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三菱電機、高速動作を実現した「800Gbps/1.6Tbps光ファイバー通信用200Gbps pin-PDチップ」のサンプル提供開始、データセンター事業に参入

三菱電機 半導体・デバイス事業本部半導体・デバイス第二事業部の盛田淳事業部長

 三菱電機は、「800Gbps/1.6Tbps光ファイバー通信用200Gbps pin-PDチップ」のサンプル提供を、2024年10月1日から開始すると発表した。2024年中に量産を開始し、2025年から量産出荷する計画だ。受信用製品によるデータセンター市場に初めて参入する。生産は北伊丹の高周波デバイス製作所で行う。

 今回の新製品は、データ通信の経路を切り替えるスイッチを構成する光トランシーバーに搭載する光デバイスを高速化したもので、送信用光デバイスでは、世界シェア1位の実績を持つ同社が、新たに受信用光デバイス市場にも参入した格好だ。

 三菱電機の盛田淳氏(半導体・デバイス事業本部半導体・デバイス第二事業部 事業部長)は、「受信用光デバイスは、性能を引き出すことが難しいという課題があった」と、開発の背景について説明する。三菱電機が長年蓄積した光デバイスの設計、製造ノウハウを生かすことで、高速動作を実現した受信用光デバイスであるフォトダイオード(PD)チップを、初めてラインアップに加えることができたという。「pin-PD」とは、p型半導体とn型半導体の間に絶縁性の真性半導体を挿入した構造のPDのことで、高速動作が可能なことを特長とする。

 「送信用光デバイスとあわせて、光トランシーバーの通信容量拡大を実現することで、データセンター内通信環境の大容量化に貢献する。今後、三菱電機の高周波・光デバイス事業の拡大につなげていく」と、同氏は意欲をみせた。

生成AIの利用拡大にあわせた、大容量通信のニーズを見込む

 三菱電機の半導体・デバイス事業は、5G基地局やデータセンター向け通信ネットワークに利用される高周波デバイスおよび光デバイス事業と、GXの実現にも貢献するSiパワーデバイスやSiCパワーデバイス事業で構成される。

 なかでも、光デバイス事業は、昨今の生成AI技術の利用拡大にあわせて、データセンター内で利用する光ファイバーの通信速度の向上ニーズにあわせて、これまでの400Gbpsから、次世代となる800Gbpsや1.6Tbpsへの移行に注目が集まっている。

同社における光デバイス事業の位置付け

 同社の山内康寛氏(高周波光デバイス製作所 光デバイス部 部長)は、大容量通信の必要性について、NVIDIAの名前を挙げて説明した。「YouTubeなどの動画投稿サイトの視聴に必要な速度は約1Mbpsであり、100Gbpsでは、その10万倍に相当する速度となる。NVIDIAでは、毎年、GPUの新製品を投入する計画であり、そのたびにパフォーマンスを高めることになる。光デバイスもそれに追随できるように高速化を進める必要がある。2025年~2026年にかけて、800Gbpsや1.6Tbpsへの移行が始まると想定している。それに向けて量産していくことになる」。

高速動作と同時に、製品の組立効率化・低コスト化も実現

 今回の「800Gbps/1.6Tbps光ファイバー通信用200Gbps pin-PDチップ」は、チップの裏面にも加工を施した独自の裏面入射型構造と、受光領域を広く確保することができる凸レンズ集積構造を採用。これによって、光電変換領域を可能な限り小さくして、高速動作を実現しているのが特徴だ。

受信用PDの構造図。凸レンズにより受光領域を広く確保し、光電変換領域を可能な限り小さくしている

 「受光領域を縮小すれば動作速度を向上させられるが、低容量化してしまう。そこで、凸レンズ集積により受光領域を約4倍に拡大し、トレードオフを解決した」という。受光領域を拡大することで、入射光に対する高精度な位置調整が不要になるというメリットがあり、光トランシーバーの組立の際の効率化と低コスト化も実現できる。

