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雑誌に代わり新人発掘育成と認知拡大を担うウェブ小説のいま――セミナー「小説投稿サイトの現在」レポート

 小説投稿サイトで発表された作品から、商業出版や映像化を果たす事例はすでに珍しくない。また、ベストセラーも多数生まれている。株式会社エブリスタが7月6日に開催したセミナー「小説投稿サイトの現在」において、小説投稿サイト「小説家になろう」「カクヨム」「エブリスタ」の担当者が一堂に会し、それぞれの特性や今後の展望などを説明、議論した。

 登壇者は、「カクヨム」の編集長で株式会社KADOKAWAの萩原猛氏、「小説家になろう」を運営する株式会社ヒナプロジェクト取締役の平井幸氏、「エブリスタ」を運営する株式会社エブリスタ取締役の芹川太郎氏。基調講演とディスカッションのモデレーターは『ウェブ小説の衝撃』の著者でサブカルジャーナリスト/批評家の飯田一史氏。

小説投稿サイトは育成と宣伝の場として機能

 基調講演「出版社から見た小説投稿サイト」で飯田氏は、ウェブ小説とはIP(intellectual property:知的財産)の新たな創出装置であると位置付けた。従来は雑誌が担ってきた「インキュベーション(新人発掘育成)」と「プロモーション(作品の認知拡大)」の役割を、ウェブ小説が代替しているというのだ。つまり、出版社にとっては、既存のビジネスと対立するような存在ではないという。

 小説雑誌は1960年代から1970年代半ばくらいまでが最盛期で、当時は全誌合わせ100万~150万部が発行されていたという(データ出典は校條剛『ザ・流行作家』とのこと)。一般的な雑誌のビジネスモデルは「広告」「雑誌自体の販売」「雑誌連載からの単行本化」だが、小説雑誌はもともと広告売上が極めて少ない。そして、販売部数の減少とともに、単行本化によってリクープする比率が高まっていった。

 しかし、単行本も次第に「数打ちゃ当たる」化が進んでいく。新人賞で作品を募集・選考しても、読者と選考者の価値観がずれていて、デビューしても売れるとは限らなかったり、受賞してもデビューできなかったり。つまり、コストをかけているわりに、ハズレ率が高いというわけだ。

飯田一史氏

「次の流行」はウェブから始まる

 ウェブ小説の場合、無料で読み放題の多数の作品から、多数の読者が選んだ人気作品を効率的に書籍化できる。「権威」が選ぶのではなく、読者の力によってデビューに導かれる形だ。「数打ちゃ当たる」の入り口をウェブが担うことにより、低コストでハズレ率の低い出版ができるという。

 そして、ウェブ小説書籍版の購入者は、その80~95%がウェブでは読んでいない人だという。書店で購入する読者のほとんどは、その本がウェブ発かどうかを意識していない、というわけだ。つまり、ウェブと紙の本は別のメディアであり、紙の本は数あるメディア展開先の1つに過ぎないというのだ。

 メディア展開には書籍、コミック、ゲーム、映像、遊技機(パチンコ)、VR、舞台などがある。ウェブで人気が出た作品は、他メディアに展開しても人気が出る可能性が高いため、いまや「次の流行」はウェブから始まると言っていい、ウェブ小説は新しいIPの創出装置だと飯田氏は語った。

小説投稿サイトのビジネスモデルやスタンスの違い

 続いて、各小説投稿サイトの担当者から、それぞれのビジネスモデルやスタンスなどについての説明があった。プラットフォームのビジネスモデルやスタンスの違いにより、ジャンルや投稿者や読者層にも違いが現れているのが興味深い。

 「エブリスタ」は、DeNAが提供していた「モバゲータウン(現:Mobage)」内の小説コーナーが前身。株式会社エブリスタは2010年4月に、NTTドコモとDeNAの合弁会社として設立されている。2016年6月にサービス名を「E★エブリスタ」から「エブリスタ」に改称した。累計作家数は141万、作品総ページ数は1.8億、出版書籍数は550点。

 現在はスマートフォンユーザーが85%を占めており、10代が9%、20代が34%、30代が29%、40代が22%という年代構成になっている。恋愛、ミステリー、ホラー、ライトノベルなどジャンルは多岐にわたっており、出版社とのタイアップも積極的だ。投稿作品は無料閲覧だけではなく、販売も可能になっている。

