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53.125Gの「PAM-4」を4対束ねた「PSM4」で最大400Gbpsを実現する「400GBASE-DR4」

【光Ethernetの歴史と発展】

 Ethernetというか10GBASE-Tに関しては、2017年から【10GBASE-T、ついに普及?】と題し、全11回と番外編2回をお届けした。だが、ツイストペアによる銅配線のEthernetは10GBASE-Tまでで、25/40GBASE-Tはまだまだ実用化には至っていない。

 【アクセス回線10Gbpsへの道】とも一部は被るかもしれないが、ここでは光ファイバーを利用する“光Ethernet”を紹介していこう。

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53.125Gの「PAM-4」を4対束ねた「PSM4」

 前回、主要な規格については説明したが、1つ残ったのが「400GBASE-DR4」である。

 53.125Gの「PAM-4」を4対束ねる「PSM4(Parallel Single Mode 4-lane)」というアイデアについては、「P802.3bs Task Force」の最初のミーティングの段階で、既に以下のような議論が出ていた。

 シミュレーション結果は、4dBのLink Budgetがあるという、比較的前向きなものだった。ここで「200GBASE-FR4」などのようにWDMを利用せず、4対のSMFを並べようというのは、4×100GのLeaf & Spineの構成を取る場合も考慮してのことのようだ。少なくともこの時点では、56G PAM-4の実現はそれほど困難ではない、という見通しだった。

28Gと56Gのトランシーバーが同じコストとサイズと消費電力で実現できるなら、この議論は成立すると思うが……
CPUの世界では、2014年だと既にムーアの法則は瀕死状態だったが、こうしたネットワークに関してはまだまだいける、という時代だった(っけ?)。
WDMを用いて同じことをしようと思えば、一度400Gbpsで受け、それをスイッチで100Gbps×4に分解する必要があるから、結果としてコストが上がる
光学的には最も低コストでも、ASICや高速モジュレーターなどはこれから開発する必要があり、テスト環境を確立する必要もあるなど決して容易ではないが、克服は可能なレベルと認識されていた

 ちなみに、ここではDMTを利用した場合の試算も行われていた。結論として、ほとんどのポイントでDMTの方がコストは高くつき、消費電力ではPAM-4比で2.5倍になると試算された。DMTの方が優れていると判断されたのは帯域幅(PAM-4の方が帯域そのものは広めに必要になる)だけで、あとは全てPAM-4の方が優れていると判断されたようだ。かくしてDMTは落ち、PAM-4の採用が決定された模様だ。

右図がDMTの原理の説明としては分かりやすいか。出典は"PAM Modulation for 400G SMF"
DMTでは周波数に応じて送るデータ量を変化させる関係でFFT/IFFTが必要であり、これが馬鹿にならないと判断された模様だ

既に存在する「100G PSM-4」のファイバーで400Gbpsを実現する「400GBASE-DR4」が「P802.3bs」に採用

 もっとも、当初は比較的楽観視されていた56GのPAM-4であるが、実際にはいろいろと大変だったようだ。関係しそうなものをピックアップしていけば、2014年11月のミーティングでは、後に「IEEE 802.3cu」として標準化が行われる「400GBASE-FR4」の提案があったが、これはP802.3bs Task Forceでは最終的に採択されなかった。

 その次の2015年1月のミーティングで、初めて400GBASE-DR4に繋がる"400G-PSM4: A Proposal for the 500m Objective using 100 Gbps per Lane Signaling"という提案が出てくる。

御覧の通り56GのPAM-4を、さらにWDMで1本のファイバーに通す仕組み。PAM-4までの部分は400GBASE-DR4に近い構成だった。出典は"Proposal for 400GE Optical PMD for 2km SMF Objective based on 4 x 100G PAM4"
100G×4のPSM-4構成で送受信を行うという「400GBASE-DR4」そのものの提案。出典は"400G-PSM4: A Proposal for the 500m Objective using 100 Gbps per Lane Signaling"

 この提案の動機を見ると、既に存在する100G PSM-4のファイバーを再利用して400Gを通すことができる、というものだった。また、コストおよび消費電力を現在の100G並みに抑えられるという目的もあったようだ。

 当初の提案では1297~1323nmの波長を利用したPSM-4(つまり4対が同じ波長で送信する)で、レーンあたりの信号レートは51.5625Gbps、生のBERは2.1×10^-5、FECによる修正後のBERは1.0×10^-15程度を見込んでおり、Loss Budgetは最大で3dB、送信側のAverage Launch Powerは-2.7~3.5dBm、受信側のAverage Received Powerは-5.7~3.5dBmとされていた。

 この提案は、このミーティングだけでは判断できなかったようで、2015年3月に同じ提案者であるLuxteraのBrian Welch氏による"A Review of 400G-PSM4"という発表がなされた。この中では、BERは十分目標を達成でき、ほかと比べてモジュールの消費電力は低く、コストもずっと抑えられるため、マーケット的からも有望と説明されている。