 また、裏表反転が可能なフリップチップ実装への対応により、ワイヤ接続工程を省略できるという特徴も持つという。チップサイズは、0.38×0.36×0.15mmで、同チップを光トランシーバー内に4つ搭載することで、1台の光トランシーバーで800Gbpsを実現。同チップを8つ搭載することで1.6Tbpsの通信が可能になる。

受信用PDの特長。入射光に対する高精度な位置調整が不要で、製品の組立効率化・低コスト化が可能に
受信用PDの製品仕様

光通信インフラの整備事業において、データセンター向けが5割超に拡大

 三菱電機では、2015年度には、家庭向けの光ファイバーを敷設するFTTH向けのビジネスが主軸であり、全体の58%を占め、データセンター向けビジネスは3%に留まっていた。しかし、2022年度実績では、FTTH向けは24%に留まり、データセンター向けが57%を占めている。

 「IoTの広がりや、動画配信の浸透などがデータトラフィックの増加につながり、光ファイバー通信網の高速、大容量化が促進されている一方で、GAFAMをはじめとした米国IT企業が、生成AIを含むクラウドサービスの拡大を目的としてデータセンターの新設と、高速大容量化を推進しており、データセンター市場が急拡大。データセンター内の演算装置を光ファイバーで結ぶ用途での需要が高まっている」と、盛田氏は市況を説明した。

 「三菱電機は、成長性の高いデータセンター市場へ事業を展開し、化合物半導体における製造技術と製品力の高さにより、米国IT企業から高い信頼を得ている。その結果、送信用EML(Electro-absorption. Modulator Integrated Laser Diode:電界吸収型変調機器集積レーザーダイオード)チップでは世界シェアで50%を獲得している」とも述べ、「生成AIの普及に伴い、さらに同事業が伸長すると見ている」と予測する。

同社の市場ポートフォリオの、2015年度と2022年度の比較

「化合物半導体」の先駆者として

 「800Gbps/1.6Tbps光ファイバー通信用200Gbps pin-PDチップ」の特長の1つに、同社が「実績60年の先駆者である」と自負する化合物半導体がある。

 半導体材料はシリコン(Si)が主流であるが、発光しないという特性を持つ。これに対して、化合物半導体はⅢ族とⅤ族の元素の適切な組み合わせにより、電気を光に変えたり、高速動作を実現したりといったことが可能になり、光ファイバーなどには最適だ。とくに、光ファイバー通信に使用されるレーザーの波長体は1.3~1.6μmであり、インジウムとリンの組み合わせによる材料(InP)が使用されている。

化合物半導体はⅢ族とⅤ族の元素からなり、適切な組み合わせにより、電気を光に変えたり、高速動作を実現したりといったことが可能になる

 また、一般的な電線を使った電気信号の送信は、電気抵抗による電力損失が大きい。それに対して、光ファイバー通信では、発光素子であるレーザーダイオードを用いて、光によるデジタル信号に変換。光ファイバーを透過させて、受光素子であるフォトダイオードで光を電気に変換し、電気信号として利用する。そのため、光ファイバーでは、発光素子と受光素子がペアとして必要になる。

光ファイバー通信の説明図
光トランシーバーの構成の説明図

 盛田氏は「世界トップシェアを持つ送信用EMLチップは、独自のハイブリッド導波路構造によって、動作速度と消光比のトレードオフを克服することで、200Gbps の性能を達成し、800Gbps や 1.6Tbpsに対応が可能になっている」と説明した。

 今回の新製品では、送信用EMLチップで培ったノウハウを活用し、同社が得意とする材料であるInPを使用し、新たな構造を採用している。「200Gbpsになれば、高速化を実現するための材料として、InPを活用するメリットも生まれると判断した」という盛田氏は、「EML と PDによる送受信ペアのソリューションを提供することで、市場を先導し、デジタル化社会の発展に貢献していく」と述べ、発表を締めくくった。