イベントレポート

AI/SUM & TRAN/SUM with CEATEC 2020

菅総理と梶山経産相はAI&データ戦略について何を話したのか

──AI/SUM & TRAN/SUM with CEATEC 2020より

 2020年10月20日、AI(人工知能)を中心テーマとするイベント「AI/SUM & TRAN/SUM with CEATEC 2020」の開幕セレモニーとして、菅義偉内閣総理大臣による挨拶と、梶山弘志経済産業大臣による基調講演が行われた。

 菅総理は、「新型コロナ感染症対策にAIとデータ活用は有効だ」と語り、新設するデジタル庁による「縦割りの打破」を訴えた。梶山経産相は経済産業省におけるAI分野の研究開発、人材育成、スタートアップ支援の取り組みを紹介しつつ、国際AIガバナンスの取り組み「GPAI」にも言及した。

 その内容を詳しく説明する前に、ひとつ前置きがある。このイベントAI/SUMでは、AI(人工知能)と「データの利活用」がセットで語られていることに注意を向けておきたい。

 開幕前の司会挨拶では、このイベントの趣旨の一つとして次のような背景が語られた。

 「世の中のデジタル化が急速に進み、情報は慎重に記録・保存するものから、積極的に利活用するものに変わってきている」

 「その中で、セキュリティや公平性、効率化といった観点から、データ利活用の新しい国際ルール作りが急務」

 「2019年6月、日本はG20でデータ利活用のルール作りのバックボーンとなるDFFT(Data Free Flow with Trust=信頼性のある自由なデータ流通)という考え方を提唱、各国が合意」

 「機動性、柔軟性、安全性を兼ね備えたデータ利活用のルールを有効なものにする上で重要な役割を果たすのが、AI、IoT、ブロックチェーン」

 この前置きを念頭に、菅総理と梶山経産相の語った内容を読むと、AIそのものというより「データ活用のルールと仕組みを作る」ことにより経済発展を目指すことを日本政府が狙っていることが見えてくる。

菅総理はデジタル庁で「縦割り打破」を訴える

 管総理の挨拶概要を以下に紹介する(忠実な再録ではない)。重要なポイントは「デジタル庁」の位置づけである。

世界は新型コロナウイルス感染症により、これまでにない課題に直面している。デジタル、なかでもAIはこのチャレンジを乗り越える鍵である。

AIには、新型コロナ対策における感染予測や早期検知、接触機会の低減に加え、医療の高度化、人、モノの移動の変革など、我が国の抱える少子高齢化問題を解決に導くポテンシャルがある。

「人に寄り添うテクノロジーの追求」という本年のAI/SUMのテーマは、まさに未来の経済社会を切り開く議論にふさわしい。ここにお集まりの皆さんは、AIのもつ可能性を具現化し、今後の時代を牽引する原動力である。社会経済化活動を活性化する多くのアイデアが生まれることを期待したい。

政府も全力でデジタル化を進める決意。行政の縦割り、既得権益、悪しき前例主義を打破し大胆な改革を進める。そのため、現在複数の省庁に分かれている政策を強力に進める体制としてデジタル庁を設立した。

新たな経済社会を作り上げていくことを心より祈念する。

 菅総理の挨拶では、AIとデータ活用について、新型コロナ対策で重要な役割を期待する一方、「行政の縦割り、既得権益、悪しき前例主義を打破」すると強い言葉でデジタル庁の位置づけを語った。

 日本の公的機関が保有するデータの活用が新設する「デジタル庁」の大きな狙いであることが伺える。

梶山経産相は国際AIガバナンスの取り組みにも言及

 梶山弘志 経済産業大臣による基調講演の概要は以下のようになる(忠実な再録ではない)。

日本のAI戦略、G20のAI原則

 前回のAI/SUMからいままでの間に、我が国では教育改革や研究開発、社会実装などを柱としたAI戦略をとりまとめた。日本が議長国をつとめたG20において「人間中心のAI利用」という価値観を共有するG20 AI原則がとりまとめられた。今年はこれらの戦略や原則に基づき、AIの社会実装を強力に推進するフェーズにある。

