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「これでいいのか! 2018年著作権法改正」出版にあたり――日本版フェアユース再考のすすめ

株式会社インプレスR&Dから「これでいいのか! 2018年著作権法改正」が発行された。本書は、国際大学GLOCOMが2018年8月に著作権法の研究者・実務家を招いて開催したシンポジウム『平成30年著作権法改正 ~「柔軟な権利制限規定」の意義と今後の課題~』の模様を書籍化したものである。本書の執筆者の一人であり、米国での弁護士経験を持つ城所岩生氏が、最近の著作権法改正の動きを解説しつつ、本書について解説する。

ダウンロード全面違法化 暴走した文化庁
TPP11に便乗した著作権保護期間延長
2018年の改正も自民党内では議論に
著作権法の有識者による改正法の解説
日本版フェアユース再考のすすめ
クールジャパン戦略推進のためにも必要な日本版フェアユース
日本版フェアユース規定の条文案

ダウンロード全面違法化 暴走した文化庁

 文化庁は2019年2月、マンガ、アニメなどの海賊版対策として、違法ダウンロードを全面的に禁止する著作権法改正案をとりまとめた。現在、音楽や映像に限られている違法ダウンロードの範囲を拡大し、静止画などにも拡大する改正案だった。

 改正案は文化審議会著作権分科会の下の小委員会がわずか3カ月間でとりまとめた報告書をベースにしているが、メモがわりにスマホの画面を撮影するスクリーンショットも、侵害コンテンツが写っていれば違法になるなど、国民生活に多大な影響を及ぼす内容だった。このため、審議した小委員会や著作権分科会での反対意見も多かった(詳細は、拙稿『「違法DL範囲拡大」反対の声を国会議員に届けよう』および『違法DLの範囲拡大:自民党が文化庁案を見直し』を参照)。

 それでも今国会に改正案を提案したい文化庁は改正案を策定したが、自民党の了承が得られず、今国会での法案提出は見送られた。

 海賊版対策については知財本部の検討委員会が昨年、海賊版サイトのブロッキング(接続遮断)について4カ月にわたって検討したが、反対が多く両論併記の報告書すらまとめられなかった。憲法で保障された通信の秘密を侵すおそれからだった。ダウンロード全面違法化もマンガ家たちが萎縮効果をおそれたように、憲法で保障された表現の自由を侵害するおそれがある。しかも、個人の私的な領域(私的複製)にまで入り込んでくる点では、サイトブロッキング以上に国民生活に影響を及ぼす規制である。それをわずか3カ月の検討で、委員会委員たちの反対意見も押し切って強行しようとした。

 海賊版対策は喫緊の課題とはいえ、全面違法化は海賊版の被害者であるマンガ家たちも反対するような規制。こうした勇み足までして、文化庁が暴走した背景には、権利制限には消極的だが、権利強化には迅速に対応する文化庁の体質が透けて見える。

TPP11に便乗した著作権保護期間延長

 著作権法は「著作物の公正な利用に留意しつつ、著作権の保護を図り、文化の発展に寄与することを目的としている」(第1条)。にもかかわらず所管する文化庁は保護に軸足を置いている。昨年も大きな著作権法改正が2つ重なったが、たまたま権利を強化する改正と権利を制限する改正だったため、こうした好対照のスタンスを浮き彫りにする改正となった。

 権利強化の改正は、2018年12月30日に成立と同時に施行された、「環太平洋パートナーシップ協定(TPP)締結に伴う関係法律の整備に関する法律」による改正。著作権法についても重要な改正が含まれているが、中でも最大の改正が、著作権保護期間を著作者の死後50年間から70年間に20年間延長する改正。2016年に12カ国で署名した「TPP12」に加わっていた米国の要望により入れられた。米国が抜けたTPP11では保護期間の延長も含め知財関係のルールは凍結されたが、日本は独自に延長した。

2018年の改正も自民党内では議論に

 権利制限の改正は昨年5月に成立し、2019年1月から施行された著作権法改正である。教育・アーカイブに関する権利制限など、注目すべき改正が多数盛り込まれたが、最も注目されるのは、いわゆる「柔軟な権利制限規定」の整備。イノベーションの創出を促進するため、AIやIoTなどのIT(情報通信技術)などの進展に伴い、将来新たな著作物の利用方法が生まれた場合にも柔軟に対応できるように規定が整備された。

 この改正も自民党内で議論を呼んだ末に了承された。そうした経緯も含め、昨年の改正について解説しているのが、近著『これでいいのか! 2018年著作権法改正』である。国際大学GLOCOMは2018年8月に国会議員、著作権法の研究者・実務家を招いて改正法についてのシンポジウムを開催、「柔軟な権利制限規定」の意義と解釈、今後の課題などについて議論した。その発表内容に登壇者に必要な加筆修正を加えてもらい書籍化した。

