インタビュー

ITの利便性をすべての世代に~安田 浩教授に聞く「シニア向けIT講師養成」の狙い

 高齢化───。現代日本を取り巻く難題だ。少子化、さらには人口減も重なり、日本という国が果たして活力を維持し続けられるのか。毎日のようにメディアでも議論されているが、決め手となるような打開策はまだ見えていない状況だ。

 高齢化問題を語る上では、高齢者自身の在り方も問われる。若年層の人口が減り、高齢者施設にも収容人数の限界があることから、政策面でもすでに在宅介護に舵が切られた。高齢者もまた、社会と積極的に関わり続け、できるかぎり自立することが求められている。また、高齢者自身も大多数が“他人様のお世話になりたくない”と望んでいる。

 そこで課題となるのがIT技術だ。現役世代ではすでに、仕事、生活、趣味、あらゆる領域でPCやスマートフォンといったIT機器は欠かせないものとなっている。しかし、一般に高齢者の場合、「使ったことがない」「壊してしまいそうで使いたくない」など、こうしたIT機器への抵抗感が大きい。IT機器を日常的に有効活用している高齢者はまだまだ少ないのが現状だ。

 シニア層でもIT機器を難なく使える社会の実現に向けて、民間レベルでも少しずつ取り組みが始まっている。東京大学名誉教授で、東京電機大学の未来科学部長を務める安田浩教授らが始める「デジタル未来塾」もその1つだ。シニア層にPCなどの使い方を教える“講師”を養成するという一風変わった取り組みについて、その狙いを安田教授に伺った。

すべての世代がITを使える意義とは

東京電機大学 未来科学部長 安田浩教授。日本初、世界でもおそらく初の試みという、高齢者向けIT講座の講師を養成する「デジタル未来塾」を開講した

───まずは東京電機大学で「デジタル未来塾」を開くことになったきっかけを教えていただけますか。

 私の考えとしてまず「お年寄りがデジタルに慣れていかないと、日本は没落する一方だ」という危機感があるんです。

 その端的な例が、高速道路料金ノンストップ収受システムの「ETC」です。これは、すべての高速道路利用者がETCを使うことで、初めて料金収受の係員が不要になります。しかし、1人でもETCを利用していない人がいるとなると、すべてのインターチェンジに料金所を作らなければなりません。これでは、せっかく合理化を目指してのIT導入効果もゼロ……とまでは言いませんが、限りなくゼロに近い。

 したがって、ITにせよ何にせよ新しい技術を社会に持ち込もうとすると、“全員”が使わなければ、効果が限定的になってしまうんです。

 これがアメリカだったら「たった1人のために料金所を残す」という発想は、そもそも出ないでしょう。対して日本は「和を以て貴しと為す」という考えがやはり強い。私としても、新技術になじめない人を放っておくつもりもありません。できるようになるための努力もしなければ。そのためにあるのが、デジタル未来塾です。

───IT機器の性能向上によって、高齢者サポートがしやすくなったという側面はありますか。

 それはもちろんあります。PCの性能もだいぶ向上して、昔よりはだいぶユーザーインターフェイスも使いやすくなりましたから、お年寄りの方でも現実的に覚えやすくなっています。

 一番大きいのはスマートフォンの普及ですね。特に、画像がすごく扱いやすくなったのは大きい。日本語は、英語と比べれば入力も難しい。お年寄りなら特に大変です。でも、画像なら1枚見せるだけで済んでしまう。

───ところで、安田先生は、ITに不慣れな方のサポートをもともとなさってきたんですか。

 そうですね……。私は長年、画像処理の研究をしてきましたが、それ自体が、誰もがITを受け容れられる社会を目指してのことだと言ってもいいかもしれません。文字だけで説明しようと思っても、なかなか上手に伝わらないときもある。でも、画像なら一目見ればわかる。画像をベースにしたコミュニケーション自体が、皆にとっては優しいはずです。

