清水理史の「イニシャルB」

次世代の「Wi-Fi 7」は日本にいつ来る? 最大速度などの仕様はどうなる?

TP-LinkはWi-Fi 7製品の発表会を11月に実施し、「Archer BE」シリーズを発表している

 次世代の無線LANとして「Wi-Fi 7」ことIEEE 802.11beに関する情報が出始めてきた。

 日本ではようやくWi-Fi 6Eが実用可能な状態になったところだが、早くも、新しいWi-Fiの規格が見えつつある。いつ登場予定で、どのような進化をするのか、その実態に迫ってみる。


【記事訂正 2023年1月6日】
初出時の内容に次の2点の誤りがありました。お詫びして訂正いたします。

  • 「MU-MIMO」と記載していた箇所は「MIMO」の誤りでした。関連の記述を修正しました
  • Wi-Fi 7のストリーム数は当初8で将来的には16まで拡張されるとしていましたが、当初から16であるのが正しい説明でした。関連の記述を修正しました

海外ではすでにWi-Fi 7が関心の中心

 「Wi-Fi 7」の姿が徐々に明らかになってきた。

 チップベンダーとしてMediaTekやBroadcomが具体的な製品を発表済みで、TP-Linkに至ってはWi-Fi 7対応ルーター「Archer BE」シリーズを具体的な製品として発表している。

 国内では、2022年9月にWi-Fi 6Eが利用可能になったばかりだが、海外では2020年にWi-Fi 6Eがリリースされており(米国では2020年4月にFCCが6GHz帯の免許不要での使用を承認)、すでに年数が経過している。そのため、ユーザーもメーカーも次のWi-Fi 7へと視点が移りつつある。

Wi-Fi 7が目指すのは「低遅延」の世界

 Wi-Fi 7は、理論上の最大通信速度が46Gbpsとなる規格だ。ベースとなる規格は、IEEE 802.11beで、30Gbpsのスループット、遅延・ジッタ(遅延時間の変化のゆらぎ)の改善を目標に規格化が開始された。

Wi-Fi 7はIEEE 802.11beとして標準化が進められている最中(IEEE P802.11-TASK GROUP BE (EHT) MEETING UPDATEより)

 Wi-Fiの新規格というと最大通信速度に注目が集まるが、Wi-Fi 7で注目すべきなのは遅延・ジッタの改善だ。

 AR/VRへの活用、生産ラインや物流での活用などを本格的に視野に入れるために、そもそも遅延が低く、通信環境や状況によって遅延時間が左右されない安定したネットワークを実現するために、MLO(Multi-Link Operation)やMulti-AP(Multi-Access Point)、P2P transmissionなどの画期的な技術が投入されている。

 とはいえ、わかりやすいのは物理層(PHY層)の伝送速度なので、まずはこの点から見ていこう。

従来のWi-Fi 6EとWi-Fi 7の違い、および高速化のポイント

6GHz帯の利用

 Wi-Fi 7では、Wi-Fi 6Eと同様に新たに省令で利用が許可された6GHz帯を利用する。後述する320MHz幅は6GHz帯での利用が前提となっており(2.4GHzは不可能で5GHz帯も連続確保が不可能)、ほかの帯域では同じWi-Fi 7でも速度は低下する。

利用可能な帯域幅を320MHzに拡大

 従来のWi-Fi 6/6Eでは、一度に通信に利用する周波数帯の帯域が160MHz幅(8ch分)までだった。Wi-Fi 7では、この帯域幅が320MHz(16ch分)と2倍に拡張される。多くの帯域を利用すれば、一度に多くのデータを電波に乗せられるので、それだけ速度が向上することになる。

 ただし、現状、日本では320MHz幅は、6GHz帯であっても重ならないように確保する場合は1系統(1~61ch)しか確保できない。一部重なるパターンであれば、33~93chを確保することも可能だ。

