清水理史の「イニシャルB」

ノートPCのWi-Fiはついに1.73Gbpsへ! 実効900Mbpsの「HT160」対応ノートPCとルーターを検証

マウス「m-Book K690」とNETGEAR「Nighthawk X4S R7800」

 マウスコンピューターの「m-Book K690」など、無線LANの最大通信速度が1733MbpsとなるノートPCが登場し始めた。従来はほぼ866Mbpsが最速だったノートPCの無線LANの速度が、IEEE 802.11ac wave 2のオプション規格「HT160」が使えるようになったことで、一気に2倍に達したことになる。その実力を検証してみた。

マウスコンピューターの「m-Book K690」は、BTOオプションでIntel「Wireless-AC 9560」を選択することで、最大1733Mbpsの通信が可能

2ストリーム866Mbpsの帯域を80MHzから160MHzへ倍増

 ノートPC(スマホもだが……)の無線LANの高速化は、結構、難しい。

 現状のIEEE 802.11acでは、MIMO、つまり同一空間での多重化技術が高速化の一因を担っているが、ノートPCの場合は、多重化に用いるアンテナの配置スペースに限界があり、3ストリームに対応するMacBook Proなどの一部製品を除き、ほとんどの機種が2ストリームMIMOの最大866Mbps対応に留まっている。

 PCで扱うデータそのものの容量が増え、クラウドサービスへの依存度も高くなってきた状況を考えると、「もっとネットワークのスピードを!」という声が高まるのも当然で、実際、有線LANでは10GBASE-Tも徐々に広がりを見せている。

 そんな状況の中、マウスコンピューターの「m-Book K690」シリーズや「m-Book W880」シリーズ、MSIの「GE63 Raider RGB 8RF」「GF72 8RE」「FG62 8RD」など、従来の866Mbpsの2倍となる最大1733Mbps対応の無線LANを搭載したノートPCがいくつか市場に登場し始めた。

 現状は、まだゲーミングPCに限られていたり、一般向けPCでもBTOオプションでの選択が必要な状況ではあるが、ようやく無線のギガ越えが現実味を帯びてきたことになる。

 今回、登場してきたノートPCは、Intelの「Wireless-AC 9560」、もしくはRivet Networksの「Killer Wireless-AC 1550」を搭載している。これらのモジュールが、IEEE 802.11ac wave 2のオプションとして定義されている「HT160」(160MHz幅での通信)に対応したことが、最大通信速度を1733Mbpsへと高速化できた要因となっている。

m-Book K690は、15.6型フルHD液晶を採用したノートPC。今回の試用機は、CPUにCore i7-8750H、8GBメモリ、500GB HDD、GeForce MX150を搭載したモデル

 実際には細かなパラメーターの違いがあるのだが、速度が倍になる仕組みをざっくりと説明すると、現状のIEEE 802.11acでは、最大80MHz幅の電波を使って1ストリームあたり433Mbpsの通信ができると考えると分かりやすい。

 これをMIMOで2ストリームへ多重化することで、433×2の866Mbpsが可能となり、3ストリームなら1300Mbpsとなるわけだ。

 従来は、このストリーム数を増やすという方法が高速化の道だったが、IntelのWireless-AC 9560などでは、ストリーム数は2のままで、通信に利用する帯域を80MHzの倍となる160MHzへと高めている。

 こちらも実際は単純ではないのだが、2ストリームで866Mbpsの通信を、2倍の帯域でやり取りできるので、866×2=1733Mbpsという計算になるわけだ。

Intel Wireless-AC9560は、IEEE 802.11ac wave 2の160MHz幅での通信が可能な「HT160」に対応している

HT160対応のアクセスポイントはごくわずか

 HT160が、IEEE 802.11ac wave 2のオプションとして定義されたのはかなり以前で、総務省の法令にも2013年の改正で盛り込まれており、すでに利用可能な状況となっていた。

 11ac wave 2自体に対応した無線LAN製品は昨年あたりから広く普及し始めていて、見分け方としてはMU-MIMOに対応が謳われているかどうかがポイントとなるのだが、実際にサポートされている機種はあまり多くなかった。

