イベントレポート

Slack Frontiers

Slackは「1日21万超のメッセージ」で21世紀FOXをどう変えたのか?~Slack上級副社長ファルティー氏インタビュー

 コミュニケーションツール「Slack」を提供しているSlack Technologiesは、9月5日~9月6日の2日間に渡り、米国カリフォルニア州サンフランシスコ市において「Frontiers」と呼ばれるプライベートイベントを開催した。

 初日のCEO基調講演および同社の本社ビル公開をレポートした『Slackが自社イベント「Frontiers」をサンフランシスコで開催 ~開幕講演でCEO バターフィールド氏が理念を語る』(9月6日付記事)、翌6日の講演における新ロードマップについての『Slack、読み込みを5.5倍高速化へ、年明け導入の新デスクトップアプリで~暗号化など法人向けの各種機能も実装予定』(9月7日付記事)は、既にお伝えした通りだ。

 本記事では、日本では“21世紀FOX”とも呼ばれ、映画配給などを手掛けるメディアグループ企業の21st Century Foxをはじめとした顧客事例の紹介と、その講演を行なったSlack Technologiesセールス&カスタマーサクセス担当上級副社長のロバート・ファルティー氏へのインタビューをお届けしたい。

ユーザー数12000人超の21st Century Fox、毎日21万1000超のメッセージがやりとり

 Slack Technologiesセールス&カスタマーサクセス担当上級副社長のロバート・ファルティー氏は、Frontiersにおける2日目の基調講演で同社の顧客事例などを紹介。Slackのアクティブユーザー数は、2018年5月の段階で800万以上、そのうち、何らかの有料プランに課金をしているのが300万以上との数字を明らかにした。

Slack Technologies セールス&カスタマーサクセス担当上級副社長のロバート・ファルティー氏

 コミュニケーションツールとしてのSlackは、入口となる使い始めが無料なので、ある程度までは無償で使っている企業ユーザーも珍しくない。その後、使い込んで有用性が確認でき、より便利に使いたいときには、有料プランへの移行を検討するかたちが一般的だ。このため、前述した300万の課金ユーザーの数は、そのまま法人ユーザーの数を意味しているわけではなく、無償プランの中にも多くの法人ユーザーが含まれている。

同社の顧客リスト
ユーザー数の推移

 ファルティー氏は同氏の講演の中で、主に2社の事例を紹介した。それが、映画会社の21st Century Fox(21世紀フォックス)と、コワーキングスペースのサービスを展開するWeWorkだ。

具体的な事例としては21st Century FoxとWeWorkの事例が紹介された
21st Century Foxの企業規模

 21st Century Foxは、米国のテレビネットワークを所有しており、ニュースなどを配信するFox Networks Groupなどのメディア企業を傘下に従える総合的なメディア企業グループだ。195カ国でビジネスを展開、毎日20億のリーチがある上、グループ全体では2万1000人の従業員を抱え、2800億ドル超の売り上げを誇る、まさに巨大メディア企業だ。

21st Century FoxにおけるSlackの利用履歴
サードパーティー製アプリとの接続状況

 ファルティー氏によれば、21st Century FoxのSlackユーザーは12000人超。Slackは製品チーム、デザインチーム、マーケティングチームなどさまざまな職種で横断的に利用されており、毎日21万1000を超えるメッセージがやり取りされ、毎日3900を超えるファイルがアップロードされている。さらに、21st Century FoxではSlackを単体のITとして使うのではなく、同時にServiceNow、Salesforce、Google、Zoomと言ったほかのアプリケーションと組み合わせて活用している。

 Slackと組み合わせて利用しているサードパーティー製アプリの数は722で、うちSlack標準で接続方法が用意されているアプリが527、Slack標準で接続方法が用意されていないアプリが245とのこと。つまり、245のアプリとの接続は、21st Century Foxが自前でプログラムを書いて実現しているとのことだ。

Slack上で動画のシェアからTwitter投稿まで完結、SNSのエンゲージ率は200%超に

 次いで、21st Century Foxの担当者が壇上に呼ばれ、7月15日まで約1カ月間開催されていた「2018 FIFAワールドカップ ロシア」の報道チームによるSlackの活用事例が披露された。デモでは、取材チームが撮影した動画ダイジェストをSlackにアップロードしてシェアし、それをSlackから接続しているTwitterのアカウントを通じて投稿する様子が紹介された。

 筆者もメディアの片隅で働いているので、同じように媒体のTwitterアカウントに投稿する例はよく知っているが、大抵の場合は媒体のアカウントを複数のユーザーがシェアするという形で使われていることが多い。その場合はユーザーが自分の裁量でPCなりスマートフォンで編集した動画や静止画を投稿するかたちとなる。つまり、現場の担当者任せの運営になっているのが現状だ。

