期待のネット新技術

最大100Gbpsで250kmを伝送可能な「MSA-100GLH」、巨大なサイズと消費電力で採用進まず

【光Ethernetの歴史と発展】

 Ethernetというか10GBASE-Tに関しては、2017年から【10GBASE-T、ついに普及?】と題し、全11回と番外編2回をお届けした。だが、ツイストペアによる銅配線のEthernetは10GBASE-Tまでで、25/40GBASE-Tはまだまだ実用化には至っていない。

 【アクセス回線10Gbpsへの道】とも一部は被るかもしれないが、ここでは光ファイバーを利用する“光Ethernet”を紹介していこう。

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ネットワークモジュールの電気/機械的な仕様を定めた「MSA-100GLH」

 以前の本連載『IEEE標準ではない光Ethernetの各規格、100G/400G/800Gですでに登場』で紹介した非IEEE 802規格のうち、100Gに関してはOIF(Optical Internetworking Forum)の「MSA-100GLH」が残るのみだ。これはやや毛色が違う規格ではあるのだが、参考までに一応紹介しておきたい。

 OIFそのものは、IEEE P802.3ctに絡んで400ZRnについても触れた『アクセス回線向けの光ファイバー規格「IEEE P802.3cp/P802.3cs/P802.3ct」』の中で紹介しているので割愛するが、MSA-100GLHというのは、100GのLong-Haul向けDWDM Transmission ModuleのElectromechanicalに関するIA(Implementation Agreement)である。

 SpecificationではなくIA、あくまでもAgreementという点がポイントである。とは言え、参加企業は当然このAgreementに沿ってImplementationを行うわけで、エンジニアから見ればSpecificationと読み替えても、特に問題はない。

 それはともかく、MSA-100GLHはネットワークの規格そのものではなく、ネットワークモジュールの電気/機械的な仕様を定めたものである。ではその上で利用されるネットワークはといえば「100G Ultra Long Haul DWDM」を念頭に置いたものだった。

「MSA-100GLH」が念頭に置いた「100G Ultra Long Haul DWDM」、1000~1500kmの長距離伝達が前提

 実はこの100G Ultra Long Haul DWDM、OIFからFrameworkに関するホワイトぺーパーが出ている。これがSpecificationでもIAでもなくホワイトぺーパーという点が、実は大問題なのだ。

 実際、ホワイトぺーパー冒頭のExecutive Summaryに、"Creating common technologies can provide a basis for interoperability, but this project does not include full interoperability of system level implementations within its scope."((このプロジェクトは)相互運用性の基盤となる共通の技術を作るが、プロジェクトの目的には、完全な相互運用性の実装は含まれていない)などと書かれている時点で、これを利用してネットワークを構築するのがかなり困難であることが分かる。

 では、このホワイトペーパーは何を狙ったものかというと、Ultra Long Haul(超長距離)の100G BackboneをDWDMを利用して構築することである。具体的に言えば、1000~1500kmの長距離伝達を前提としたネットワークだ。

 もちろん、これをいきなりPeer-to-Peerで繋ぐというのはあり得ない。通常はこの距離だと、最低でも6つ程度のROADM(Reconfigurable Optical Add/Drop Multiplexer)を挟むのが普通とされている。

 余談になるが、ROADMというのは以下の図のような、ネットワークの交差点(というか、ラウンドロビン?)構成を取る仕組みだ。中央の灰色のリングはWDM構成になっている。

 個々のROADMユニットは、別に設けられたコントローラーから指令を受け、特定の波長の光だけを受け取ったり逆に外から来た波長の光をそのままWDMのリングに流したりできる。下の図で言えば、λ1は左から来て中央下に、λ2は右から左に、それぞれ送り出すわけだ。

 こうした仕組みにより、いちいち光信号を電気信号へ変換してからスイッチングするのではなく、光信号のままスイッチング(というか、行き先変更)できるためにレイテンシーを低く抑えられ、消費電力も相対的に低くなるほか、帯域割り当てやルーティングなどを後から簡単に調整できる。こうした柔軟性も高く評価されている。

 一方で、DWDM(100GHzや50GHzごと、などというケースもある)環境の中で、目的の波長を選び出すのはなかなか難易度の高いシステムとなるわけで、機材が相対的に高額になるデメリットもある。

 話を戻すと、都市内のバックボーンの場合は、このROADMの集積点(上の図で言うところのWDMのリング)が20などに達する場合もある一方で、都市間接続であれば間にROADMの集積点が6つ程度挟まることとなる。ROADM間の距離は、都市内なら数~数10kmだろうが、都市間接続では200~250km程度が想定されているわけだ。

50Gの「DP-QPSK」を採用し、最大100Gbpsで250kmを伝送

 ということで話を戻すと、「100G Ultra Long Haul DWDM」は最大で250kmくらいの距離を伝送する100Gbpsの手法である。ROADMを通すということはDWDMを通るということなので、必然的に1対の光ファイバーになるし、この上でWDM、というわけにも行かない(ROADMのWDMを経由させるのがものすごく大変になる)。

