期待のネット新技術
総面積26万平米、Wi-Fi HaLowは金属とコンクリートに囲まれた「困難かつダイナミック」な拠点に通信環境を築けるか!?
Wi-Fi HaLowの現在地(6)
2025年3月4日 06:00
2024年10月の記事から6回続けたWBA(Wireless Broadband Alliance)のWi-Fi HaLow for IoT Field Trials Reportも、今回で最終回となる。まずは先月紹介した「6.Smart School Campus」の続きを見ていこう。
電波が床をよく透過しているのは材質の問題か!?
前回は中学校棟と教会棟の内部のHeat Mapを見ていったが、敷地全体でのHeat Mapが次の図1となる。
CLC棟内部はほぼ11MbpsのThroughput(UDP upload)が確保されているが、教会棟は6Mbps、駐車場は1Mbps前後といった感じで、快適なThroughputが確保されるのはアクセスポイントから半径50m以内、利用可能なThroughputは半径100m、とったあたりが現実的なように見える。
CLC棟の内部を見ていく。この棟は3階建てで、1階には可動式壁のあるオープンな講堂と設備の整った業務用キッチンエリア、複数の収納エリアがあり、地下と2階にはコンクリートブロック壁のある複数の独立した閉じた教室が存在する。総床面積は約8880平方ft(825平方m)である。
このCLCの1階にあるカフェテリアにアクセスポイントとしてMM6108-EKH01 EVK(チャネル幅4MHz)を設置し、地下~2階の各所でThrouhputとHeat Mapを作成したのが、図2と図3である。
前回と前々回で紹介したSmart Office Buildingの場合、鉄筋コンクリートということもあってか上下方向の伝搬は開口部の付近だけが良好で、床を抜くかたちでの通信はかなり困難だった。しかし、今回のケースでは、上下方向の伝搬が非常に良好となっているのが分かる。おそらく、床材のほとんどの部分は木もしくはそれに準ずる材料で、電波がよく透過しているものと思われる。
最後にCLCの内部6カ所に監視カメラを設置して、Wi-Fi HaLowで転送を行うテスト(図4)が行われた。同時に6カ所のカメラの監視映像を問題なく転送できたとしている。
このSmart School Campusのフィールドテストは、次のようにまとめられている。
- Wi-Fi HaLow Network間での隣接チャネル干渉は観測できなかったが、ワイヤレスオーディオシステムから干渉が発生、建物内のスループットは低下したものの、持続性が確保された
- さまざまな材料を用いて建設された複数の建物に対し、壁や床を十分に透過できた
- 4台のWi-Fi HaLowゲートウェイ/APでキャンパス全体を完全に冗長化してカバーでき、最大8191台のIoTデバイスに低コストでConnectivityを提供可能。将来新しいタイプのIoT接続やサービスに対応するにあたっても、対象範囲に有線LANを使用したり、従来のWi-Fi APをより高密度に展開したりするよりも、総コストを抑えられる
ただ、個人的には建物の材料に関しては疑念が残る。舞台となったRed Hill Lutheran church & Schoolがあるカリフォルニア州Tastinは、地震や竜巻に対する備えの必要のない土地であり、それもあって日本だと小さなアパートに使われる類の建築方法で建てられているようだが、昨今の日本の学校は耐震性を重視しており、もう木造とか軽量鉄骨の建物などはほとんど見ない(か、後付けで耐震補強が成されている)。
日本の学校の環境に近いのは、むしろ前回までで紹介したSmart Office Buildingの方ではないかと思う。少なくとも、この結果をそのまま日本の学校教育機関に当てはめるのは難しいと思う。
26万㎡、「非常に困難かつダイナミックなRF環境」の営業拠点をカバーする
最後のユースケース「Smart Industrial Complex」を見ていこう。今回の舞台(図5)は、フロリダ州Tampaの中心部から南東に15kmほどの所に位置する、営業拠点のひとつである(Ring Power CorporationのGoogleマップで見る)。同社の本社は、同じフロリダでもSt.Augustineという、Jacksonvilleから南南東に40km強ほどの場所となる。
Google Mapを見ても分かるが、底辺は1km、高さ300mほどの二等辺三角形(というには長辺がやや弧を描いているが)で、面積は280万平方ft(26万平方m)とかなり広く、高速道路と住宅地・農地の間に位置している。
ここは金属製の外壁とコンクリート製の傾斜壁を持つ複数の建物で構成されており、またほとんどの建物には、天井クレーンや産業用機械が多数設置された高床式の作業場が存在する。加えて作業場内や敷地内を多くの大型車両が走行している。このため、非常に困難かつダイナミックなRF環境が生み出されているとしており、また高価な機器が保管・試験されている広大な屋外エリアも多数存在する。
