第84回:無線LANのスループット実効35Mbpsは本当か?
AtermWR7600HでSuperA/Gの実力を検証
昨年末の12月17日、NECアクセステクニカから国内初となる「SuperA/G」対応のファームウェアがリリースされた。公称値で実効35Mbpsと言われる大幅な速度向上が期待できる新技術だ。さっそく、その実力を検証してみた。
●Atheros陣営の巻き返し
これまで、あくまで速度という面だけで無線LAN製品を比較すると、Atheros Communicationsのチップを使った製品は、高い実力を持っているとは言い難い部分があった。
たとえば、以前に本コラムで取り上げたIEEE 802.11a/b/g同時通信の例では、Broadcom製チップを採用したバッファローの「WHR2-A54G54」が実効25Mbps以上の速度を実現するのに対して、Atheros製チップを採用したアイ・オー・データ機器の「WN-APG/BBR」は20Mbpsそこそこと、若干、速度が劣る印象があった。同様に、NECアクセステクニカのAtermWR7600Hも以前テストしたときは、IEEE 802.11aで20Mbps程度となっていた。
しかし、どうやらこの速度差は縮まる、いや、場合によっては逆転する可能性もありそうだ。なぜなら、NECアクセステクニカから、Atheros製チップ向けの新技術「SuperA/G」に対応したファームウェアがリリースされ、公称で35Mbpsという実効速度が実現できるようになったからだ(※編集部注:IEEE 802.11gのみを高速化する「SuperG」は、エレコムが対応しています)。
●フレームバースティング+無線最適化+圧縮=SuperA/G
実際にテストをする前に、なぜSuperA/Gによって高速化が実現できるのかを簡単に紹介しておこう。
SuperA/Gは、いわば複数の技術を組み合わせた無線LANの統合的な高速化ソリューションだ。詳しくはAtheros Communicationsのサイトでも紹介されているが、以下の図のように4つの技術から構成されている。
SuperA/Gを構成する技術。主に4つの技術から構成されているが、最後のターボモードは国内では利用されない |
まず、フレームバースティングだが、これはすでに他の無線LAN製品でも採用されている技術だ。通常の無線LAN通信の場合、クライアントとAPの間でのデータのやり取りは、連続的に行なわれるわけではない。クライアントからデータを送信すると、ACKと呼ばれる受け取り確認がアクセスポイントから返され、その後、一定の待ち時間を経過してから、次のデータがやり取りされる。フレームバースティング(もしくはフレームバースト)とは、この待ち時間を削除し、連続的にデータを送信できるようにして、転送効率を高めるというものだ。
前述したバッファローなどの製品が高い実効速度を実現できていたのは(もちろん、その他にも理由はあるだろうが)、このようなフレームバースティングの技術が採用されていたというのが主な理由の1つだ。今回のSuperA/Gで、Atheros製チップ採用機では、独自技術ではなく、IEEEの標準に沿った形のフレームバースティングが採用される模様だが、これにより、ほぼ同等の実力を備えるようになったと言えるだろう。
続いての「Dynamic Transmit Optimization」は、「FAST FRAME」とも呼ばれる技術だ(正式名称は長いので、ここではFAST FRAMEで統一する)。これも、フレームバースティングと同様に、無線のデータ送受信手順を効率化する技術だ。
連続的にデータを送信することで、ACKの回数を減らし、そのボトルネックを減らす |
前述したように、無線LANではクライアントからデータを送信すると、その受け取り確認としてAPがACKを返すが、FAST FRAMEでは、この手順が効率化される。具体的には、上図のように、いちいちACKを返すのではなく、連続的にデータを送信してから、まとめてACKを返すというイメージだ。連続的にデータを送信できれば、ACKを返す回数が減り、その分のボトルネックがなくなる。こうして、高速化が実現されているわけだ。
