期待のネット新技術

アクセス回線が10Gbpsに到達した「10G-EPON」、「IEEE 802.3av」として標準化

【アクセス回線10Gbpsへの道】(第5回)

 NTT東が、光ファイバーを用いたインターネット接続サービス「Bフレッツ」の提供を2001年に開始して以来、そのスピードは、当初の10M/100Mbpsから高速化を続け、2015年にソニーネットワークコミュニケーションズ株式会社が提供を開始した「NURO 光」の新プランで、ついに10Gbpsに達した。2017年には、「NURO 光 10G」の対象地域が拡大するなど、多くの地域で10Gbpsのインターネット接続サービスが利用可能になっている。今回は、「IEEE 802.3av」として標準化された10Gbpsのアクセス回線向け光ファイバー規格「10G-EPON」について解説する。(編集部)

 IEEEは、第3回で紹介した「IEEE 802.3ah」の標準化が終わると、すぐに次世代規格として10Gbpsに対応するPONの規格策定を開始する。理由は簡単で、より広帯域が必要という話は、GE-PONの策定時点から既に出ていたからだ。

「10G-EPON」で10Gbpsへの増速が必要とされた背景

 GE-PONでは、仮に32台のONUを繋いだ場合、1世帯あたりの帯域は30Mbpsそこそこ、16台に減らしても60Mbps程度にしかならない。欧米などからは「これで十分」という声もあったようだが、逆に日本や韓国などは「全然足りない」と強く主張したようであり、また現状では足りているにしても、将来不足することを見越して、2006年からStudy Groupが発足する。

 このStudy Groupは43社から62人が参加。国内ではNEC、KDDI R&D Lab、ケイ・オプティコム、ソフトバンクがこれに参加している。IEEEとしては、GE-PONの普及開始を喜ばしいとする一方、より高速な帯域が必要なキャリアに独自の規格を策定して実装されてしまうのは問題である、という立場を取っており、これに向けてGE-PONの10倍の帯域を持つ規格の策定を開始した。

 この10倍という数字は要求と現実のバランスを取ったかたちだ。要求の方は? というと、2006年の「10G EPON CFI(Call for Interest)」の資料を読むと、2010年頃には各家庭に3~5台のSTB(Set Top Box)が入るようになり、最低でも1Gbpsの帯域が必要と記されている。しかし、現実問題として2018年の現在でも、まだ家庭に1Gbpsが必要というところまでは来ていない(あれば喜ばれるが、なくてもそれほど困らない)から、ややオーバースペックだった感は否めない。ただし、この当時にそこまで読み切るのは難しかっただろう。

 一方、現実の方は? というと、10GbpsのEthernetこそ2002年6月に「IEEE 802.3ae」として標準化は完了したものの、これに続く40G/100G Ethernetである「IEEE 802.3ba」の標準化が完了したのは2010年6月のことで、2006年当時は技術的にもコスト的にも未知数であった。ちなみに結果から言うと、IEEE 802.3baでは、信号速度は10Gbpsのままケーブルの本数を増やして40/100Gbpsを実現する方式で、PONでの利用にはかなり困難がある。

 なお、長距離用の100GBASE-LR4/100GBASE-ER4のみ25Gbpsまでをサポートするが、こちらはWDMを利用して4波長で各々6.25Gbpsを通すものだ。その意味では10Gbpsという目標は、要求にある程度応えつつ、技術的に実現可能なぎりぎりの範囲という、よい選択だったと言える。

 もう1つポイントを挙げれば、前回紹介したITU-Uの「G.984.3/984.4」、つまりG-PONは既にこの当時標準化を終えており、実際にこれを採用する通信キャリアも出始めていた。こうした状況に危機感を感じていたであろうことは、以下の通り明らかで、そのためにもG-PONより広い帯域が必要であり、10Gbpsというのはちょうどよい数字だったといえる。

"10Gbps PHY for EPON Call for Interest"(PDF)より。この後「われわれはIEEE 802.3が次世代EPONの標準化のためのStudy Groupを立ち上げることを推奨する」と締めくくっている