 さらに、11ac wave 2のオプションとなるHT160に対応する無線LAN製品は、これまでほとんど存在していなかった。

 HT160への対応について某国内メーカーに問い合わせてみたところ、「対応クライアントがないのでアクセスポイント側でサポートしてこなかった」という回答が得られた。wave 2対応であっても、国ごとに利用可能な周波数帯域が異なることから、160MHz幅を確保するために、いくつものパターンをルーターやアクセスポイントへ実装した上で、各国の法令に従って出力を調整する必要があり、この実装に手間が掛かるために回避されてきたという経緯もありそうだ。

 今回、PC側のモジュールがHT160をサポートしたことで、この状況が動いたわけだ。しかし、残念ながら、これまで回避されてきた理由を依然として引きずっており、接続先となるアクセスポイント側の対応は、まだほとんど進んでいない。

HT160には「連続160MHz」と「80+80」の2形態がある

 HT160は、160MHzの帯域幅を連続的に確保する方法(以下、連続160MHz)と、離れた80MHzと80MHzを束ねるチャネルボンディング(以下、80+80)の2つの形態がある。

 前者の連続160MHzは、例えばW52の36/40/44/48のチャネルとW53の52/56/60/64のチャネルをすべて占有して36+40+44+48+52+56+60+64とするか(1chあたり20MHz幅)、もしくはW56で100+104+108+112+116+120+124+128で160MHzを確保する方法となる。

 一方、80+80の方式は、W52(36+40+44+48)とW56の前半部分の100+104+108+112、W52とW56の後半部分の116+120+124+128、W53(52+56+60+64)とW56の前半部分、W53とW56の後半部分のいずれかの組み合わせで、合計160MHzを確保する方法となる。

 で、ややこしいのは、HT160対応となっている製品であっても、この2つの方式のうち、現状、ほとんどの製品が、このどちらかの方法にしか対応していないことだ。

 今回登場したノートPCに搭載されているIntelのWireless-AC 9560は、スペックシート、および実際のテストで確認した限りにおいて、現状は連続160MHzにしか対応していない。

 一方で、現状、国内で販売されているHT160に対応するアクセスポイントは、確認できるもので3製品ある。ASUS「BRT-AC828」とSynology「RT2600ac」(海外版は連続160MHzと80+80の両対応とのこと)は80+80のみの対応となっており、ネットギアジャパンの「Nighthawk X4S R7800-100JPS」だけが連続160MHzに対応している。(ネットギアジャパンの「Nighthawk Pro Gaming XR500」も将来的に対応予定)。

 そこで実際に、BTOオプション(3800円)のWireless-AC 9560を搭載したマウスコンピューターのM-Book K690を用い、筆者宅にあるRT2600acとBRT-AC828で無線LANの設定に80+80を選択してみたが、866Mbpsでしかリンクしなかった。

 一方、急遽、Nighthawk X4S R7800をお借りして試してみたところ、詳細設定画面で「HT160を有効にする」にチェックを付けることで、1733Mbpsでリンクすることが確認できた。その際の利用チャネルは「36+40+44+48+52+56+60+64」だった。

 つまり、現時点で日本国内では、Wireless-AC 9560で1733Mbpsでの通信が実現できるのは、アクセスポイントにNighthawk X4S R7800を使っている場合のみということになる。

 今後、Wireless-AC 9560が80+80に対応するか、逆にアクセスポイント側が連続160MHzに対応する可能性はあるが、現状では、1733MHzで通信できる環境はかなり限定され、通常は、従来と同じ866Mbps接続になることを覚悟しておこう。

Synology RT2600acの設定画面。80+80に対応しているが、Wireless-AC 9560搭載PCからは、866Mbpsでしかリンクしなかった
Nighthawk X4S R7800では、HT160を有効化することで160MHz接続が有効になる
テスト時は、30+40+44+48+52+56+60+64のチャネルを使用していた
m-Book K690からは1.7Gbpsでリンクできた

実力はいかに?

