期待のネット新技術
「到達距離1km」はどこまで信頼できるか? Wi-Fi HaLowの実力をWBAのホワイトペーパーから読み取る
Wi-Fi HaLowの現在地(1)
2024年10月1日 06:00
2024年7月に、WBA(Wireless Broadband Alliance)がWi-Fi HaLow for IoT Field Trials ReportというWhite Paperをリリースした。今回からは、これをもとにWi-Fi HaLowの現状を紹介したい。
Wi-Fi HaLowに関しては、2019年にも一度記事化しており、LPWA(Low Power Wide Area。LPWAN:Low Power Wide Area Networkとも。省電力・広範囲を特徴とし、IoT時代の通信技術として期待される技術・規格群)のひとつとして紹介した。
2017年に標準化が完了したIEEE 802.11ah-2016のことで、端的に言えばISM Bandを使うWi-Fiである。ISM Band、つまりSub 1GHz帯を利用する関係で2.4GHz帯や5GHz帯を利用する従来のWi-Fiに比べると到達距離が延びることが期待できる一方、そうでなくても混みあっているISM Bandであり、しかも国別に利用できる周波数帯が異なる(そのうえ、それぞれ利用できる周波数の幅も狭い)関係で、スループットには期待ができない、というものだった。
対応製品が増えだし、Amazonでも見かけるようになってきた
ただ、到達距離が延びると新しい用途もあり得る、ということもあってかネットワークチップベンダーがIEEE 802.11ah対応のモデムチップを出したり、国内でも2018年11月に802.11ah推進協議会が発足したり、というあたりまでをご紹介したと思う。
先に書いておくと802.11ah推進協議会(AHPCという略語が当てられているのだが、AHはともかくPCが何の略なのか、探しても説明がないのはちょっと不親切な気がする。恐らくはPromotion Councilあたりから来ていると思うのだが)は現在でも健在で、2024年8月現在のメンバー企業は合計185社。2024年だけで言ってもWireless Japanへの出典や、6月に台湾で行われたCOMPUTEXに併せて台湾CIATと共同でワークショップの実施、あるいはセミナー開催など、それなりに活発に活動している。この手の団体はしばしば「気が付いたらなくなっていた」ということもあり得るので、そうした罠に陥らず現在も活発なのは喜ばしい。
本誌でも、今年6月にはコンテックのアクセスポイント、7月にはサイレックスのアクセスポイントとブリッジがそれぞれ発売されたことを報じているが、これらの記事で言及している「到達距離1Km」というのが、Wi-Fi HaLowのひとつのセールスポイントになっている感がある。まだ製品数はそれほど多くないが、着実に商品が出始めている感じを受ける。
日本のAmazonを見ても、例えばこれは、どこにもWi-Fi HaLowとかIEEE 802.11ahと書いてないものの、「916.5~927.5MHzの周波数帯域で動作し」ということでIEEE 802.11ahと判るし、これなどは2.4GHz帯と5GHz帯に両対応した、IEEE 802.11ahのリピーターであるとしている。筆者はこれらの製品を実際に購入して確認したわけではなく、きちんと動作するかどうかまでは分からないが、製品が普通に購入できる状況になりつつあることは間違いない。
7つのユースケースでパフォーマンスを検証
このような状況の中で、冒頭で述べたWBAのWhite Paperがリリースされた。これは、WBAが実施した第2次のWi-Fi HaLowのフィールドテストの結果をまとめたもので、次の7つのユースケースを想定して、それぞれ検証を行っている。今回からは、この内容をちょっとご紹介したいと思う。
1. Smart Home
2 & 3. Warehouse & Distribution Center
4. Smart Farm
5. Smart Office Building
6. Smart School Campus
7. Smart Industrial Complex
まずは1番目のSmart Home。このテストは、CableLabsがコロラド州ブライトンに所有するKyrio Test Houseという建物で行われている。
この建物の1Fの、一番左下にあるOffice(書斎)にアクセスポイントを1台設置し、ここから家の中でどの程度のスループットが実現できるかを測定した。
余談だが、このKyrio Test Houseはさまざまなテストで利用されている。直近で言えば、Dynamic Spectrum AllianceがWi-Fi 6のField TestにもやはりこのKyrio Test Houseを利用していたのだが、その際にはアクセスポイントは1FのNook(住宅の隅に設けられる休憩スペース)の、間取り図で見て下にあたる場所の出窓に置かれていた。今回Officeに移動したのは、家族の目に留まるような場所に置くものではない、ということだろうか?