IEEE 802.3avとして標準化、GE-PONからの移行が容易に

 さて、Study Groupの発足に続き、2006年9月には「IEEE P802.3av 10G-EPON Task Force」も発足。2007年12月にはDraft 1.0、2008年6月にDraft 2.0が出たが、いろいろ細かい変更もあり、最終的に2009年1月のDraft 3.0をベースに標準化作業が進み、2009年9月に「IEEE 802.3av」として標準化の策定が完了した。

IEEE P802.3av 10G-EPON Task Forceのウェブページ

 その10G-EPONであるが、1GbpsのGE-PONからスムーズに移行できるような仕組みが取り込まれたことで、やや複雑なものになった。まず基本的な構造としては10GBASE-LR/10GBASE-ERの仕組みをそのまま利用している。当初は2.5Gbps×4のWDMという方式も検討されたが、これは脱落した。

 ただ、速度としては以下のように、OLT-ONU間の双方向を10Gbpsとする「10G-EPON対称型」のほか、3種類の動作をサポートするものとなった。

OLT→ONUONU→OLT
10G-EPON対称型10Gbps10Gbps
10G-EPON非対称型10Gbps1Gbps
GE-PON1Gbps1Gbps

 既存のGE-PONとしての動作もサポートするのが肝で、これによりGE-PONでサービスを提供している既存のISP事業者などの顧客は、配線やスプリッター、OLTなどを先行して10G対応のものへアップグレード可能になった。ちなみに10GBASE-LR/10GBASE-ERの仕組みを利用するとはいいつつも、これらは長距離通信用の規格となるため、トランシーバー(の中のレーザー素子)が高価になる。廉価なトランシーバーでも同等の効果を得られるよう、「FEC(Foward Error Correction)」を利用することでエラー率を下げられるようになっている。

 話を戻すと、この3種類の通信方式を実現するために、上り下りとも1Gbpsと10Gbpsの2種類の信号をWDMで多重化させているのが10G-EPONの技術的なミソである。実際には、以下の4種類の波長を1本のファイバーに通す形になっている。

方向信号利用波長
ONU→OLT(上り)10Gbps1260~1280nm
1Gbps1260~1360nm
OLT→ONU(下り)10Gbps1575~1580nm
1Gbps1480~1500nm

 ちなみに、下り(OLT→ONU)は10Gbpsと1Gbpsの両方の波長の信号を同時に送信し、ONUの側でWDMフィルターを使って、自分が欲しい方の信号だけを受け取ることで対応する。例えば10G ONUであれば、1Gbpsの信号はフィルターでカットする。一方の上り(ONU→OLT)はTDMA制御で、1Gbpsと10Gbpsの信号を時分割で混在させて送り出す方式となる。

 このTDMA制御の基本的な考え方は、GE-PONの「DBA(Dynamic Bandwidth Allocation)」に近く、それぞれのONUに対して送信開始時間と転送可能データ量をOLTから割り当てる形である。ただし、以下の変更が施されている。

  • ONU→OLTではトランシーバーの性能(GE-PON用のONUと10G-EPON用のONUでは出力などがだいぶ異なる)に応じたシステム運用を可能とするため、GE-PONでは固定時間だった「MPMC(Multi-Point MAC Control)」における信号オン/オフの時間を変更可能に
  • さまざまなシステム要件に柔軟に対応できるよう、従来のIEEE 802.3の制御フレームを拡張してMAC制御を行えるように
  • 3種類のONUが共存することを考慮し、MPMCにおけるRanging Windowの起動を上り(ONU→OLT)の速度ごとに行えるように変更。また上りが1Gbpsの場合、それが10G-EPONの非対称型なのかGE-PONなのかを区別できるように配慮

 なお、1つのOLTが収容できるONUの数は128となった。G-PONの254ほどではないにせよ、GE-PONの32からは大幅に増えたことになる。

10G-EPONが国内で普及しなかった理由は?

