特集
データセンターでも来館自粛など新型コロナ対策――Stay Homeを支えるインターネットインフラの現場から
さくらインターネット(ホスティング&データセンター事業者)に聞く
2020年5月22日 09:00
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大を受けた「Stay Home」の呼び掛けで、仕事から生活、遊びに至るまで、自宅からインターネットを使う機会が圧倒的に多くなった。こうしたStay Home生活を、インターネットインフラが支えている。
5月21日現在、政府の緊急事態宣言は首都圏1都3県と北海道を除いて解除されたが、テレワーク(リモートワーク)やオンライン会議、オンライン名刺交換など、今後の「新しい生活様式」で求められるワークスタイルも、インターネットインフラがあることが前提となる。
今回、ホスティングやデータセンターを中心とするインターネットインフラ事業を展開するさくらインターネット株式会社に、インターネットインフラ事業者から見たStay Homeの影響について、また、緊急事態宣言発令期間中の運用現場の様子や同社自身のワークスタイルの変化について話を聞いた(取材日:2020年4月24日)。
家庭向けISPのトラフィックが増加し、モバイルのトラフィックは減少
さくらインターネットは、ちょうどバックボーン回線を増速したことを4月23日に発表している。これについて、Stay Homeと関係があるのかどうか、同社技術本部ネットワーク・部長の東常行氏に聞いたところ、「バックボーンは、常々トレンドを見ながら、数カ月先を予測しながら増強しています。その手配は3~5カ月ほどかかるもので、今回の増強も緊急事態宣言に限ったものではありません」とのことだった。
では、Stay Homeによってトラフィックはどう変化したか。さくらインターネットからユーザーに向かう側のトラフィックを見ると、3月初め以降、トラフィックが伸びていることが分る。「特に、家庭向けISPへのトラフィックが非常に増えている」と東氏が言うように、Stay Homeにより家庭からのアクセスが増えている傾向は見てとれる。
また、モバイルネットワークへのトラフィックについても変化があったという。日頃は、平日12時台にトラフィックが増えることや、月末に契約パケットを使い果してトラフィックが減るといった傾向がある。しかし、2~3月を見ると、だんだんトラフィックが減っている様子が見てとれるという。「みな外に出ないからスマホのモバイル回線を使わないのではないか」と東氏はコメントした。
Stay Homeによるアクセス増で、CDNやVPNの利用、WindowsのOS契約が増加
さくらインターネットのサービスへの影響はどうだったか。これについて「ウェブアクセラレータというCDNのサービスを利用するお客様が増えています」と、同社執行役員の横田真俊氏が説明した。
さくらインターネットでサイトを公開していて、Stay Homeによってアクセスが増え、増強する一環としてウェブアクセラレータを契約する顧客が増えているという。特に多いのがECサイト。さらには、在宅教育のため、教育関係のサイトでも増えていると横田氏は語る。
そのほか、よく言われるように、VPNやWindowsのOS契約なども増えているという。さらに「個人的に意外だった」と横田氏が言うのは、さくらインターネットを利用してウェブアクセスフィルターを運営している企業がサーバーを増やしていることだ。「在宅勤務や、お子様が家にいることで、伸びているのかなと想像しています」(横田氏)。
データセンターのCOVID-19対策は「3つの観点」で実施
こうしたさくらインターネットのインフラを支えるデータセンターでのCOVID-19対応については、同社技術本部ハードウェア・部長の小林潤氏が答えた。
そもそもデータセンターは、スーパーなどのように不特定多数が訪問する場所ではない。「それを前提に、入館制限、感染対策、業務削減の3つの観点から対応しました」と小林氏は説明する。
まず、入館制限では「お客様に、来館自粛をお願いしました」と小林氏。その結果、入館数は3分の1ぐらいに減ったという。
もちろん必要な入館もある。そのうち、工事業者や、ファシリティのメンテナンス、オンサイト保守など、さくらインターネットのコントロール下の業者の出入りについても検討し、できるものは延期や停止などの調整をしたという。
そうした入館制限のうえで、感染対策をした。入館からデータセンター内部に入るまでの経路に消毒液を設置した。
「私たちも定期的に、ドアノブや生体認証装置、ラックの扉など、人の手が触れるところを消毒しています。特に、お客様の出入りがあったときには、確実に消毒します。私たち自身の使う部分についても、オフィスの中やPC、モニター、タブレットなど、使用したら必ず消毒しています。」(小林氏)
データセンターで働く従業員についても、データセンターを運営する最低限の人員で回すように業務を削減したという。
「持っている業務を一覧にして、リモートでできることはリモートにしました。データセンターの業務は、リモートでできることが非常に多いので、だいぶ減らせました。残るのは、入退の管理や、サーバーのリブート、ハードウェア交換などに限定されます。」(小林氏)
なお、リモートで対応できない業務について、さくらインターネットでは1日あたり5000円の緊急出勤手当を支給することを決めている。
