【特集】
ヤァヤァヤァ インターネットにマンガがやってきた!日本人は、マンガが大好きだ。マンガの置いてない本屋は、専門書を扱う書店でない限り見つけることは難しい。ビジネス街の書店でも、文庫版のマンガが見つかるだろう。電車に乗れば、背広姿のビジネスマンが週刊漫画誌を読みふけっている光景に出くわすだろう。駅前には、マンガ喫茶の看板だ。 すでにマンガは日本の文化の1つだという意見もある。英語をはじめ、さまざまな言語に翻訳されたMangaが出版されている。国境を越えたマンガが、インターネットの世界に参入してくるのも当然の流れだろう。 しかし、マンガのデジタル化には大きな壁が存在している。著作権の保護と、読みやすさのバランスだ。日常生活において、マンガは他の書籍に比べると、さまざまなシーンに存在している。それは、マンガがお手軽なものだからだ。 今回の特集では、マンガとインターネットの親和について、異なったアプローチを試みている3社を取材した。マンガ雑誌として初めてのオンデマンド出版に挑戦する青林堂、巨匠・松本零士の作品を無料で公開している小学館、そしてマンガそのものをオンラインで見せてしまおうとするライコス。全てのサービスに共通しているのは、「踏み出さなければ、何も始まらない」という考え方だ。 ●ブックオンデマンド版「ガロ」は日本初のマンガ雑誌BOD http://www.digigaro.co.jp/
11月末、青林堂が出版していたマンガ雑誌「ガロ」が通常の書店販売を中止し、インターネット経由のオンデマンド出版(Books On Demand:BOD)に切り替えるという衝撃的なニュースが流れた。「ガロ」の創刊は、昭和39年の9月号。月刊誌としてスタートしたが、2001年に隔月刊、2002年4月に季刊に、そしてオンデマンド出版へと推移していった。BOD版の「ガロ」第1号は12月20日に刊行され、定価は現行価格の780円程度を予定している。これまで数々のオンデマンド出版物が刊行されたが、マンガ雑誌のBODは日本で初めての試みとなる。そこで、株式会社青林堂ネットコミュニケーションズの蟹江幹彦代表取締役社長にお話を伺った。 ◆デジタルガロの失敗◆ 「ガロ」はかつてデジタル化された時期があった。2001年3月から、インプレスコミュニケーションズと共同で、ダウンロード型の有料マンガ配信サービス「デジタルガロ」を提供していたのだ。
通常の単行本をコピーして複製を作る場合、コストが原価以上にかかってしまう。ところが、デジタルデータであれば、せいぜいCD-ROM代程度で簡単にコピーできる。「デジタルガロ」は、PDFファイルのダウンロード販売だった。コピーガードなどの対策を事前に施さなかったのはなぜだろうか。
青林堂は、この「デジタルガロ」の失敗を踏まえて、雑誌初のBODという選択誌を選んだのだ。 ◆BOD版「ガロ」◆ 先述したことだが、定期的に刊行されているマンガ雑誌のBODサービスは、日本で初めての試みとなる。サイズは、従来のガロと単行本サイズの中間くらいになるという。
青林堂では、2002年3月から単行本のBODサービス「青林堂B.O.Dリバースコミックス」を提供してきた。『超人ロック』や『ど根性ガエル』など、ちょっと懐かしい路線を狙ったものだ。12月時点では、すでに140作品400巻の品揃えとなっている。蟹江氏は、単行本版BODで積んだノウハウから、「『ガロ』をBODで出しても、多分続けられるだろうな」という手ごたえを掴んだという。 蟹江氏がいうノウハウとは、「スキャニング」のノウハウだ。原稿をそのままデジタルデータに変換すると、スクリーントーンにモアレが発生したり、紙面にゴミが入ったりする。
◆なぜBODなのか?◆ 「ガロ」がBODに方向転換した背景には、昨今の出版不況がある。
BODに移行することで、収益面に大きな改善が期待できる。まず、今まで返本されてきた分の印刷代がなくなる。出せば出すほど、利益は小さいながらも黒になるという。
BODの利点は他にもある。最新刊を欲しい時にすぐに入手できることと、バックナンバーが常に用意されていることだ。
◆新規読者の開拓に期待◆ インターネットによるBOD販売に移行すると、従来の読者がついてこれるのだろうか。蟹江氏によると、最近の「ガロ」の読者は、20代の女性が多いのが特徴だという。
