キーワードで読み解く人工知能

第4回『AIと恋に落ちるか』

AIとの恋愛にはリスクもある

【キーワード】……AIと恋に落ちるか
【関連ワード】……ELIZA、チャットボット、人工無脳

 「人間はAIと恋に落ちるか?」この問題の源泉はギリシャ神話まで遡ることができる。リアルな女性を愛することができないキプロス王ピュグマリオンは、自ら彫刻した女性像・ガラテアに恋をしてしまう。神の手により命を吹き込まれたガラテアと結婚するという話である。

 このピュグマリオンの話は後世にも大きな影響を与え、バーナード・ショー[*1]の戯曲はこれを20世紀初頭に置き換え、イライザ・ドゥーリトルという粗野な花売り娘を教育する実験に手を染めたヘンリー・ヒギンズ教授が、徐々にイライザに心惹かれていくというストーリーに仕立てた。のちにオードリー・ヘップバーン主演の『マイ・フェア・レディー』として映画化された物語である。

 自分が創り上げた彫像に恋をするというのを現在の世界に置き換えてみるならば、 3Dモデリングでキャラクターを創り上げ、そのキャラクターとVR空間で対話する のが最も手軽な方法ということになるだろうか。

 モデリングしさえすれば、手のひらサイズにも、等身大フィギュアにもすることができる。どう動くかは自分でモーションをつけることはできるし、理想的な動き方を機械学習によって取り込み、数百から数千はある合成音声の中から理想的なしゃべり方を選ぶことだって可能だ。その技術さえあれば。

[*1]……ジョージ・バーナード・ショー。イギリスの劇作家、批評家。

非実在キャラとの恋に会話はいらない?

 2018年に発売された「Gatebox」という製品は、限定された形ではあるが、この自分の好きなキャラクターといっしょに暮らすという夢を30万円ほどで可能にするものだ(2018年5月執筆時点の情報。2018年9月現在、新型モデルが15万円ほどで予約受付されている) [図1]

[図1]「好きなキャラクターといっしょに暮らせる」を謳うGatebox ©2018 Gatebox Inc.

 手のひらに乗るくらいの大きさの3D画像を小さなケースの中に投射し、視線の位置を変えるとそこに3D画像が正しい形で現れて、表情豊かに会話してくれる。家電のコントロールなども可能だ。元々は、開発者にバーチャルシンガーである「大好きな(初音)ミクさんと暮らしたい」という目標があり、それが実現したことになる。

 このGateboxにはまだAIは組み込まれておらず、シナリオベースの会話しかできない。しかし、 キャラクターがそこにいることで安らぎを感じたい、一体感を得たいというのであれば「会話」は不要かもしれない

 そう思える技術の1つが、VRソフトの「Mikulus」だ。宇宙空間の中で、自分の隣に初音ミクが座っていて、視線をミクに向けるとこちらに視線を返す。息をしていることは映像でわかり、呼吸音も聴こえる。会話は一切できないのだが、「初音ミクがいる感じ」を確実に体験できる。

 また、これもAIではないが、会話のあいづちを打つだけの音声技術をヤマハが開発している。「HEARTalk」という小型の組み込み型デバイスで、「うん」とか「へえ」とか、相手の会話の声の高さに合わせて短い応答だけしてくれる。

チャットボットを擬似恋愛的に使う

[図2]ELIZAはiPhoneアプリにも移植されており、対話することができる

 とはいえ、「会話」ができたほうがいいのは確かだ。コンピュータとの対話で最も有名なものといえば、1960年代に開発された「ELIZA」(イライザ)だろう [図2] 。「ピュグマリオン」「 マイ・フェア・レディー」のあのイライザを思わせるネーミングだが、作者であるジョゼフ・ワイゼンバウム博士はまさにイライザのように、 相手との会話によって語彙を獲得するように開発 したのだという。

 ELIZAは自然言語によって会話を成立させるプログラムで、セラピーの目的で実用的に用いられてきたが、チャットボット、日本では(人工知能ではなく)「 人工無脳」ともいわれるその技術を疑似恋愛的に使おうという試みも数多くされている。