この環境で、次の3つの課題をWi-Fi HaLowで解決できるかが問われるテストとなっている。
- 複数の作業場と、オフィス、倉庫を含む広大な敷地全体をカバーする
- 金属製外装とコンクリート製傾斜壁の複数の建物への電波の浸透
- 屋内と広大な屋外エリアの両方での無線接続
図6で見ると、左側の建物のエントランスにNewracom NRC7394R(最大15Mbps)、右側の建物のエントランスにMorse Micro MM6108-EKH01(最大32Mbps/最大送信出力21dBm、ダイポールアンテナ装備)を、それぞれアクセスポイントとして置いている。
まずは敷地全体のHeat Mapである。ここでは2つのアクセスポイントをどちらも30ft(約9m)の高さの場所に設置(図7)。
どちらも別々のチャネルとしたうえで、Newracomはチャネル幅4MHz、Morse Microはチャネル幅8MHzとした。NewracomのクライアントはPVCパイプに取り付けられ、バックパックに入れて持ち運ばれ、一方、Morse Microのクライアントはゴルフカートの上に設置されて敷地内を走り回ったそうである。
まずはNorth、つまりNewracom NRC7394Rに対するUDP Uplink(図8)とUDP Downlink(図9)であるが、上辺にあたるFern Hill Dr.沿いでは多少ムラはあるものの、おおむね5~8Mbpsの良好なUplink/DownlingのBandwidthが確保されている。
一方、建物の裏手のちょうどI-93からの降り口が分岐するあたりは、ほぼ0bpsまで速度が落ちている。この建物はほぼ全部が同じ高さになっているので、おそらくこの地点でもアクセスポイントを9mの高さまで持ち上げれば、あるいは通信できたかもしれないが、地上高2mかそこらまで電波が回折して届くことは流石にないようだ。それでも建物の真裏以外はそれなりに届くというのは、他の建築物あるいはそれこそ建機などに反射して届くことが期待できる例でもある。
次がSouth、つまりMorse Micro MM6108-EKH01でのUDP Uplink(画像10)、UDP Downlink(画像11)とRSSI Heatmap(画像12)である。
こちらでは、Fern Hill Dr.沿いの半分強がカバーされているが、北(図面上では左側)の奥が急激に信号が劣化する。これは前述の図6なりGoogleマップなりを見てもらうと分かるが、右側の建物はやや下方向(西側)にオフセットしており、この関係で左方向(北側)はNorth側の建物に邪魔される領域ができてしまう。ほかの建物での反射も期待できないため、ここがネットワークのカバーできない部分になるのは、致し方ないかもしれない。
また、右下、恐らく作業場があるあたりも1Mbps台までUplink/Downlinkの速度が落ち、RSSIも-80dBmあたりまで低下しているあたりは、(どの程度の帯域が必要かという議論はあるが)アクセスポイントの追加を考えたいところだ。
次は建物外に置かれたアクセスポイントを、建物内部からアクセスできるかの確認である。North、つまり図6でいえば左側のビルの屋上の高さにNewracom NRC7394Rを置いたまま、建物内部のクライアントからアクセスした結果がこちら(図13、14)である。
チャネル幅は4MHzで最大10Mbpsとなるが、画像13、14でいう下側のサービス部門は、8~10MbpsのUplink/Downling速度が確保されていた。ただ、パーツ置き場は急激に速度が落ち、隣のオフィス(Main Administration Office)はドアのそば以外はほぼ通信できないレベルになってるあたり、やはり屋根というか壁を抜くのは難しい感じだ。
ついでに、屋外に置いた2つのアクセスポイントをBridgeモードで接続したところ、ちゃんと南のオフィスから北のアクセスポイント経由でインターネット接続が可能だったことも検証されたそうだ。
次は建物内部での検証である。Southのビル内の重機の修理工場(図15)に、Newracom NRC7394RとMorse Micro MM6108-EKH01の両方をアクセスポイントとして設置し、複数のクライアントをそれぞれ自社のアクセスポイントに接続して、その際のThroughputを確認した(図16)。結果は図17〜20の通りで、順にUDP Uplink、TCP Uplink、UDP Downlink、TCP Downlinkである
図15で分かるように、基本的には吹き抜けになっていることもあってか、それなりに広い(縦横どちらもおよそ170m)建物の中でもつながらないことはなく、解説では「ほぼ全ての場所で2Mbpsを超えるUDP Uplink Rateがサポートされた」としている。それでも、ちょっとしたことで大きくThroughputを落とす場合がありえる、という点は留意すべきだろう。