 それでは、実際の通信速度をチェックしてみよう。

 下のグラフは、木造3階建ての筆者宅の1階にNighthawk X4S R7800を設置し、HT160を有効化した状態で、1F、2F、3FでiPerfによる速度を測定した結果だ。

 なお、160MHz幅は、従来の80MHzに比べて、最大空中線電力が半分の1.25mW/MHzになっているため(80MHzは2.5mW/MHz、40MHzは5mW/MHz)、基本的には近距離向きの方式となる。このため、今回は同じ1Fでも、ドアと壁を挟んだ隣の環境(3Fドア外)でも速度を計測してみた。

実効速度リンク速度
1F9211.7Gbps
1Fドア外7231.5Gbps
2F415702Mbps
3F入口207468Mbps
3F窓際80.1263Mbps

※検証環境 サーバー:Intel NUC DC3217IYE(Core i3-3217U:1.3GHz、SSD 128GB、メモリ 4GB、Windows Server 2012 R2)

 結果は、かなり良好だ。まず、同一フロアであれば1.7GHzでのリンクが維持されるため、iPerfで921Mbpsと、実効速度ベースで有線LAN並の速度を実現できる。W52とW53のチャネルをすべて占有する通信となるため、外部からの干渉を受けやすく、環境によっては実力を発揮しにくい可能性もあるが、かなり高い速度を実現できている。

 同じ1733Mbpsでも、これまで80MHz幅で4ストリームMIMO製品をテストしてきた中で、iPerfで900Mbpsを越えた機種は見たことがなかったので、非常に優秀と言える。

 イメージとしては、「パワーを出すために排気量を上げてしまえ」という一昔前のアメ車的な発想だ。複雑なMIMOの計算なんて止めて、単純にデータをドカンと送ることができるメリットは大きいと言える。

 長距離は苦手ではないか? と当初は予想していたのだが、実際にテストしてみると、そんなこともなく、同じフロアであればドアや壁を一枚隔てた程度なら1Gbps越えのリンクを維持できる。

 筆者宅の場合、2階へと上がってしまうと、さすがに702Mbpsでのリンクとなったが、それでも実行速度で300Mbps越えを実現できており、3階の端でも80Mbpsを維持できている。

 低速な無線LANアクセスポイントの場合、3階端では電波が届かないこともあるので、このあたりは単純にNighthawk X4S R7800の素性の良さも影響していると考えられる。

 これまでの無線LANのソリューションでは、実効速度で有線LANに迫る性能を出せるソリューションはなかったので、無線LANに高速性を求めるユーザーには、ありがたいソリューションと言えるだろう。

テスト時の画面。1.7Gbpsでリンクし、iPerfで921Mbpsで通信できた

実効1Gbpsの速度が欲しいなら

 以上、マウスコンピューターの「m-Book K690」とネットギアのNighthawk X4S R7800を使って、IEEE 802.11ac wave 2の160MHz幅通信を実際に試してみた。パフォーマンス的には期待以上の結果を得られたと言っていい。

 しかしながら、いかんせん利用できる環境が少なく、PC側も限られる。アクセスポイント側は、国内で入手できる対応製品は、実質的にはNighthawk X4S R7800に限られるとは言える。

 しかも、1ストリームあたりの転送速度が600Mbpsとなる「IEEE 802.11ax」の登場が秋以降に控えており、あっという間に実効速度ベースで追い越されてしまう可能性もある。

 11ac wave 2と11axのいずれでも、周波数帯域を160MHzも占有してしまうのはデメリットで、外部からの干渉も受けやすい一方、外部への干渉の影響も無視できない。出力が制限されているので、影響の度合いは小さくできそうだが、やはりW52とW53、もしくはW56のほとんどのチャネルを占有してしまうので、電波の有効利用という観点からは、あまりお勧めできない。

 なので、個人的には様子見をお勧めするところだ。せめて、国内の無線LAN機器ベンダーがアクセスポイント側の対応を発表するまで待ってからでも、導入の決断は遅くはないだろう。ただし、どうしても実効で1Gbps近い速度が欲しい、というのなら、この組み合わせに投資する価値はあるだろう。

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