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【警告】その節税、間違ってます――個人事業主の節税を考える[心構え編]

 令和元年も残りわずか。大掃除や年賀状など、年内に済ませたい宿題を抱えている人も多いだろう。個人事業主にはもう1つ、節税という重要なミッションがある。もうかった年に節税対策をするのは正解だが、ときに目的をはき違えることがある。今回は筆者の過去の反省を交え、正しい節税、間違った節税について考えてみたい。

過去には年末の数日で30~40万円の消耗品を購入した
「INTERNET Watch」ではこのほかにも、サラリーマンと個人事業主がぜひ読んでおきたい税金に関する記事を多数掲載しています。まとめページ『サラリーマンと個人事業主の税金の話』よりご参照ください。

節税効果を検証

 ザックリとした節税の例を見てみよう。東京都千代田区在住、30代独身の個人事業主の今年の売り上げが720万円、経費が180万円とすると、所得は540万円(720万円-180万円)となる。節税対策で仕事用にPCやスマホなどを新調し経費を20万円増やすと、所得は520万円となる。節税前と節税後の所得税、住民税、国民健康保険を比較してみた。

 経費を20万円増やしたことで、所得税が4万円、住民税が2万円、国民健康保険が1万8000円減り、税金と国保の合計額を7万8000円も減らすことができた。気分的には39%の値引きで仕事道具を買ったこととなる。戻って来るのは確定申告後なので約4割のキャッシュバックといった感じだ。

 これに味を占めると、経費を50万円増やすと約20万円、100万円に増やすと40万円の節税などと考えたくなるが、節税は目的ではない。節税のために経費を増やすのは本末転倒。不要な経費を使うことは単なる無駄遣いだ。節税の落とし穴に注意しよう。

その経費、ホントに必要ですか

 経費を上積みするとどうなるか。かなり大まかな計算をしてみよう。前提として所得税は確定申告をして3月に納付。住民税は6月に一括納付か4回/年に分けて納付。国民健康保険は12分割して毎月納付となる。よって令和元年の収支に対する税金、国保をまとめてポンと納めるわけではないが、一括にせよ分割にせよ節税対策による減額は、通算すると計算値どおりとなる。また、経費となる科目は旅費交通費、接待交際費などいくつもあるが、ここでは消耗品費のような備品の購入をイメージしている。

 先ほどの節税の例は、所得540万円で課税所得が435万円として計算してある。仮に今、手元に200万円の現預金(現金+預金)があったとしよう。これで令和元年(2019年)分の税金+国保の合計額である約140万円(実際には一括納付ではない)を納めると、手元には60万円が残る。節税のため経費を20万円増やすと、納税額はそのおよそ4割=約8万円減る。もし経費を100万円増やすと納税額は約40万円減ることになる。節税なし、節税20万円コース、節税40万円コースを比較してみよう。

 節税なしの場合は手元に60万円が残るのに対し、20万円コースは納税額が約8万円減るが、経費が20万円増えるので、手元に残る現預金は48万円。プラス20万円分の仕事道具。100万円コースは納税額が約40万円減るものの、経費が100万円増え現預金は0円。残るのは100万円分の仕事道具となる。果たしてこれは正解なのか。

 正解か否かは購入した備品・設備の仕事に対する効果、有効性などで決まる。売り上げ・利益の向上に大きく貢献すれば正解だが、期待外れで使わなくなれば不正解=無駄遣いとなる。実際、筆者自身は前者も後者も経験している。

その経費「今じゃないでしょ」

 別の視点は「その備品は12月に買う必要があったのか」という疑問だ。筆者はサーキット撮影の仕事をしている。レースシーズンはおおよそ3月から11月だ。数年前、節税のため一眼レフカメラを年末に購入した。実際に使用するのは3月から。翌年3月、たまたま価格比較サイトでそのカメラの価格を見たら、12月より1~2割下がっていた。正確な計算はしなかったが、3月に買って翌年の経費にした方が得だったかもしれない。

筆者はF1、MotoGP、SUPER GTなどを3月~11月に撮影している

 そもそも12月の経費はその年の節税になるが、3月(1月以降)の経費は翌年の節税となる。今年の経費にするのと翌年の経費にするのと、どちらが得かは翌年の収支による。翌年の収支が大幅に悪化しなければ、1月以降の経費としても節税効果に大差はない。事業はエンドレスで続くので、長期的な視点で判断しよう。

