2」と相互互換性を確保
- 高コストで普及に至らない「400GBASE-SR8」と、さらに高価な「400GBASE-SR4.2」
- 最大800Gbpsの100G PAM-4 PHY、ベンダー各社がサポート、受発光素子普及のカギは940nm?
- ETCがリリースした「800G Ethernet」の仕様は400Gを2つ並べる構造に
- 「QSFP-DD MSA」を発展させる「QSFP-DD800」、供給電源など今後に課題も
- 最大800Gbpsを目指す「800G Pluggable MSA」、3つの変調方式を採用
- 高帯域と低レイテンシーの一方で到達距離は限界へ、800Gへ想定される4つのシナリオ
- PSM4とCWDM4で1.6Tb/secを実現し、到達距離も延長「800G Pluggable MSA」
- 800G Ethernetに関連、OSFP MSAと2つのIEEEの動向
- 800Gの本命「IEEE 802.3 Beyond 400 Gb/s Ethernet」、100/200Gの信号で800G/1.6Tを実現
- 200G×8の1.6Tbps、×4の800Gbpsでの転送実現は2023年?
- 100Gが8対の「800GBASE-VR8/SR8」が仕様に追加、BERの目標値決定にはさらなる情報が必須
- 200GにおけるElectricalインターフェースを検討、通信に必要な消費電力は半減へ
- Beyond 400 Gb/s EthernetにおけるOTNサポートは4月の投票でいったん否決
- 1.0E10年のMTTFPAを維持、1.0E-14のBER Targetには高コストなFECが必要に
- FacebookやMicrosoftのDC事業者が先行、Beyond 400G Study Groupは800Gと同時に1.6Tの標準化を主張
- 200Gの光伝送は技術的に実現可能、一定の損失を前提にすれば現実的なPAM6の検討も?
- 800Gb/sと同時に1.6Tb/s Ethernet仕様も策定へ 200Gb/sレーンの製品出荷は2027年頃?
- 到達距離10kmの「800G-LR」に向け、Coherent-Lite方式を検討を求めるGoogle
- 200Gのシリアルと800GのWDM、どっちが先に100万ポート出荷を実現できるのか?
- 400・200Gb/sのサポートなど、2021年7月ミーティングへの投票は可決が多数
- 800Gで10kmの到達距離を実現する「800Gbps/10km Reach SMF」の4案
- 800Gで到達距離40kmを目指す「ER8」、MZMを採用し、400G向けDSPを2つ並列
- 銅配線での8レーン800Gが規格化、レーンあたり200Gも実現へ?
- 「IEEE P802.3df」のPAR分割に向けた動き、作業効率化の一方で異論も?
- 800G実現に向け、PDM-32QAMで96G/192GBaudとPDM-16QAMで120G/240GBaudをリストアップ
- これまでの光Ethernet規格振り返りと、「40GBASE-FR」をめぐる議論の経緯
- 「IEEE 802.3cn-2019」は若干のパラメーター変更のみ、「100GBASE-AR/400GBASE-AR」は現時点で幻に
- 「100GBASE-AR」と「400GBASE-AR」は「IEEE P802.3cw」に、PMDの仕様を定義して2023年中ごろに標準化?
- 到達距離500mの「CWDM4-OCP-100G」、低価格な100G Ethernet規格として広く流通し始める
100GHz間隔の高密度で光の波長を分割して多重通信を行う「DWDM」
「DWDM(Dense WDM)」は、基本的にはその名の通り、波長分割多重を高密度で行う方式だ。例えば『レーンあたり50/25Gbpsで400Gbpsを実現する「IEEE 802.3bs」の各規格』で解説した「400GBASE-FR8/LR8」では、1272.55~1310.19nmの範囲に8本の波長を通している。これは波長での計算だが、周波数に直すと以下のようになる。
- 1273.54nm:235.40THz
- 1277.89nm:234.60THz
- 1282.26nm:233.80THz
- 1286.66nm:233.00THz
- 1295.56nm:231.40THz
- 1300.05nm:230.60THz
- 1304.58nm:229.80THz
- 1309.14nm:229.00THz
ここから、0.8THz(=800GHz)間隔で波長を変えているのが分かるだろう。800GHzというのは、電波の世界ではとても広い帯域ではあるが、何しろ光なので、実際のところはさほど広くない、というかかなり狭いものだ。
そして、この間隔をさらに狭くしたのがDWDMである。どのくらい狭いのかというと、アプリケーション(つまり利用する通信規格)次第ではあるが、ITU-Tの「G.694.1(Spectral grids for WDM applications: DWDM frequency grid)」というRecommendationにおいては、100GHz間隔を基本とした上で、さらに50/25/12.5GHzまでが定義されている。
400GBASE-FR8/LR8と同じ帯域へ、仮に100GHz間隔なら64波長、12.5GHz間隔なら512波長を同時に通すことができる。それぞれが25GbpsのNRZであれば、64波長の場合は1600Gbps、512波長なら12800Gbpsの換算なので、Terabitどころか10Terabit Ethernetすら実現できることになる。
もちろん、“それが実現できれば”ものすごく有望なのかもしれないが、WDMにおける問題は、複数波長の分離である。800GHz間隔の400GBASE-FR8/LR8ですら、WDMの合成/分離のフィルターはかなり高価格(波長そのものは4nm程度の差でしかないから、当然と言えば当然)になるが、これが100GHz間隔だと波長の差は0.5nm程度、12.5GHzともなると0.1nmを切ることになる。