Wi-Fi 7では、Wi-Fi 6Eと同じ6GHz帯の活用が図られ、320MHz幅での通信が可能

4096QAMで信号の変調効率をアップ

 従来のWi-Fi 6では、デジタル信号とアナログ信号の変換に1024QAMという方式を利用していた。1024QAMでは1シンボルあたり10bitのデータを表現できたが、4096QAMでは12bit(要するに伝送速度が1.2倍)となる。ただし、4096QAMともなるとエラーが発生しやすくなるため、実際にこの変調方式が使われる通信環境は限られる可能性がある(近い、干渉が少ない場合には有効)。

4096QAMで12bitとより多くのデータを伝送できる

OFDMAで効率的な通信を実現するMulti-RU

 Multi-RU(Multi-Resource Unit)は、OFDMA利用時のリソースの活用方法となる。OFDMAでは、これまでユーザーごとに時間単位に占有されていた帯域を周波数分割したユニットごとに、複数ユーザーに割り当てて効率的に通信する技術だ。要するに、Wi-Fiの通信を時間単位で細かく見たときに、従来は全ての周波数を1ユーザーが占有していたのを、OFDMAによって複数ユーザーで分割できるようにしている。

 Multi-RUは、この技術をさらに発展させた方式だ。Wi-Fi 6/6EのOFDMAでは、1ユーザーあたり1つのRUしか割り当てられなかったが、Wi-Fi 7では1ユーザーあたり複数のRUを割り当てられる。

 たとえば、ユーザーA、Bの2人が接続しているときに、RU1、RU2、RU3の3つに分割されていたと仮定しよう。Wi-Fi 6/6EではAにRU1、BにRU3を割り当てたら、RU2は使われなかった。

 Wi-Fi 7のMulti-RUでは、この無駄なRU2をユーザーAに割り当てることができる。つまり、ユーザーAがRU1+RU2、ユーザーBがRU3で通信することで、効率的な通信が可能になる。

OFDMAでは周波数帯をRUに分割し、RUごとにユーザーに割り当てる。Wi-Fi 7では、このRUをユーザーに対して複数割り当て可能

 なお、Multi-RUでは、パンクチャリング(帯域の一部に穴をあける)にも活用されている。たとえば160MHz幅を確保しようとした際、160MHzある帯域の一部が近隣のアクセスポイントと干渉するケースがあったとしよう。

 従来のWi-Fi 6/6Eでは、この連続した帯域の利用をあきらめざるを得なくなるケースもあったが(プリマリのみ利用する、他のチャネルに変更する)、Wi-Fi 7では、パンクチャリングによって160MHz幅の帯域のうち、干渉する一部分の帯域を間引いた形でチャネルを確保できる。これもチャネルの効率的な活用に役立つ。

パンクチャリングの概要

16ストリームMIMO

 Wi-Fi 6/6Eでは、同一空間中に同一周波数を利用して多重化した異なるデータを伝送することで高速化を図るMIMOが8ストリームまでとなっていた(8系統同時通信)。

 Wi-Fi 7では、このMIMOのストリーム数が16にまで拡張される。これにより、最大46Gbpsの通信速度が得られる。

 もちろん、16ストリームで通信するには、アンテナが16本必要になる。現状のWi-Fi 6/6Eでも製品レベルでは実質的にアクセスポイントが4ストリーム、PCやスマートフォンなどの端末が2ストリームまでの実装となっている。このあたりは、おそらく製品レベルではWi-Fi 6/6Eと変わらないと予想される。

Wi-Fi 7の肝となる「MLO」

 320MHz化や4096QAMなどでPHY層の伝送速度が向上するWi-Fi 7だが、この規格が本当に目指しているのは、前述したように、どちらかというと遅延・ジッタの改善だ。そのための重要な役割を担っているのが、MLOとなる。

 MLOは、MAC層の技術で、具体的には、複数の周波数・チャネルを使って通信する技術だ。例えば、従来のWi-Fi 6/6Eでは、PCなどの端末は、5GHz帯で接続したら、その後は5GHz帯のみを利用して通信することになるが、Wi-Fi 7のMLOでは、5GHz帯+6GHz帯、2.4GHz帯+6GHz帯など、複数の帯域(チャネル)を組み合わせて通信できる。