節税の負のスパイラルに注意

 毎年の収支が安定している人が、毎年12月に20万円ほど備品を購入し節税対策をしているとしよう。所得税の税率が20%の人なら前述のように、増やした経費の約4割分の税金を減らすことができる。同じ備品を1月に購入したらどうなるか。収支が安定していれば翌年も税率は同じなので、その備品購入に対する節税効果は同じだ。12月に買っても1月に買っても4割引きで買った気分になれるということだ。

 12月に経費を積み上げる→翌年の経費が減る→翌年も12月に経費を積み上げる=節税の負のスパイラルだ。これを12月に何もしない→翌年の経費が増える→翌年の12月も何もしない……と、一度足を止めて節税の負のスパイラルから抜け出してみよう。

 ずっと続けていた年末の経費積み上げを止めると、その年の税金は増えるが翌年分からは元に戻る。ここで重要なのは「年内にいろいろ買って経費を増やすぞ」と意気込むと、ついつい不要なものまで買ってしまう人間の性だ。筆者自身、ネット通販の「〇〇プライムセール」に踊らされ長時間ネット通販サイトで物色、勢いで購入したけど思ったほど役に立たなかった買い物をした経験はある。「今なら安い」「今ならお得」は要注意だ。「年末節税を頑張らない」ついでに「〇〇プライムセールに踊らされない」を実践してみると、それに消費する時間と無駄遣いを減らすことができる、かもしれない。

所得税の算出方法を理解しよう

 「正しい節税」「間違った節税」を見極めるために、税金の算出方法を理解したい。まずは基本となる所得税から。

所得税の計算式。売り上げ、経費、各種所得控除を把握すれば、所得税の納税額が算出できる

 所得税はこのように3行の式で求められる。1行目の売り上げは1月から12月まで、1年間の売り上げ=年商だ。年をまたぐ売り上げは注意しよう。売り上げは発生した時点で集計をするので、12月に納品し請求書を送り、翌年の1月末に入金された売り上げは今年の売り上げとなる。

 経費も同様に年末にクレジットカードで購入したものは、引き落としが2月でも今年の経費となる。法人取り引きで、年内に受領、請求がされ、1月末に支払った場合も同様に今年の経費となる。経費にできるのは、事業に必要な様々な費用だ。パソコンで原稿を書く仕事であれば、パソコンの購入費、電気代、ネット回線費、修理費なども経費となる。売り上げから経費を引いたものが所得となる。

 計算式の2行目の各種所得控除は、個人に関するものが大半だ。代表的な控除は、基礎控除、配偶者控除、扶養控除、社会保険料控除、生命保険料控除、医療費控除などで、ほとんどの控除はサラリーマンと共通している。1行目の式で算出した所得から各種所得控除を引いたものが課税所得。この課税所得の額に応じた税率を掛けると所得税額が算出できる(=3行目の式)。税率は以下の表となる。

 所得税の税率は、表のように課税所得の金額により5%から45%まで上がっていく。税率は課税所得全体にその税率が掛かるわけではなく、その金額の部分に対する税率となる。計算してみよう。

 例えば課税所得が350万円の場合、195万円までの部分の5%、195万円を超え330万円の部分の10%、330万円を超え350万円の部分の20%を合計した額が納税額となる。

課税所得350万円の所得税

 195万円×5%=9万7500円 ①
 135万円(330万円-195万円)×10%=13万5000円 ②
 20万円(350万円-330万円)×20%=4万円 ③

 ①+②+③=9万7500円+13万5000円+4万円=27万2500円

 税率ごとに分けて計算するのは面倒なので、税率表の右側にある控除額を使用すると、簡単に計算することができる。

 課税所得金額×税率-控除額=納税額

 350万円×20%-42万7500円=27万2500円

 課税所得が195万円から196万円になると、いきなり納税額が倍(税率5%→10%)になるわけではない。195万円までの部分は税率5%、超えた1万円は税率10%ということだ。

 このように税率の上がる境界線で神経質になる必要はないが、税率が高い(=課税所得が多い)人ほど節税効果が高くなる。課税所得が350万円の人が経費を20万円増やすと、増えた経費の20%=4万円の節税となるが、課税所得が300万円の人は、20万円の経費の10%=2万円の節税にとどまる。課税所得が195万円以下の人は……積極的に節税をする必要はない。

