インタビュー

「古いWi-Fiルーターはセキュリティと速度の両面で問題、買い替えの検討を」―ISPとメーカーの団体が連携して目指すものとは?

DLPAとJAIPAに聞く

 国内Wi-Fiルーターメーカーらが参加する一般社団法人デジタル推進協会(DLPA)と、全国のISP(インターネットサービスプロバイダー)が参加する一般社団法人日本インターネットプロバイダー協会(JAIPA)では、2024年6月から連絡会を持ち、相互のサポートの改善や、ユーザーへのよりよいサービスの提供を目指した情報交換を行っている。

 今回は、この連絡会での取り組みを紹介するため取材を行った。だが、まずは、両団体が1年ほど前から連絡会を持つようになった理由から紹介したい。

なぜ、昨年から連絡会が始まったのか?

 どちらもインターネットの利用に欠かせないISPとWi-Fiルーターメーカーの団体が、「約1年前まで連絡会のような情報交換の場を持っていなかった」ことを、意外に思う人もいるかもしれない。

 モバイル通信の分野では、ユーザーに対し、NTTドコモ、au、ソフトバンクなどの事業者が通信サービスと接続機器をセットで提供するのが一般的だ。その感覚でいえば、そもそも接続サービス(ISP)と接続機器(Wi-Fiルーター)が別々に提供されるのは複雑だし、両者があまりコミュニケーションを取っていないのも不思議だ、と感じるだろう。

 しかし、「ISPを契約し、別途Wi-Fiルーターを買う」は、固定回線のインターネットの常識ではある(ISPが専用のルーターを用意したり、Wi-Fiルーターを販売したりする例もあるが)。

 もともとインターネットは、接続のための技術を「標準化」して、どの接続サービス、どのメーカーの機器を使っても、標準の技術が使われていることで相互接続が可能になることが特徴だ。そして、接続サービスも接続機器も、ユーザーが自由に選べるようになっている。対して、モバイル通信業界は携帯電話の商習慣の延長で、異なる考え方により成り立っている。

 インターネットにおける「自由」――ここでは、ユーザーの選択に通信事業者やメーカーが介入しないことを指している――は、非常に重要なキーワードだ。通信事業者やメーカーに限らず、警察や政府機関、セキュリティ機関などに話を聞いても、インターネットの「自由」を脅かすこと、ユーザーの判断や行動に介入したり、選択肢を狭めたりすることは極力避けるべき、という意識が、今でも強く浸透していることを感じる。

 技術が標準化されているから、ISPと機器メーカーが情報交換などをする必要もそれほどなかった。また、「自由」を尊重するから、あまり接近せず独立していた、と言えるだろう。

 この状況が変わり、DLPAとJAIPAが連絡会を設けることになったきっかけは、IPv4 over IPv6(IPv6 IPoE接続)の普及だという。

 IPv4 over IPv6が使われるようになることで、接続の仕組みが複雑化した。それにより、技術は標準化されているはずでも「特定のISPで特定のWi-Fiルーターを使うとインターネットにつながらない」のような状況が、ときおり発生するようになる。

 すると、ISP側もメーカー側も互いの詳細な技術仕様までは把握できていないため、問題がどちら側で起きているのか、切り分けが難しいケースがあるという。

 その結果、問題が発生してユーザーがサポートに問い合わせても「こちらでは分からないのでメーカーに聞いてみてください」「ISPに確認してみてください」といった“たらい回し”が起こるようになってしまう。こうした問題を解決するため、個別事例の情報共有だけではなく、定例の情報交換や話し合いの場を設けることにしたのが、冒頭に述べた2024年6月、というわけだ。

 以上のような歴史を持つ中でISPとWi-Fiルーターメーカーの団体がこうして密なコミュニケーションを取っていることは、なかなかに大きな変化だと言ってもいいだろう。両団体のトップも、これからの活動に期待を寄せているという。

