ニュース

「迷うことにも意味がある」、NICTらの実験で、脳は決断までの迷いも含めて運動を学習することを発見

サッカーで「ただのシュート」と「迷った末のシュート」は別の運動

実験の様子

 国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)未来ICT研究所 脳情報通信融合研究センター(CiNet)の羽倉信宏主任研究員、小笠希将研究員(当時)らと株式会社本田技術研究所のグループは、運動の学習には実行に至るまでの決断の迷いが反映されていることが明らかになったと発表した。新たなスポーツの指導方法の開発につながるとしている。

 これまでの意思決定や運動制御の理論では、一度意思決定すると、その決定の確信度合には依存せず、同じ運動が実行されると考えられてきた。今回の研究では、決断を迷った末の運動と迷わずに行う運動は、脳の中では区別され、別のものとして記憶されていることが分かった。

 例えば、サッカーのPK戦において、「右にボールを蹴る」という動作を行った場合、キーパーの動きを予測できたときの「右に蹴る」と、予測できない中での「右に蹴る」が、脳内では異なる運動として認識されているという。

「迷わないでの運動」と「迷った末の運動」、同じ運動でも脳は別々に学習

 本発表に至った研究では、2つの実験が行われた。

 実験1の内容は、被験者がロボットハンドルを握って装置の前に座り、装置の画面に表示された100個点集合の左右の動きに合わせて、同じ方向にハンドルを動かすもの。被験者は、点集合の動きが全部同じ方向に動いていて(同期率100%)分かりやすい「迷いなし」グループと、点ごとの動く方向が一致せず、全体としてどの方向に動いているかの判断を迷わせる(同期率3%。3個のみ同方向で、ほかはランダムな動き)「迷いあり」グループに分けられた。

 いずれのグループでも、ハンドルは右に動かすと下方向に力がかかり、左に動かすと上方向に力がかかるといった、被験者の運動の邪魔をするようになっており、被験者は、この運動を繰り返すことで、邪魔する力に対抗して、まっすぐハンドルを動かすことを学習する。結果、「迷いなし」「迷いあり」グループとも、同じ程度、邪魔する力に対抗して運動ができるようになった。

 その後、迷いレベルをランダムに変化させて同じ運動をさせた、「迷いなし」で運動を学習したグループの被験者は「迷いあり」の状況に置かれたときに、「迷いあり」グループの被験者は「迷いなし」の状況のときに、うまく邪魔する力に対抗できなかった。

 これは、運動が事前の「迷い」とセットで学ばれているため、運動を学んだときの迷いの状況が異なると、違う運動になってしまうことを意味する、としている。

実験1で被験者に提示した画面(A)と、ハンドルの動きにかかる邪魔のパターン(B)
実験1の結果。迷いなし/ありグループが学習した邪魔に対抗する力(A)、 迷いなし/ありグループが運動学習後に行った、異なる点集合の同期率に対する学んだ力の発揮率(B)

 実験2も、実験1と同様に、点集合の動きを見て被験者にハンドルを動かしてもらう。こちらの実験では、点集合の動きが全部同じ方向に動いている(同期率100%)場合は反時計回りの邪魔する力がかかり、点ごとの動く方向が一致せず、全体としてどの方向に動いているかの判断を迷わせる(同期率3%)動きの場合は時計回りの邪魔する力がかかる。

 つまり、実験1では、「迷いあり」と「迷いなし」の状況で邪魔する力はどちらも同じであるが、「迷いあり」「迷いなし」を入れ替えることで、うまく対応できないことが確認された。対して、実験2では「判断に迷わない場合にかかる邪魔」は反時計回り、「判断に迷う場合にかかる邪魔」は時計回りで、迷い状況に邪魔する力(への対応法)が対応する。実験1の確認として、迷いのあるなしが、その後の運動の手がかりになることを確かめる実験となっている。

 実験2において、被験者は、「迷いのない判断」後の運動と「迷いのある判断」後の運動の両方を繰り返し学習していき、迷いのあるなしに対応した邪魔する力を、区別して運動できるようになった。このことから、運動する前の迷いは、その後の運動を別々のものとして「タグ付け」していると言える、と結論付けている。

実験2の結果。迷いなし/ありのグループの、運動学習前後における邪魔に対抗する力(A)と、実験2のパターン(B)

意思決定とセットで運動を学習した方がいい

 NICTらの発表では、スポーツの場面では「迷うな!」という指示がされることもあるが、脳は、むしろ迷いを受け入れ、迷いに応じた運動を作り出すことで、パフォーマンス低下を防いでいることが分かったという。

 サッカーの例で言えば、サッカーのゴールの自主練習をする際にも、事前の意思決定状況とセットで、練習する必要があることが示唆され、新たなスポーツ等の指導方法につながるとしている。