「エブリスタ」芹川太郎氏

 「小説家になろう」は、代表の梅崎祐輔氏によって個人サイトとして2004年4月に運営を開始。2010年に法人化して株式会社ヒナプロジェクトを設立。登録者数は約80万人、投稿作品数40万点、月間14億PV、月間ユニークユーザー700万人、出版書籍数は1544点。公平・中立な運営を信条とし、自社での刊行は一切行わず、掲載作品へ出版打診があった場合もマージンはとっていない。コンテスト開催のシステム利用料以外はすべて広告収益によって賄っている。

 ユーザーは、男性55%、女性29%、未回答16%。年齢は、10代以下が18%、20代が48%、30代が21%、40代が9%。ただしこれらの情報はユーザーの登録情報をもとにしており、相当数が未入力なのと、登録せずに読んでいる人もいるので正確なところは分からない。PCからのアクセスが40%と比較的高めだが、2004年サービス開始という歴史の長さによるものだという。

 「カクヨム」はKADOKAWAの小説投稿プラットフォーム。ティザーサイト公開が2015年10月、投稿受付開始が同年12月、サイトオープンが翌2016年2月と、まだ開始から1年経っていない。公式に許諾された二次創作作品発表の場や、レーベル編集部公式アカウントが商業作品発表の場としても使っているのが特徴。広告は一切なく、投稿作品からの書籍化がビジネスモデルの前提になっている。

 登録者数7万人、公開作品数は2万2000点。男性比率が75%と高い。年齢別の具体的な数字は明かされなかったが、25~34歳の利用が最も多く、次が18~24歳と、比較的若い利用者が多い傾向にあるそうだ。書籍化希望作品は早くも26点に達している。KADOKAWAレーベルとだけ事業を進めるのではなく、外部との連携も視野に入れているとのことだが、ビジネスモデルとの兼ね合いが課題になりそうだ。

「カクヨム」萩原猛氏

ランキングシステムの功罪

 パネルディスカッションで飯田氏はまず、小説投稿サイトのランキングシステムを話題に挙げた。というのは、ドワンゴ川上会長が以前、「小説家になろう」のランキング上位作品は設定がほとんど同じで、多様性が損なわれているという批判をしたことがあるためだ。

 「エブリスタ」芹川氏は、ランキングによって競い合い切磋琢磨できること、競争があるから頑張れるという作家の声を挙げた。ただ、ランキング上位がすべて「良い作品」とは言い切れず、下位から発掘した作品を出版して売れた事例もあるという。

『王様ゲーム』『奴隷区』など、「エブリスタ」から書籍化された作品

 「カクヨム」萩原氏は「答えづらい」と言いながらも、やはりランキングは指標の1つとして否定はしないと答えた。絶対的なものにしないような工夫や、レビューからの導線で流動性を高めるような工夫をしているという。なお、いまのところドワンゴ川上氏から「カクヨム」を否定されたことはないそうだ。

 「小説家になろう」平井氏は、ランキングが一極集中のきっかけになってしまうことは否定できないという。ただ、ランキング上位になるということは「読者が求めている」こと。ジャンルを仕切り直したら若干アクセスが分散したが、その分、「総合」ランキングの威力が落ちたという作家側の声もあるそうだ。

今後の課題は?

 今後の課題について「小説家になろう」平井氏は、アプリの作成を挙げた。とはいえ、どういう形にするかは、まだ明確になっていない。若い層へアプローチしたいが、長文を読むことになじみがないかもしれないため、いまのウェブサイトの構成のままアプリを出してもどうなのだろう?という思いがあるとのこと。

左は「カクヨム」へのユーザー投稿作品からの書籍化第1号『幼馴染の自動販売機にプロポーズした経緯について。』

 「カクヨム」萩原氏は、まだ正式オープンから4カ月なので課題だらけだという。優先順位を付けて段階的に課題解決を図っているが、かなり先まで予定が決まっている状態。新機能にはユーザーからすぐに反応があり、フィードバックがダイレクトに届く。常に読者の要望を見続けているとのこと。

 「エブリスタ」芹川氏は、ウェブ小説がこれからの「王道」だということを一般に広く認知させたいという。そのためには、いま以上に成功事例を作っていくこと。知ってもらうこと。使ってもらうこと。時間の問題かもしれないが、10年かかるところを数年に縮めたいと抱負を語った。