iNTERNET magazine Reboot
時代が求める“シビックテック”、地域や社会の題解決をめざす活動
書籍『シビックテックイノベーション』からPickUp
2018年5月30日 06:05
地域住民が解決しなければならない課題の解決に、“シビックテック”はどのように貢献できるだろうか。地方行政に携わる著者が、国内・海外のシビックテックの活動を取材し、書き下ろした書籍『シビックテックイノベーション』(副題:行動する市民エンジニアを社会を変える)の中から、今回は、「Chapter2 時代が求めるシビックテック」の「2-4 地域コミュニティの課題解決をめざす活動」と「2-5 社会課題の解決が期待される活動」をピックアップした。(NextPublishing編集長・錦戸 陽子)
地域コミュニティの課題解決をめざす活動
近隣の人々とのコミュニケーションが希薄となった現代では、自治会など地域活動の多くは高齢者が担い、現役労働者世代(おおむね20~65歳)が参画することは少なく、一部の高齢者である住民の負担となっている。その結果、地域の回覧板や情報発信、事務処理の多くがアナログベースとなり、自治会役員にとって負担が大きくなっている。そのことが「負担増⇒役員の担い手減」の負のスパイラルとなり、自治会加入住民の減少など、地域の結束力や活性化が難しい状況となっている。また、地域の要援護者や児童を無償で支援する民生委員や児童委員も、高齢者の増加や児童の環境の複雑化により、かつてない厳しい状況となっている。
シビックテックが登場する背景には、わが国のさし迫った解決すべき現状への対処がある。超少子高齢化と人口減少による慢性的な労働力不足の時代を迎えた日本が直面している課題は、手がさしのべられにくい最も弱い地域・現場に現れる。例えば、都市への集中現象による地方の衰退や、限界集落の発生や地域活動の低下、あるいは慢性的な人材不足にあえぐ高齢者の介護福祉現場からの悲鳴は、解決が急がれる日本社会全体の課題である。
疲弊する地域の現場を支援するシビックテックのミッションには、以下の例がある。
ミッション1:衰退する自治会・町内会の地域活動を支援
わが国では、高齢化や核家族化の伸展により、自治会や町内会の組織率の低下が止まらず、地域活動が滞り、コミュニティが成立できない地域が増加している。その結果、住民への情報周知・伝達が徹底せず、役員の確保が難しい。また、行事・イベントへの参加者が減少し、行事・イベントの準備・開催の担い手が少なくなっている。これらは、地域活動の大きな課題である。
その原因として、役員の高齢化や1人暮らしの世帯の増加などに加えて、核家族化や若年層の関心・参加する意欲が低いことなどが挙げられる。
標準的な自治会活動とそれに伴う事務の一例は、次のとおりである。住民相互の親睦、生活環境の維持・改善、福利厚生の向上、相互信頼と生活秩序の確立、生活文化の向上、地域防犯防災活動の推進、青少年の健全育成、公共機関などとの連携、地域交通活用と市民の足確保などの課題への対策など、広範囲にわたる。
平常時だけではない。東日本大震災や阪神淡路大震災など、大規模災害時にも避難所運営や支援物資の配布など、細やかな支援を行う地域コミュニティの重要性が叫ばれている。
しかし、「災害に備えた民生委員・児童委員活動に関する調査-来たるべき巨大災害に立ち向かうための現状と課題-」報告書(兵庫県民生委員児童委員連合会、神戸市民生委員児童委員協議会、公益財団法人ひょうご震災記念21世紀研究機構、2017年3月)[*1]によると、災害時の要援護者に対する救援が負担となっている民生員が6割に上るとの報告がある。
これらの事務を担当する市民が、高齢化や自治会活動の組織率低下により、十分役割を果たせず、活動を縮小せざるを得ない状況にある点は見過ごせない問題である。多くの自治体では、これらの事務を委託したり、指定管理者に委ねたりせざるを得ない状況にあるが、より深刻な「住民自治」が成立しない地域が今後増加する[*2]。
地域活動が疲弊した根本的な原因は、コミュニティへの帰属意識の少なさ(なさ)に由来する「自分ごと」意識の欠如といわれていたが、超高齢化・人口減少社会では、より効率的な地域経営が不可欠である。
だからこそ、異なる視点で共感して取り組める人材の参加が求められるのである。例えば、高齢者見守りや非常時の情報伝達のあり方、地域防災福祉マップ作りなどにも、ITが支援できる領域は大きいと思われる。
ミッション2:疲弊する地域の介護・福祉施設の労働環境の未来を支援
厚生労働省の「平成25年度介護労働実態調査」によると、2000年の介護保険制度施行後、介護職員数は増加しつつあるが、2025年のいわゆる団塊世代が後期高齢者となる超高齢化社会では、有効人倍率は年々上昇しても離職率は他の産業と比べてやや高く、慢性的な職員の不足が叫ばれている[*3]。
高齢者が急増している日本の介護福祉の現場では、スタッフが仕事の過酷さに悲鳴をあげている。精神的にも肉体的にもハードな現場は、コンピューターやネットワークは完備していても、それをフル活用する余裕がないのが現状である。過度の労働環境に置かれる介護スタッフの離職率も高い。
筆者は親が介護付老人施設に入所していた縁で、介護福祉士や施設管理者と話す機会が多かったが、施設に入所している高齢者を24時間介護する際に個人の記録を取るのは、結局のところ紙と鉛筆であった。その理由をたずねると、「介護は全身で行うので、両手は常にふさがり、タブレットに入力することはできない。また、入所者1人1人の床ずれの場所や病状を記録するのは、鉛筆を使ってフリーハンドで描くのが最も効率的」との理由であった。記録された用紙は、後日事務員がエクセルデータに入力し直す手間をかけていた。
