【連載】 【編集部から】 ●(Y! + Ink)×(OV + AV + F)- G =?
さあ、そこで検索エンジンの算数をしてみよう。 この計算をしてみると、いくつかの疑問が生まれてくる。 第一に、Yahoo!はどうする? 今のところ、Yahoo!からユーザーが検索すると、そのエンジンはGoogleのものが使われている。検索結果の画面の下には、小さく「Search Technology Provided by Google」と表示されているはずだ。だがYahoo!が近い将来、エンジンをリプレースしてGoogleとの契約を解消する可能性は極めて高い。じゃあどこのエンジンを使うのだろう? Googleと契約する以前は、Yahoo!はInktomiの検索エンジンを使っていた。しかし、多くのインターネットユーザーにとっては、FASTのエンジンの方が使いやすいだろう。 個人的には、僕はYahoo!はぜひFASTで決めてほしいなと思っている。そう考える理由は2つ。1つは、FASTのエンジン性能はGoogle並みか、時にはGoogleを超えているんじゃないかと思えるときもあるからだ。2つめに、Yahoo!が採用すればFASTのシェアは大きくなるだろうし、その方がWebマスターやSEO(検索エンジン最適化)サービスを提供している企業にとってのメリットは大きい。現在、検索エンジンのトラフィックのほとんどは、Googleに依存している。日本では、URLの参照元の30~40%はYahoo.co.jp(を経由したGoogleのエンジン)で、同じく30~40%がgoogle.co.jpかgoogle.com、そして残りの20~40%程度が他の検索サイトになっている。Googleに60~80%も依存しているのは、ある種危険な状態だ。リスクは分散した方がいい。 第二に、MSNはどうする? MicrosoftのインターネットサービスであるMSNは、PPC(Pay Per Click)の広告型検索エンジンにOvertureとLooksmartを使い、そして通常の検索エンジンにはInktomiを採用している。しかしYahoo!のOverture買収で、今やMSNの提携企業のうち、2社がYahoo!の傘下に入ってしまうことになる。この連載でも前にお伝えしたように、MSNは独自の検索エンジン「MSNbot」を開発しつつあり、恐らくInktomiはMSNBotにリプレースされる運命にあるのだろう。 MSNはOvertureと2005年までの期間で契約していた。だが今回の買収で契約解消も可能になっている。Overtureは最近、日本と韓国、イギリス、ドイツ、フランス各国のMSNサービスに広告型の検索エンジンを提供する契約を2005年まで延長したばかりだった。今回のYahoo!のOverture買収は、MSNが別のどこかのPPC企業を買収するか、あるいは独自の広告型検索エンジン開発に拍車をかけることになるかもしれない。 Overtureの収益の30%はMSNから得られるものだ、という推算もある。もしこれが本当で、そしてMSNがOvertureと手を切るとなると、Overtureは来年、売り上げのうちの3億ドルも失ってしまうことになる。 とはいえ……そう簡単な話ではない。Yahoo!がInktomiを2002年12月に買収すると発表したのにも関わらず、MSNは今年2月にInktomiとの契約を延長しているのだ。しかしその直後、MSNは独自の検索エンジンであるMSNBotの開発を発表した。その前例を考えれば、MSNはOvertureとの契約を今後も続け、しかしその裏で独自のPPCエンジン開発をスタートさせることもあり得ない話ではない。あるいは、「FindWhat」のような第2グループのPPC企業を買収するのも、可能性の範囲内ではある。 第三に、Googleはどうする? Googleは「われわれは売り物ではない」と言っている。しかしMicrosoftは超ウルトラメガリッチな企業だ。だったら、可能性として……。 そのあたりはまだ何ともわからないところだね。ともかく、検索エンジン業界はYahoo!とGoogle、MSNという三つ巴の構図ができあがりつつある。そしてこの構図は、WebマスターやSEO業界の人間にとっては、歓迎すべき状態だ。僕の個人的意見としては、今後数年間は検索エンジンは3つの強力なトラフィックに分散していけばいいと思う。 ところでYahoo!がOverture買収に要した金額は、16億ドル。天文学的数字にも思えるが、何かにたとえるなら、どのぐらいの規模の金額なのだろう? ちなみに、米国政府は現在、イラク駐留に毎週10億ドルずつ使っているんだってさ。 ●第三世界を救う新しい検索エンジン
第三世界に住んでいる人たちは近々、安価で使いやすいインターネットブラウジングのツールを手に入れることになりそうだ。マサチューセッツ工科大学(MIT)の研究者らが、低速なインターネット接続でも実用的に使える検索エンジンを開発しているからだ。 この検索エンジンは「TEK」という名前で呼ばれている。Time Equals Knowledge(時間と知識の均等化)を略した名称だ。そのコンセプトはこうだ。--先進国に住んでいる人たちは金銭的には豊かだが、いつも時間に追われている。一方、貧しい国に住んでいる人たちは、金銭的な豊かさはないものの、自由になる時間はたっぷりある。しかし現状の検索エンジンは、前者の時間のない先進国の人々向けに作られていると、MITの研究者は主張している。だったら先進国以外の人たち向けに、新しい検索エンジンを作ろうじゃないか、という発想による。 TEKはこんな風に動く。第三世界にある研究所は、24時間電話回線を使えるわけじゃない。回線が頻繁に途絶してしまうところも少なくないのだ。そこでたとえば、アフリカかどこかの研究所の誰かが、伝染病か何かについて、新しい情報を求めて検索したとする。すると、その研究者のパソコンの画面には、こんな回答が表示されるわけだ。「現在、電子メールを通じて検索要求(クエリー)を送っています。OK?」。そして研究施設の電話回線が復帰すると、管理者は電話回線をつないで、先ほどのクエリーを送り出す。 クエリーは、米ボストンにある中央サーバーに送られる。この中央サーバーがWebを収集し、ネットを検索している。そしてTEKが検索内容をフィルタリングし、もっとも適切な回答を選び出す。この検索結果は圧縮されて研究所の管理者に向けて送り返され、研究所のローカルのキャッシュに保存される。そして先ほどの研究者がパソコンを起動すると、検索結果のWebページがまるでネットに高速接続でもしているように素早く表示される、というわけだ。またTEKは、過去に送り出されたWebページはすべてキャッシュして保存し、同じ内容のページは再送信しない仕組みになっている。細い帯域を有効活用するためだ。 TEKプロジェクトは、現在アルファテストの段階だ。最終的にはTEKは無料で誰でも使えるものになる予定だという。とはいえTEKのプログラムはかなりサイズが大きく、TEKを利用したいと思っている第三世界の人にとってはダウンロードは難しいだろう。そこでMITの開発者たちは、プログラムを収めたCD-ROMを各地の図書館に送ることを検討しているそうだ。これなら、インターネットの帯域のことは気にせず、誰でも自由に貸し出しを受けて自分のパソコンにインストールできる。またパソコン販売会社から協力を得て、発展途上国向けに出荷するパソコンへのバンドルも検討しているという。 TEKという新しいコンセプトに触れて、僕は「Webはまだまだ人々の生活を変えていく可能性を秘めているぞ」という思いを新たにしている。ある種の行動を起こすための手段を提供してくれたり、あるいは何か事を起こそうとしている人たちの背中を押してくれたり、というようなことだ。ITバブルは崩壊してしまい、インターネットのビジネスが行き詰まっていると感じている人は少なくない。しかし少なくとも、文化的な側面を見れば、インターネットの出現によって今も世界は大きく変貌しつつある。それは紛うことのない事実だ。
(2003/7/29) [Reported by ジェフ・ルート&佐々木俊尚] |
|