期待のネット新技術

電話線・PLC・同軸ケーブルで高速通信を実現するG.hnの物理レイヤー「ITU-T G.9960」~G.hnへ至る道(その4)

 日本と海外(欧米)との通信史にも触れながら進めてきたG.hnへ至る道だが、今回はいよいよG.hnの中身である。前回ご紹介したようにG.hnの基本的な仕様は、Physical LayerがITU-T G.9960、Datalink LayerがITU-T G.9961で規定されている。まずはG.9960というか、System Architectureについてご紹介したい。

 図1がG.hnの想定するNetworkのReference Modelである。複数のDomainがあり、それぞれがInter-domain Bridgeで繋がるという構図だ。

Domainは物理メディアの範囲―電話線、LPLC、同軸ケーブルで区切られる

 このDomainとは何か? と言えば、例えば居間だったり、寝室だったりという物理的な位置で定義されることが多いとは思うが、論理的にはそういう物理的な位置とは関係ない。とはいえ、現実問題としては「居間にある機器で1つのDomainを構成」といったかたちになる。

 個々のDomainごとにDomain Masterがおかれ、その下にNodeがぶら下がる格好となるが、ただ別に個々のNodeはDomain Masterとだけしか通信できないわけではない。Domainは「原則として」あくまで管理単位である。もう少し現実的な話をすれば、Domainはある物理メディアの範囲、という方が正確かもしれないが、これは後述する。

図1:以下ITU-T G.9960(06/2023)より抜粋。ちなみに「これはあくまでも例であって、この例に囚われずに、Star型とかDaisy-Chain型などアプリケーション要件に合わせて好きに接続してよい」との注意書きがある。

 1つのDomainは最低32、最大で250までのNodeから構成される。これを超えるような大規模な構成では、Domainを分割する必要がある。個々のNodeを構成する要素はDomain MasterとNodeであるが、Domain MasterもNodeの1つである。むしろ、それぞれのNodeにどんなオプション(Domain Master(DM)、Domain Access Point(DAP)、Relay Node)が付加されているか、というふうに見た方がいいのかもしれない。各々のNodeは、最低でも8 Nodeの同時通信が可能であることが定められている。

 さて、そのNode間の通信方式は、図2に示すように3種類ある。1つ目がNode AとNode Bが直接Peer-to-Peerで通信する方式(PM)、2つ目がDomain Master経由で通信を行うCentralized Mode(CM)、3つ目がRelay Nodeを挟んで通信を行うUnified Mode(UM)である。

 まぁ、これそのものは別に不思議ではないし、無線のNetworkではこうした構造を持つものがいくつかある。ただ有線のNetworkでここまで複雑なのは、ちょっと珍しい。

図2:本当は2ページにわたって掲載されている図であるが、まとめてみた。

 何でこんな複雑な構図になっているのか? という疑問に対する答えが、図3だ。前回も書いたように、G.9960は電話線とPLC、同軸ケーブルという3種類のメディアをサポートしているが、流石にこの3つを同一の仕様で扱うのは無理がある。

 後述するが、基本的なPHYのメカニズムそのものは共通ながら、物理メディアに合わせて細かくパラメータを変えており、このため例えば電話線と同軸ケーブルをいきなりつなぐわけにはいかない。そこで、間に物理層の変換を行うためのBridgeを挟む必要がある。

 先ほど書いた「物理メディアの範囲」というのがこれで、Domainは単一の物理メディアの範囲で構成される格好になる。ちなみに「単一の物理メディアの範囲を複数のDomainとする」ことは許されている(図3のC.)が、逆に「複数の物理メディアの範囲を単一Domainとする」ことは許されないわけだ。

図3:同じメディア同士の接続(B.の"Conn"がこれにあたる)は同一Domainとして扱えるが、同じメディアなら通信方式が同じだからこれは当然でもある。

 ちなみにこのDomainをまたぐ際の機器、図3ではIDB(Inter-Domain Bridge)であるが、物理的な信号変換ではなく、APC(Application Protocol Convergence)層の上でBridgingを行うという仕組みになっている(図4)。

図4:IDBの両側のメディアの速度が完全に一致しているなら電気的変換でも行けるのかもしれないが、速度が違う可能性があるので、アプリケーション層まで上げて速度差の吸収を行うためと思われる。

 話を戻すと、PHYの中でもPCS(Physical Coding Sublayer)層やPMA(Physical Medium Attachment)層に関しては、物理メディアに依存せずに共通で、異なるのは当然ながらPMD(Physical Medium Dependent)層のみになっているわけだが、そのPMDの構造が図5だ。これは物理メディアによらず共通である。

 変調方式はOFDMであるのは同じで、変調方式はQAM-4096まで対応(通信状況によっては、より低いQAM-1024とかQAM-256とかになる場合もある)しているが、利用する周波数帯が異なっている。

図5:上位層でデータはSymbol Frameにカプセル化され、それがTone Mapperで分割され、Scramblerを経てOFDM変調されるというのは同じ。

 OFB(Operational Frequency Band)そのものは25/50/100/200MHzの4つが定義されており、あとは状況によって使い分けというかたちになるわけだが(図6)、ではそのProfileに記されたパラメータは? というと、こちらはITU-T G.9960ではなくITU-T G.9964の方に現在はまとめられている。