屋内の2つ目がマルチクライアントのサポートである。図21に示すように、重機メンテナンスエリアにアクセスポイント(Newracom NRC7394R)を置き、NexcommとNewracomの複数のクライアントを建物内に配置している。
この状態で、NexcommのConnectPointボードを利用したクライアントを1台、建物内部を移動させ、どこでPingが途切れるかを確認した(図22)。アクセスポイントから380ft離れた、金属製のドアとラック、2つのDragline Bucket(図23)を挟んだ場所でもまだPingはつながっており、最終的に425ft(129m)離れた建物の角にある貯蔵庫の裏側、プラズマカッターの隣(図24)まで移動したところで、ついに途切れたそうだ。
最後に監視カメラのテストが行われた(図25)。これはMorse MicroのMM6108-EKH01-CAMを9台利用して接続を行い、全てのカメラからの同時ストリーミングが可能だったとしている。
White PaperではこのSmart Industrial Complex Use Caseの総括として「Wi-Fi HaLowが広大なエリアをカバーし、困難なRF環境でも動作できることが示された。屋外の2つのアクセスポイントで、広大な敷地内の物流追跡や現場にある機器の診断接続のニーズにも対応できる。また屋外に設置されたアクセスポイントが、建物内部の広大なエリアもカバーできることも実証された。従来のWi-Fiネットワークの場合、大型の機器や機械が多数設置され、鉄骨やノイズが多い環境では、複数のアクセスポイントが必要となる困難なRF環境だった。他のIoT技術でも、複数のアクセスポイントやルータ、レンジエクステンダー、リピータなどが必要になる。このテストにより、Wi-Fi HaLowが、敷地全体にわたるセキュリティカメラやアクセス制御、機器監視、資産追跡などの産業用アプリケーションに適していることが実証された」とまとめている。
ただ資産追跡とかアクセス制御に関して言えば、今回のWi-Fi HaLowで十分な信頼性とかレスポンスタイムが得られるのか? というのは正直ちょっと疑問に思わざるを得ない。
SmartFarmのようにゆっくりした制御で間に合う用途ならともかく、こうした建機のアクセス制御は反応時間がもっと短い&うっかりすると人命にかかわる大事故につながる可能性もあるわけだし、「そういうクリティカルな部分は別のネットワークで」という話になるなら、「なら全部その『別のネットワーク』でいいのでは?」という気もする。このあたりのシナリオの詰めがちょっと甘い印象を受ける結果だった。
考察:日本独自の事情を反映したテストも必要ではないか?
ということで、6回にわたってWi-Fi HaLowのWhite Paperを読み解いてみた。意外に面白いというと失礼になるが、いろいろと苦労が見て取れるし、少なくともアメリカにおける実用性は確認できたと思う。
ただ、これをそのまま日本に持ってくるのは難しいというか、日本でもこうした本格的なフィールドテストが行われないと、Case Studyにはならないと感じた部分も少なくない。
その1つは、建物や都市構造の違いだ。前回〜今回で取り上げた「6.Smart School Campus」が好例で、日本では、木造あるいは鉄骨造の大型建造物は最近ほとんど見ない。理由は簡単で、耐震基準や防火基準を満たそうとすると難易度が超絶高いためだ。
また、そもそも有効に使える土地の面積が違うから、日本の都市部における住宅や建造物の密度は、アメリカと段違いである。このあたりがSmart CityのUse Caseでは一番問題になる部分だ。多分このWhite PaperのUse Caseがそのまま使えるのは、地方におけるロードサイド店が並ぶエリアくらいのものではないかと思う。
それとこのWhite Paperで一貫して言っているのは、「IoTベースのUse Case、つまり制御とかモニタリング、一部の監視カメラ、資産追跡いった用途に役に立つ」という話であって、これでクライアントのInternet接続をやろうという話ではないし、やってできない事はないだろうが、4G携帯電話網の方が多分高速でストレスが少ないだろう。頑張っても20Mbpsで、しかもアメリカだから許される帯域であって、日本だと10Mbps未満になる。おまけに日本では第1回で触れた10%ルールもあるから、そのあたりも勘案する必要がある。
このあたりを踏まえた上で、802.11ah推進協議会にもぜひ日本版のField Test Reportを作っていただきたいと個人的には思う。手間の面でも費用の面でもコストが猛烈にかかるだろうから、一朝一夕にできるものでないとは思うのだが。