◆今までにない原稿料体系に、作家陣は……◆ 12月20日に出るBOD版第1号は、再録中心となる。作家陣の多くは、新作の投入について様子を見ている状況だという。当初は季刊誌として発行し、来年の早い段階で隔月もしくは月刊に戻す予定で、今後は新人発掘の場として活用していくという。
◆BODならではの戦略◆ 雑誌と単行本の大きな違いは、広告の有無だ。現段階では、代理店も判断しかねている状況のようで、青林堂が直接交渉を行なっているという。BODの性質上、読者からのオーダーがあって初めて印刷をする。そのため、読者の年齢や性別といった属性情報も合わせて入手することが可能だ。このワントゥワンの仕組みを利用して、蟹江社長は、BODならではの戦略を考えている。
日本で初めての雑誌BODということで気負いはないのだろうか。
◆今後の展望◆ BOD出版に関しては、現時点では“やってみないとわからない”という要素がたくさんある。青林堂では、今後も積極的に販促ツールとしてデジタルメディアを活用していく方針だ。
もちろん、青林堂の出版物全てがBODになるわけではない。蟹江氏も、「売れる本は、通常に印刷しても売れる。人気の高い本や、ある程度新しい本までBODにする必要はないです」と語る。
●『銀河鉄道999』の新作はネットで公開 http://ginga999.shogakukan.co.jp/
『銀河鉄道999』は、松本零士氏の代表作の一つとして有名なマンガだ。1977年に「週刊少年キング」誌(少年画報社)で連載が開始され、翌年からアニメ放送も始まった。「月刊ビッグゴールド」(小学館)1996年7月号から連載が再開された『銀河鉄道999』は、その後インターネットに公開の場を移し、なおも鉄郎とメーテルの旅は継続中だ。 インターネット版『銀河鉄道999』は、無料で公開されている。会員登録も専用ビューワーも不要だ。この意欲的な仕掛けについて、小学館マーケティング局ネットプロモーション室の新島徹室長にお話を伺った。 ◆「999」がインターネットの海へと旅立った理由◆ インターネットへと連載の場を移した理由は、当時連載していた「月刊ビッグゴールド」が1999年3月号で休刊してしまったためだ。この時、小学館社内では連載終了を惜しむ声があり、「インターネットだけで連載できないだろうか」と実験的に継続する方向となった。
松本氏も乗り気だったという。雑誌がなくなることがショックだったようで、新島氏は、渡りに船だったのではないかと推測している。 マンガビジネスは、単行本に重版がかかってペイする仕組みになっている。松本零士氏クラスの巨匠ともなれば、新刊が出れば間違いなく売れるはずだ。それをわざわざ無料で公開してしまう狙いは何なのだろうか。
実際に、インターネットでのみ公開された第31話「無能の旅人」から第38話「楽劇 友に捧げる歌」までをまとめた単行本最新刊である20巻は売れた。新島氏によると、現在第40話のネーム(実際の原稿を描く前のプロット、ラフ)が入っているところだという。36ページの大作となる予定で、2003年の頭には公開できるそうだ。 ◆著作権の保護をどうするのか◆ サイトを見るとすぐに気が付くことがある。インターネット版『銀河鉄道999』では、ごく普通のJPEGファイルでマンガが公開されている。新島氏に確認したところ、特別な著作権保護技術などは利用していないそうだ。
第39話「涙の表面張力」は、前後編に分かれている。小学館では、まず前編をインターネットで公開し、1ヶ月後に「ビックコミック」誌で前後編を一気に掲載、さらに1週間後に後編のインターネット公開という変則的な試みも行なった。読者の反応は、どちらも好評だったという。 ◆画質重視か、回線重視か◆ 松本氏からの原稿はデータ入稿だ。しかし、小学館ではそれを一度紙焼きし、写植をした上で、インターネット公開用にスキャニングするという工程を踏んでいる。この理由は、「目的が単行本を作るからだ」という。
松本氏も漫画家として、もちろん画質にこだわる人だ。「999」の書き込みの精緻さを見ればよくわかる。インターネットで見せる場合、重要なのは“軽さ”だ。小学館では、画質とデータ量のバランスを重視している。
