期待のネット新技術

ネットワーク・コンピュータの双方で進む光信号化の取り組み―NTT「IOWN」構想とIntelのロードマップを見る

Silicon Opticsの現状(1)

 本誌でもしばしば名前が出てくるNTTグループのIOWN構想。これにはいろんなものが含まれている。NTTグループのウェブサイトに掲載されている「IOWNの機能と特性」によれば、次の3要素から構成される。

  • APN(All-Photonics Network)
  • DTC(Digital Twin Computing)
  • CF(Cognitive Foundation)

サービスを開始し、さまざまな実証も進むIOWN APN

 現況で一番動きというかニュースが多いのはAPNで、本誌の過去記事をちょっと検索するとお「IOWN APNを用いた支援ロボットによる遠隔手術」「NTTとオリンパス、IOWN APNを用いた世界初の低遅延『クラウド内視鏡システム』を実証」「NTTとTBSら、IOWN APNを用いた音声リモートプロダクションを『輝く!日本レコード大賞』で実現」など、いろいろな話題が出てくる。

 ちょっと面白い話としては、「地下に敷設された光ファイバーで振動を検知し、一般道の交通流モニタリングを実現」もIOWN APNを利用して実施されている。仕組みとしては光ファイバにまずセンシング光を送り出し、その反射光を検出するわけだが、温度変化や振動、光ファイバにかかる荷重に起因するファイバの伸びなどによって反射光の状況が変化する。これを取得・解析することで車両の平均速度分布を算出したり、交通流の解析を行ったりといったことが可能になるというものだ。

 理屈としては別にIOWN APNを利用しなくてもいわゆるダークファイバを利用して同等のことは可能だろうが、IOWN APNを利用することでこの測定環境を容易に構築できる&測定精度を担保できるのがメリット、と考えればいい。

 ただ、IOWN APNを使った現時点でのこうした実装は、IOWNの目標の中で割と最初の段階というか、まだIOWN 1.0に相当する部分である(図01)。

図01:出典はこちら。現状は遅延が従来の光ネットワークより少なくなってはいるが、ほかの部分は従来の光ネットワークと大差ない

 これを実現するための方法論というのが、次の図02である。ちなみに、NTT R&Dに掲載されている初期のロードマップ(図03)と見比べると、少しこなれたというか、もう少し具体的なものになってきた感が強い。

図02:出典はこちら。なんというか、業界の動向に合わせていろいろ修正してきた感が強い
図03:出典はこちら。日付的に2019年ないし2020年頃のものと思われる

コンピュータ業界でも進む光信号化の取り組み

 さて、本稿は別にIOWNのロードマップを追いかけたいわけではなく、この図02のロードマップが別にIOWNだけの話ではない、という話をするのが目的である。コンピュータ業界も現在、電気信号から光信号への移行を急速に進めようと努力中である。当然これはNetworkも絡む話であるので、そのあたりを整理してご紹介したいと思う。

 まず今回は、2022年のHot InterconnectsにおいてIntel LabでSenior Principal Engineer, Director of PHY Research LabのポジションにおられるJames Jaussi氏が行った'Transitioning from Electrical to Optical I/O"という招待講演の内容をちょっとご紹介したいと思う。図02で示している1.0~2.0をもう少し細分化して、その動向を示すという内容になっている。

 まず基本的な目的は? というと、特にServerの分野ではラック内のサーバーの性能がどんどん上昇する&サーバーの数が増える→帯域を増やすために、配線を増やす(ので、その配線のPin Countが指数関数的に増える)→コストが急上昇する、といったトレンドが明確になっており、これを何とかしたいというものだ(図04)。

図04:ここで言うPin Countは、元々はチップから出るI/O用のPin数がどんどん増えるの意味だが、そのI/O用のPinから出た信号はシャーシとかラックを跨いでほかのサーバに繋がるので、結果として配線の数も急上昇する

 ちょっと話を変えて、現状のInterconnectと距離の関係を示したのがこちら(図05)。

図05:MMFは要するにxxBASE-SRのレンジの話。FRとかLRになるとSMFになるが、こちらはWDM以外にCoherentなんかも出てくる、という話は以前ご紹介した

 現時点ではボード内の接続はほぼ全量電気信号。ボード間も、1つのシャーシ内部においてはやはり電気信号であり、そこから100mくらいまではMMFを利用した光接続、それを超えるとSMFを利用した光接続ということになる。

 これをもう少し積極的に光に推し進めてゆくべきというモチベーションは、すでに電気信号は性能的に限界に来ていることにある。電気信号、現状だといろいろ頑張れば200Gbps/Laneまでは何とか可能だが、その先が全く見えない上、その200GbpsもPoint-to-Pointで接続可能な範囲はmm~cmオーダーであって、例えば1m程度の近接シャーシ間接続であってもPassive Cableではもう無理でActive Cableが必要になってくる。

 こうなると当然転送に要する消費電力が増える。ところが光ならより低い消費電力で、しかもより広い帯域を確保できることが見えているので、電気信号をむりやり延命するより光に切り替えた方が効率がいい、というわけだ(図06)。

