期待のネット新技術

最大800Gbpsを目指す「800G Pluggable MSA」、3つの変調方式を採用

【光Ethernetの歴史と発展】

 Ethernetというか10GBASE-Tに関しては、2017年から【10GBASE-T、ついに普及?】と題し、全11回と番外編2回をお届けした。だが、ツイストペアによる銅配線のEthernetは10GBASE-Tまでで、25/40GBASE-Tはまだまだ実用化には至っていない。

 【アクセス回線10Gbpsへの道】とも一部は被るかもしれないが、ここでは光ファイバーを利用する“光Ethernet”を紹介していこう。

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「中国系企業のネットワークの課題解決」のため、2019年9月に結成された「800G Pluggable MSA」

 今回は最後の800G向けMSAである「800G Pluggable MSA」について。ETC(Ethernet Technology Consortium)やQSFP-DD800 MSAよりも情報が豊富に出ている上、800GのPMDに関する仕様も一応は出ており、もう少し前向きとは言えるかもしれない。まずは、MSA結成時のプレゼンテーションをベースに紹介しよう。

 800G Pluggable MSAは、2019年9月6日に結成された。当初のメンバー企業は、Accelink、CTTL(China Telecommunication Technology Labs)、H3C、Hisense Broadband、Huawei、Inphi、Luxshare、住友電工、Tencent、山一電機の10社だ。

 その後、Baidu、CIG、富士通、Lumentumも加わり、現在14社がPromotorとなっているほか、Contributorが26社で合計40社という、MSAにしては大規模なものになっている。なお結成時のリリースの日付が9月10日になっているが、これは中国語から英語への翻訳に手間取ったようで、オリジナルのリリースは9月6日付だ。

 さて、この2019年9月6日のMSA結成発表会は、当時深圳コンベンションセンターで開催されていた「CIOE(China International Optoelectronics Expo) 2019」にあわせて発表された格好だ。最初の10社もそうだが、そもそも大半が中国系企業というあたりからも、このMSAの性格が「中国系企業のネットワークの課題に対する解決案を出す」という方向性であることが見て取れる。

プレスリリースの写真より。ネットワーク関連の規格でここまで東洋人の比率が高いのもちょっと珍しい。

2年で倍に増えるスイッチング容量、必然的に回線速度にも高速化のニーズが

 さて、MSAの説明であるが、なぜ800Gなのか? に対する回答が以下左の図だ。スイッチは、おおむね2年に倍という早いペースでスイッチング容量が増えており、回線速度も必然的に高速化が求められるわけだ。

 一方でトランシーバモジュールのマーケット(以下右)を見ると、今はまだ100Gが圧倒的で、200/400Gがゆっくり立ち上がる状況だが、2021年あたりから次第に立ち上がるとの動向とされる2×400Gのマーケットは、潜在的には800Gモジュールのマーケットと重なるため、早めに立ち上げれば上手くマーケットがつかめる、というわけだ。

例えば、Broadcomは14.4Tbpsのスイッチング速度を持つ「Jericho2c+」のサンプル出荷を2020年9月に開始している。51.2Tbpsはともかく、25.6Tbpsはもう視野に入ってると考えていいかと思う
やはり200Gモジュールはそれほど伸びないと見られているようだ。ただ、2024年に2×400G or 800Gが同じ程度まで出荷額が伸びるのか? というと、それはそれで「?」だが

 こうしたマーケットをつかむため、光側のインターフェースを早めに策定するとともに、基本的なコンポーネントをMSAベースでそろえることで、早期にマーケットへトランシーバーモジュールを提供でしようというのが、800G Pluggable MSAの目的とされる。

 その800G Pluggable MSAのターゲットは、案外に欲張りというか、100m以下のラック内接続から、2kmのデータセンター内接続まで、幅広い範囲でカバーしたいとしている。

さすがに発光素子としてVCSELはもう無理と思ったのか、短距離はSiP/DML(Silicon Photonics/Directly Modulated Laser)、長距離はEML(Electro-absorption Modulator Laser)を使うとしている
この2km以内のマーケットについては、後述するホワイトペーパーにもう少し細かい話が出ている

短距離はPSM8ないしPSM4、長距離はCWDM4と、3つの変調方式を採用

4×200Gは流石に敷居が高いと思われる

 変調方式も短距離はPSM8ないしPSM4、長距離はCWDM4を使う方向で検討するとされ、実際、モジュールの例として、この3つが示された。要するに方式は1種類ではないわけだ。

 ホストへのインターフェースで言えば、8×100Gないし4×200Gとなるのでいいのだが、問題は光インターフェースの方だ。200GのPSM4ということは、要するに『53.125Gの「PAM-4」を4対束ねた「PSM4」で最大400Gbpsを実現する「400GBASE-DR4」』で紹介した「400GBASE-DR4」の2倍の速度(つまりクロック112GのPAM4)ということになる。さすがにこれは敷居が高そうに見える。

