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IEEE「400GBASE-SR4.2」は先行した「400G-BD4.2」と相互互換性を確保

【光Ethernetの歴史と発展】

 Ethernetというか10GBASE-Tに関しては、2017年から【10GBASE-T、ついに普及?】と題し、全11回と番外編2回をお届けした。だが、ツイストペアによる銅配線のEthernetは10GBASE-Tまでで、25/40GBASE-Tはまだまだ実用化には至っていない。

 【アクセス回線10Gbpsへの道】とも一部は被るかもしれないが、ここでは光ファイバーを利用する“光Ethernet”を紹介していこう。

「光Ethernetの歴史と発展」記事一覧

IEEE P802.3cmが標準化を進める「400GBASE-SR8」「400GBASE-SR4.2」の2規格

 前回に続いて、IEEE P802.3cm Task Forceの話をしていこう。初回のミーティング(2018年5月)で提案された「400GBASE-SR8」は、要するに1方向あたり8本のファイバーを用意し、それぞれ50G PAM4で信号を通せば400Gという計算だ。WDMによる送受信の多重などは一切行わない力業である。

OM4ファイバーを利用し、400Gbpsを100mの距離まで伝達できることが主目的。出典は"400 Gb/s 100-m 8-pair MMF objective baseline proposal"

 光ファイバーは送受信で16本に達するが、過去には1方向あたり10本の「100GBASE-SR10」という、さらに力業の規格があったため、これに比べればマシだろう。上の図にもあるように、IEEE 802.3cd-2018で標準化されたこちらで紹介した「200GBASE-SR4」を2つ並べたような構造とすることで、確実に標準化が達成できる方策を採った、というべきだろうか。

「400GBASE-SR8」のみが標準化されると、ほぼ全面的にファイバーの敷き直しになるから無理もない。出典は""Baseline proposal for a 400 Gb/s optical PMD supporting four MMF pairs"
Bi-Di、つまりWDMを利用しての1本の光ファイバーを使った双方向通信が既に現実的、とやや強弁している気もなくはない。技術的には確かに熟しているのだろうが、問題はコストだ

 ただ、2018年7月のミーティングでは、いよいよ「400GBASE-SR4.2」につながるbaseline proposalが登場する。上のスライドの通りMotivationは実に分かりやすく、要するに「既に1方向あたり4レーンのMMFが数多く設置されているのに、いまさら片方向8レーンは……」というわけだ。

 400GBASE-SR8は確実に実用化できる技法であり、これに反対はしないものの、それだけではなくBiDiを利用した400GBASE-SR4.2も検討すべき、というアピールである。

「400GBASE-SR4.2」の中身は400G BiDi MSA策定の「400G-BD4.2」と一致

 当初提案された波長は、初回のミーティングで提案された850nmと880nmではなく、850nmと910nmの2波長となった。やはり880nmだと2つの波長が接近し過ぎていて、分離のためのフィルターが高コストになりそうなことと、既に910nmでも実績があることを挙げている。

 Transmit/Receive characteristicsも示されていたが、あくまでもこれは叩き台だから、当然と言えば当然なのだが、中身は当然400G-BD4.2と完全に一致している。ちなみにこのProposal、発表の後の投票で、賛成38、反対2、棄権28という結果となり、以後はTask Forceで400GBASE-SR8と400GBASE-SR4.2の両方について検討することが決まった。

L0~L3を一般的な840~860nmより若干長波長とすることで、VCSELを利用した場合の効率を上げているとするが、要するに合わせただけで、元々の400G-BD4.2が844~863nmを選んだ際の趣旨、という気もする。出典は"Baseline proposal for a 400 Gb/s optical PMD supporting four MMF pairs"

 ただ、このときのProposalでは、Lane assignment(つまり以下の図でいうところのBiDi方式かCoDi方式か)に関しては言及されておらず、これは次の2018年9月のミーティングで示されることになった。そのLine Alignmentであるが、初回ミーティングのプレゼンテーションで推されていたCoDi方式から一転、BiDi方式となった。

400G-BD4.2が上のBiDi型。一方CoDiは送信側と受信側の分離により、信号のクロストークを削減できるとするもの

 CoDi方式ではなくBiDi方式が推された理由は正直なところ不明だ。400G-BiDiとの互換性を考えればBiDi方式がいいのは明白だが、そうなると、初回のミーティングでトランシーバーモジュール内部での信号のクロストーク軽減を考えるとCoDi方式が有利、という説明は何だったのか?という話になる。

 このプレゼンテーションの後で行われた議論の要約では、BiDi方式は既存の40GBASE-SR4や100GBASE-SR4と同じフォームファクターであり、こちらの記事で紹介した「400GBASE-DR4」とも光ファイバーやモジュールの互換性が取れる、という説明があったようだ。ただこの時点では、まだ採択は行われていない。

「12 fiber MPO」との表記は、上の図のように左がTX、右がRXと決まっている。BiDiではこれをTR/RTと読み替えるとする
Fiber Pairsを見ると、左の図の上部の構図が非常に都合がいい。ただこれ、400GBASE-SR4.2を4×100GBASE-SR2に分離でもしない限り、Pairにこだわる必要はない気もするのだが……
Specificationへの追加文面案。出典は"MDI Lane Assignments for 400GBASE-SR4.2"

