清水理史の「イニシャルB」
「DXアンテナ」はWi-Fiルーターの電波をどう強化したのか? 「WRC-2533GST」で3割向上したそのポイントを聞く
使いやすさを含め、あらゆる点をブラッシュアップ
2017年12月11日 06:00
無線LANルーター市場での注目度が高まりつつあるエレコムから、「基本性能」「デザイン」「使いやすさ」のすべてを見直した新製品「WRC-2533GST」が発売された。注目は、DXアンテナ協力による通信性能の強化だが、実はこの製品、筐体からUIに至るまで、あらゆる部分が見直された新世代機種となっている。その開発意図を同社に聞いた。
「エレコム新Wi-Fiルーター」記事一覧
外角低めを丁寧に、全面的な見直しで基本性能と使い勝手を改善
誤解を恐れずに言えば、「地味なのに存在感がある」とでも言ったところだろうか。正直、これまでのエレコムの無線LANルーターは、国内メーカーの中でもあまり目立たない存在であったが、最近の攻めっぷりは、なかなか目を離せないものがある。
2017年1月に、トレンドマイクロのホームセキュリティ技術を搭載した「WRC-2533GHBK2-T」がリリースされたたのも記憶に新しいが(レビュー記事はこちら)、早くも、その流れを汲む新製品「WRC-2533GST」を発売してきた。
従来機種「WRC-2533GHBK2-T」がセキュリティ技術の搭載を第一目標に掲げた製品だったとすれば、後継モデルの「WRC-2533GST」は、セキュリティ技術はもちろんのこと、無線LANルーターとしての全体的な使いやすさを徹底的に突き詰めたモデルといったところ。
野球のピッチャーに例えるとすれば、新しい変化球を覚えるだけでなく、丁寧にコーナーを突く制球力も徹底的に磨いたというイメージだ。
2017年3月に買収してグループ化したDXアンテナの協力の下で電波特性を向上させたことに加え、生活シーンまでを考慮した新デザインの筐体を採用。さらに、初期設定やセキュリティ機能のユーザーインターフェースまで新たに搭載している。全面的に製品を見直し、弱点となりそうな部分にしっかりと手を当てているわけだ。
2万円、3万円、ともすれば5万円と、目が飛び出るようなハイエンドルーターも販売されている昨今、1万円台で買えるリーズナブルな価格も魅力で、本当にユーザーが求めるものを手の届く価格で提供しているメーカーとも言える。
繰り返しになるが、外見は正直地味である。が、実は、そこに数え切れないほどの魅力が隠された製品と言えるだろう。
「WRC-2533GST」は今後の中核を担うモデル
エレコムは、今回、登場したWRC-2533GSTも含め、十数台の無線LANルーター製品をラインアップしている。同社では、各モデルを戸建ての階数やマンションの部屋数、利用人数などでカテゴリー分けしているが、今回のWRC-2533GSTは、「戸建て3階建」「マンション4LDK」「人数6人」に対応可能なハイパフォーマンスモデルに位置付けられている。
最上位モデルと聞くと、少し敷居が高いかな? とも考えがちだが、どうやらそうでもなさそうだ。
エレコム株式会社の狩谷祐一氏(商品開発部ネットワーク課コンシューマNW開発チーム)によると、「今回のWRC-2533GSTは、確かに現状は最上位に位置するモデルですが、無線LANはインフラだと思っています」と話す。無線LANは、すでに電気や水道などと同レベルの社会基盤に相当すると言うわけだ。
そして「DXアンテナの技術やセキュリティ機能のニーズは広くあるので、将来的にはミドルレンジ以上をカバーする標準的なモデルになると考えています」と、その位置付けを語った。
先にも少し触れたが、Amazon.co.jpでの実売価格は1万2798円(税込)とリーズナブルだ。現状でも、すでにハイエンド機でありながら、実質的には、ほとんどのユーザー層にマッチする製品となっている。以下は前モデルとの比較だ。
WRC-2533GST | WRC-2533GHBK2-T | |
ビームフォーミングZ | ○ | ← |
DXアンテナ共同開発 | ○ | - |
高感度内蔵アンテナ | ○ | ← |
無線の規格 | IEEE 802.11ac/n/a/g/b | ← |
MU-MIMO | ○(4ストリーム) | ○(3ストリーム) |
デュアルコアCPU | ○ | ← |
無線速度(5GHz) | 1733 | ← |
無線速度(2.4GHz) | 800 | ← |
アンテナ数(5GHz) | 送信4×受信4 | ← |
アンテナ数(2.4GHz) | 送信4×受信4 | ← |
ハードウェアNAT | ○ | ← |
有線速度 | 全ポート1000Mbps | ← |
かんたんセットアップ3 | ○ | - |
かんたんセットアップ2 | - | - |
QRLink | - | ○ |
かんたんセットアップCD | - | ○ |
トレンドマイクロスマートホームネットワーク | ○*1 | ← |
マルチSSID | ○ | ← |
ファームウェア自動更新 | ○ | ← |
友だちWi-FI(ゲストSSID)機能 | ○ | - |
こどもネットタイマー | こどもネットタイマー3 | こどもネットタイマー |
中継機・子機モード | ○ | ← |
365日電話・チャットサポート | ○ | ← |
※1 *1:最長5年間無料
あらゆる点をブラッシュアップ、アンテナ性能は約3割向上
では、具体的に従来製品から、どの部分が良くなっているのだろうか?