 自民党内での議論については、参議院議員の三宅伸吾氏が第1章2節で紹介している。今回は最終的にフェアユース派がマイノリティになってしまったが、周回遅れの日本の著作権法に危機感をもつ同氏は「数は力である」点を強調しつつ協力を呼びかけた。フェアユース規定とは、利用目的が公正(フェア)であれば、著作者の許可がなくても著作物を利用できる規定のこと。発祥の地アメリカでは、「ベンチャー企業の資本金」と呼ばれているように、グーグルをはじめとしたIT企業の躍進に貢献した。

 同僚の山本一太参議院議員からミスター・フェアユースと呼ばれている三宅氏のフェアユース論については、筆者も付録で詳しく紹介している。

 自民党で了承された後も、自民党知的財産戦略調査会コンテンツ小委員会の事務局長を務めていた阿達雅志参議院議員が、文化庁案では知財の活用やイノベーションが十分進まないという認識から文化庁と折衝。第1章1節でその資料なども紹介しつつ、今後の法解釈の指針となる国会答弁などを引き出した旨報告した。

 各執筆者間では、2012年の改正で期待外れに終わった日本版フェアユースの実現に向けて一歩近づいた点は評価しつつも、改正の主目的であるイノベーション促進の観点からは課題の残る改正に終わった点で見解の一致をみた。

 これを図示したのが、筆者が付録で紹介した下図で、「柔軟な権利制限規定」を提言した知的財産推進計画2016のもとになった知的財産戦略本部次世代知財システム検討委員会報告書(2016年4月)から抜粋した。

 今回の改正で実現したのは、1番右の「著作物の表現を享受しない利用」、右から2番目の「受け皿規定」が日本版フェアユースである。

著作権法の有識者による改正法の解説

 近著の紹介に戻り、学者や弁護士が執筆した第2章以降の概要を「はじめに」から抜粋する。

 第2章は知的財産法の権威で、産業構造審議会知的財産政策部会長、文化審議会委員などを歴任した中山信弘氏による基調講演。中山氏は柔軟な規定導入により必要性が高まるガイドラインについても、これまで種々のガイドライン策定に関与した経験も踏まえて発言した。

 第3章は文化審議会著作権分科会・法制・基本問題小委員会委員として今回の改正案にも参画した上野達弘氏が、今回の柔軟な権利制限規定について解説した。上野氏は2012年の法改正のきっかけを作った日本版フェアユースの最初の提唱者でもある。

 第4章では島並良氏が、今回の改正で3つの柔軟な権利制限規定が新設されたが、そもそも法規範の柔軟性とは何かについてまず分析。それを踏まえて、改正法の法実務・立法・知財法学の3方面への影響を探った。

 第5章では、椙山敬士氏が、日本法は権利(侵害)と権利制限の二分法を採用していると一般に理解されているが、実際には(アメリカのフェアユースのように)日本でも両者の間に条理・常識に委ねられたバッファが存在しているといえる、とする。ただ、この点を明確にするために、フェアユースのような一般規定を設けるべきであると述べる。

 第6章では、まず潮海久雄氏が日本の著作権法は個別制限規定にない行為をすべて侵害としているが、企業、市民すべて原則侵害者という異常な初期設定なので、アメリカのようにフェアユースを前提とした初期設定でバランスを取るべきと主張する。

 続いて、谷川和幸氏が今回の改正は最初からフェアかどうかを判定するフェアユースよりも、まず利用目的で絞ったうえでフェアかどうかを判断するフェアディーリング規定に近いと指摘。2段階方式のこの規定を採用するイギリス、カナダの議論を参照していく必要性を訴えた。

 第7章では、石新智規氏がパネルディスカッションの模様を踏まえてシンポジウムを総括。各パネリストの発表や質疑応答に対する回答、国会審議における平野博文議員(平成24年改正時の文部科学大臣)の質問などから一般的権利制限規定の検討が再浮上する可能性を示唆する。

 付録では、筆者が改正法の柔軟な規定によって可能となるサービスは、フェアユース規定をバックにいち早くサービスを開始した米企業に日本市場まで制圧されてしまったサービスであると指摘。こうした後追いの法改正でAI・IoT時代に対応できるかを疑問視する。

日本版フェアユース再考のすすめ

 第7章で石新智規氏が示唆する、一般的権利制限規定の検討が再浮上する可能性については筆者も賛同する。一般的権利制限規定の検討は、もともと知的財産戦略本部が「知的財産推進計画2008」で「包括的な権利制限規定」の導入、「知的財産推進計画2009」でも「権利制限の一般規定(日本版フェアユース規定)」導入の検討を提案。日本版フェアユース規定は上図の「受け皿規定」。アメリカのフェアユース規定が権利制限規定の最初に登場するのとは異なり、個別権利制限規定の最後に受け皿的に設ける規定で、第3章の執筆者である上野達弘教授が2007年に提案した。

 この日本版フェアユースについて文化庁で検討したが、実現した2012年の著作権法改正は、従来の改正でも追加されてきた個別の権利制限規定と変わらない、4つの条文を盛り込むだけの尻すぼまりの改正に終わってしまった。第2章の執筆者である中山信弘教授に「日本版フェアユースのなれの果て」と酷評された改正だった。