そして、SuperA/Gの最大のポイントとも言えるのが、「リアルタイム圧縮」だ。これは、読んで字のごとく、無線LANで送受信するデータを圧縮する機能となる。Atheros Communicationsのチップには、ハードウェア圧縮機能が搭載されているが、これによりリアルタイムでデータの圧縮が行なわれる(方式はLempel Ziv)。
データが圧縮されれば、それだけサイズが小さくなり、同じデータでも短時間で送信できるようになる。転送時間が短ければ、それだけ速度は向上するということだ。SuperA/Gが高速化技術として、大きな注目を集めているのは、ひとえにこのリアルタイム圧縮技術が採用されているからに他ならないと言っていいだろう。
データをリアルタイムで圧縮し、高速な転送を実現する |
最後のターボモードだが、これは無線LANの2チャネルを同時に利用して、倍となる108Mbpsの速度を実現する技術だ。ただし、残念ながら、この技術は国内では電波法の関係で利用できない。よって、SuperA/G自体を構成する技術は4つだが、国内の無線LAN製品に搭載されているのは、実質的に上記の3技術のみとなっている。
Windows XPなどでは108Mbpsと表示されるが、これはターボモードの名残り。国内向け製品では使用できないため、表示のみが残っており、実際には54Mbpsで接続されている |
●圧縮の効果はファイルの種類次第
それでは、実際にテストした結果を見てみよう。今回は、リアルタイム圧縮の効果がどのようなシーンで効果的に表われるかを計測するために、形式の異なるファイルを複数用意し、有線で接続したサーバーと無線クライアントの間でFTP転送してみた。
|
結果は上記の通りだ。確かに、SuperA/Gを圧縮ありで設定した場合(アクセスポイント側で設定可能)、テキストファイルの転送で21~22Mbpsとかなり高い結果が得られた。比較対象として、同一のファイルを別のモードやバッファロー製のWHR2-A54G54でも転送してみたが、これと比べても3Mbps前後速い。
SuperA/Gの動作はアクセスポイントの設定画面で変更可能。実際の利用シーンを考えると「使用する(圧縮なし)」が効率的 |
しかしながら、圧縮の効果が顕著に表われたのは、表中で「TEXT1」と記載したファイルのみだ。このファイルは、中身をすべて「0」で埋めたファイルとなるため、圧縮の効果が大きく表われるのは当然だろう。
興味深いのは、同じテキストファイルでも以前に本コラムで執筆した筆者の原稿をコピー&ペーストして24MBにまでサイズを拡大したTEXT2や、すでにデータの中身が圧縮されているようなZIPなど、その他のファイルでは圧縮の効果が表われない点だ。というより、逆に圧縮しないほうが速い。
リアルタイム圧縮によって、データサイズが小さくなれば、それは確かに高速化につながるが、すでに圧縮済みのデータなどでサイズが小さくならなければ、圧縮の処理を行なう分、速度は遅くなってしまう。これが結果に表われたと考えて良いだろう。現状、身の回りにあるファイルは、そのほとんどが何らかの形式で圧縮されていることを考えると、むしろ「圧縮なし」のモードで利用した方が効率が良い場合もある。
実際、圧縮なしの場合でも、他社製の製品と同等か、それを上回る性能を実現できているので、個人的には圧縮なしで利用してもいいのではないかと考える。
●30Mbpsオーバーには環境改善も必要
さて、前述したようにSuperA/Gの実力はそれなりに高いと言えるが、上記の結果を見て、公称の実効35Mbpsにはほど遠いではないか? と思った読者も少なくないことだろう。実際、上記のテスト結果では、22.11Mbpsが最高で、その他の結果は20Mbpsを切る速度にしか達していない。
これには理由がある。上記のテストでは、サーバーやクライアントの性能がボトルネックになっていたのだ。もちろん、性能と言ってもハードウェア的なものではない。OS、つまりWindows XPの制限によって、速度が遅くなっているのだ。
