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「100GBASE-ZR」を残し「IEEE P802.3ct」から「400GBASE-ZR」を分割、「IEEE P802.3cw」で策定へ

【光Ethernetの歴史と発展】

 Ethernetというか10GBASE-Tに関しては、2017年から【10GBASE-T、ついに普及?】と題し、全11回と番外編2回をお届けした。だが、ツイストペアによる銅配線のEthernetは10GBASE-Tまでで、25/40GBASE-Tはまだまだ実用化には至っていない。

 【アクセス回線10Gbpsへの道】とも一部は被るかもしれないが、ここでは光ファイバーを利用する“光Ethernet”を紹介していこう。

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「IEEE P802.3ct」は「400ZR」をベースに仕様を策定

 ということで話を戻すと、OIFから「400ZR」のプロトコルが寄贈されたことを受け、これをベースに仕様策定が進められたのが「IEEE P802.3ct」である。

 最初は細かいスペックまで400ZRそのままだったが、2019年2月21日に行われたAd Hoc Meetingの結果、パラメーターが若干見直されることとなった。

 基本的な構成は以下で、100GHz間隔で48波長という点も400ZRと同じだ。ちなみに、75GHz間隔で64波長という構成も、引き続きオプション扱いで残されている。

400ZRでの到達距離120kmは、途中で光アンプが必要になるので仕様から落とし、Passive Cableで届く80km以内を目標とする点も異なる部分だ
送信側のブースターと受信側のプリアンプは、標準で入ることになる。出典は"Toward Baseline for 400GBASE-ZR Optical Specs"

 400ZRから見直されたのは、いくつかの細かなパラメーターだ。Black Link Channel Characteristics(以下左)で「TBD」となっているパラメーターは新規に追加されたもので、逆に400ZRにあったPre FEC BER Maxの1.25×10^-2が削除されている。Tx Optical Specs I(以下右)にはSpectral Excursionが追加された。

ほかに、Redidual Chromatic dispersionも1600ps/nmから2000ps/nmへ変更されている
そのほかのパラメーターは変わりない。出典は"Toward Baseline for 400GBASE-ZR Optical Specs"

 Tx Optical Specs II(以下左)ではError Vector Magnitudeが追加された一方、いくつかのパラメーターが落ちている。また、Rx Optical Specs(以下右)ではパラメーターが2つほど追加され、CD Tolerance(min)も1600ps/nm→2000ps/nmへ変更されている。

削除されたのはI-Q phase imbalance、I-Q skew、I-Q amplitude imbalanceの3つ
DGD(max)とSOPMD(max)が追加された一方、Average PMD Toleranceが削除。出典は"Toward Baseline for 400GBASE-ZR Optical Specs"

コヒーレント光を利用する「DP-16QAM」で、極あたりの信号レートは59.84375Gbaud、400Gbpsを1レーンで実現

 あらためてIEEE P802.3ctの基本的な方式をみると、「C-band」を利用し、変調方式は「DP-16QAM(Dual Polarization 16 Quadrature Amplitude Modulation)」で、信号レートは極あたり59.84375Gbaud。トータルでは400Gbpsを1レーンで実現するというものだ。

 このDP-16QAMは、前回説明したコヒーレント光を利用した方式だ。コヒーレント光では、光に位相変調を掛けるという話は前回説明した通りだ。

 DP-16QAMは、値が16段階(振幅で16段階の値を区別する)となる2つの極を持った方式だ。この極とは、要するに位相の異なる2つの波と考えればいい。

 分かりやすく言えば、垂直偏波(信号が垂直方向に変位する)と水平偏波(同じく水平方向への変位)を重ね合わせた場合、2つが完全に直交していれば、互いに干渉しない。そこで、水平方向へ16段階に変位する波と、垂直方向へ16段階に変位する波(この波を送り出す/受け取るのがそれぞれの「極」と思えばいい)を重ね合わせるかたちで信号を送り出す。

 受け取る方は、これを垂直成分と水平成分に分けた上で、それぞれの振幅を測定することで、極ごとに4bitの値が取れる。垂直と水平、2つの極を合わせると、1回の受信で8bitを送信できるわけだ。

 信号速度は59.84375Gbaudとやや高めだが、これは、256b/257bエンコードの後でCRC-32を付加し、119b/128bのSD-FECを掛け、さらにPad(119bit×6)を追加して、という具合に、さまざまな付加があるためだ。データレートそのものは、50Gbaud×8bit=400Gbpsとなる。このあたりの仕組みは、ほぼ400ZRのものをそのまま持ち込んだかたちだ。

「400GBASE-ZR」拠点間接続が目的の「400ZR」を採用「100GBASE-ZR」は「G.698.2」をリファレンスに100Gを実現

 そんなわけで、もともと400ZRでは1波長で400Gbpsの通信が可能だ。前回も掲載した以下の図で言えば、一番上がそれにあたる。ではDWDMの必要は?というと、図の中段と下段がこれにあたる。

中段と下段の違いは400ZRのトランスポンダーをどこに付けるかだけで、400ZRを自分で喋れるスイッチが中段、汎用の400Gスイッチに400ZRモジュールを追加するのが下段となる。出典は"OIF-400ZR-01.0 – Implementation Agreement 400ZR"のFigure 2~4

 1本の光ファイバーを利用して、複数(最大48レーン:75GHz間隔なら64レーン)の400ZRを通せることになる。もともと400ZRは拠点間接続を目的としており、利用する光ファイバーの本数は少ないほどコストが下げられるので、中段または下段のようにMUX/DEMUXを挟むだけで、最大19.2Tbps/25.6Tbpsのリンクを1本の光ファイバーで構築できることになる。