 従って、100Gを1波長で通さないといけないわけだ。そもそも目的の中には、現在利用されている10G 50GHz Transport(光の周波数を50GHzおきとしたDWDM網で、各々10Gbpsを通す)を再利用するかたちで100Gを通そうという話なので、方式そのものが非常に限られることになる。

 これを実現するために選択したのが、50Gの「DP-QPSK(Dual-Polarization Quadrature Phase Shift Keying)」である。QPSKは、搬送波の位相を変化させることでデータを送信する方法として広く知られており、無線などで広く使われている技法であるが、光の場合はコヒーレント光を使ってこれを実現している。

 これは『位相変調した光信号を復号するコヒーレント光と、波長分離多重「DWDM」を併用する「400ZR」』で説明した400ZRと同じ仕組みだ。ただ、400ZRの場合は400Gbpsを実現するために16QAMを採用し、極あたり4bit分の伝送が必要になったが、100G Ultra Long Haul DWDMでは極あたり1bitで十分となるので、普通にQPSKというかたちとなる。要するに、50GT/sec×2bit/Transfer=100Gbps、というわけだ。

DP-QPSKの原理。I極とQ極の2つの変調した信号を合成したのが一番下。出典は"100G Ultra Long Haul DWDM Framework Document"のFigure 4

 さて、ホワイトペーパーそのものには、具体的に200kmを超える距離を到達させるために必要な光源出力や受像素子の感度、あるいはもろもろのパラメーターについての規定は一切なかったりする。ただし、これだけの長距離となると当然エラー訂正がなければ無理だろうということで、後追いであるがエラー訂正に関するホワイトペーパーが、やはりリリースされている。

送受信最大10bit幅の168ピンコネクタ、巨大なモジュールサイズと消費電力で採用進まず

 やっとこれでMSA-100GLHに話が戻ってきた。MSA-100GLHは、この100G Ultra Long Haul DWDMをFEC付きで実現するために必要なモジュールの電気/機械的形状に関する仕様だ。もっとも、ここで定められているのはホスト側とのインターフェースと、モジュールの物理的形状となる。

MSA-100GLHが想定するモジュールの内部構造概略。出典は"Implementation Agreement for 100G Long-Haul DWDM Transmission Module - Electromechanical(MSA-100GLH)"のFigure 1

 まず、ホストとのインターフェースに関しては、コネクタは168ピンのものを利用。送受信ともに最大10bit幅となっていて、信号速度はそれぞれ10Gbpsとなる。「最大」というのは、オプションで40Gのケースも想定されており、この場合は4bit分だけを使うことになっている(速度そのものは10Gbpsで変わらず)ためだ。実際には、上の図で言えばFEC ENCの前に10:2の、FEC DECの後ろには2:10のGearboxが入る格好となる。

 モジュールのサイズ(幅×奥行×高さ)は127×177.8×17mmとかなり大きめで、しかもコネクタは後端ではなく本体底面に設けられるという、非常にユニークな形状だ。

コネクタ自体はモジュールの中に埋め込まれており(つまりモジュールはレセプタクル側)、これを装着する基板の側に設けられたコネクタに差し込む(つまり基板がプラグ側)という、ちょっと不思議な形状。出典は"Implementation Agreement for 100G Long-Haul DWDM Transmission Module - Electromechanical (MSA-100GLH)"のFigure 1

 電源は、モジュールの内部構造概略にもあるように+12Vが供給されるが、ピンは合計12本で、それぞれ最大750mAまで、合計では最大8Aまでだ。そして、Power Dissipationは最大80Wといった代物だ。サーバールーム用と異なり、Long Haul用だから、このくらいの電力は必要なのかもしれない。

 このMSA-100GLHは、2011年9月20日にOIFによって承認された(IEEEで言えば、標準化の完了に相当)が、2013年に一度改定され(Version 2.0)、最終的には2015年3月31日に「Gen.2 MSA-100GLH」がリリースされている。

 もっとも、機能的な追加などは一切なく、細かい修正のほかは、以下の2点が主な変更点となっている。

  • 40Gbpsのオプションを廃止
  • 供給電力を最大4Aへ、Power Dissipationを45Wへ下げる(ピンあたり750mAは変わらず)

 このMSA-100GLHであるが、使われているかというと、全く使われていない、というのが正確なところである。

 そもそもOIF自身がもうMSA-100GLHを"Obsolete Implementation Agreements"扱いにしているあたりからも、それが伺える。

 2010年当時は、まだ光源の効率も悪かったし、FECの回路やDSPなども消費電力が大きかったため消費電力はそれなりに多く、これを安定して稼働させるにはこのくらい馬鹿でかいモジュールにしないと追い付かないということはあっただろう。しかし、その後の急速な半導体や光源の進化は、MSA-100GLHのような巨大なモジュールを不要にした、ということだろう。

大原 雄介

フリーのテクニカルライター。CPUやメモリ、チップセットから通信関係、OS、データベース、医療関係まで得意分野は多岐に渡る。ホームページはhttp://www.yusuke-ohara.com/