さて、インドアテスト1では、Mouse MicroのMM6108を利用したMM6108-EKH01をアクセスポイントに、クライアントはNewracomのNRC7292-EVKとMouse MicroのMM6108-EKH01-CAMとMM6108-EKH08、それにMethods2BusinessのM2B7111評価キットの4種類を合計23台用意し、伝搬状況を確認した。
結果が以下の図3〜6で、流石にこのクラスの家を1台のAPで全部賄うのは厳しいと言えば厳しいことになる。ただ、ガレージとかLaundryで本当に20Mbpsの通信が必要か? と言われると、ちょっと悩むところでもある。
RSSI(Received Signal Strength Indicator:受信信号強度)のMapが、次の図7となる。
伝達保障のないUDPはともかく、保証のあるTCPではやはり信号強度が弱いとスループットが落ちる傾向があるのがよく分かる。というか木造であっても、周囲を囲まれて信号の回り込みが相対的に少ないと思われるLaundryが-57dBm、そこから壁を1枚隔てたDining Roomのあたりが-40dBmと、結構大きな差があるのが分かる。2.4GHz帯と比べると貫通力が高いと思われるISM Bandの電波でも、案外障害物には弱いのだな、というのが率直な感想である。
もっとも実際のThroughputを見てみると、TCPの場合で一番厳しいケース(TCPでSitting Roomでのdownlink)でも3Mbpsが確保できているわけで、これでYouTubeを視聴しようとすると色々厳しいかもしれないが、IEEE 802.11ahのユースケースでは十分な帯域、という見方もできる。
このことを示したのがインドアテスト2だ。テスト1で使った23のデバイスを次の用途に割り当て、全てを同時に稼働させ、連続的にデータを取得している。
- CO2センサー
- ドアロック
- オーディオ
- ガレージドアのアクチュエータ
- 土壌センサー(おそらくは温度や湿度、体積水分率などの測定)
- ガス漏れ警報器
- Glass Break Sensor(侵入者などによる窓ガラスなどの破壊の検出)
- 温水器センサー
- 噴水ポンプ
- 温度/湿度センサー
- Weather Station(温度/湿度に加え、風速や風向き、気圧も測定)
ほとんどのデバイスは8MHz channel(最大32Mbps)のモードで通信を行ったものの、このインドアテスト2における各デバイスからの送信データの平均スループットは50kbps程度に過ぎなかったそうで、問題なくIEEE 802.11ahで利用できるという結果になったとする。
次はアウトドアである。アウトドアテスト1では、インドアテストと同じ機材を使って、uplink testおよびRSSI Mapが示されている。「障害物がなければ」、結構広範囲のカバーレンジがあることが判る。
このアウトドアテストでのユースケースは、次の2つがある。
- 監視カメラなど高いスループットが求められ、常時接続が要求されるもの
- 温水器とか灌漑システム(米国では乾いた土地が多いので、スプリンクラーで毎晩水を撒く地域が結構ある)、ロボット芝刈り機など向けの監視システム。これらの要求スループットは低い
そこで、監視カメラに関して実用性を確認したのがアウトドアテスト2である。図12のように8つの監視カメラを利用しており、これらのカメラからの映像はアクセスポイント経由でWi-Fi 6のルーターにつながった先のモニターにまとめて表示される(図8の右側にあるような状態)。
4Kあるいは1080pのままでは厳しかったようだが、それぞれの解像度を640×480pixelにダウンサイズすることで、8カメラの同時ストリーミング受信が可能だった、としている(フレームレートは示されていない)。
アウトドアテスト3では、最大どこまで届くかの確認を行った。Morse MicroとNewracomのクライアントでは送信出力が23dBm及び21dBmで、このケースでは最大で430m余りの到達距離が確認できたとする。
一方、Methods2Businessの方は送信出力が10dBmであったが、それでも180mほどの到達距離を確認できたとしている。
報告の中で、ヨーロッパやインドでは最大14dBmまでの出力が許容されているので、この10dBmの結果が参考になるだろうとしている。余談ながら日本では最大13dBmとされており、その意味ではヨーロッパやインドに近いのだが、Duty比10%(1台のデバイスで帯域を占有しないよう、1時間あたりの送信時間を360秒以下に抑える)という制約が課せられており、到達距離はともかく送受信のスループットはちょっと厳しいかもしれない(テスト2のように8台のカメラからの映像を受信するような用途なら、引っかかりにくいかもしれないが)。
最後が相互接続性で、IEEE 802.11ah経由でMatterデバイスの操作を行うというものである。
結論から言えば、こちらも問題なく操作できた、とする。しかも実際にはAppleのHomeKitを経由してMatterデバイスに操作を行うというかたちだ。このケースでは、iPadは通常のWi-Fiアクセスポイントに接続し、そのアクセスポイントにIEEE 802.11ahのブリッジがつながって、その先のIEEE 802.11ahデバイスを操作するというかたちでのデモが行われたそうだ。
不利な条件下でのパフォーマンスはまだ見えてこない
ということでまずはSmart Homeでの結果をご紹介した。先に紹介したIEEE 802.11ah製品の紹介の中では最大1Kmの到達距離などと説明されているが、サイレックスの紹介ページによれば1Kmを実現したのは親機がビルの上(地上高60m)、子機が地上高2mの場合であり、親機が地上高1.5m、子機が地上高2mだと600mほど。また帯域の数字などはなく「映像を確認」という程度なので、どの程度実用性があるのかは判断しにくい。
WBAのレポートは、少なくとも郊外の一軒家程度であれば十分使えることを、数字で示してくれたと言える。強いて残念な点を上げれば、もっと家屋が密集したケースで屋外がどの程度実用的に使えるのか分からないことと、APが複数設置されていた場合の干渉がどの程度あるかが分からないことだろうか。
では、他のケースではどうか? というのは、また次回にお伝えしよう。