狩谷氏によると、改善点は以下の点になるという。
- DXアンテナ監修の新設計アンテナによりアンテナ性能が向上
- 設定端末を選ばない「かんたんセットアップ3」搭載
- 好評のトレンドマイクロの新世代セキュリティ機能の初期設定が容易に
- MU-MIMOの最大接続数を従来の最大3台から最大4台に強化
- 「友だちWi-Fi」(ゲストSSID)機能搭載
- 筐体のヨコ置き、壁掛けに対応
- より使いやすくなった「こどもネットタイマー3搭載」
具体的に、主なポイントを掘り下げていこう。まず、注目となるのは、DXアンテナ監修によるアンテナ性能の向上だ。
狩谷氏によると、「WRC-2533GSTでは、DXアンテナの技術者の経験やノウハウを活用して、アンテナの長さや素材、角度などを工夫しています。例えば、内部の写真を見ると、一部のアンテナがズレているように見えますが、これは意図的に角度を調整したものです。DXアンテナには電波暗室(外部からの電波の影響を受けずにテストできる施設)があるのですが、そこに製品を持ち込んで、両社でアイデアを出し合いながら改善を進めました」という。
実際の効果は、後日掲載予定のレビュー記事に譲るが、こうした電波関連のチューニングは、ノウハウがないとなかなか難しい。狩谷氏によると、「組み上げとチューニングの繰り返しで、2~3ヶ月はかかりましたが、当初、想定していた以上の成果が得られました」という。
そして「もちろん、外部に依頼してチューニングすることもできますが、その場合は、さらに長い期間がかかる上、もちろんコストもかさむので、製品価格にも跳ね返ってきます。内部でできたのは大きなメリットで、シナジー効果を出せました(狩谷氏)」という。もし、DXアンテナがエレコムグループ傘下になっていなかったら、前述したWRC-2533GSTの実売価格はもっと高くなっていたことだろう。
なお、アンテナ性能の向上によって、実際に通信範囲が広がるかどうかは、ケースバイケースと言えるのだという。狩谷氏によると「今まで電波が届かなかったところで無線LANが使えるようになる可能性はありますが、電波の出力は法律で定められている上、電波方式を変えたなどの技術革新的なものではありません。水や鉄筋コンクリートなどで隔たれた環境で繋がるようになるかどうかは、実際に導入してみないと分かりません」とのことだ。
無線LAN機器の特性に大きな影響を与えるアンテナ技術により、同社の測定結果によれば、最大で約3割程度、接続速度が向上しているとのことだが、必ずしもすべての環境で実力を発揮できるわけではない点には注意が必要だ。
4ストリームMIMOに対応、環境によっては「WRC-1900GST」も選択肢に
無線LANの性能としては、このほかMU-MIMOの部分にも注目したい。
WRC-2533GSTは、最大1733Mbpsを実現可能な4ストリーム対応の製品であり、MU-MIMOで433Mbps×4、つまり最大4台の同時接続が実現可能となっている。
一見、当たり前のように思えるが、実は、従来機種のWRC-2533GHBK2-Tは、同じ最大1733Mbps対応の4ストリーム対応機ながら、同時接続数は3台となっていた。
狩谷氏によると「従来機は4本のアンテナが内蔵されていましたが、そのうちの1本を監視専用(チャネルなどの干渉対策)に使う必要がありました。しかし、今回のWRC-2533GSTでは、アンテナを監視と通信に併用可能となったため、4台の同時接続が可能になりました」という。
MU-MIMOの利用には、対応子機が必要になるため、必ずしもすべての環境で恩恵を受けられるわけではないが、スマートフォンを中心に対応機種も増えてきたため、この進歩は今後を考えると大きく影響がありそうだ。
なお、今回、WRC-2533GSTと同時に、3ストリームMIMO対応の「WRC-1900GST」も新たにラインアップに加わっている。こちらの製品も、WRC-2533GSTと同様に、DXアンテナ監修によるアンテナ性能の強化や、後述する使いやすさの向上が図られている。
違いは、11ac接続時の最大速度が1300Mbpsになる点や、MU-MIMOの同時接続が3台になる点。場合によっては、若干価格が安いWRC-1900GSTを選ぶのも1つの手だ。
PC&スマホのウェブブラウザーで初期設定が可能、より使いやすさを向上
続いて、使いやすさの向上について狩谷氏に聞いてみた。