図6:Profileとして、Power-LineのみでしかもOFBが25MHzのLow-complexity Profileも用意されるが、一般にはOFBが50/100/200MHzで3種類(Coax RFまで入れると4種類)の物理メディアをサポートするStandard Profileが利用される。

物理メディアごとのパラメータを見ていく

 まず分かりやすいところで、電話線を使ったTB(TはTelephone)の場合のパラメータが、図7だ。当初は0~50MHzと0~100MHzの2つのチャネルが想定されていた。ただ2016年9月にリリースされたITU-T G.9964 Amendment 2で、新たに0~200MHzのチャネルが追加定義された(このITU-T G.9964 Amendment 2のことをG.hn wave2と一般的に称するらしい)。

 このチャネルを48.828125kHzごとに分割して、サブキャリアを送る仕組みである。帯域は次のようになっている。

  • 50MHz:双方向で500Mbps(片方向あたり250Mbps)
  • 100MHz:双方向で1Gbps(片方向あたり500Mbps)
  • 200MHz:双方向で2Gbps(片方向あたり1Gbps)

 当然これは理論値であって、通信状況が悪化すると当然それにつれて転送速度も落ちる。

図7:電話線は、ほかの撚り対線を使う規格にも利用できるとしており、例えばインターフォンの配線とかに通す場合はこの電話線のパラメータが利用される。ちなみにここからはITU-T G.9964(12/2023)よりの抜粋となる。

 次がPower Lineの場合(図8)である。25MHzというのは図6に出てきたLow-complexity Profile用のもので、Standard Profileだと50MHzないし100MHzになるわけだが、サブチャネルは24.4140625kHzごと、もしくはこの半分と非常に間隔でサブチャネルが並ぶことになる。

 図8のNote 4にあるように、例えばSmart Gridに接続されるようなアプリケーションでは、帯域がどうしても狭くならざるを得ないため、この場合はKssに0.5を掛けるわけだ。逆に言えばこのあたり、Kssが1のPower Line用機器と0.5のPower Line用機器が混在することになるが、仕様を読んだ限りでは、これを混在させることを想定していないようで、この2つを混在させる場合には、間にIDBに相当する機材が必要なのかもしれない。しかし、調べた限りではそうしたものは見つからなかった。Kssが0.5なり1なりで機材は統一しろ、ということなのかもしれない。

図8:25/50/100MHzのOFBのNodeは同一Domainに混在できるそうだが、Kssはどうなのだろう?

 最後が同軸ケーブルである(図9)。ここでCoax basebandとCoax RFの2種類があるが、ITU-T G.9960とITU-T G.9964のどこにも両者の違いが見当たらないので色々調べたところ、HomeGrid ForumのWhite Paperの中に、両者の違いが示されていた(図10)。

 要するに利用する帯域であり、Coax basebandの方は0~200MHz帯を使い、一方Coax RFの方は300~3000MHzの間の50~200MHzを使うというかたちになるわけだ。ちなみに図9を見ると、Coax RFの方は40MHzと100MHzしか定義されていないが、ITU-T G.9960のAnnex Cには"Regional requirements for Japan"という項目があり、これのC.2.3("Physical layer specification over coax")に200MHz-CRFの定義が追加されている。

図9:Nの定義はITU-T G.9960にある、という辺りが非常に判りにくい。
図10:逆に言えば、利用する周波数帯域以外のパラメータは「ほとんど」同じである。厳密に言えば、例えばITU-T G.9960の7.2.3.2.3で定義されている"Modulation of the preamble for coax"はbasebandとRFで違うなど、完全に同じではないのだが、まぁ総じて大差はない。

 ところで図10に話を戻すと、Nの定義がこの表に入っていないのは一意に決まらないからであって、Coax baseband/Coax RFともにNumber of symbols(Ni)の値が、次のようになる。

  • 1st section:10(N=1024)
  • 2nd section:4(N=16)
  • 3rd section:2.5(N≒5.66)

 このプリアンプル信号は、この1st section~3rd sectionまでを順に送って、どのsectionで通信が可能かを確認してその値を使うことになるからだ。もっとも日本向けの200MHz-CRFの所にはN=1024とか明記してあるあたり、特に通信状況が悪い(例えばケーブルが浸水などでサビているとか、絶縁材が腐食して絶縁特性が悪化しているとか)ケースでもなければ、N=1024が使われることになるかと思う。

 また、図7のProfile 2や、図9のProfile 2 OFBは何か?という話だが、これは製品によってフルに帯域を使わないケースがあるからだ。

 Power Lineのケースで言えば、例えばZyxelのPLA6456という、Power Lineを使うG.hn対応Ethernet Adapterの場合、利用するのは2MHz~80MHzまでになっており、これで理論上最大2.4Gbpsまで転送可能としているが、こういう場合はMinimum Operation Frequencyが2MHz、Maximum Operation Frequencyが80MHzになる計算で、あとはProfile 2の計算式に当てはめて帯域を決めるというかたちになる。

大原 雄介

フリーのテクニカルライター。CPUやメモリ、チップセットから通信関係、OS、データベース、医療関係まで得意分野は多岐に渡る。ホームページはhttp://www.yusuke-ohara.com/