個人的にはむしろ、送信側がモジュールに入るような大きさと消費電力で実現できるのか(特に発光素子)が非常に気になるところではある

 そして、これは誰しもが思うことなのだろう、Technical Feasibilityが次のスライドできちんと示された。

 残念ながらこのときデモとして実行された内容や、その環境などは既に不明なのだが、224G PAM4であっても、ROP(Received Optical Power)が-6dBm以上あればBERは2×10^-4以下に落ちるという実験結果が示されている。このエラー率は、適切なFECを組み合わせることでカバーできるものであり、技術的には不可能ではない、というわけだ。

100G×8だと、モジュール1個あたりRetimer×8(か、8chのRetimer×1)が必要になるので、結構高コストになりそう

 最後が、そもそもモジュール構造にするかどうかという話だ。少し話が長くなるが、電気信号の場合は、112Gを通すのも結構大変である。10年くらい前は、10Gは何とか通るが28Gが通らないという状況で、それ以前だと10Gも厳しいという話だったことを考えれば、この間の技術の進歩は凄まじいという気になるが、それはそれだ。

チップとコネクタを結ぶスイッチの内部配線に高速信号を通す各種の規格

 さて、そのスイッチ内部では、数10cmの配線がどうしても必要となる。比較的シンプルなスイッチの内部構造は、以下の図のようになっているが、要するに中央にスイッチチップが鎮座し、そこにコネクタからの配線が繋がる格好となる。

 ここで基板中央のコネクタの場合、配線の距離は10cm未満で収まるが、一番端のコネクタだとざっくり30cm近い距離になることが珍しくない。こうした「長い」配線を基板上で通す事そのものは別に難しくないが、ここで高速信号を通すのは非常に難易度が高い。

 こうしたスイッチの上で高速信号を通すための規格は、OIF(The Optical Internetworking. Forum)でいろいろ審議された上で標準化が完了しており、例えば56Gに関しては2017年12月に「OIF CIE 4.0」として標準化が行われている。ちなみにこの56Gでは、以下の6種類が規定されている。

  • CEI-56G-VSR(Very Short Reach)-PAM4
    基板上の配線は125mm以内、モジュール内で25mm
  • CEI-56G-MR(Medium Reach)-PAM4
    基板上の配線が500mm以内
  • CEI-56G-USR(Ultra Short Reach)-NRZ
    ICのパッケージ内での接続で最大10mm以内
  • CEI-56G-XSR(eXtra Short Reach)-NRZ
    基板上の配線で50mm以内
  • CEI-56G-LR(Long Reach)-PAM4
    基板上の配線で1000mm以内
  • CEI-56G-LR-ENRZ
    CEI-56G-LR-PAM4と同じく1000mm以内だが、変調方式がNRZの派生型であるEnsemble NRZ

 これに続くのが、112Gに対応した「CEI-112G」であるが、こちらはまだ現時点では仕様(というかImplementation Agreements)が完成していない(現時点ではドラフトが出ているだけ)。一応こちらも以下のように仕様がまとまる予定だ。

  • 112G-MCM(Multi Chip Module)
    CEI-56G-USRに相当。パッケージ内のダイ同士の接続(10mm以内)
  • 112G-XSR
    CEI-56G-XSR-NRZに相当。パッケージ内のダイ同士、およびダイとOE(Optical Engine)を接続するもの
  • 112G-VSR(Very Short Reach)
    チップとモジュールを接続するもの。これもおそらくCEI-56G-XSR-NRZに相当
  • 112G-MR
    CEI-56G-MR-PAM4に相当。500mm以内の配線に対応
  • 112G-LR
    CEI-56G-LR-PAM4/ENRZに相当。1000mm以内のPCBないしケーブルを用いた配線に対応

 ちなみに、この先に関しても、「CEI-224G」の開発が行われることが2020年8月に承認されたが、何しろまだ始まったばかりで、これがいつ現実的に利用できるかは不明だ。

 さて話を先のスライドに戻すと、200Gはさすがに非現実的なので、112G-MRあたりを利用し、スイッチチップとモジュールを基板で繋ぐかたちとなる。ただ、これには信号伝達特性がいい基板を利用する必要があり、しかもRetimerを間に挟むのが必須になるため、コストの面からも厳しいとは予測されている。

 しかし、MSAによれば、それでもこの世代(800G)に関しては、まだモジュールで利用可能であるとしている。ただし、次の世代(1600G?)では、もうモジュールでは厳しくなるので、基板上、もしくはスイッチチップの上に光モジュールを置く必要が出てくるとしている

大原 雄介

フリーのテクニカルライター。CPUやメモリ、チップセットから通信関係、OS、データベース、医療関係まで得意分野は多岐に渡る。ホームページはhttp://www.yusuke-ohara.com/