こうした対応にあたっては、急激な削減は避け、段階的に制限していった。「将来、復旧するときも、段階的に上げていく考えです。政府や自治体の発表や、会社の方針に基づいて、どう戻すかプランを考えます」と小林氏は語った。
全社員がリモートワークでVPN接続したら耐えられない!?想定していたものの「直前はヒヤヒヤ」
データセンターだけでなく、全社で大半の従業員がリモートワークに移行し、自宅から会社に接続して仕事している。さくらインターネットではもともと、全社的なリモートワークを想定して機器などを準備していたが、それが今回、現実のものとなったわけだ。
「社員全員が会社に接続しても問題ないように準備してきましたが、直前に設定を見直してみたところ、全員がつないだら耐えられないのではないかというポイントを見つけました。そこであわてて直して、事なきを得ました」と、同社技術本部ネットワークの伊東力氏は苦笑混じりに語った。具体的には、VPN接続したときに払い出されるプライベートIPアドレスの範囲が足りなさそうだったという。なお、機器や回線のキャパシティは全く問題なかった。
「もともと社員全員が接続できるように想定して機材を検証して構築していたのですが、実際に社員全員が使うのは初めてなので、本当に動くのかヒヤヒヤしていました。問題なく動いてホッとしています。」(伊東氏)
VPN接続については、経路制御により、本当に社内システムに入らなくてはならないかどうかをある程度選別しているという。例えば、個人的にYouTubeを見ても、会社の入り口を経由せず、自宅の回線からインターネットへ直接抜けるようになっているそうだ。
VPNの接続口は、東京と大阪の2カ所があり、一方に障害があってももう一方に接続すればいいように二重化されている。もちろん、それぞれの中でも冗長化されている。実際の接続数は、東京が平日のアベレージで250人超、大阪がアベレージで80~100人程度だという。
さくらの社員なのに「自宅ネット回線」ない人も。「椅子問題」など環境整備の特別手当を支給へ
「もともとリモートワークできることを前提にしていましたが、やってみると大変でした。そこを実感できたところが大きな変化だったのではないかと思います」と、前出の横田氏も語る。
しばしば言われるように、リモートワークで問題になったことに、椅子とインターネット回線があったという。「部署にもよりますが、バロンチェアなどのいい椅子を使っている部署もあります。リモートワークになって、自宅にいい机や椅子がなかったりして、戸惑いの声がありました」と横田氏。「そもそも家にインターネット回線がない人もいます。弊社はインターネットインフラの会社ですが(笑)」。
こうしたことから同社では、自宅環境を整えるための支援として、臨時特別手当1万円と臨時通信手当3500円を支給。さらに、5月以降は毎月、通信手当3000円を支給することを決めた。そのほか、Zoomの有料アカウントを全社員に配布している。
北海道のCOVID-19情報サイトなど無償で支援、「土曜日だったので上長の承認なしで決定」
そのほか、さくらインターネットでは、COVID-19に関する情報をまとめるサイトへの無償提供も始めた。この取り組みについて、同社サービスプロモーション部ビジネスプランニングの増田崇志氏が語った。
背景としてはもともと、東京都がCOVID-19対策サイトをCode for Japanとともに開始し、ソースコードも公開した。それがきっかけとなり、東京都のサイトのソースコードを元にして、全国のエンジニアが地元の情報をまとめたいという機運が高まった。
その1つとして北海道の有志のグループがあった。このグループでは当初、ほかの会社のサービスを利用していたが、アクセスが多いと料金がかかるため、アクセスが増えて困ったという相談があり、石狩データセンターで縁のあるさくらインターネットが支援することになった。
「大きな声では言いづらいのですが(笑)、相談をいただいたのが土曜日だったので、上長の承認なしで支援を決めました。」(増田氏)
提供したのは、「さくらのクラウド」と、CDNの「ウェブアクセラレータ」の2つだ。5月末まで無償で提供することを決めた。
「さらに、困っているのは北海道だけではないということで、全国で同様に困っている人がいたらご相談ください、ということを発表しました」と増田氏。「会社がどうというより、現場でつながりを持っていた人間同士で助け合おうということから、このような動きになりました」。
増田氏によると、取材時点で「13ぐらいの自治体の有志が利用している」という。一部異なるものはあるが、ほとんどが東京都のサイトを元にしたものだという。
5月末までと設定された無償期間だが、3月時点から比べて、事態が長期化することが予想されている。これについて増田氏は「社内調整中ですが、9月末ぐらいまでは継続する方向で考えています。気持ち的には、事態が収束するまで、あるいはしばらくは残したい、という感じですね」と語った。
そのほか、PCなどの空き時間を利用し分散してタンパク質の構造解析をする「Folding@home」が実施している、COVID-19の構造解析プロジェクトにも、さくらのクラウドの未使用リソースを使って参加したことをアナウンスした。
「先にサイボウズさんが3月16日に参加をアナウンスして、そのあと、われわれがアナウンスしました。いずれも会社というより、中のエンジニアの活動ですね。」(横田氏)
一連の取り組みを振り返り、最後に横田氏は「今回の件で、社員もお客様もマインドが変わってきたと思います。われわれも、それに応えつつ、がんばっていきたいと思っています」とコメントした。