インターネット上の速度測定サイトなどで速度を計測した際、FTTHなどでも下りは50Mbps前後出るのに、上りが10Mbps前後しか出ないといった経験をしたことがあるユーザーも少なくないかもしれない。上りの速度が遅いのは、Windows側の制限によるもので、これが今回のテストでもサーバー側の上り方向として表われてしまった格好だ。これまでの無線LANのように機器側の性能があまり高くなければ、このボトルネックは問題にならないレベルだったが、SuperA/Gのように機器側の性能が著しく高くなると、速度低下が顕著に表われてしまう。
そこで、サーバー側の上り方向を高速化するチューニングを実施してみることにした。具体的には、「HKEY_LOCAL_MACHINE\SYSTEM\CurrentControlSet\Services\AFD」に「Parameters」というキーを追加し、そこにいくつかのパラメータを追加した。詳しくは、マイクロソフトのサイトにあるTCP/IPについてのドキュメント(Windows 2000向けだが参考になる)に詳しく紹介されているので、これを参照してほしい。
Windows Socketsアプリケーションのサポートに利用されるAfd.sysのパラメータをレジストリエディタで追加。サーバー側の高速化を図る |
また、同時にクライアント側のMTUやRWINなどのパラメータも変更し、こちらの高速化も図ってみた。今回、NECアクセステクニカからリリースされたSuper A/G対応のユーティリティには、新たに「TCP/IP設定チューンアップウィザード」というユーティリティが追加されている。これは、回線種別を設定するだけで、MTUやRWINの設定を変更できるツールだ。Super A/Gの実力を発揮させるためには、OS側のチューニングが不可欠となるが、このようなツールが標準で提供されているのは高く評価できる。
SuperA/G対応の最新版ユーティリティで追加された「TCP/IP設定チューンアップウィザード」。SuperA/Gの性能を活かすには、このツールの利用が不可欠 |
サーバー、クライアント側のチューニングを行なって計測し直したのが、以下の結果だ。テキストファイルの転送では見事に33Mbpsという実効速度を計測している。その他のファイル形式やモード、他社製のアクセスポイントを使った場合でも大幅な速度向上が見込めるので、このようなチューニングを試す価値は高いだろう。
|
●SuperA/Gの恩恵は大きい
IEEE 802.11a/b/g準拠の無線LANルータ「AtermWR7600H」と無線LANアダプタ「AtermWL54TE」がセットになった「AtermWR7600H ワイヤレスセット(TE)」 |
このように、圧縮機能の現実的な利用が難しい面や、性能を発揮させるためのチューニングが必要といった注意点はあるものの、SuperA/Gによる速度の向上は確かに大きなものであることが確認できた。これから無線LAN製品を購入するのであれば、WR7600Hのように、SuperA/Gに対応している製品を選ぶメリットが大きいだろう。
なお、今回はSuperA/Gの評価に焦点を置いたため、詳しく紹介できなかったが、WR7600Hシリーズに新たに追加された「ワイヤレスLANセット(TE)」という製品は非常に魅力的な商品であることを付け加えておく。Ethernetタイプの子機である「WL54TE」(現時点ではSuperA/Gには未対応)がセットになった製品だが、出荷時状態で親機と子機の無線LAN設定やWEPによる暗号化などが設定済みとなっているため、接続するだけで使えるという手軽さが特徴だ。WL54TEには、標準で2ポートのLANポートが用意されているが、ハブを利用することで複数台の機器を無線化することもできるため、PCだけでなく、LANポートを備えたネットワーク家電、ゲーム機などの無線化にも非常に適している。
個人的には、SuperA/Gによる恩恵も大きいが、この使い勝手の良さと、家電などを含めた柔軟な無線ネットワークを構築できる点だけでも、この製品を購入する価値があると感じたほどだ。以前にも本コラムで紹介したが、ユーティリティで無線チャネルを簡単に検索できる点も秀逸だ。
もともと、完成度の高い製品であったが、唯一の弱点だった速度面がSuperA/Gによって改善されたのは、大きな進歩と言えそうだ。
関連情報
2004/1/6 11:40
-ページの先頭へ-