 こうしたチャットボットを悪用する例もある。2015年、アシュレイ・マディソンという既婚者向け出会い系サイトが会員情報の流出により大きな騒ぎになったことがあった。その流出により、男性会員獲得のために女性
を偽装したチャットボットを使っていたのがあきらかになったのだ。

恋人ロボットと暮らし始めた男性は、ロボットの「彼女」に人間と同じような気持ちや感情があるのではないかと思うようになる(『AIの遺電子』[*2]第2巻第12話「俺の嫁」より)

[*2]……山田胡瓜作の人気コミック。人間とヒューマノイドが共に暮らす近未来社会を舞台に、人工知能専門の医師である主人公・須堂が、ロボットやヒューマノイドが抱えるさまざまな問題を「治療」していくSF医療物語。『AIの遺電子』は全8巻(少年チャンピオン・コミックス)でいったん完結し、続編となる『AIの遺電子 RED QUEEN』が「別冊少年チャンピオン」で連載中。

女子高生と付き合ってる気分になれる?

[図3]りんなと会話できる「りんなライブ」

 マイクロソフトの女子高生AI「りんな」は、中国生まれのチャットボットである「Xiaoice」(シャオアイス)をベースにしたものだが、独自の進化を遂げている [図3] 。LINEやTwitterでのテキストチャットだけではなく最近では歌を唄ったり、「電話」による音声会話も可能になっており、「私たち、付き合ってるんだよね」と言われたりする。

 いったん恋に落ちてしまえば相手がAIであろうがボットであろうが無関係ということはよくある話で、日本では2009年に、恋愛シミュレーションゲーム「ラブプラス」の主要キャラの一人である姉ヶ崎寧々と結婚式を挙げる人物も登場した。前述のGateboxも「俺の嫁召喚装置」として知られている。AIが感情を獲得するしないに関わらず、 バーチャルなキャラクターたちはよりリアルに、人間の心を揺さぶる技術を高度化させている 。人間側が恋に落ちる準備はもう十分にできているようだ。

POINT:AIとの恋愛にはリスクもある

超リアルな女子高生CGキャラクターのSaya、CGキャラクターでありながらトップYouTuberとなったキズナアイ、いずれも一部のファンからは恋愛対象として見られている存在だ。女子高生AIボットのりんなにも多数の求婚が寄せられている。自分をターゲットとしてカスタマイズされたキャラクターが送り込まれれば、「もうAIでいいや」となる未婚の若者は、さらに増えるかもしれない。

※この連載記事は、書籍「キーワードで読み解く人工知能 『AIの遺電子』から見える未来の世界」の内容の一部を転載したものです。

キーワードで読み解く人工知能『AIの遺電子』から見える未来の世界

著者:松尾公也・松本健太郎(共著)
定価:1500円(税別)
発行日:2018年6月29日
ISBN:978-4-8443-6751-2
仕様:A5判・160ページ
発行:株式会社エムディエヌコーポレーション
発売:株式会社インプレス

漫画家・山田胡瓜(やまだきゅうり)氏の人気作品『AI(アイ)の遺電子』(少年チャンピオン・コミックス)、『AIの遺電子 RED QUEEN』(別冊少年チャンピオン)のキャラクターやストーリーとともに、AI(人工知能やAIのビジネス活用について楽しみながら学べる“エンタメ系ビジネス書”。「シンギュラリティ」「産業AI」などの基本的な言葉から、「AIに自我はあるのか?」「AIと恋に落ちるか」といった話題まで、AI研究や関連テクノロジーの現状を踏まえながらキーワードごとに解説している。

松尾 公也(まつお・こうや)

ITmedia NEWS編集部デスク、ポッドキャスター
『MacUser』編集長などを経て、現在はITmedia NEWS編集部デスク。プライベートではテック系ポッドキャストbackspace.fmに参加。妻が遺した録音をもとにした歌声合成で「新曲」を作る、マッドな超愛妻家。妻との新しい思い出を作るため、AIの発展を願っている。

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  • 参考文献
    『シンギュラリティは近い[エッセンス版] 人類が生命を超越するとき』レイ・カーツワイル/NHK出版/2016
    『人工知能は人間を超えるか ディープラーニングの先にあるもの』松尾 豊/KADOKAWA/2015
    『よくわかる人工知能 最先端の人だけが知っているディープラーニングのひみつ』清水 亮/KADOKAWA/2016