新島氏は、続けて面白い意見を述べた。「著作権保護のためにも大きな画像でやっているのかもしれない」というのだ。インターネット版が開始された1999年の接続環境はそれほど速いものではなかった。
サービス開始当時は、「重い」という苦情があったそうだ。だが、現在に至るまでクレームがついたのは回線に由来するものだけだという。最近では少なくなったといい、「1999年から、データ量は変えていないんで、回線環境が良くなったんでしょうね」と新島氏は分析する。 ◆無料というビジネスモデル◆
インターネット版『銀河鉄道999』は、あえて無料で提供しているサービスではない。むしろ無料で提供しなければ、サービスが存続できないビジネスだ。このサービスそのものはあくまでも販促の一環であり、その意味では赤字である。しかしながら、単行本が売れることで、会社全体として黒字に寄与しているのだ。 サービスの運営費は、原稿料やサーバー管理費などを合わせて月額100万円に届かない程度だという。スタッフは、新島氏のほか、Webデザイナーと編集担当者の3人。全員が兼任でやっており、ボランティアに近い形だという。
原稿の締め切りは設定されていない。その理由は、定期的な作業を行なうためには専任のスタッフが必要となるからだ。また、有料サービスとしての機能を備えていないからこそ、運営が可能だともいう。
アクセス数から計算すると、現在のユーザー数は2~3万人と推測される。これを有料会員制にした場合、2,000~3,000人に減少してしまうだろう。
一方、このサービスを提供しているという事実そのものが、小学館にとって「紙媒体の『銀河鉄道999』は我々のものである」というブランディングに結びついているという。松本氏のところには、毎日のようにさまざまな企画が持ち込まれているという。 ◆今後の展望◆ 小学館では、単行本のBODサービスも提供している。しかし、マンガそのものをWebで見られるものは、この『銀河鉄道999』だけだ。新島氏は、他の作家が『銀河鉄道999』と同様にインターネットでしか読めない新作の提供に賛同して欲しいと語る。
こうして戻ってきた読者の反応は、「連載が続いているなんて知らなかった」というものが多い。新島氏は、「『インターネット版を読みました。今度、単行本を買います』と続けて言われると、ちょっと嬉しいです」と語った。 ●目指しているのはマンガ喫茶?~Lycosコミック http://comic.lycos.co.jp/
ライコスジャパンが2002年4月30日から開始した有料コミック配信サービスが「Lycosコミック」だ。通常のマンガなら1冊100円~150円、成人向けマンガなら500円で、48~72時間読めるというもの。セラーテムテクノロジー社が提供する技術をベースに、ActiveXを使った専用ビューワーでサービスを提供している。 この技術は、美術館にあるような大きな絵をアーカイブする技術だ。圧縮率が高いことと、1枚1枚の画像に鍵をかけ毎回サーバーへ問い合わせて鍵を開くという形式になっている。このため、インターネットに接続されたPCでないとサービスを利用することはできない。 「Lycosコミック」のビジネス戦略について、バイスプレジデントでビジネス開発部シニアマネージャーの友田雄介氏と、同じくビジネス開発部の濱本享祐氏にお話を伺った。 ◆著作権保護と、どこでも読めるサービスの両立◆ マンガデータそのものは、ローカル環境にキャッシュもダウンロードもされないが、ファイル単位でやり取りしているため、何らかの形でファイルを保存される可能性は残されている。だが、ファイルを開くたびに認証を行なっているため、著作権は保護される仕組みだ。
ユーザー層は、男女比で6:4。インターネット人口とほぼ同じ構成だ。特徴的なのは購読時間で、一番多いのは週末のほかに、平日の日中にもアクセスが多いことだ。
現在の品揃えは、一般マンガが31タイトル/215冊、成人向けマンガが32タイトル/80冊となっている。基本的には、ライコスがプロダクションや出版社と直接交渉をしているが、一部サービスでは「電子書店パピレス」や「FRANKEN★コミックショップ」との提携で仕入れている。プロダクション単位では、石ノ森章太郎、さいとう・たかを、雁屋哲、池田理代子氏らと契約しており、今後10タイトル程度増える予定だ。