これは56G PAM-4のみ実験で測定を行い、それとシミュレーション結果から提案仕様を満たせる、としているもの
消費電力の推定。なんとなく全体的に1λ×4x50GBD-PAM4の数字が甘い気がする
コストの試算。そんなに安くなるんだろうか? 出典は"A Review of 400G-PSM4"
ケーブルは確かに「400GBASE-SR16」より安くなるとは思うが、"SMF only"のデータセンターでも利用可能という話は(そういうデータセンターがあるのは事実だが)、全体の中でどの程度の売上を占めるかを考えると難しい気もする

 その次の2015年5月のミーティングでは、再び"400G-PSM4: A Proposal for the 500m Objective using 100 Gbps per Lane Signaling"の提案がなされる。基本的には1月の提案と同じなのだが、細かいパラメーター(例えばLink Parameterではmax TDPにおけるAllocation for penaltiesや、min DTPにおけるPower marginの値が変更になっている)を修正しただけのものだ。

 この提案は賛成52、反対25、棄権27で採択されることになり、ここでようやく400GBASE-DR4がP802.3bsの1規格として採用されることになった。

細かいパラメーター変更などが重なり、「400GBASE-DR4」の標準化は難航

 もっともこの後も、細かいパラメーターがほぼ毎回変更となっている。2015年7月には細かいパラメータがもう一度修正され、2015年9月には、やはりBrian Welch氏による"400GBASE-DR4 TP2 Observations"で、実際の波形の測定結果が示されている。

 このあたりから、議論は定例ミーティングではなく、「SMF Ad Hoc」と呼ばれる、必要に応じて開催される不定期ミーティングで行われるようになった。まず2015年12月15日の電話会議では、CiscoのMarco Mazzini氏が"400GBASE-DR4 PMD Considerations for TX OMA reduction"という発表を行い、送信出力を若干下げるという提案を行っている。

 続いて2016年2月2日には、CienaのPete Anslow氏が"SMF TBDs"という発表を行い、この中でDraft 1.0~1.2で示された400GBASE-DR4のパラメーターの中で問題のある部分を提示。そのうちいくつかは、2月16日のもので反映された。

 これでおおよそ終息かと思ったら、2016年8月30日の電話会議における、FinisarのJonathan King氏による"400GBASE-DR4 link budget discussion"という発表で、「もう少し送信出力と受信感度を上げるべし」という提案がなされた。

 さらに、もうDraft 3.0が出ている時期であり、機能追加と技術的な変更の期限は過ぎているタイミングとなっていた2017年4月25日の電話会議で、MellanoxのDazeng Feng氏より、200GBASE-DR4と400GBASE-DR4の消光比(Extinction Ratio:光源に信号電流を流した場合と流さない場合の光出力の比率)に3.5dBのサポートを追加するという提案が行われており、これはその次の2017年5月15日の電話会議でも再び議論された。

 この電話会議では、加えて400GBASE-DR4のTDECQというイコライザを利用した場合の計算方法についての修正も入っている。というわけで、400GBASE-DR4の標準化には、かなり最後まで苦労した様子が伺える。56G PAM-4というのはこれが最初だったので、致し方ない部分もあるのだろう。

4対構成では一般的な使い方である。出典はIEEE 802.3-2018のFigure 124-6

 最終的に標準化された規格では、400GBASE-DR4は以下とされ、到達距離は2~500mとなった。もちろん、ファイバーそのものはSMFである。MDIのレセプタクルは12本のものの、左右それぞれで4本ずつを使う構成だ。

  • Signaling rate, each lane 53.125±100ppm(GBd)
  • Lane wavelength 1304.5nm~1317.5nm
  • Average launch power, each lane -2.9dBm~4dBm

 余談ながら、400GBASE-DR4のモジュールについても触れておこう。光ファイバーの方は100Gbps×4であるが、モジュールの方は電気信号の面で100Gbpsを1レーンに通すのはまだ難しく、結局50G×8という構成となってしまう。そうするとOSFPやCDFPが利用されるわけだが、実際の製品を見てみると「QSFP-DD」を利用する400GBASE-DR4モジュールがかなり多い。

 QSFP-DDについては、『25Gbps×8の「200GBASE-R」で「CFP8」「QSFP-DD」「OSFP」「CDFP」のモジュール規格が乱立』で紹介したように、400Gの場合は25G PAM-4×8という構成なので、モジュール内では以下のような構成にならざるを得ない。

  • 25G PAM-4 Modem⇔8:4 GearBox⇔50G PAM-4 Modem

 これで15Wの枠に収まるのか? という心配をしたくなるところだが、実際に製品が出ているあたり、うまく収まったとしか思えない。この構成をワンチップで実現するASICを起こして利用しているのかもしれない。

大原 雄介

フリーのテクニカルライター。CPUやメモリ、チップセットから通信関係、OS、データベース、医療関係まで得意分野は多岐に渡る。ホームページはhttp://www.yusuke-ohara.com/