期待のネット新技術

800G実現に向け、PDM-32QAMで96G/192GBaudとPDM-16QAMで120G/240GBaudをリストアップ

【光Ethernetの歴史と発展】

 Ethernetというか10GBASE-Tに関しては、2017年から【10GBASE-T、ついに普及?】と題し、全11回と番外編2回をお届けした。だが、ツイストペアによる銅配線のEthernetは10GBASE-Tまでで、25/40GBASE-Tはまだまだ実用化には至っていない。

 【アクセス回線10Gbpsへの道】とも一部は被るかもしれないが、ここでは光ファイバーを利用する“光Ethernet”を紹介していこう。

「光Ethernetの歴史と発展」記事一覧

OTT Service providerが800G Coherentを検討

 800G(と1.6T) Ethernetの話も大詰めになってきた。9月のミーティングは4回が予定され、うち1回がキャンセルされて都合3回開催された。

 その9月のミーティングでは、基本的にPARやCSDを含むProject DocumentのUpdateがメインで、その内容もここまで説明してきた話の延長にあった。つまり、まずは順調にDocumentの検討が進んでいるというかたちだ。

 そんな中で唯一新しい話としては、HiSilicon OptoelectronicsのHuijian Zhang氏らによる"Feasibility study of coherent 800Gb/s for 10km & 40km"というプレゼンテーションが行われたことだろうか。これによれば、OTT Service providerが800G Coherentへ非常に興味を示しているそうで、これに向けての検討を行ってみた、としている。

問題は、ここで示されている文献が、掲載先のこちらからダウンロードできず、中身が確認できないことだ。どうもIPECの会員にならないと入手できないようだ

 さて、以下は信号速度とSNRの関係である。緑は800Gbps、青は1.6Tbpsでのシャノン限界(理論上の最大通信路容量)で、赤が利用可能なSNRの上限となっている。なので、この赤と緑、もしくは赤と青の2本の曲線に挟まれた領域が、現実問題として使える信号速度とSNRの範囲ということになる。

縦軸は「通信に必要なSNR」なので、BERが悪いほど必要なSNRも上がることになる

 この範囲に入る有望な信号の候補として、PDM-32QAMで96G/192GBaud、もしくはPDM-16QAMで120G/240GBaudがリストアップされた。

PDM-32QAMで消費電力を下げるか、PDM-16QAMでSNRをやや低くするか

 ここでとりあえずは800Gに注目した上で、PDM-32QAMとPDM-16QAMのメリットとデメリットを挙げたのが以下のスライドだ。

120GBaud PDM-16QAMの話は後述する

 Zhang氏によれば、既にPDM-32QAMは実験室レベルでの動作を確認しており、また送信速度が96GBaudと(PDM-16QAMに比べて)低いがゆえにサンプリングレートを下げられ、結果として消費電力も下げられるとする。

 一方で、信号速度とSNRの関係を示したグラフにあるように必要となるSNRはやや高くなる(これは16QAMと32QAMの違いに起因する)ため、マージンはやや厳しくなる、としている。

 PDM-16QAMでは、このメリットとデメリットは当然ながら逆となる。SNRはやや低くてもよくなるが、その分通信速度が引き上がる欠点があることになる。そこで、96GBaud PDM-32QAM環境での感度とOSNRを実際にテストしてみたとする。

今回はあくまでも受信感度とかOSNRのデータを取るだけなので、光ファイバーの距離は最小限。まだ実証実験をやるわけではないからこれで十分であろう

 まずは、ROP(Received Optical Power)とBERの関係である。BERを1.25E-2と設定したのは、OIFの「400ZR」が1.25E-2のCFEC(Concatenated FEC)を採用しているからで、これと同等であれば、9.5dBのマージンがあるとされる。

 また、4.5E-3 FEC(Stairecase FEC)を利用した場合、当然マージンは減って7.2dBほどになるが、これは10kmファイバーのLink Loss+1.2dBほどのマージンになる、としている。

 もっとも、10kmならこれでもいいが、40kmのERに関してはどう考えてもこれでは厳しい気がするのだが、これに関しては"Performance can be further improved by optimizing the constellation"(コンスタレーションの最適化によって、さらに性能を改善できる)で済ませているのは、今回はまだ厳密な検討ではないから、ということだろう。

