【連載】 【編集部から】 ●Google日本法人の置かれた立場 日本の検索エンジン業界史に、新たな一章が加えられることになるのかもしれない。Yahoo! JAPANがデフォルトの検索エンジンを変更するのは、2001年4月にgooからGoogleにスイッチして以来のことだ。gooにとっては、この変更は手痛い挫折だった。その後、gooはメジャーな位置を未だに回復できていないからだ。じゃあGoogleにとってはどうなのだろう? 今回の決定は回復不能な挫折となるのだろうか? 今のところ、Google日本法人が置かれている立場はかつてのgooのそれとはだいぶ異なっているようには見える。 今年初め、米Yahoo!はGoogleとの契約を解消し、同社の検索エンジン利用を停止した。Webマスターの中にはパニックに陥る人もいたほどで、確かにインパクトは大きかった。でもその一方でこの提携解消をあまり気にかけないWebマスターも少なくなかったし、中にはまったく気にしなかった人もいたようだ。この提携解消が、確かにGoogleにとって重要な局面だったのは事実(そりゃ誰だって、顧客は失いたくないよね)。だが英語圏の検索エンジンマーケット全体を見てみると、Googleにとっては“回復不能な挫折”というほどのものではなかったようだ。実際、例えば米国内ではAOLが2,000万人以上のユーザーを抱えていて、その多くがAOL Searchを使ってる。そしてAOL Searchは、Googleのエンジンを使ってるという事実がある。だから今回の件はGoogleの米本社にとってというよりも、Google日本法人にとって重大な“事件”ということになるのだろう。 Yahoo! JAPANは、米国のYahoo!よりもずっと大きな国内シェアを握っている。テレビのゴールデンタイムで大量のCMを流し、街頭でキャンペーンを展開して「Yahoo! BB」のプロモーションを行なっている。それはもちろん、Yahoo! BBというADSLサービスのPRが中心なのだけれど、同時に結果として「yahoo.co.jp」というポータルサイトのPRにもなっている。一方でGoogleは、日本国内にも多数の献身的なファンや熱狂的なマニアを抱えているけれど、一般的な知名度はYahoo! JAPANほどには浸透していない。そうしたことを考えると、今回の提携解消によってGoogleがかなりの数のユーザーリーチを失うのは間違いない。 でもその一方で、Googleは爆発的な勢いで成長を続けているベンチャー企業だ。新規株式公開(IPO)を焦らすだけ焦らしたことで、Googleの社名は毎日のようにニュースで報道された。口コミで盛り上がるGoogle人気は、その高品質な検索エンジンと同じぐらいにGoogleという会社の強みとなっている。Amazon.co.jpで書籍を調べれば、常時10冊ぐらいはGoogleに関連した本が販売されているのがわかるし、SEO(検索エンジン最適化)に関する本は20冊近くもある。もちろんこうしたSEOの本は、Googleを取り上げているというわけだ。 今回の提携解消が、GoogleやWebマーケティング業界に与える影響について考えてみよう。 ●短期的影響は?GoogleのWebサイトで直接検索をしているユーザーはあまりいないので、Yahoo! JAPANからのトラフィックを失うことはGoogleにとってはかなりの痛手となる。しかしだからといって、Googleが日本でのマーケットシェア拡大の野望を失いカリフォルニア州マウンテンビューの本部に引きこもろうと思ってる、なんてことには断じてならないだろう。米国のGoogle本社はIPOによってブランドネームを一気に高めようという戦略を立てているように見える。一方で、Google日本法人はそれとは別の方法で――例えばブランドネームを浸透させるための広告宣伝を雑誌やテレビなどで展開し、今回の件で失ったマーケットシェアの挽回を図る、という方法を採るなんていうこともあるかもしれない。 検索エンジンからのトラフィックが大きく変化するというのは、Webマスターやサイトオーナーにとっては大きな出来事になるだろう。今回の提携解消でトラフィックが増えるサイトもあれば、減少するサイトもあるはずだ。またYahoo! Search Technology(YST)のスパムフィルターはGoogleのそれとは若干異なるので、YSTのスパムに引っかかってYahoo!からはじき出されてしまうサイトもあるかもしれない。あるいはこれまでGoogleのスパムフィルターにシャットアウトされていたサイトが、YSTでは検索結果に表示されるという現象もあり得るだろう。とにかく大事なのは、こうした現象は(この提携解消が続く限り)今後ずっと続くものであり、この事態に対応する方法をきちんと考えておかなければならないということだ。ビジネスを妨げられないようにするのが大事ってこと。 ユーザーにとっては、今回の件は重要な前進だ。熟練した検索エンジン利用者にとっては、YSTの新しい検索エンジンは新たな価値ある情報を得ることのできる重要なツールとなる。GoogleとYahoo!の比較ツールというのがあるが、これによれば、GoogleとYSTの検索結果で重複しているのは40%だけ。この比率は今後変わってくるかもしれないが、少なくとも現時点では、ユーザーがこの2つの検索エンジンを利用できるというのは非常にすばらしいことと言えるだろう。僕も英語の検索を使う際は、これまではGoogleとAllTheWebの2つの検索エンジンを主に利用していて、Yahoo!を使うことはほとんどなかった。でも今やYahoo!はAllTheWebの運営会社であるFASTの検索エンジン部門を買収してしまったから、今後はGoogleとYSTを使えばよさそう、という感じだね。 ●では長期的な影響は?長い目で見てGoogleが成功を収めるかどうかは、彼らの検索エンジンの品質を今後も維持し続けられるかどうかにかかっているといっていい。そしてこの問題は最近、業界のWebマスターたちの間でホットな論争のテーマとなっている。GoogleのIPOが、SERP(Search Engine Results Page、キーワード検索結果)の品質低下をもたらすことはないだろうか? GoogleがAdWordsやAdSenseなどの広告ビジネスに傾斜した結果、SERPが損なわれてしまうということはないだろうか? 来年にもリリースされると言われているMSNの新しい検索エンジンが、Googleのそれを凌駕する可能性は? Microsoftの新しいWindows(コードネーム:Longhorn)がインターネットブラウザ経由の検索からユーザーを奪い、結果的にGoogleや提携サイトを駆逐してしまうということになる可能性はないだろうか? 一方、Webマスターやサイトオーナーにとっては、まるで昔に回帰するような状況になりつつある。3~4年前は、2~3社の異なる検索エンジンからのトラフィックをそれぞれ解析しなければならなかった。それと同じ状況になりつつあるということだ。ゆくゆくはYSTとGoogle、それにMSNの3社が検索エンジン業界の3本柱となり、世界中でこれらの3社がトラフィックを分け合い、そしてそれぞれが独自のキーワード広告ビジネスを展開するということになるのかもしれない。 ユーザーにとっては――上にも書いたけれど――検索エンジンが高性能になればなるほど、より多くの高品質な情報を入手できる機会が広がることになる。とりあえず僕が今いちばん興味を持っていることを挙げると、OSの進化はどのように検索エンジンに影響を与え、逆に検索エンジンはどのようにOSの進化に影響を与えるのかということだ。 Googleが今後、企業として財務的に強化されていけば、検索エンジン業界は強大かつ豊かで技術的経験の深い3つの企業による競争という新たな構造が生まれることになる。そしてこれら3社は、僕たちが求めているものを提供するために互いに競争し、切磋琢磨していくことになるのだ。 こうした市場競争状態は、僕らにとっては大きなメリットであることを忘れてはならない。特定の企業に独占されている検索エンジン業界というのは、決して健全な状態ではない。 (2004/06/01) [Reported by ジェフ・ルート&佐々木俊尚]
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