 「映像が言語になる」ということです。日本だけじゃなく、世界中で共通ですからね。例えば、交通事故があったとしましょう。当事者同士が主張しあうよりも、事故発生の瞬間の映像があれば、それですべて解決するということもあります。

 また、直接ではありませんが、NPO団体の皆さんが取り組んでいるシニア向けサポート事業へ賛同コメントを寄せるといったことは長年続けてきました。

日本初、“大学発”でシニア講師を養成

───デジタル未来塾ならではの特徴は。

 実は、大学のキャンパスを利用しての講習───ということに、かなり意味があります。今までも地域の公民館、老人福祉施設などでは、それこそ何十回、何百回と高齢者向けのパソコン教室などが開かれています。PCを売る側のメーカーが音頭をとって、自社製品PRのために会を催す例もあります。

 ですが、大学において、シニア層向けの講師を養成しようという取り組みは、デジタル未来塾が日本初なんです。ディプロマ(修了証書)もきちんと出します。

 不思議なもので、何かモノを教える・教わるという時、“会場”が持つ意味とはすごく大きいんですよ。公民館でやるか、大学でやるかで集まる人の意識がまったく違う。

 また、単純に「教える」というのもちょっと違います。「教える人を教える」。シニア層にIT機器の使い方を教える人を養成するのが目的です。大学という施設を使う以上、単に教えるだけでは「それってわざわざ大学でやることなの?」という議論になりがちです。しかし、講師や教師を養成するのは、大学にとっての使命のひとつですから。

 シニア層の中にも、PCに大変習熟した方は沢山いらっしゃいます。ただ、自分が使えるようになるのと、その技術を相手に教えて使えるようになってもらうのはまるで違う。やはり、教えるためのテクニックがいるんです。大学で、教職という単位が通常の講義と別にあるのはそういうことですよね。

───シニア層を教える講師に必要な資質とは何でしょうか。

 まずは忍耐強さでしょうね(笑)。 といっても、同じことを何度も説明するから、といった意味ではないんです。教えられる側の方(生徒側)の中には、最初のイメージがなかなか沸かないだけで、最後になって「あ、なんだ簡単じゃないか」と理解できる方も多いんです。どこでつまづいているかを、講師がきちんと理解してあげられるようになるには、忍耐強くないといけない。

 ですから、シニア向けのPC教室というのは、数十人が一緒に集まって同時に勉強しているように見えても、実は全員バラバラの対応をしないといけないんですね。定年1年目の人もいれば、80歳代の方もいる。知識も経験も皆それぞれ。同じ年齢の子供が集まる小学校の授業とは当然違います。

 また、IT技術は常に進化しています。その心構えで講師も勉強を続けていかないと、教える役目は務まらない。

───今回、デジタル未来塾の受講生を50歳以上に限定した理由は

 経験則として、若い世代がシニア層に何かを教えるというのはやはり難しい部分があるんです。「若いヤツに教わりたくない」っていう感情は、年寄りなら誰でもあります(笑)。

 また、世代によっては話が合わないので、例え話をするのも難しい。今の若い世代は、東京オリンピックと言ったら2020年の大会を連想しますよね? でも、高齢者は1964年の東京オリンピックを思い浮かべるわけですから。

 ですので、今回はシニア層の中から希望者を募って、さらに教える技術を身に付けてもらいたいと思っています。

───講師養成が目的となると、やはり教材も一般のパソコン教室とは違うものになりますか。

 はい。今回新たに作成しました。というよりは、今までさまざまなNPOやボランティア団体が個別に作っていた教材を、集大成としてまとめ上げた――というのが正確かもしれません。

 例えば、iPadを使った講座は最近人気があるのですが、歴史あるPCとはiPadはまったく仕組みが違うものです。それだけに、教え方もPCとは全く違います。そういった試行錯誤を、今回の教材ではかたちにしました。

シニア層ならではのIT事情

「ITの進化はまだまだ過渡期、IT機器も“使えない人のための機械”に進化しなくては」という安田教授

───シニア層のIT習熟度は個人差が非常に大きいとのことですが、それでも何らかの共通項はありますか。

 いま現在50歳代の男性会社員であれば、程度の差はあれ、PCを何らかの形で業務活用しています。ですから、まったくPCを使ったことがないという人は意外と少ないですね。

 ただ、女性はそこまでの状況にはなってません。ガラケー止まりなんです。そこでPCを経由せず、iPadなどを使うようになっている人が多い印象はあります。

───そういった方々は、やはりキーボードにアレルギーがある?

