DXは魅力的なコンテンツづくりにどう貢献するか?

第5回

ヤマト運輸が進めるDX、デジタルな組織・風土をいかに構築するか?

〈対談〉ヤマト運輸 中林紀彦× KDX 塚本圭一郎(前編)

様々な業界で進んでいるデジタルトランスフォーメーション(DX)だが、その進み方や内容は会社やよってかなり異なる。そうした中、特色あるDXを進めているのが、コンテンツ産業の雄であるKADOKAWAグループだ。同グループでは、グループのDXを推進し、そのノウハウを社外にも展開していく子会社「KADOKAWA connected」を設立。社内外あわせた「コンテンツ産業のDX」を推進している。そこで今回は、同社でDXを推進する塚本 圭一郎より、「DXは魅力的なコンテンツ作りにどう貢献するか」をテーマに寄稿いただいた。これまでの記事は以下。(編集部)

第1回:なぜ総合エンタメ企業「KADOKAWA」がDX推進の子会社をつくったのか?
第2回:日本のコンテンツ業界はDXでどう変わるのか?
第3回:ビジネスをスピードアップする「サービス型チーム」とは?
第4回:「属人性」「権限移譲」「負担感」「トップの理解」をどう解決する?

KADOKAWAグループのDXを推進する子会社「KADOKAWA connected」でChief Data Officer(CDO)を務める塚本 圭一郎氏。 同グループ全体のデータマネジメントを担う。

 ヤマト運輸の執行役員として、データ活用を通じて増大する輸送量に対するキャパシティ創出という課題に取り組む中林紀彦氏と、事業会社のDXを推進するデータサイエンティスト同士として、DX推進体制の構築やデジタルな組織風土づくり、データと人間の良好な関係性などについて対談を行いました。前編では、非デジタルだった事業会社がデジタルな組織・風土をいかに構築するかを中心に話し合いました。

※役職や組織名は取材時(2022年7月)のものです。

ヤマト運輸が進めるDX推進体制

ヤマト運輸株式会社 執行役員 DX推進担当の中林 紀彦氏。日本アイ・ビー・エムにおいてデータサイエンティストとして顧客のデータ活用を支援。その後、オプトホールディング データサイエンスラボ副所長、SOMPOホールディングスチーフ・データサイエンティストを経て、ヤマトホールディングスの執行役員に就任。重要な経営資源である”データ”をグループ横断で最大限に活用するためのデータ戦略を構築し実行する役割を担う。また、筑波大学客員教授、データサイエンティスト協会理事として、データサイエンスに関して企業の即戦力となる人材育成にも従事する。

塚本:ヤマトグループは2020年1月に経営構造改革プラン「YAMATO NEXT100」を発表され、DXを推進されています。DXによってどのような課題解決に取り組まれているのでしょうか?

中林:「YAMATO NEXT100」では3つの事業構造改革(①宅急便のDX、②ECエコシステムの確立、③法人向け物流事業の強化)と、それらを支えるための3つの基盤構造改革(①グループ経営体制の刷新、②データ・ドリブン経営への転換、③サステナビリティの取り組み)を掲げています。

 1976年に開始した宅急便は、1980〜90年代に物流ネットワークを拡大しました。現在は、Eコマースの拡大を背景に、EC専用の物流ネットワークを構築し、EC利用者・EC事業者・配送事業者の三者をリアルタイムにつなぐデジタルとフィジカル双方のECエコシステムの構築を推進しています。また、法人向け物流事業は、企業のリード・ロジスティクス・パートナーとして、調達から在庫管理・発送まで、データに基づいたサプライチェーン全体の最適化を支援しています。

 そのための基盤構造改革として、2021年4月から事業会社8社をヤマト運輸に統合し、組織を再編しました。それに伴い、各社のデータを統合したデジタルデータ基盤を構築し、データ・ドリブン経営への転換を推進しています。

塚本:KADOKAWAも出版社を9社吸収合併していまして、横断的にデータを活用できるようにするための基盤構築は共通するテーマだと感じました。DXの推進体制はどのようになっているのですか?

中林:デジタル専門部署を立ち上げ、外部からデジタル専門人材を約100人採用し、内製化できる体制をつくりました。

 本来はなるべくフラットな組織が望ましいですが、人数が多いため、①デジタルプラットフォームを構築するチーム、②データの収集やクレンジングを担当するデータマネジメントチーム、③データ活用を推進するCoEチーム、④事業部門でデータ分析・活用を担うチームの4階層で構成し、それぞれのチームにリーダーを配置しています。

塚本:KADOKAWAグループでも、私たちの部署はデジタル基盤やデータマネジメントの部分を主に担い、ビジネスへの活用はKADOKAWAの別部署が担っていますので、規模としては似ているかもしれません。ヤマト運輸さんも複数の会社に分かれていたということは、必要なデータを探し出すことや、データの統合にすごく悩まれているのではないかと想像しますが、何か工夫されている点はありますか?