筆者が訪問調査した民間の介護施設では、少ない介護・看護職員が入所者の介護・看護記録を紙ベースで処理するため、記入作業時間に多くの時間を取られている。また、介護保険の点数計算はパソコンで行われているが、職員の労務管理において、勤務表やスケジューリングを紙ベースで処理する結果、1人の職員の急な欠勤に対応するために多くのエネルギーが費やされ、職員のストレスを増長させると述べていた。
最先端の高度なITを駆使する医療施設と異なり、小規模介護施設におけるIT導入は進みにくい現状がある。元来労働生産性の向上が難しく、評価指標も定めにくい職場であるため、施設職員の事務負担の軽減をITで貢献できる余地がある。
民間介護施設の多くは中小企業であり、財政上の問題に加えて職員数は慢性的に不足している。ITの知識が豊富な職員が多いとはいえず、職場のIT導入計画について相談できる窓口もなく、相談する時間もない。
しかし、音声入力やプルダウン入力など、ITを活用した記録方法は、鉛筆と紙よりも効率的であるにも関わらず、アナログを選択せざるを得ない個々の施設の理由もあるだろう。介護関連のソリューションは、急速にビジネス領域を拡大しつつあるが、アプリの活用方法を指南するだけでも救われる職場は多いと思われる。現場の実態を知り、身近な解決策を提案することは、大手ベンダーにも行政にも手の届きにくい領域である。
現状では、シビックテックが直接介護福祉の現場を訪ねて解決方法を提案する機会や、現場からのIT導入の相談もほとんどない。これは、介護現場が多忙であること、現場の声が外に届きにくいことに加えて、相談できるシビックテックに対する社会の認識が浸透していないことも起因している。今後自宅介護や看取りをする市民が増えれば、この問題は確実に各家庭が抱える大きな社会問題に発展する。シビックテックと介護福祉の現場との橋渡し(ブリッジング)が急務である。高齢者介護施設や社会福祉施設にこそ、ITの恩恵を受けられるアドバイスと支援とが必要なのである。シビックテックが、介護するスタッフを支援し、介護・福祉現場の負担軽減と生産性の向上とに一陣の光となることを期待する。
[*1]……https://web.pref.hyogo.lg.jp/kf28/documents/zentaiban.pdf
[*2]……総務省「今後の都市部におけるコミュニティのあり方に関する研究会」報告書(2014年3月)http://www.soumu.go.jp/main_content/000283717.pdf
[*3]……出典:厚生労働省「平成26年度介護事業経営実態調査」
社会課題の解決が期待される活動
地域における社会課題は、市民生活でのニーズをミクロの視点で捉えることが不可欠である。地域コミュニティの活動を支援するためにソリューションやアプリが期待されている。
シビックテックは地域課題の解決にあたり、ブリゲイドのように地元密着型の活動を展開することにより、地域社会経済の活性化とコミュニティを提供したり、自らの雇用を創出したりできる潜在力と機会を持つ。
種々の市民活動において発生する課題に対し、データやITを用いて活動が期待される領域のイメージを示したのが、以下の図1である。
地域の必要に応えるアプリとは
防犯・防災など、いわゆる安全安心分野においては、地域住民向けの安全・安心メール配信サービスなどがあるが、情報機器の取り扱いが苦手な人が多い高齢者や情報弱者には情報が届きにくい傾向がある。災害時や非常時だけでなく、平常時にも情報を送受信するためには、普段から「顔の見える関係」があることが基本である。IT機器を中心とするのではなく、地域住民の交流関係を基本とすることが重要である。
また、地域の防災活動に、具体的な人間関係を作ることに着目した見守りアプリは有用である。防災アプリの多くは情報提供に主眼を置いているのに対し、双方向の関係性を構築・維持することを目的として、災害時にも利用できる発想からのアプリは少ない。このタイプのアプリは、住民同士が事前に面会して登録し、お互いの顔を覚えておき、災害が発生したときに登録し合った者同士が、位置情報の提供機能により安否確認や救助活動を速やかに展開可能なように情報交換できる。各人は、災害時の安否確認に役立つアプリの技術と、平常時からの地域での人間関係があってこそ、初めて効果が出ることを認識させられる。
書誌情報
タイトル:シビックテックイノベーション 行動する市民エンジニアが社会を変える
著者:松崎 太亮
小売希望価格:電子書籍版1500円(税別)/印刷書籍版2000円(税別)
ページ数:242ページ(印刷書籍版)
ISBN:9784844397991
発行:株式会社インプレスR&D
松崎 太亮(まつざき たいすけ)
神戸市企画調整局創造都市推進部ICT創造担当部長。総務省地域情報化アドバイザー。1984年、神戸市入庁。1995年、阪神・淡路大震災が発生した翌日より神戸市ウェブサイトで被災状況を発信。2006年、国立教育政策研究所 教育情報ナショナルセンター運営会議委員、200年、JICA「トルコ国防災教育普及支援プロジェクト」専門調査員、2012年、国会図書館東日本大震災アーカイブ利活用推進WG座長、2012~14年、武庫川女子大学文学部日本語学科非常勤講師(図書館経営論)。共著書『3.11 被災地の証言 ‐東日本大震災 情報行動調査で検証するデジタル大国・日本の盲点‐』(2012年、インプレス)ほか。
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