「これまでの弊社の製品をスマートフォンでセットアップする場合、アプリを使って初期設定をしていましたが、アプリをダウンロードできない場合がありました。具体的には、スマートテレビなどの家電製品、Playストアが使えない海外製のタブレット端末などです。こうした端末でも初期設定が簡単にできるように、ウェブブラウザーベースの設定画面への移行を進めていました」とのことだ。
設定用のウェブ画面はレスポンシブデザインで、PCでもスマートフォンでもブラウザーから共通のUIで設定できるなどのメリットもある。ブラウザーと言っても、機器によっていろいろな種類があるため、狩谷氏によると初期設定が自動的に起動しないなど、開発中にはさまざまな苦労もあったようだ。
サポートなどに届いた声をきちんと拾い上げ、その対策を施してきた点は高く評価したいところだが、それに留まらず、WRC-2533GSTでは、さらに設定面での使いやすさを向上させているという。
狩谷氏によると「管理者画面へのログインパスワードを初期設定ウィザード内で変更できるようにし、パスワードの安全性レベルにもゲージを追加するなど、より分かりやすくなるように工夫しました。また、本製品の特徴の1つであるトレンドマイクロのホームセキュリティ機能も初期設定の流れの中で有効化できるようにしました」という。
同様に、「こどもネットタイマー3」で、スケジュールを曜日ごとに設定可能にするなど、細かな改善も施されている。
こうした取り組みは非常に重要だ。個人的にも、最近では海外製品のオープンワールド感というか、DIY観になれてしまっていたが、あらためて国内製品のこうした「気配り」や「おもてなし感」に触れると、JRPGのような一貫したストーリーの中で安心して使えるというのは、その有り難みを改めて実感する。
こうした工夫は、サポートや設置サービスで、ユーザーの操作環境を限定できるメリットもあり、エンドユーザーだけでなく、販売店や設置業者などのサービス提供側にもメリットがありそうだ。
ほかのメーカーもマネすべき「LED隠し」
最後に、大きく変わった筐体のデザイン面についても狩谷氏に聞いた。
全体的なコンセプトは「デザインについては、リビングなどに設置したときの見た目のよさはもちろんですが、あらゆるシチュエーションに対応できるように設計しました」ということだが、実用性もしっかりと考慮されているようだ。
狩谷氏によると、「内部にしっかりと空間を取ることで、最適なアンテナ間隔を確保し、放熱性能の向上も実現できています。また、従来できなかった横置きや壁掛けにも対応しています」という。
先に触れたように、確かに内部の空間には余裕が感じられる。コンパクトさを重視した従来製品は、スタイリッシュではあったが、アンテナ特性などの面では限界もあった。実用性を重視しつつ、デザイン面にも気を配った結果が、今回の新筐体というわけだ。
個人的に、今回の筐体で、もっとも気に入っているのは、LED部分に取り外し式のパネルが装着されたことだ。
「WPS」「2.4GHz」「5GHz」のLED部分を完全にカバーできるように設計されており、夜間などにLEDの点滅が気にならないようになっている。狩谷氏によると「点滅するLEDは隠しつつも、通常時は常灯のPOWER LEDは見せるようにしました。これで、『ルーターが停止しているのでは?』という誤解を避けるように工夫しました」という。
POWER LEDは動作の状況やモードに応じて点灯する色が変わるため、さすがに隠すわけにはいかなかったとのことだが、このカバーはLEDを隠すだけでなく、SSIDやパスワードなどの設定情報が記載されており、「設定情報をなくさないようにすっきり収納できる」ように工夫されている。
こうしたかゆいところに手が届く工夫がなされているのも、新生エレコムルーターならではの特徴だ。
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以上、エレコムから新たに登場した「WRC-2533GST」の開発経緯を聞いてみたが、話を聞けば聞くほど“全面刷新”といったイメージで、あらゆる部分に手が入れられている印象だ。
従来の「WRC-2533GHBK2-T」も、トレンドマイクロの技術を採用した国内製の無線LANルーターとして貴重な存在であったが、単に安全なだけでなく、「つながる」ことや「使いやすい」ことまでも配慮されたワンランク上の製品になった印象だ。ここまで完成度が上がり、市場での評価が高まれば、ほかのメーカーもエレコムを無視できない状況になるだろう。本製品の市場での売れ行きもそうだが、今後の業界全体の動向にも目が離せないところだ。
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(協力:エレコム)