 ちなみに、この2018年9月のミーティングでは、400GBASE-SR4.2に対するTDECQ/SECQの手法に関する説明も行われ、その中でMeasurement bandwidthを-3dBeにする、という提案が賛成多数で可決している。この時点で提案された内容を元にDraft 1.0を作成するという提案も出され、こちらも全員一致で可決されている。つまり、採択はされていないと言いつつ、Draft 1.0におけるLane assignmentsはBiDi方式のまま通ったかたちだ。

 これに続くミーティングの記録にも、このLane assignmentに関する異論は特に見当たらない。むしろ、SR4.2のPower Budgetやノイズに関して、シミュレーションや実験結果からの変更提案があったり、変なところでは図版の修正の提案があったりした。

 ただ、こうした提案はほぼスケジュール通りに収まり、2019年11月のミーティングでTask Forceの作業は終了。2020年1月30日に「IEEE 802.3cm-2020」として標準化を果たしている。

このシステムのブロック図では、1本の光ファイバーをWDMで双方向にしている点が分かりにくいとされた。ただ「IEEE 802.3cm-2020」では最終的にこの図がそのまま生き残った
提案された図。言いたいことは分かるが、むしろごちゃごちゃして分かりにくい気も。出典は"Proposed modification to clause 150.5.1 PMD block diagram Figure 200-2-Block diagram for 400GBASE-SR4.2 transmit/receive paths"

「400GBASE-SR8」と「400GBASE-SR4.2」はわずかに異なるも、相互互換性は確保

 そのIEEE 802.3cm-2020で標準化されたのが、400GBASE-SR8と400GBASE-SR4.2の2つの規格である。ただ、前者に関しては、かなりの部分が50GBASE-SR/100GBASE-SR2/200GBASE-SR4と共通することもあり、Clause 138へ追加されるかたちとなった。そして後者については、Clause 150にまとめられている。

 ということで、400GBASE-SR4.2について見ていこう。送受信の波長は、以下の表のように400G-BD4.2と同じだ。

送信波長受信波長
TR844~863nm900~918nm
RT900~918nm844~863nm

 到達距離はOM3で0.5~70m、OM4で0.5~100m、OM5で0.5~150mとなっている。実は、Power Budgetの議論では、OM5で300mの場合のシミュレーション結果なども出ていたが、仕様としては最大150mまでの範囲に収まっている。

 ただ、送受信のパラメーターは異なる部分もある。下図はTransmit charasteristicsを比較したものだが、右の400GBASE-SR4.2と左の400GBASE-SR8との間で、RMS spectral widthの最大値が波長によって変化しているほか、Average launch powerの最小値も0.3dB引き上げられている。

 また、Transmitter Transition timeの最大値も34psから31psへ短縮されている。このうちRMS spectral widthは、光源として利用されるVCSELの特性上、910nmではスペクトルの幅が多少広がることに対応したものだ。

右が400G-BD4.2、左が400GBASE-SR4.2の送信パラメーター。出典は"IEEE 802.3cm-2020"のTable 150-7と、"400G BiDi Technical Specification, Revision 1.0"のTable 2-2

 同様にReceive charasteristicsを比較したのが下の図である。大きな違いはAverage receive powerで、最小値が-8.5dBmから-8.2dBmへ上がっている。これはAverage launch powerを0.3dB引き上げたことが、そのまま影響しているのだろう。

右が400G-BD4.2、左が400GBASE-SR4.2の受信パラメーター。Receiver sensitivityは"Equation(150-1)"となっているが、式そのものは変わらず。出典は"IEEE 802.3cm-2020"のTable 150-8と、"400G BiDi Technical Specification, Revision 1.0"のTable 2-3

 やや面白いのがPower budgetだろうか。Specificationで比較する限り、850nmにおけるEffective modal bandwidthは同等だが、910nmの場合は400G-BD4.2の方が全体的に低めで、Power Budgetも400G-BD4.2の方がやや低めに見積もられている。

 Additional insertion lossのマージンも0.1dBほど低いが、これが400G BiDi MSAでは厳しめに見積もったのか、それともIEEEの方ではきちんとテストを行って、想定よりもマージンがあると判断して反映したのか。おそらくはその両方ではないかと思う。

上が400GBASE-SR4.2、下が400G-BD4.2。Power budgetは異なるが、Operating distanceそのものは変わらないし、Channel insertion lossも同じ。出典は"IEEE 802.3cm-2020"のTable 150-9と、"400G BiDi Technical Specification, Revision 1.0"のTable 2-4

 おそらくその結果、通常の利用では400GBASE-SR4.2と400G-BD4.2では運用の相互互換性がほぼ保たれていると考えていい。厳しいのは、それこそOM5で150mオーバーとか、OM3で70mぎりぎりとか、そうした仕様の限界にチャレンジしている環境だろう。

 そうした場合は相互互換性が保ちきれない可能性はある。とはいえ、ほぼほぼ400G-BD4.2の仕様が保たれたとしていいかと思う。

 ちなみにIEEE 802.3cm-2020の方では、400G-BD4.2のSpecificationで省かれている細かな仕様がきちんと反映されている。その意味でも、400G BiDi MSAはとりあえず実績を作るために400G-BD4.2の仕様策定を急ぎ、きちんとした仕様は400GBASE-SR4.2で策定する腹積もりで、それがきちんと果たされた、ということかもしれない。

大原 雄介

フリーのテクニカルライター。CPUやメモリ、チップセットから通信関係、OS、データベース、医療関係まで得意分野は多岐に渡る。ホームページはhttp://www.yusuke-ohara.com/