図06:1pJ/bit→0.25pJ/bitだと4倍の効率向上じゃないのか?という突っ込みは当然ある

 もっとも図06は理論的な話であって、現状はそうなっていない(図07)。特に大きな障害はコストである。現状の光信号は最短でも数mオーダーで、普通はそれより遠い距離を接続することを主目的にしているから、「そもそも高くても許される」部分がある。

 そして高速化のためにPAM4変調を使ったりすると、これに伴い必要とされるFECがかなり大きな処理時間を必要とするため、Latencyは電気信号の場合に比べて数十倍以上になる場合もある。もっともこれは、光だからというよりも、FECやら何やらを入れるから、という話でもあるのだが。

図07:UPIというのはIntelがCPU同士、あるいはCPUとチップセットの接続に利用する独自の広帯域パラレルバスのことである

 そして光トランシーバモジュールを使う関係で、消費電力も増えるというわけだ。この光トランシーバモジュールに関して言えば、光信号と(チップとモジュールの間をつなぐ)電気信号の速度がマッチしていない場合にGear Boxを使うことになるが、このGear Boxの消費電力が馬鹿にならないという問題も結構大きな要因となっている。

 あと、現状では物理的な信号密度(Bandwidth density)も1桁小さいとしているが、これは機械的な問題であって、すでに解決策はある。ただ標準的なトランシーバモジュール、例えば、800G Ethernet向けのQSFP-DD800を利用する場合、18.5mm幅のモジュールで800Gbpsなのだから、配線密度は43.24Gbps/mmほどとなる。

 対して、例えばUCIe 2.0(Chipletの間の接続を担う標準規格:電気信号ベースである)の仕様では、Linkの速度(4GT/sec~32GT/sec)で数値は変わってくるが、Standard Packageで28~224GB/sec/mm、Advanced Packageで165~1317GB/sec/mmである。単位がGbps/mmでなくGB/sec/mmなのに注意してほしい。

 単位をそろえるとUCIeはStandard Packageで224~1792Gbps/mm、Advanced Packageで1320~10536Gbps/mmになる。1~2桁、光トランシーバモジュールよりも密度が高いわけだ。あくまでこれは現在使われている標準的なものを使った場合の話で、光信号側にはもっと高密度のものも用意されているので、実際にはそこまで大きな差ではないのだが、一応電気信号の方がまだ有利ではある。

 さてこうした問題に対して全部まとめて対処する、というのは無理で、細かくソリューションを積み重ねていって解決するかたちになるが、今回の内容は、主に速度と価格面でのIntelのソリューション、ということになる。

Intelが示す光信号化のロードマップ

 図08は「Intelの考える」光信号の世代別の性能である。Gen 1というのは波長あたり32GbpsのNRZで、それを8波長のWDMにすることで256Gbps。Gen 2なら波長あたり64Gbpsに速度を倍増してトータル512Gpsというわけだ。

図08:これは光Ethernetに応用することも可能だが、必ずしも光Ethernet向けの技術とは言いにくい

 以下、世代ごとに2倍の性能になってゆき、Gen 7では16Tbpsを狙える、としている。問題はこれをいかに安く実現するかであって次のように、図08に出てきたGen 1~Gen 7までに必要とされる用途を、通常のLSIと同様のCMOS回路で構築する研究結果を多く発表している。

図09:1波長あたり50Gbpsまで利用できるWDM対応のring-based transceiver
図10:1310nmを中心に、200GHz間隔で8波長を出力できるDFB laser
図11:PAM4に対応した、光信号を電気信号に変換するアンプ
図12:112G PAM4の変調を可能にする変調器
図13:128G NRZ/260G PAM4の送信が可能、としている

 単に研究だけではない。IntelはこのSilicon Photonicsを利用して、2014年頃から光Transceiver Moduleの製造と販売も行っていた(図14)。

図14:このIntelの光トランシーバモジュールの話は、こちらの冒頭でもう少し細かく説明している

 「いた」と過去形なのは、この部門を2023年に売却してしまったからであるが、それはともかくとしてCMOSベースで光信号向けの部品を作ることでコストを下げると共に動作周波数を抑え、ついでに広帯域化したいという取り組みをIntelは2000年代初頭(基礎研究は1990年代?)からずっと継続して行ってきており、やっとこの研究が日の目を見る時代が来たのか? という感じになっている。

 図04に戻ると、Silicon Opticsを使ったトランシーバモジュールがIOWN 1.0に向けたものであり、図09~13に示すさまざまなSilicon Optics用の構成要素がIOWN 2.0ないし3.0相当という感じになるだろう。次回、もう少しこのIntelのIOWN 2.0/3.0相当についてご紹介したい。

大原 雄介

フリーのテクニカルライター。CPUやメモリ、チップセットから通信関係、OS、データベース、医療関係まで得意分野は多岐に渡る。ホームページはhttp://www.yusuke-ohara.com/