左から、JAIPAの2氏と、DLPAの2氏。株式会社NTTドコモ カンパニーコーポレート部 コーポレートエバンジェリスト |株式会社アイキャスト(ひかりTVテレビサービス)代表取締役社長 永田勝美氏、ビッグローブ株式会社 プロダクト技術本部 長田成人氏、株式会社アイ・オー・データ機器 広報宣伝部 広報宣伝課 チーフリーダー |DLPA普及ワーキンググループ リーダー 土肥毅大氏、DLPA総務委員長 土田拓氏

メーカーとISPの双方で、同じサポートの提供を目指す

 現在、DLPAとJAIPAの連絡会は、月に1回のペースで会合を行っている。会合ごとにトラブル事例を共有し、解決方法を出し合い、共有を進めている。

 連絡会が目指すのは、ユーザーが不具合に遭遇したとき、ISPとWi-Fiルーターのどちらに問い合わせても同様の対処ができ、たらい回しのようなことにはならず、多くともISPとルータメーカーのサポート2回で問い合わせが解決できることだ。

 目指す姿はシンプルだが、一筋縄では行かない面もあるようだ。例えば、組織の規模の問題。DLPA側のWi-Fiルーターメーカーは4社で、方針の決定や情報の集約、決定事項の周知なども比較的簡単だが、JAIPAに参加するISPは約100社もあり、しかも地方のISPが多く、なるべく多くのISPが賛同できる方針決定だけでも、いろいろな点で考慮する必要があるという。

 サービス提供の手法など、各社で事情が異なることも多いと思われる。全事業者が完全に足並みをそろえ、あらゆる問題に対応するのはなかなか難しいかもしれないが、連絡会という場ができたことを生かし、サポート可能なケースが増えていくことを期待しよう。「まだ、はっきりと発表できる形になった成果はありませんが、連絡会を始めてよかったと感じることが多くあり、手応えを感じています」と、土肥氏は話している。

「これまで、Wi-Fiルーターの買い替えに関して言及する機会があっても、明確にお伝えすることができなかったのですが、各メーカーのサポート切れ情報が出そろい、細かく共有されるようになったことで、より具体的な情報の提供が可能になっています」(長田氏)

古いWi-Fiルーターが「通信が遅い」クレームの原因になるケースも

 ユーザーサポートという受け身の方向だけでなく、メーカーやISP側からユーザーに働きかけるコミュニケーションについても、連絡会で検討が行われている。よりよい、安全なインターネットの利用に向けて、中でも緊急性の高い問題である「サポートが切れたWi-Fiルーターを使い続けてしまう」ことについて、働きかけを検討中だという。

 サポートが切れた古いWi-Fiルーターは、十分なセキュリティを確保できない。それだけでなく、パフォーマンスの面でも問題となる。ISPへの「通信が遅い」というクレームに対応した結果、古いWi-Fiルーターがボトルネックだった、というケースがあるという。

 こちらの取り組みも、これまで行われていなかったもので、現在はまだ手探りに近い状況だ。メーカーは製品を出荷してしまうと、その先でユーザーとコミュニケーションを続けることが難しいという。全ての購入者がユーザー登録を行ってくれるわけではないので、サポート切れの情報などを全員にくまなく届ける手段がない。

 その点、ISPは利用中のユーザー全てと継続的な接点を持っている。そこで、DLPAの各メーカーが作成しているサポート切れ製品の情報を使って、ISPからユーザーにコミュニケーションするなど、効果的に情報を届ける方法はないかと検討しているという。

「総務省らが取り組んでいる『NOTICE』プロジェクトでは、スキャンして危険性の高いIoT機器を発見し、それを所有するユーザーへの連絡をISPが担っています。危険性が発見される前に買い替えや設定の見直しを促して、安全に使っていただける仕組みを作りたいと思います」(土田氏)

 ただし、ISPもユーザーが利用しているWi-Fiルーターを全て把握しているわけではない。また、一応は動いているWi-Fiルーターを、サポートが切れているので買い替えてくださいと伝えても、納得してもらうのが難しいという問題もある。