中林:データマネジメントチーム内に「データコンシェルジュ」という役割を設けています。

 最も時間がかかるのがデータを探し出すことです。ビジネスサイドからのリクエストに対して必要なデータを収集し、正しく効率的に使えるように環境を整える役割を担っています。また、蓄積されたナレッジの公開・共有も行っています。それによって、データマネジメント組織のポイントである、ビジネスサイドの仮説検証にクイックに対応できるようにしています。

難しいのは、ビジネスサイドとデジタルサイドの風土・文化の融合~橋渡しする人材が必要に~

塚本:ここまでDXを推進されてきて、難しいと感じられたのはどのような点でしょうか?

中林:組織面では、外部採用したデジタル専門人材と事業部門の組織風土や文化の融合です。また技術面では、従来事業会社ごとにサイロ化していたシステムを、データを軸に連携できる基盤づくりです。これらはやはり一朝一夕にはできないため、時間がかかります。

塚本:異なる風土や文化を融合させるために、どのような取り組みをされていますか?

中林:事業部門でデータ分析・活用を担うチームは、事業部門ごとにチームを分け、事業部門と一緒に活動しています。

 データ・ドリブン経営に転換するためには、データをうまく活用しながら事業のP/LやB/Sにフィットするような活動につなげていくことが重要です。そこでまずは、データを使うとどのようなことがわかるのかを、データサイエンスのメンバーと一緒に活動しながら事業部門のメンバーに体感してもらうことから始めています。

 また、ビジネスサイドとデジタルサイドという異なる文化で育ってきた社員がうまく融合するには、橋渡しをする人材が必要です。

 当社の場合、フィジカルな現場をデジタルに変えていくために、フィジカルに何が起こっているかをしっかりと理解することが必要になります。そこで、現場経験のある社員の中から、データサイエンスの素養をもったメンバーを発掘して、ビジネスサイドとデジタルサイドのつなぎ役となる「ブリッジ人材」として活躍してもらっています。ブリッジ人材には、異文化間で連携するため、コミュニケーション能力の高さも重要です。

塚本:デジタルサイドの人材が現場に入って一緒に課題 解決に取り組むことは確かに大切なことで、私たちも同様の姿勢で取り組んでいます。またブリッジ人材は、KADOKAWAグループでも、出版系の営業や編集が強い文化と、我々の出身であるドワンゴのようなエンジニアの文化を融合させるうえで重要だと感じています。

「デジタル教育」は事業部門や経営陣にも必要ビジネスサイドとデジタルサイドの軋轢にも要注意

塚本:また、ヤマト運輸さんでは「ヤマトデジタルアカデミー(YDA)」という独自のデジタル教育プログラムを提供されています。

中林:DXは、デジタル専門部署だけで進めることはできません。事業部門や経営陣も含めてデジタルやデータ活用の成熟度を向上させる必要があります。

 当社の場合、元々社内にデジタル専門人材が不足していたことと、ビジネスサイドの人たちがデータを使いこなせるように育成することが課題でした。

 そこで、全社員がデジタル人材になるための教育プログラムとしてYDAを2021年4月から本格的に開始しました。経営層、事業部門のリーダー層、現場のマネジメント層、そしてデジタル専門人材の4つのカテゴリーにわけ、ヤマト独自のプログラムを策定し、パートナー企業の協力も仰ぎながら、ブラッシュアップを図っています。3年間で1000人の育成を目標にしています。YDAを通じて育成を行いながら、現場でデータ活用のサイクルを回せるような体制をつくっています。

塚本:YDAは「アカデミー」の名称にふさわしい体系的でリッチなカリキュラムが組まれているように感じました。

 ヤマト運輸さんほど体系的ではありませんが、当社でも「データ・リテラシー・トレーニング・サービス」という名称で、Tableauの使い方などの基本的な講習を事業部に提供したり、事業の現場に入ってのハンズオンサービスなども行っています。当社の場合、トレーニング・サービスの規模をどのように拡大していくかが課題になっており、講師が教えた人の中で優秀な人にのれん分けしながら講師を増やしていくことにチャレンジしています。

 ところで、世の中ではAI化やDXというバズワードの旗印のもと、ビジネスサイドとデジタルサイドの間に軋轢が生まれているようにも感じます。そのような軋轢が生まれないように、中林さんが普段から気にかけていらっしゃることはありますか?

中林:デジタル風土の醸成は一足飛びにはいきません。デジタルサイドが「データを使ってこうすべき」と強引に進めると、軋轢が生まれてしまいます。

 まずはビジネスサイドの「御用聞き」としてリクエストに対応しながら、少しずつ信頼関係を築いていく中でデータ活用への理解を深めてもらい、コンサルティングができるような関係になっていくという、段階を踏んだアプローチが必要だと思います。

塚本:そうですね。時間をかけてお互いに理解を深めていくことが大事ですね。