「2018 FIFAワールドカップ ロシア」では、現地取材チームと米国ニューヨークのSNSチーム、ロサンゼルスの本社チームなどがSlack上でコラボレーションした
現地チームがSlackへ投稿した動画の中から、米国ニューヨークのSNSチームがSlackを介してTwitterへ投稿。同じメディアに関わる者として、これは便利そうだと感じた

 しかし、このSlackを利用した事例では、動画のシェアから投稿までのプロセス全体がSlack上にアップロードされるので、関係者全員がレビューし、チームの意志決定を経た上でTwitterへ投稿できる。かつ、TwitterのアカウントもSlackに接続されている状態なので、複数のユーザーが1つのアカウントを管理する際に起こりがちな事故の危険性も小さい。

 21st Century Foxの担当者によれば、取材チームはロシア、SNSのチームは米国ニューヨークにいる状態でも、このシステムを利用することで、早ければ90秒以内にTwitterへの投稿することが可能になったという。また、取材機材が故障した場合にSlack上でリプレースを機材チームに依頼する例や、依頼したコードの修正がSlackから行なう例なども紹介された。

中継機器の故障も、Slackで機器担当のチームへと報告される
コードの修正も、Slack上で直接やり取りされる

 こうしたシステムにより、「2018 FIFAワールドカップ ロシア」でのTwitter投稿は3000に及んだ。動画のビューは5億5800万に達し、当初21st Century Foxが想定していたエンゲージ率を204%も上回ることができたという。

 21st Century Fox CIOのジョン・ハーバート氏は「Slackの導入は最初はシャドーIT(会社の知らないところで使われているITという意味)として始まったが、今やそれを利用したデジタルトランスフォーメーションは弊社のビジネス全体に影響している」と述べ、Slackの導入により同社のIT利用効率が向上しているとした。

Slackを導入した成果、エンゲージ率の目標を200%上回った
21st Century Fox CIOのジョン・ハーバート氏(左)

新オフィスを開設する期間を12~18カ月から6カ月へ短縮したWeWorkのSlack導入

 もう1つ紹介されたのが、コワーキングスペースを展開するWeWorkの事例だ。WeWorkは2010年に設立され、従業員は7000名、会員は既に26万8千人超で、287以上のロケーションでコワーキングスペースを提供。既に日本にも進出しており、東京の丸の内などにコワーキングスペースを設置している。

 ファルティー氏によれば、WeWorkにおけるSlackの利用状況は、7500人を超えるユーザーにより9500超のチャネルが既に開設され、毎日29万5千を超えるメッセージがやり取りされている。

 サードパーティー製アプリの利用率も高く、Salesforce、GitHubなど419のアプリがSlackと接続して利用され、うちSlackで標準サポートされるものが219、WeWorkが独自にコードなどを書いて接続しているアプリが200とのことだ。

WeWorkの企業規模の紹介
WeWorkにおけるSlackの利用履歴
サードパーティー製アプリの接続状況

 具体的な事例の紹介では、WeWorkが新しいコワーキングスペースを開設するときの利用例が紹介された。対象となる不動産を見つけて契約し、内部のデザインを行ない、そして実際に運営を開始するまでのやり取りをSlack上で行なっているという。例えば内装のデザインに関しても、チームで共有し、意志決定をより早くして新しいコワーキングスペースを開設するまでの時間を短縮しているとのことだ。

内装のデザインなどもSlack上で決定
モバイルアプリの利用も行なわれている

 ファルティー氏によれば「新オフィスの開設まで、一般的には12~18カ月を要するが、WeWorkではこれが6カ月以下となっている。新オフィスは年あたり倍増の勢いで増えており、これにより53%も会員が増加する効果があった」と説明。WeWorkコーポレートテクノロジー担当上級副社長のレノーア・ヴァッシル氏を壇上に呼び、WeWorkにおけるSlackの導入効果に関して話し合った。

WeWorkにおけるSlack導入の効果
WeWorkコーポレートテクノロジー担当 上級副社長のレノーア・ヴァッシル氏(左)

外部アプリとの統合を実現するSlackは、レガシーを改善中のMicrosoftとは方向性が違う

 最後にSlackのファルティー氏にお話を伺う機会を得たので、以下にその模様を紹介していきたい。

Slack Technologiesセールス&カスタマーサクセス担当上級副社長のロバート・ファルティー氏

――Slackは企業が働き方を改革することに対し、どのように貢献するのか?