 このMux/Demuxを挟むことで多重化できる特徴は残したまま、IEEE P802.3ctは少し違う方向へ展開を始めた。400ZRは、もともと400Gbpsの実装のみに限って仕様を策定していた。100Gbpsに関しては、2009年にやはりDWDMを利用した100Gの規格が策定済みで、特に困っていなかったという面があるのだろう。

 だが、IEEE P802.3ctに関しては2019年1月、米国カリフォルニア州のロング・ビーチで行われたミーティングで、以下のような結果が出ている。

400Gに関しても100Gに関しても、一応は賛成多数という結果となった。出典は"Baseline considerations for 100G and 400G DWDM objectives"

 その結果、IEEE P802.3ctは100Gと400Gの両方を手掛けることとなった。つまり100GBASE-ZRと400GBASE-ZRだ。100GBASE-ZRの方はITUの「G.698.2」をリファレンスにする方向となった。これは、25GbaudでDP-DQPSK(2極でそれぞれ2bit)を利用することで、25Gbaud×4bit=100Gbpsを実現する規格だ。

 2019年9月のミーティングでDraft 1.0がリリースされたが、この中身はおおむね予定した通りで、以下左のように100GBASE-ZRと400GBASE-ZRが規定されることになった。そのネットワーク構成が以下の右だ。「既にあるものをそのまま使う」という安定志向による決断か、「新規に仕様をスクラッチから定める時間も予算もない」のかは不明だが、1つの標準規格にまとめる意味があるのか?と思う程全く異なる仕様になっているのは、ちょっと珍しい。

Draft 1.0の骨子。おおむね2019年7月までの作業内容がそのまま反映された。出典は"Chief Editor’s repor"
それぞれを元々異なる規格から持ってきた格好なので、内部スタックがまるで違うものになっているのはどうしたものか

 もっとも、100GBASE-ZRはG.698.2として、400GBASE-ZRは400ZRとして、既にそれぞれ市場へ製品が出ている規格であって、これとかけ離れた仕様にしてしまうと、互換性が全くなくなってしまう。これをTask Forceとしても避けたかったのだろう。Straw poll #4にあるように、あくまでもG.698.2をベースにした100Gの規格を策定するのが目的だったからだ。

IEEE P802.3ctは100GBASE-ZRのみに、400GBASE-ZRは新設の「IEEE P802.3cw」へ移管

 ちなみに主な仕様に関してはDraft 1.0でほぼ固まっているが、400GBASE-ZRのPMDについては新規に策定の必要あり、とされている。実は400ZRに関して、PMD(Physical Medium Dependent)の仕様は明確になっていない。

 もちろんスタックとしては、400ZR PHYの一部としてPMDの定義(Photonic Interfaceという説明だけ)はあるが、その仕様がSpecificationには含まれていない。それでいいのかという疑問はあるが、OIFはあくまで業界標準であり、400ZR PHYを提供するベンダー同士が相互接続性を確保できていれば、PMDの定義は現実問題として不要ということだろう。ただ、IEEEの方ではそうはいかず、追加が必要となったわけだ。

 IEEE 802.3-2018に対する追加や変更は、ほかにもいくつかあるが、これでおおむねオントラックになったかたちだ。

 さて、ここでさらに動きがあった。以下は9月開催のミーティングに際して作成された資料で、100GBASE-ZRと400GBASE-ZRがまとめて扱われているが、この2つを1つの規格として扱うのはやはり無理ではないか? という話題は当然出たそうだ。結果、この2つは別々に扱われることになった。

余談だが、400ZRのSpecificationにおいて、PMDは"Polarization Mode Dispersion"の略として使われていて、IEEE 802.3-2018で利用されるPMDと意味が異なっている

 これを受け、IEEE P802.3ctは100GBASE-ZRのみを扱い、400GBASE-ZRは新しく立ち上げられた「IEEE P802.3cw」へと移管されることになった。これを受けてP802.3ct Task Groupの名称は"100 Gb/s over DWDM systems Task Force"となり、Objectiveも100Gbpsのみが対象となった。

 その一方、P802.3cw Task Groupは400Gbpsのみを扱うことになった。ただ、P802.3cw Task Groupの方は、それまでP802.3ct Task Groupで行ってきた400GBASE-ZR向けの作業をそのまま引き継いだので、無理なく作業が進んでいる。

 2020年に入ると、ご存じの通りCOVID-19の影響を受け、物理的なミーティングが消滅。P802.3ct Task Forceも、イタリア・ジェノバで開催された2020年1月のミーティングが最後で、その後は全て電話会議となっている。

 とはいえ、同5月にはDraft 2.0がリリースされており、同11月の電話会議に合わせてDraft 3.0がリリースされる予定だ。最後のTechnical Changeは9月の時点で締め切っており、Working Groupでの投票も完了済みだ。

 今後はLMSC(LAN/MAN Standards Committee)での投票に移る予定で、スケジュール通りに進めば、2021年9月には標準化が完了するとみられている。一方、P802.3cw Task Forceの方は、2020年4月に正式にTask Forceそのものが結成されており、11月にはDraft 1.0がリリース予定だ。2021年5月にDraft 2.0、11月にDraft 3.0がリリースされ、2022年6月に標準化完了の予定となっている。

大原 雄介

フリーのテクニカルライター。CPUやメモリ、チップセットから通信関係、OS、データベース、医療関係まで得意分野は多岐に渡る。ホームページはhttp://www.yusuke-ohara.com/