 その結果、5年も経たずして再検討する必要が生じた。知的財産戦略本部は「知的財産推進計画2016」で、環境変化に対応した著作物利用の円滑化を図り、新しいイノベーションを促進するため、柔軟な権利制限規定の整備を提案。検討した文化庁が3つの柔軟性のある権利制限規定を盛り込んだ改正案を策定し、2018年5月に成立させた。

 今回の改正も骨抜きにされた2012年の改正に比べれば、半歩前進だが日本版フェアユースにはまだ及ばない。これが、知的財産推進計画2008が最初に提案してから10年かけて2度にわたる検討を行った到達点であるところにも、権利制限には消極的な文化庁のスタンスがうかがえる。

 2018年6月15日に閣議決定された「統合イノベーション戦略」は、「世界で破壊的イノベーションが進展し、ゲームの構造が一変、過去の延長線上の政策では世界に勝てず」と指摘する。こうしたイノベーションを取り巻く世界的な環境変化に取り残されないために、付録では少なくとも道半ばの日本版フェアユースを再提案した。

クールジャパン戦略推進のためにも必要な日本版フェアユース

 日本版フェアユースを再提案する理由はイノベーション推進だけにとどまらない。第5章で椙山敬士氏は、「日本法は権利(侵害)と権利制限の二分法を採用していると一般に理解されているが、実際には(アメリカのフェアユースのように)日本でも両者の間に条理・常識に委ねられたバッファが存在しているといえる、とする。ただ、この点を明確にするために、フェアユースのような一般規定を設けるべきである」と指摘する。

 確かにバッファが不明確なために今回のダウンロード全面違法化のように広く網をかけようとすると、すべて侵害になってしまうおそれが出てきてしまう。日本法におけるバッファの存在を具体例で示そう。同人誌やネットの世界には許諾を取らず利用していると思われるコンテンツがたくさんある。権利者が許諾なしの利用に気づかないケースもあるが、気づいていて黙認しているケースも少なくない。著作権者が黙認しているケースは法律用語では「黙示の許諾」と呼ばれる、暗黙の了解で、いわば「お目こぼし」である。この「お目こぼし」がバッファにあたるが、現在の日本法ではこのバッファの存在が不明確である。仮に暗黙に了解されていると推測して、無断で使用しても著作権者が「お目こぼし」せずに権利を主張したら、使用者は著作権を侵害したことになるからである。

 バッファの存在を明確にする日本版フェアユースの導入により、自由に二次創作できる環境を整えることが、クールジャパン戦略推進のためにも必要といえる。

日本版フェアユース規定の条文案

 本稿執筆にあたり、日本版フェアユースの条文案を考えてみた。第30条から第49条までの個別権利制限規定の最後に以下の第50条を新設する案である。

「第50条 著作物は、この款に掲げるもののほか、報道、批評、研究、教育、福祉、イベーションの創出などの目的上、正当な範囲内で利用することができる。ただし、著作物の性質並びにその利用の目的及び態様に照らし、著作権者の利益を不当に害する場合はこの限りではない。」

 柱書きは自民党政務調査会が2017年5月に発表した、「知財立国に向けての知的財産戦略に関する提言」を参考にした。7項目の提言の最初に掲げられた「第4次産業革命・Society5.0を見据えた知財・標準・データ戦略の一体的推進」の中に以下の説明がある。

・デジタル・ネットワーク化の進展などの環境変化に対応した著作物の利活用を促進する観点から、権利の適切な保護とのバランスを考慮しつつ、柔軟な権利制限規定を導入する。柔軟な権利制限規定としては、 例えば、報道、研究、教育、福祉、イノベーションの創出など、目的を限定的に列挙すること等により明確性を確保するとともに、著作権者の利益を不当に害さないよう対応する。 (下線筆者)

 ただし書きは、同一性保持権について定めた著作権法第20条2項の条文内にある受け皿規定(4号)を参考にした。

書籍情報

タイトル:これでいいのか! 2018年著作権法改正
編者:城所 岩生
著者:中山 信弘ほか
価格:電子書籍版 1200円(税別)
   印刷書籍版 1500円(税別)
ISBN:978-4-8443-9697-0
発行:株式会社インプレスR&D

城所 岩生(きどころ いわお)

 国際大学GLOCOM客員教授、米国弁護士(ニューヨーク州、首都ワシントン)。東京大学法学部卒業、ニューヨーク大学修士(経営学・法学)。NTTアメリカ上席副社長、成蹊大学法学部教授、サンタクララ大学客員研究員などを歴任。情報通信法に精通した国際IT弁護士として活躍。主な著作として、『米国通信改革法解説』(木鐸社、2003年)、『著作権法がソーシャルメディアを殺す』(PHP新書、2013年)、『フェアユースは経済を救う』(インプレスR&D、2016年)、『JASRACと著作権、これでいいのか』(ポエムピース、2018年)、『音楽はどこへ消えた、2019法改正で見えたJASRACと音楽教室問題』(みらいパブリッシング、2018年)などがある。