◆ユーザーの反応は上々、作家は千差万別、出版社は様子見◆ サービス開始から10ヶ月程度経過したが、ユーザーの反響は上々だ。開始してからしばらくは、石ノ森作品しか提供していなかったが、『サイボーグ009』を中心に女性読者を獲得した。9月になってから、『ゴルゴ13』などの「さいとう・たかを特集」、10月には『ベルサイユのばら』、11月には『美味しんぼ』を一気に60巻と、矢継早にサービスを拡大し、作品の充実に比例するようにユーザー数も増やしてきている。 気になったのは『美味しんぼ』の提供が全60巻となっている点だ。書店では82巻が販売されている。
一方、作家の反応は千差万別だという。巨匠になるほど、「自分の作品を広めたい」という傾向が強いそうだ。特に『美味しんぼ』の作者である雁屋氏は、新しいことに積極的に挑戦したいというタイプで、非常に協力的だそうだ。
◆「プレビュー」と「立ち読み」◆
Lycosコミックでは、2種類の無料サービスも提供している。有料コミックの一部が読める「プレビュー」と、1巻全部を読める「立ち読み」だ。 プレビュー機能を使えば、その単行本を以前読んだことがあるかという確認ができる。プレビューできるのは最初の25ページで、ちょうど物語が盛り上がってきたところで終わることが多い。友田氏によれば、「マンガの構造はどれもよく似ていて、かなり研究しました」という。なお、アダルトコミックに関しては、最初の10ページ分となっている。 一方、「立ち読み」で提供されているのは現時点で、『十六文』(石ノ森作品)と『怪盗シュガー』(さいとう作品)の2つ。マイナーな作品だが、続刊を購入する読者が多いという。 スキャニングは単行本から行なっている。画質よりデータ量を重視しているそうで、1ページ(片面)で40KB程度、両面でも100KBはいかないようにしている。これまでに、「重い」とか「画質」に関するクレームはきたことがないそうだ ◆Lycosコミックは、有料サービスの1メニュー◆ Lycosコミックは、Lycosポイントを使った有料サービスだ。1ポイント=1円で換金されるサービスだが、アンケートや資料請求などでポイントを稼ぐチャンスもある。利用者の中には、それらを駆使して1円も使わずにコミックの購読をしている人もいるそうだ。
◆今後の展望◆ 最後に友田氏は、オンラインコミックを一つの業界としてとらえ、今後の方向性について語った。同氏は、「依然として出版社にはオンライン配信に対するアレルギーが残っていて、簡単には作品を出してくれない」と分析するが、「実際に売れれば出してくれると思いますので、きちんとした実績を積み重ねていく必要があります。オンラインコミック業界的に、いろいろな業者さんがいろいろな仕掛けを始めています。来年早々から盛り上がってくると予想しています」と前向きだ。 ◎関連記事 ●インターネットとマンガの可能性 紙媒体というものは、インターネットなどのデジタルメディアでは決して代替できないパワーを持っている。それは「読んでいる実感」だ。「ページを繰る」という感覚は、決して「次」と書かれたボタンをクリックする感覚では実感できない。青林堂や小学館の試みは、最終的には紙媒体で勝負している。インターネットをツールとしてとらえた、1つの解答だろう。一方、マンガというものは基本的に娯楽だ。ちょっとした暇潰しという側面を持っている。ここに答えを求めたのは、マンガ喫茶であり、Lycosコミックだろう。 冒頭にも述べたが、アプローチが異なる3者に共通していることは、「踏み出さなければ、何も始まらない」という考え方だ。取材を通じて、3者ともきわめて近い将来に前向きな手ごたえを掴んでいると感じた。インターネットとマンガは、「コンテンツ配信→不正コピーでファイル交換→著作権保護の強化→使い勝手の悪さ」という悪い連環に落ち込まず、良好な関係へと昇華してもらいたい。 (2002/12/16) [Reported by okada-d@impress.co.jp]
INTERNET Watch編集部internet-watch-info@impress.co.jp
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