 これには、3つの意味がある。

 1つ目はスループット向上だ。帯域が増えるので、全体のスループットが向上する。2つ目はレイテンシ向上(遅延の低下)だ。複数の帯域を別々の用途に同時に利用することで、複数の伝送路を活用できる。これにより、たとえば複数のアプリが異なる帯域を使って同時に通信できる。

 そして3つ目が、信頼性向上だ。2つの帯域を利用して、同じデータを送信することで、仮に片方のデータが失われたり、到着が遅れたりした場合であっても、もう片方のデータを利用できる。

MLOの概要

 MLOには、電波の使い方とデータの送受信の方法の違いによって、いくつかのタイプがあるが、MLOによって医療用のMRで遅延なく確実に機器を操作できるようにしたり、映像をタイムラグなく配信したりすることができる。

 ゲーミングへの期待も大きく、いわゆる有線神話がWi-Fi 7によって取って代わる可能性もありそうだ。もちろんローカルネットワークのみなので、大会などの会場内では効果があるものの、WANを介したら意味がなくなってしまうが……。

 このほか、複数のアクセスポイントを同時利用するMulti-APや、PCとVRゴーグルなどの機器の一定時間の通信をAPなしで直接実現できるP2P Transmissionなどの機能もあり、遅延やジッタの低減につながる機能が重視されている。

 もちろん、こうしたWi-Fi 7の機能が全て利用できるわけではない。現状のWi-Fi 6/6Eでもそうだが、機能の中にはオプション扱いになっているものがあり、実際の機材に実装されなかったり、標準ではオフとなったりするケースも考えられる。

 なお、こうした機能の理解については、以下のコンテンツが役立つ。特にTP-Linkの記事は図版も含め分かりやすいので、一読をおすすめする。

標準化は2024年5月も、日本では320MHz幅に関する法令が鍵

 さて、冒頭でも触れたように、TP-Linkは早くも製品を発表しており、Wi-Fi 7の登場は間近のようにも思えるが、なかなかそうはなりそうもない。

 まず、Wi-Fi 7の元となるIEEE 802.11beの標準化スケジュールだが、正式な標準化完了は2024年5月が予定されており、本稿執筆時点ではドラフト版の改訂が行われている段階となる。

 ドラフト2.0の策定が、来年2023年5月頃とみられており、過去の規格の例を考えても、ドラフト2.0のタイミングで、Wi-Fi Allianceでの認定プログラムの開始、実機の発売がなされる可能性が高い。米国では2023年春にはWi-Fi 7製品が市場に出回ることになるだろう。

正式な標準化は2024年春。2023年春のドラフトで製品が登場する可能性が高い
IEEE 802.11beのタイムライン(IEEE P802.11-TASK GROUP BE (EHT) MEETING UPDATEより)

 一方、日本では、当然、同じタイミングで製品が使えるとは限らない。Wi-Fi 6Eの際は、6GHz帯という新しい周波数帯の開放が必要で、他のシステムとの共存の議論に時間がかかった経緯があるが、結局、海外に比べて日本は一年以上、遅れる結果となった。

 今回のWi-Fi 7は、すでに開放されている6GHz帯を利用するので、そこまで時間はかからないと思われるが、現状、法令には160MHz幅までの規定しかなく、320MHz幅の規定がないため、この規定の追加、および技術基準認証のための準備(認証機関なども含め)が必要になる。

 情報通信審議会での議論、パブリックコメントの募集とまとめなどの期間が必要と考えると、個人的には、短くても半年ほどは遅れるのではないかと推測している。日本でWi-Fi 7対応機器(もちろんドラフト)が使えるのは、おそらく2023年末以降になるのではないだろうか。

清水 理史

製品レビューなど幅広く執筆しているが、実際に大手企業でネットワーク管理者をしていたこともあり、Windowsのネットワーク全般が得意ジャンル。最新刊「できるWindows 11」ほか多数の著書がある。