 そうしたことから、「インターネットが高速になる」などのハッキリとしたメリットからアピールしたり、買い替えるときの分かりやすい製品選びの基準として、DLPAが定めたセキュリティ機能を備える「DLPA推奨Wi-Fiルーター」をすすめたりと、メッセージの工夫も考えているそうだ。

DLPAのウェブサイトでは「DLPA推奨Wi-Fiルーター」について解説している。主な特徴は、脆弱性への対策を自動的に行える「ファームウェア自動更新」機能と、攻撃者に管理機能へ簡単に侵入されることを防ぐ「パスワードの固有化」

 「実のところ、10年以上前に販売されたWi-Fi 4(IEEE 802.11n)対応などの古い製品が、現在でもけっこうな数使われていることを知る場合があります。皆様にご理解いただき、買い替えをご検討いただけるよう、取り組んでいるところです」(長田氏)。

 最近のWi-Fi 7/6E/6などに対応した最近のWi-Fiルーターは、古い製品と比べて通信速度が向上しているだけではない。端末に向け的確に電波を届けたり、同時に複数の製品を接続しても速度が低下しにくくしたりといった通信の安定性向上につながる機能を複数備えており、Wi-Fi 4対応のような何世代も古い製品と比べれば、大幅な通信環境の改善が期待できる。

 PCやスマートフォン、タブレットだけでなく、ゲーム機、ネットワークカメラ、各種スマート家電など、家庭でネットに接続する機器の種類も増えているし、子どもが成長してネットを使う家族の人数が増えたりもする。古いWi−Fiルーターを使っていて「家族めいめいが動画を見ると遅くなる」のような悩みがある場合は、ぜひ買い替えを検討してほしい。

「古いWi-Fiルーターは危険、買い替えるべき」等については、もっと周知が必要です。周知については政府支援などを、お得な買い替えについてはISP、ルータメーカのメリットを踏まえたキャンペーンなども含め議論したいと考えています」(永田氏)

従来の「自由」と、選択肢は減っても「便利」との間で

 話は少し変わる。INTERNET Watchでは、Wi-Fiルーターを安全に利用するために、設定確認や古い製品の買い替えを提案をする「Wi-Fiルーター見直しの日」のキャンペーンを毎年行っているが、この反響として「ISPがWi-Fiルーターも管理してほしい」、つまりモバイル通信サービスのように、通信事業者が全ての窓口となり、接続機器もまとめて提供してほしいという声が、少なからずある。

 そのようなサービスを提供するなら、ISPのサポートにかかる責任は重くなり、提供する機器の種類を限定することになると思われる。だが、多少「自由」の幅は狭まっても、「便利」を歓迎する人が一定数いる、ということだろう。

 DLPAとJAIPAは、インターネットの「自由」を守りながら、ユーザーにとってより「便利」、かつ「安全」なインターネット接続環境を提供できるよう、話し合いを重ねていた。

 固定回線でもより大きく「便利」に寄せたサービスを提供していく方向性も考えられる、との話も出た。「すでにいくつかのISPではユーザーサポートや機器補償などをオプションサービスとして提供していますが、お客様のニーズがあるならWi-Fiルーターの管理や定期的な取り換え等についてもサービスとして検討に値するのではないか。多くのISPが検討できるよう、連絡会においてもそのトリガーとなるような議論をしていきたい」と、永田氏は話す。おそらく、業界団体間の取り組みというよりは特定のISPとメーカーが連携してのものになると思うが、そのような新サービス・新プランが今後登場する可能性もありそうだ。

 「自由」を保ったまま安全にインターネットを利用するには、ユーザーも常にある程度アンテナを張って情報収集を続けたり、メンテナンスなどの手間をかけたりする必要がある。筆者などはそのようなことに慣れているが、そこまではせず「お任せ」でいいよ、という気持ちもよく分かる。

 最新のWi-Fiルーターをいち早く試したり、変わった機器を接続してオンラインゲームや動画配信などを楽しんだりといったことができる「自由」なインターネットは、今後も存在し続けてほしい。新しいことをやりたい人が、気軽に、より安全に挑戦可能になるよう、DLPAとJAIPAの取り組みには、今後も期待したい。