 よりよいリーダーシップ、チームのよりコミュニケーション、そしてその成果として生産性を上げるためのツールがSlackだ。顧客の声に耳を傾けると、そうしたことを求めている組織でSlackは導入されており、これからそうした変革をしていきたい組織の役にも立てると考えている。

――日本でも働き方改革が叫ばれており、政府を先頭に取り組みが進められている。そこでSlackができることは何か?

 我々は日本市場に深くコミットメントしており、ぜひともそうしたことを助ける一助になればと考えている。リーダーにとっても従業員にとっても、効率を上げていくことは重要なことだ。そこでよりコミュニケーションを密にし、一緒にビジネスをしていく、そうした環境を実現していくことが重要だ。そのために目的や方向性を共有していく必要がある。Slackはそれを加速していくことが可能で、そこが顧客に評価されている。

 弊社にとって日本は2番目に大きな市場で、既に多くの顧客がSlackのメリットを理解して頂いている。日本法人と協力して日本語へのローカライゼーションも加速しており、日本のお客様のニーズに応えたいと考えている。今後はIT系の企業だけでなく、伝統的な日本のお客様にもアプローチしていきたいと考えている。

――数カ月前、MicrosoftがTeamsの無償版を発表したとき、彼らのプレゼンテーション資料には、明らかにSlackを競合視している内容があった。そうしたMicrosoftに対してのSlackの強みとは?

 はじめに申し上げたいのは、Microsoftは非常に巨大な企業で、素晴らしい企業だと尊敬していることだ。その上でMicrosoftについて一般的に言えるとすれば、彼らの顧客はレガシーを重視している点にあると思う。トラディショナルなツールセットを利用して、新しいビジネスのやり方を提案しようとしているわけだ。

 しかし、我々のアプローチはそれと真逆で、我々とお客様は異なるアプローチで取り組もうとしていると考えており、そうしたお客様に新しい使い方を提案している。本日(9月6日、インタビューはFrontiersの2日目に行なわれた)の基調講演で21st Century Foxの事例で説明した通り、既に2万ユーザーに導入されており、このスピード感はレガシーのソフトウェアプロバイダーとは異なっている。

 ツールの使い方も違っている。21st Century Foxは1日20万メッセージ、我々自身は1日30万メッセージを既にSlack上でやりとりしている。こうした使い方は従来のレガシーのソフトウェアとは異なるよりヘビーな使い方だ。

 ユーザーの受け止め方が前向きなことも大きな違いだ。実際に(顧客満足度を測る指標である)NPS(Net Promoter Score)のスコアもこれを表している。この点もトラディショナルなアプリケーションとの違いだ。

 さらに、Slackがプラットフォームとして機能していることも重要な違いだと考えている。企業のIT予算の95%は、異なるアプリケーションのために費やされている。つまり企業のITインフラでは、さまざまなアプリケーションが使われているわけだ。Salesforce、GitHub、ServiceNow……、Slackはそうしたほかのサービスを統合して利用できるわけで、それがエンタープライズのお客様にSlackを選んで頂いている最大の理由だと考えている。

――ほかの同種のサービスとなる「ChatWork」や「Workplace by Facebook」などと比べたSlackの強みは?

 そのことは、いつもお客様に問い掛けている。あるお客様は無償である点を挙げるし、ほかのお客様はマーケットシェアだというが、重要なことはお客様が我々を好んで選んで頂いていること、導入が簡単であること、さらに既にあるITシステムの一部として統合できることにあると考えている。

 このため、ほかのサービスとの併存も可能で、お客様によってはFacebookとSlackの両方を使われている場合も少なくない。また、日本のお客様向けには、絵文字が使えることもSlackの大きなアドバンテージになっている。

――日本のエンタープライズではまだまだクラウドよりもオンプレミスで運用しているところが多く、ハイブリッドをサポートするクラウド事業者も増えている。Slackとしての対応は?

 おっしゃる通り、オンプレミスで運用しているエンタープライズはまだまだ多いが、全体的なトレンドとして、オンプレミスからクラウドへの移行が進んでいる。今日我々はそうした企業のニーズに応えるため、「EKM(Enterprise Key Management)」を発表した。EKMにより企業は自前の暗号鍵を利用してSlackの自社データを暗号化することができる。それを利用してオンプレミスと連携することが可能になるため、お客様からのフィードバックは非常に良好だ。

――日本のエンタープライズの中には、法務的な観点から、クラウドを使うとしても日本の法律が及ぶ場所にデータセンターを設置して欲しいというニーズがある。Slackとしては、そうした声にどのように応えていくのか?

 繰り返しになるが、我々は日本市場を重視しており、日本のお客様の声を吸い上げていきたいと考えている。現時点では具体的に説明できることはないが、将来的にはそうしたことも議論していきたい。