 というより、「設定ができない」ということで困っている人が多いでしょう。ただ、この分野はクラウドの発展と、それに連携するシンクライアントの仕組みにメドが立ってきたので、気にしなくて済むようになるかもしれません。

───お年寄りは「壊れるから」と言って、新しい機械に触れたがらないというイメージがあります。

 それは昔の機械が本当に壊れやすかったから、ですね(笑)。しかも、子や孫がそういった機械を買ってくれたのなら、なおさら大事にしますよ。対して、若い世代は、携帯電話やスマートフォンが生まれたときから手元にあるわけですから。そこに差は出てくるでしょう。

 「PCは戦闘機」なんて表現する人もいました。性能はすごいが、乗りこなすには訓練がいる。しかし、一般の人は戦闘機の操縦がしたいわけでなく、ジャンボジェット機に乗って目的地に着けばそれでいい。この違いは大きいですね。

 PCも、中身がどうなっているかとは重要ではなくて、気兼ねなく使えるようにならないといけません。法人などは大概PCの保守契約などを結んでいると思いますが、個人も同じです。

 PCのセキュリティも同じです。PCに詳しくない人に「なんでセキュリティソフト入れないの?」と怒るのもヘンな話で。全部、専門家にまかせるなり自動化させればいいんですよ。

───「PCを使うための努力」がなくなるのが理想?

 ですね。それがITの極意でしょう。PCはそれを極めるまだ前段階で、利用者に「使ってみろよ」と強いている部分がある。

───ハードウェアが、よりシニア層にフィットする方向へ進化する必要は、まだまだありそうですね。

 テレビにしてもそうでしょう。音声認識、ロボット……。いろいろ方向性はあると思います。

 ITの進化はまだまだ過渡期です。IT機器も「使える人のための機械」止まりですからね。「使えない人のための機械」にならないと。

シニアでもITを普通に使える社会に向けて

───デジタル未来塾の今後の展開についてお聞きしたいのですが。例えば、他の大学と連携ですとか。

 まず、東京電機大学としては、この取り組みをずっと継続させていきたいと考えています。その上で、まずデジタル未来塾で学んだ人が、さらにまた独自に教える場を設けていくようになれば。

 シニア層のことを考えれば、生活圏のすぐそば、例えばコンビニのような場所に、詳しい講師がいて、そこで聞けばなんでもわかるようになるのが一番理想ですね。シニアは電車に乗るのが大変なケースもありますから。

 より組織的に取り組みを進めていく中では、学生たちもどんどん巻き込んでいきたいと考えています。シニア層がどんな部分で困っているのか。より身近なものとして知ってもらいたい。最新のIT機器を開発しているのは当然、若い世代な訳ですから、そこにも何らかの成果が出てくるかもしれません。

 団体間の協力はまさにこれからです。デジタル未来塾は2月からスタートしますが、そこにまずは見学にきていただくところから始めることになります。

───最終的な目標として、一般のシニア層がどれくらいのITスキルを持つべきだとお考えですか。

 それはもう大概のことができるようになるべきです。ただ、身近なITに憶せず触れられるようになるというのが最優先です。例えば病院の受付。今は受付事務の機械化もかなり進んでますが、結局のところ、操作がわからない人のために案内員を配置したりしています。

 そういったものを、シニア層が普通に「使おう」という意識になるといいですね。そのためには、ユーザーインターフェイス側の改良も当然必要ですが。

───本日はありがとうございました。

森田 秀一