 所得税の3行の計算式を理解すると、納税額を減らす(=節税)方法も理解できるはずだ。納税額を減らすには

  1.売り上げを減らす
  2.経費を増やす
  3.各種所得控除を増やす

が考えられるが、売り上げを減らすのは望ましい方法ではないので「経費を増やす」「控除を増やす」が節税の基本となる。

節税の基本は「経費を増やす」「控除を増やす」

住民税と国民健康保険

 住民税の税率はほぼ全国一律10%なので、ザックリとした計算は、経費を20万円増やすと課税所得が20万円減り、その10%(税率)=2万円の節税となる。住民税について詳しく知りたい人は、以前に掲載した『住民税はどうやって決まる? その計算方法とは』を参照していただきたい。

住民税の詳細はこちらの記事

 国民健康保険は自治体ごとに計算式が異なり、同じ自治体でも頻繁に(筆者が住民票を置く名古屋市は毎年)係数が変更される。加えて自治体(=住む市町村)により保険料は倍以上の差がある。節税による保険料の削減効果を正確に把握するには、自分自身の住む市町村のウェブサイトで算出方法を確認をしよう。住民税も国民健康保険も概ね所得税に連動し上下するので、所得税を減らすことに注力すればよい結果につながるはずだ。

お金が減る節税、減らない節税

 節税方法の基本は「経費を増やす」「控除を増やす」の2つ。この2つの節税方法は別の視点で見ると「お金が減る節税」「お金が減らない節税」という側面を持っている。もう少し具体的に見ていこう。

お金が減る節税

<経費を増やす>
 代表的な節税方法は、消耗品などの備品を購入して経費を増やす節税。消耗品の購入以外に、旅費交通費、広告宣伝費、接待交際費、修繕費などの経費を増やすことで節税できるが、いずれも現預金が減ることとなる。

<固定資産を購入する>
 10万円を超える機械、器具などは固定資産となり、耐用年数に応じて数年に分割して経費とする。支出する金額は大きいが、月割りするため年末の節税対策には効果が期待できない。ただし、青色申告をしている人は30万円未満の資産を全額その年の経費にすることが可能だ。

9月に発売されたEOS 90D。10万円を超えるが、青色申告をしている人は全額今年の経費にできる

お金が減らない節税

<青色申告特別控除を受ける>
 白色申告をしている人は、青色申告に切り替え、「複式簿記による記帳」「期日までに確定申告」という条件を満たせば、青色申告特別控除を受けることができる。ただし、青色申告を受けるには手続きが必要だ。今年の秋以降に開業した人は、開始した日から2カ月以内に税務署へ「青色申告承認申請書」を出さなければならない。開業から2カ月以上経過した人は、来年から切り替えるしかない。来年から青色申告に切り替える人は3月15日までに「青色申告承認申請書」を提出しよう。

<小規模企業共済に加入する>
 「小規模企業共済」は経営者の退職金制度と呼ばれるもので、納めた掛け金の全額が小規模企業共済等掛金控除の対象となる。年払いが可能なので年末に1年分を納めれば大きな節税となる。掛け金を納めるので現預金は減るが、将来解約したときに戻って来るので、経費のような支出とはならない。

小規模企業共済は節税効果が期待できる

<個人型確定拠出年金(iDeCo)に加入する>
 「小規模企業共済」と同様、納めた掛け金の全額が小規模企業共済等掛金控除の対象となる。iDeCoも掛け金を納めるので現預金は減るが、将来戻って来るので、経費のような支出とはならない。

個人型確定拠出年金の公式サイト

<経営セーフティ共済に加入する>
 「経営セーフティ共済」は、取引先が倒産した際に、連鎖倒産や経営難に陥ることを防ぐための制度で、掛けた金額の最高10倍(上限8000万円)まで無担保・無保証人で借入れができるものだ。掛金は控除ではなく経費に算入できるのが特徴。経営セーフティ共済も掛け金を納めるので現預金は減るが、将来解約したときに戻って来るので、経費のような支出とはならない。

 このように節税方法によってお金の減るもの、減らないものがある。次回[実践編]では、それぞれの手法について、具体的な説明をしたい。

「INTERNET Watch」ではこのほかにも、サラリーマンと個人事業主がぜひ読んでおきたい税金に関する記事を多数掲載しています。まとめページ『サラリーマンと個人事業主の税金の話』よりご参照ください。