イベントレポート
BG2C FIN/SUM
中央銀行デジタル通貨(CBDC)はどんな課題を解決するのか?
銀行間決済システムが複雑な理由
2020年9月16日 09:30
ブロックチェーン技術が金融インフラの常識を変えつつある。各国で取り組みが進んでいる中央銀行デジタル通貨(CBDC)は、既存の金融システムの課題を取り除き、よりなめらかな経済システムを実現できるだろう──。
2020年8月24日〜25日、金融庁と日本経済新聞社が共催で開催したイベントBG2C FIN/SUMは、セッション内容が大きく2系統に分かれていた。1系統はBG2C(Blockchain Global Governance Conference)、もう1系統はFIN/SUMである。ざっくりいうと、前者のBG2Cはブロックチェーン時代の金融規制への関心をもつ人向け、後者のFIN/SUMはブロックチェーン時代の産業動向に関心を持つ人向けの内容だった。今回の記事では後者を取りあげる。
カンボジアの中央銀行デジタル通貨「Bakong」は大口も小口も一本のブロックチェーンで完結
FIN/SUMの系統のセッションでは、ブロックチェーン技術の金融分野への応用を軸に、多くのテーマを取りあげた。その中から、この記事ではデジタル通貨に関する話題を取りあげたい。社会的インパクトが特に大きな分野となることが予想されるからである。
8月24日に開かれたセッション「デジタル通貨が変えるビジネスと社会」の中では、宮沢和正氏(ソラミツ 代表取締役 社長)によるデジタル通貨の取り組みについて語った。
カンボジアで実証実験を行っている中央銀行デジタル通貨Bakongでは、小口から大口まで1本のブロックチェーンで決済する。
宮沢氏が社長を務めるソラミツは、同社の技術「ハイパーレジャーいろは」を活用してカンボジアで中央銀行デジタル通貨(CBDC)である「Bakong(バコン)」の実証実験を進めている。Bakongは中央銀行が提供する決済アプリの体裁を取っており、複数の銀行口座や決済サービスを登録、送金や決済に用いることができる。
Bakongが解決したい課題のひとつは金融包摂だ。カンボジアでは銀行口座を持っていない人々が大勢いる。そのような人たちがアクセスできる金融サービスを提供する目的がある。もう一つは同国の法定通貨リエルの普及だ。カンボジアでは歴史的経緯で米ドルが広く使われているが、自国の法定通貨リエルをもっと普及させたいという狙いがある。
金融包摂や自国通貨の普及という目的はカンボジアにとっては重要だが、日本では事情が異なる。日本には銀行口座を持たない人はほとんどいないと言われている。また日本円はすでに広く普及している。では、日本で中央銀行デジタル通貨が出てくるとしたら、どのような課題を解決するためなのだろうか。
宮沢氏の発表の中に、そのヒントの一つがあった。Bakongの特徴は、「小口から大口まで一つのブロックチェーンで扱うこと」(宮沢氏)である。
これは普通の話に聞こえるかもしれない。だが現実の金融のシステムの基準で考えると、Bakongの仕組みは革命的なまでにシンプルだ。そのシンプルさを理解するには、日本の決済システムがどのような構成になっているのかを知る必要がある。以下、その説明となる。
銀行間決済システムが複雑な理由
8月25日のセッション「デジタルアセットインフラとCBDC」では、日本銀行の副島豊氏(決済機構局審議役 FinTechセンター長)が、組織の公式見解から離れて、現状の銀行マネーとCDBCの違いについて語った。
その内容は、中央銀行デジタル通貨が日本のどのような課題を解決するのかを示すものだった。以下、順を追って説明していく。
お金、マネーの本質に関しては長い研究の歴史がある。副島氏は、最近の学説に基づき「マネー(お金)とは譲渡可能な債権である」と述べる。副島氏が語った内容からは離れるが、デヴィッド・グレーバー「負債論 貨幣と暴力の5000年」は文化人類学の知見に基づき「貨幣(お金)の起源は負債であった」と論じている。
マネーが債権、つまり負債であるなら「誰が背負う負債なのか(債務者は誰か)」が問題となる。負債を背負う主体が異なれば、異なるマネーとなる。
日本で使われているマネーのうち、紙幣(日本銀行券)や日銀当座預金は日本銀行の負債だ。私たちが手にしている紙幣は、国の負債が私たちの手元まで流通してきたものである。
一方、民間の銀行預金の正体はその銀行の負債である(銀行マネーの大部分は信用創造により作り出されたマネーであるため)。銀行が異なれば債務者も異なる。
日本の銀行間の決済サービスは(1) 各銀行のシステム、(2) 全銀システム、(3)日銀ネットと3階層にまたがるシステムとなっている。