ウィズコロナ、ポストコロナ時代のAI

 新型コロナウイルス感染症は、世界に強力かつ非連続的な変化をもたらし、人類にとってデジタル技術の活用余地がまだまだあることを示した。AIが経済、社会に与えるインパクトはいっそう高まっている。AI技術やデータ活用への期待が高まる今だからこそ、信頼あるAI、データ活用を実現していく必要がある。

デジタルアーキテクチャ・デザインセンターを立ち上げ

 世界的に見れば現在の日本にはまだまだ大きなポテンシャルが残されている。サイバーとフィジカル(現実世界)が融合し複雑にからみ合うこれからの社会において、データの連携を促進し、AI、データの活用を真に我が国に根付かせ、さまざまな企業が活用するためのデータインフラが必要だ。

 今までのデジタルインフラは業種、省庁ごとの縦割りで個別整備してきた。工場どうしを結ぼうとしても業種により規制が違いデータのフォーマットが違うのでデータ連携できない。経産省ではシステムどうしが連携するための全体の見取り図ともいうべきデジタルアーキテクチャを描いていくことをめざし、本年5月に「デジタルアーキテクチャ・デザインセンター」を立ち上げた。AIの社会実装にどのようなアーキテクチャが求められているのか、私(=梶山経産相)もCinnamon(シナモン)の平野CEOやプリファード・ネットワークス(PFN)西川社長らと意見交換した。

AIベンチャーを支援

 有望な技術を持つAIベンチャーと個々の連携などを促進し研究開発を加速することも重要だ。これまで例えば、深層学習を用いたプラントの運転状態予測に必要なAIシステム開発、プラント設備の画像撮影と点検判定無人化のためのドローン/AI開発、物流センター内での在庫配置、リソース配置適性化のためのソフト開発など、さまざまな研究開発の支援してきた。今後も高い技術とデータ活用のためのサポートをしていく。

産総研の取り組み

 我が国のAI研究開発の中核を担う公的研究所のひとつ、産総研(国立研究開発法人産業技術総合研究所)の人工知能研究センターでは、人間の意図を汲み取るAIや、安心して利用できる信頼性の高いAIの開発、AI品質評価手法の標準化に向けた取り組みなど、AIを社会実装するさいの課題解決に取り組んでいる。また民間企業に開放しているAI利用クラウドスパコンABCIの増強を進める。

人材育成

 AI利用を加速させるには担う人材が必要不可欠。先端IT人材は2030年には55万人不足する。人材輩出をスピードアップさせるため、経産省では「AI Quest」という実践的な人材育成事業を実施した。

国際AIガバナンス

 多くの企業が、日本から世界に展開するうえで、グローバルレベルの情報発信が必要だ。本年6月、国際的な責任あるAIの開発、利用を実現するため各国の専門家が集まり議論する枠組み。「GPAI(Global Partnership on Artificial Intelligence)」が設立された。これまでAI倫理やAI原則が議論の中心だったが、GPAIでは実装に向けたAIガバナンスの議論が行われており、日本でも専門家が参画している。こうした場を通じて、日本のAIの取り組みを世界に発信する。

データ活用の促進による経済発展を訴える

 データ活用では、人権、プライバシー保護とのバランスが求められる。そこで新たなルール作りのための合意形成、ガバナンスが重要になってくる。デジタルインフラ、人材育成、AIベンチャー(AIスタートアップ)支援も重要なテーマだ。そのようなグランドデザインが語られた開幕セレモニーだった。

 開幕セレモニーの発言を読んでいくと、従来は組織内に眠っていたデータや、プライバシー保護などのルールの制約により活用にブレーキがかかっていたような種類のデータを経済活動のために活用していく方向性が国の戦略であることが見えてくる。これは企業にとって新たなビジネスチャンスが創出されてくることを意味する。同時に、個人にとってはプライバシー情報の扱いが今後変わってくる可能性も考慮しておいた方がよさそうだ。

 なお「AI/SUM & TRAN/SUM with CEATEC 2020」は、AI(人工知能)をテーマとするイベントAI/SUMを軸にモビリティをテーマとするTRAN/SUMを加え、さらにIT、エレクトロニクスの大型展示会CEATEC(新型コロナウイルス感染症の影響で2020年はオンライン開催となった)が連携する形のイベントである。