キーワードで読み解く人工知能

第5回『AIと音楽』

ビートルズの新曲をAIが作る試み

【キーワード】……AIと音楽
【関連ワード】……作曲プログラム、機械学習、ディープラーニング

 数ある芸術の中で、音楽ほどコンピュータとの関わりが深いものはないだろう。1970年代から隆盛したシンセサイザーと80年代以降のMIDI(音楽のインターフェース標準)、90年代以降のコンピュータとオーディオの統合を経て、アマチュアからプロまで、ポピュラーミュージックのあらゆる分野において、コンピュータ音楽が主流を占める、あるいは部分的に使われるようになってきた。コンピュータが使われるので、アルゴリズムを使い自動作曲をしようという流れが生まれるのは当然のことだ。

 楽譜の電子化(MusicXML)、MIDI、ボーカロイドやHMM(隠れマルコフモデル)などの歌唱合成などと組み合わせ、人間の手を経ずに、人間らしい音楽を作り出そうという動きもある。そこに知識ベース、機械学習、ディープラーニングなどAI技術が投入され、新たな発展を見せている。

AIが作曲した「完成」交響曲

 未完成とされる有名楽曲はいくつかある。シューベルトの「未完成交響曲」、ベートーベンの「交響曲第10番」。シューベルトの方は意図的なものともされ、第2楽章までは作曲されているが、後者はモチーフ、アイデアのスケッチが残されているだけで、完成を見ることなくベートーベンは亡くなってしまった。これを完成させる試みはさまざまな音楽家によってなされてきたが、その1人がエミリー(Emily)。ただ1つだけ違っていたのは、このエミリーがAIを使った作曲プログラムだったということだ。Emilyの名はEMI(Experiments In Musical Intelligence)に由来する。

『AIの遺電子』[*1]の作中世界では、AIの作曲プログラムによって、作曲家が残した未完の曲の続きを作ることも容易く行える(第5第46話「未完」より)

 このエミリーと、その後継プログラムであるエミリー・ハウエル(Emily Howell)を開発したのはカリフォルニア大学サンタクルーズ校のデビッド・コープ教授。エミリーを使い、未完のベートーベンの交響曲を「完成」させた。エミリー・ハウエルはこのほかに、自ら作曲した作品を2枚のアルバムとしてリリースしている。

[*1]……山田胡瓜作の人気コミック。人間とヒューマノイドが共に暮らす近未来社会を舞台に、人工知能専門の医師である主人公・須堂が、ロボットやヒューマノイドが抱えるさまざまな問題を「治療」していくSF医療物語。『AIの遺電子』は全8巻(少年チャンピオン・コミックス)でいったん完結し、続編となる『AIの遺電子 RED QUEEN』が「別冊少年チャンピオン」で連載中。

ビートルズの新曲をAIが作る試み

 偉大な音楽家が亡くなると、作品が未完成のままになってしまうのはポップ・ミュージックも同様だ。ビートルズ、解散後はソロで活躍したジョン・レノンは1980年、久しぶりのアルバム「ダブル・ファンタジー」リリース直後にファンを名乗る男に射殺され、それ以降は彼が自ら完成させた音楽を聴くことはできなくなった。デモ版だけが残され、ほぼその状態のままリリースされた名曲もあれば、サビの部分ができ上がらないままの未完の楽曲もあった。

 その1つが「Free as a Bird」。1977年に自宅で録音されたデモ版のみ存在していたが、1995年にビートルズの残りの3人が追加レコーディングをし、ビートルズのバンドサウンドとして完成させた。未完成だったサビの部分は作曲でコンビを組んでいたポール・マッカートニーが見事にフィットするものを作り出した。これは残りのバンドメンバーとプロデューサーによる成果と言えるものだが、「ビートルズの新曲」をAIで作り出そうという試みもある

 ソニーコンピュータサイエンス研究所(Sony CSL)はビートルズを含む1万3,000曲の楽譜データからビートルズスタイルの作曲をして公開した。確かにビートルズ風といえばそうとも聞こえる。ただし、アレンジや演奏、歌は人間が行っており、歌詞も人間がつける。まだまだ手間がかかるし、それならばビートルズ風の曲を作曲し演奏し歌うラトルズやユートピアなどのほうが、はるかにビートルズ的な曲の特徴を熟知して演奏できるし完成度も高い。