そもそもそんな接近した波長をきれいに分離できるかというと、実験室レベルは別として、到底商用レベルには向かないほど著しく困難なため、100GHzあたりが無難ということになる。実際に400ZRの資料を見ると、100GHz間隔のDWDMのほかに、75GHz間隔のDWDMも候補に挙がっていた。しかし、比較検討の結果、こちらはオプション(というかFuture Work)扱いとなった経緯がある。
光ファイバーのピーク減衰率に近い「O-band」の波長に「DWDM」を組み合わせた「400ZR」
なぜこのように高密度に波長を重ねるのかといえば、光ファイバーの伝達特性に起因している。光ファイバーは、それがSMFかMMFかの違いは当然として、材質や構造などによっても、「光を通しやすい波長帯」(=長距離での光の減衰が小さい)と、「光を通しにくい波長帯」(=長距離での光の減衰が大きい)がある。
光を通しにくいこうした波長にまたがって信号を送ろうとすれば、減衰が激しいために到達距離は当然減ってしまう。このため、なるべく減衰が小さい波長を選んで送りたいわけだが、そうした波長はあまり多くない。
この波長については、ITU-Tの「Series G Supplement 39」(最新版は2016年2月で、もともとは2003年10月に初版がリリースされた)での規定で、以下のように定めている(ちなみにこれはSMFを前提としたものであり、MMFで利用される850nm帯は、この議論には当てはまらない)。
- O-band(Original band) 1260~1360nm
- E-band(Extended band) 1360~1460nm
- S-band(Short wavelength band) 1460~1530nm
- C-band(Conventional band) 1530~1565nm
- L-band(Long band) 1565~1625nm
- U-band(Ultra-long band) 1625~1675nm
その減衰率について、G Supplement 39に掲載されている一例が以下のグラフだ。縦軸が減衰率で、これが小さければ小さいほど到達距離は伸びる。つまり、大きなピークがある1370nm付近を外して利用するのがいいことになる。
なるべくならO-band、つまり1260~1360nmの範囲で収めたいことになる。ただし、上の例でも書いたように、400GBASE-FR8/LR8では波長がおおむね4nm(をやや上回る)刻みだから頑張っても26波長、実際には1350nmを超えると急に減衰率が上がるから、1340nmあたりまでで止めておくとして、20波長そこそこが同時に利用できる限界となる。
ところがDWDMを使えば、ここに80波長くらいを通すのはそう難しくないわけだ。実際には、ここまで広範囲で光出力できる素子が存在しないので、当初は48波長でのスタートとなったが、従来のWDMに比べて波長数がずっと多いことが分かる。余談だが、従来のWDMについて、DWDMに対比させるかたちで「CWDM(Coarse WDM:疎密度波長分割多重)」と呼ぶこともある。
さて、400ZRのもう1つの特徴が、コヒーレント光の採用である。もともと光ファイバーの光源には半導体レーザーを使うことが一般的で、その時点で出力されている光はコヒーレント性が高い(=光の干渉を観測しやすい)わけだが、従来は光源の出力を、NRZあるいはPAM-4のように、単に信号あり/なしだけで伝送を行っていて、特に光の干渉を利用した通信方式ではなかった。
これに対し、コヒーレント光通信と呼ばれる方式では、光信号が位相変調を掛けて送り出される。一方の受信側では「LO(Local Oscillator)」と呼ばれる連続光を用意し、これを受信した光信号と干渉させ、受信した信号光の複素振幅を測定することでデータ列を復号する手順を踏む。
この方式は、受信した光信号をデジタル信号処理する技法が確立した2005年あたりから実用化されるようになった。そして400ZRでは、このコヒーレント光通信方式と、DWDMを併用する仕様となっている。
ちなみに、400ZRが利用する光源は、O-band(1260~1360nm)ではなくC-band(1530~1565nm)である。波長で言えば35nm(周波数は191.56~195.94THzの4.38THz)分であり、ここに100GHz間隔で48波長分を取ると、C-bandを少しだけはみ出すことになる。
実際は191.3~196.1THz(1529~1567nm)を利用しており、S-bandおよびL-bandへ少しだけはみ出しているが、おおむねC-bandを利用するとしていいだろう。O-bandではなくC-bandを利用する理由は、400ZRの構成に関係する。
以下は400ZRの利用形態をまとめたもので、一番上のみPassiveであるが、中段および下段はDWDM Mux/Demux Amplifierが追加されている。要するに光アンプ(光信号の増強を行うユニット)であり、これを間に挟むことで、最大120kmの到達距離を実現できる仕組みだ。
そして、この光アンプを作りやすいことが、おそらくC-bandが選ばれた理由だろう。O-bandでは絶対作れないわけではないが高コストとなって、機器もやや大型化してしまうからだ。
ちなみに、ここで示した例は原則Point-to-Pointであるが、ほかに「OADM(Optical Add/Drop Multiplexer)」を間に挟んで、例えば400Gを100G×4に分岐させるといったことも、仕様策定時点では考慮されていたようだ(ただし、OADMを利用する場合は仕様には未定義なので、今後追加されるのかもしれない)。
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