Stairecase FECを利用してBERを4.5E-3に抑えて実装できそう

 同様にOSNRバジェットに関する検討が以下だ。BERには新たに2E-2が加わり、こちらだと8.4dB、1.25E-2で7.3dB、4.5E-3で5.2dBとなっている。CFEC(BER=1.25E-2)で7.3dBというSNRは、受信側として十分か? と問われると微妙なところだが、対応はできる範疇だと思われる。

ASE(Amplified Spontaneous Emission)は「増幅された自然放出光」の意味。このBERをこのASEのカーブ以下にすることはできない

 ただ、こちらも10kmの到達距離には十分でも、40kmだとちょっと厳しい気がする。そこは"The gap between the theoretical limit and measured result indicates potential space for further improvement."(実験結果と理論値の差は、今後まだまだ特性の改良の余地があることを示している)という楽観的な姿勢で押し通すつもりのようだ。

 結論として、少なくとも96GBaud PDM-32QAMは簡単な実験で有望そうなことが確認されており、Stairecase FECを利用してBERを4.5E-3に抑えて実装できそう、という話になっている。

まぁ40kmをやるには送信出力を上げれば済む、と言われればその通りだが

 120GBaud PDM-16QAMは検討されていないが、FEC周りで言えば、信号速度とSNRの関係を示した「Capacity analysis」のグラフでも分かるように、BERにはマージンがあるので、さらに実装は容易、という判断であろうかと思う。

 さて、このプレゼンテーションはStraw PollもMotionもないものなので、あくまでも参考意見というか今後の議論のたたき台という格好になるかと思うが、上の「Comparison of two candidates for 800 Gb/s」のスライド末尾にある"120GBaud PDM-16QAM will be studied in the near future."の一文について少し触れておこう。

 この意見はあくまでHiSilicon Optoelectronicsとしての見解かと思われる。では他社の見解は? ということでちょっと調べてみると、例えばNeoPhotonicsの2019年第3四半期のCompany Overviewでは、800Gの120GBaud 16QAMが2021年に提供予定、96GBaud 32QAMは2022年提供予定となっている。

これはあくまでも2019年度における見通しなので、実際の提供時期そのものを確定させているわけではない。出典はNeoPhotonicsの"Company Overview"

 もう少し最近の資料だと、2021年9月付の"Trends and Technology: Coherent Pluggable Modules Unleashed"に「800G-ZR+」のテスト結果が掲載されているが、その試験構成を見ると、AWG(Arrayed Waveguide Grating)からCDM(Coherent Driver Modulator)に120GSamples/sの速度で接続されており、これは16QAMで120GBaud構成のように見える。

そもそも「800ZR+」のSpecがまだ公開されていないが、96GBaud/32QAMと120GBaud/16QAMの両方式が考慮されているようだ。出典はNeoPhotonicsの"Trends and Technology: Coherent Pluggable Modules Unleashed"

Arista Networkは、120GBaud 16QAMも実現可能と主張

 あるいは、Arista Networkの会長兼CDO(Chief Development Officer)であるAndreas Bechtolsheim氏が2019年に示した"400G and 800G Ethernet and Optics"のスライドによれば、既に同社は120GBaud 16QAMの実現可能性を検証済としている。

ここでは、まだ800ZR周りの詳細はあまり詳しく述べてないが、とりあえずモジュール電力20Wで800ZRを120GBaud 16QAMで実現する事は可能としている。出典は"400G and 800G Ethernet and Optics"

 そんなわけで、変調方式に関しては、Task Forceに昇格した段階でもう少し細かく議論が行われそうな予感だ。

 さて、これに続く10月のミーティングは、10月14日の分がなぜか非公開(URLは示されているがアクセスできず)、10月21日がキャンセルになり、10月28日にProject Documentの完成版が公開された。

 内容的にはここまで説明してきた内容の集大成といったもので、逆に言えば何か新しいものが入ったというわけではない。

 この先の議論はTask Forceに持ち越しといった格好で、それもあって26もの方式全てを含んだものとなった。このProject Documentが11月16日にIEEEのPlenary Electronic Meetingで説明され、ここで問題がなければ2022年1月のTask Force結成に向け、IEEE内の事務作業が回り始めることになると予想される。

大原 雄介

フリーのテクニカルライター。CPUやメモリ、チップセットから通信関係、OS、データベース、医療関係まで得意分野は多岐に渡る。ホームページはhttp://www.yusuke-ohara.com/