実用化されているAIの作曲プログラム

 ジャンルによってはすでに実用域に入ったAI作曲プログラムもある。ハリウッドで映画音楽の作曲家として活躍しているドルー・シルバースタインがCEOを務めるAmper Musicは、映画音楽、プレゼンビデオ、ポッドキャストなど多様なサウンドトラックの用途に応じ、長さや雰囲気を指定すると、AIがその尺に合わせた曲を作ってくれる[図1]。将来的には年額課金になる予定だが、執筆時点(2018年5月現在)ではまだベータ版で無料だ。Jukedeckという同様の作曲サービスもあり、動画のBGMなどに多用されている。

[図1]Amper Musicは用途などから目的のスタイルを絞り込んで「自動作曲」できる
『南極点のピアピア動画』(ハヤカワ文庫)野尻抱介著

 Googleもまた、AIを使った作曲に挑戦するプロジェクト「Magenta」の研究を行なっている。TensorFlow(Googleが開発し、オープンソースとして公開している機械学習のライブラリ)による機械学習を音楽制作に応用するためのプロジェクトで開発された成果は、GitHubでオープンソース公開されている。基本的なメロディーを変奏していくMusicVAEは作曲家の補助的な役割も果たすだろう。

 人の手を経ずに瞬時に作り出される音楽。その場その場に合った曲を、好きな歌手、好きな演奏と歌詞で作り出すような未来が SF作家の野尻抱介の連作集『南極点のピアピア動画』に登場しているが、それも不可能なことではなくなるだろう。しかし、その場合の著作権管理はどうなるだろうか? もしもAI作曲ツールの開発者、所有者があらゆるパターンの楽曲を凄まじいスピードで作り出し、それが著作権管理団体に登録し、「たまたま似てしまった」別の人の曲を著作権侵害で訴えていったら? そんなシチュエーションも想像できる。

 音楽に限った話ではないが、AIにより無尽蔵にコンテンツを作り出せる時代にはそれに適したコンテンツ管理システムが必要になるかもしれない。

POINT:音楽が人間にもたらす「体験」

音楽は数学に通じるものがある。アルゴリズムにもとづいた曲を作る試みは数世紀にも渡る。それが機械学習により大幅に進化しようとしている。AIによる作曲が普及したら、音楽が人間にもらたす「体験」にも何か変化を及ぼすだろうか。

※この連載記事は、書籍「キーワードで読み解く人工知能 『AIの遺電子』から見える未来の世界」の内容の一部を転載したものです。

キーワードで読み解く人工知能『AIの遺電子』から見える未来の世界

著者:松尾公也・松本健太郎(共著)
定価:1500円(税別)
発行日:2018年6月29日
ISBN:978-4-8443-6751-2
仕様:A5判・160ページ
発行:株式会社エムディエヌコーポレーション
発売:株式会社インプレス

漫画家・山田胡瓜(やまだきゅうり)氏の人気作品『AI(アイ)の遺電子』(少年チャンピオン・コミックス)、『AIの遺電子 RED QUEEN』(別冊少年チャンピオン)のキャラクターやストーリーとともに、AI(人工知能やAIのビジネス活用について楽しみながら学べる“エンタメ系ビジネス書”。「シンギュラリティ」「産業AI」などの基本的な言葉から、「AIに自我はあるのか?」「AIと恋に落ちるか」といった話題まで、AI研究や関連テクノロジーの現状を踏まえながらキーワードごとに解説している。

松尾 公也(まつお・こうや)

ITmedia NEWS編集部デスク、ポッドキャスター
『MacUser』編集長などを経て、現在はITmedia NEWS編集部デスク。プライベートではテック系ポッドキャストbackspace.fmに参加。妻が遺した録音をもとにした歌声合成で「新曲」を作る、マッドな超愛妻家。妻との新しい思い出を作るため、AIの発展を願っている。

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  • 参考文献
    『シンギュラリティは近い[エッセンス版] 人類が生命を超越するとき』レイ・カーツワイル/NHK出版/2016
    『人工知能は人間を超えるか ディープラーニングの先にあるもの』松尾 豊/KADOKAWA/2015
    『よくわかる人工知能 最先端の人だけが知っているディープラーニングのひみつ』清水 亮/KADOKAWA/2016