 さてこの10G-EPONだが、上で書いた通り2009年には標準化が完了している。国内で言えば、NTT東西が2014年度にも10G-EPONを利用するといった報道が2013年に流れたこともあった。これに先立つ2012年には、一般社団法人情報通信ネットワーク産業協会で相互接続試験が実施されたりもした。にもかかわらず、実際には立ち上がっていない。KDDIも2015年に10G-EPONを使ったトライアルを開始したが、これもトライアルに留まっており、その後も一般向けサービスは開始されていない。

 10G-EPONがサービスインに至らない理由については、NTT東西による公式発表はない以上、推測でしかないのだが、需要を読み違えたのではないかと思われる。やや古いデータとなるが、2014年5月のMM総研のレポートでは、FTTHが伸び悩み、その一方でモバイルブロードバンドが急速に伸びているという状況になっていた。

 これもあって、NTT東西としては、それなりの設備投資が必要になるGE-PONから10G-EPONへの機器更新を中止してしまったのではないだろうか。元々2010年頃からこういう議論も行われていたように、「本当にFTTHのさらなる高速化が必要なのか?」という議論は、NTT東西の内部でもあったはずだ。

 皮肉なことに、2015年に総務省が規制緩和を行った結果、光コラボレーションが可能となり、ここから急速にNTT東西のFTTH契約数が伸びることになった。また2014年あたりからは、さまざまな動画配信サービスが開始され、これが利用帯域の急増を後押しすることになった。

 悲しいのは、だからといって急に「やっぱり10G-EPONを始めます」とはならない(できない)ことだ。接続方式の更新は、OLT/ONUの調達を含めて数年単位の時間を要する作業であり、2014年に一度すべてを中止してしまったとすれば、例えば2015年に「やっぱりやります」と言い出したところで、スタートできるのは2017~2018年になってしまう。

 そんなわけで、「NTTに関しては」今のところ10G-EPONを利用する動きにはなっていない。ただし国内では、例えば住友電工は10G-EPONのプラットフォームを国内に14局導入したことを明らかにしているほか、古河電工もやはり10G-EPONのプラットフォームを提供している。

 ただ、このうち1Gbpsを超えるサービスを提供しているのは、筆者が調べた限りではTOKAIケーブルネットワークの「ひかりdeネット10G」と、新潟エヌ・シィ・ティの「光3G/光10Gネットサービス」程度。大分ケーブルテレコムは2015年に10G-EPONの実証実験を行ったものの、2017年にJ:COMの子会社化されたためか、現在提供中のサービスは1Gbpsまでに留まっている。

 住友電工にしても古河電工にしても、リリースを見ると「既存のGE-PONとの混在が可能な点を評価された」という表現が多く、その意味では「今のところ10Gbpsにする予定はないが、とりあえずONU側を10G-EPONにアップグレードすることで今後の対応に備えた」という目的と思われる。CATV事業者に多く採用されたのは、今後4Kの配信を行うニーズが出てくると、GE-PONのままでは帯域が足りなくなるから、というためであろう。

 今回は、「IEEE 802.3av」として標準化された10Gbpsの光ファイバーを用いたアクセス回線規格「10G-EPON」について解説しました。次回は、ITUにより「G.987」として標準化された10Gbpsのアクセス回線向け光ファイバー規格「XG-PON」(NG-PON1)について解説します。

【記事更新 18:16】
 記事初出時点では「皆無」としていた国内事業者における10G-EPONの採用事例が判明しましたので、これについて加筆しました。

【お詫びと訂正 24日12:09】
 記事初出時、CATV事業者の名称に誤りがありました。お詫びして訂正いたします。

 誤:新潟ネヌ・シィ・ティ
 正:新潟エヌ・シィ・ティ

【お詫びと訂正 2020年2月19日 16:59】
 記事初出時、掲載している票の項目について、「ONU→OLT(上り)」と「OLT→ONU(下り)」の位置を入れ替えて掲載しておりました。お詫びして訂正いたします。

大原 雄介

フリーのテクニカルライター。CPUやメモリ、チップセットから通信関係、OS、データベース、医療関係まで得意分野は多岐に渡る。ホームページはhttp://www.yusuke-ohara.com/