異なる銀行間が送金をするときには、全銀システムによるクリアリング(清算、決裁の準備処理)をまず実施するが、それだけでは完結しない。最終的には日銀ネットを動かし、債権・債務を解消し、各銀行が日本銀行にもつ当座預金口座の金額を動かす形で銀行間資金決済を完結する(セトルメント)。
銀行以外のリテール決済事業者──クレジットカード会社や、キャッシュレス決済サービス(いわゆる「○○Pay」)の運営会社も、その決済サービスは銀行に依存している。このように多段階の階層から構成する決済システムを動かすことになる。効率が悪い。
この状況を、副島氏は「マネーの壁」と表現する。銀行が異なれば違うマネーだ。また決済事業者のマネーか、銀行のマネーか、中央銀行のマネーかでも違う。違う種類のマネーを相互交換しようとするので、複雑なシステムを動かす必要が出てくる。
「民間マネー(市中銀行の預金や、市中銀行発行デジタル通貨)のまずいところは、債務者が違うと違うマネーになることだ。クリアリング(決裁の準備処理)をどうするんだ、という問題がある。そこは中銀の債務として発行するデジタルマネー(中央銀行デジタル通貨)の意味がある」(副島氏)。
民間マネーには、債務者の違いによる互換性問題(マネーの壁)があり、それが決済システムを複雑で高コストなものにしてしまっている。中央銀行デジタル通貨(CBDC)はこの問題を解消する手段となる。
中央銀行デジタル通貨は「互換性が高いお金」
副島氏は、リテールCBDCにより、「マネーの壁」の問題を解決できると指摘した。CBDCは中央銀行の債務で、現金(紙幣)と同じ意味を持つ。これを異なる決済事業者や異なる銀行の間の決済に使えば、いちいち複雑な階層のシステムを動かさなくても効率的にマネーを交換できる。
もう一点、日本銀行の副島氏とソラミツの宮沢氏は共通する指摘を行っている。それは、マネーの機能としてよく挙げられる3つの機能──価値の尺度、価値の保存、価値の交換──に続く第4のマネーの機能は「情報の入れ物」だというのである。デジタル通貨は情報の入れ物となり、例えば取引に関わる各種情報や契約内容をマネーと一緒に運ぶことができる。
CBDCは、「マネーの壁」を乗り越え経済活動をなめらかにし、「情報の入れ物」となって新たな付加価値を作り出す。そのような将来像を、専門家たちは議論している訳である。
アバター取材を試みたが……
ところで、イベント主催者からのお誘いにより、セッション「デジタルアセットインフラとCBDC」の後で、アバター(遠隔操作できるロボットのようなもの)を使う取材を実施した。新型コロナウイルス感染症対策として、今回はイベント会場ではなくオンラインで取材を行ったのだが、アバターを使って個別取材ができるのではないか、というものである。
セッションに登壇した中島真志氏(麗澤大学 経済学部教授)は、各国の中央銀行デジタル通貨(CBDC)の動きは「予想外に早い」という認識を示した。この点に関連して「日本はデジタル通貨を急いだ方がいいのですか?」と質問した。中島氏の回答は「いつやるか。早い方がいい」というものだった。また、今議論されている中央銀行デジタル通貨(CBDC)はクロスボーダー(国境を越える取引)は目的としていないとの見方を示した。
副島氏からは「マネーの壁」についての補足を聞くことができた。「民間の決済にはいろいろな種類があり、(決済システムの)階層が増えるとコストがかかる」「銀行は信用創造が仕事なので、債務を発行せざるを得ない。銀行マネーは、債務であり決済マネーであるという二重性がある」と指摘した。
アバター取材の感想だが、会場の騒音にまぎれて、当方の音声が聞き取りにくかったようだ。この種の新技術は音響や照明の状態に成果が大きく左右されてしまう場合がある。アバターを利用した取材スタイルを確立するには、もう少し試行錯誤が必要だと感じた。
BG2C FIN/SUM BB全体の感想だが、デジタル技術の本格活用により金融の常識が大きく変わることは、もはや明らかだ。特にブロックチェーン技術はいろいろな局面でゲームチェンジャーとなる。金融庁はこのような新たな時代の規制の考え方に取り組んでいる。
中央銀行デジタル通貨は、今考えられている数々のアイデアの中でも特にインパクトが大きい。現状は専門家による慎重な議論が進められている段階だ。これが登場すれば私たちの経済活動をよりなめらかにする方向に作用することは確実といえる。引きつづき注目したい。
(9/16 15:5更新)記事掲載当初、宮沢氏と副島氏の写真を逆に掲載しておりました。お詫びして訂正させていただきます。