趣味のインターネット地図ウォッチ

春の地図まつり特別編3

道路の現状は走ることで分かる――国内延べ500万kmを5mおきに撮影した男たちがいた

地図会社を訪ねて~グローバル・サーベイ株式会社

 カーナビ、スマートフォンのナビアプリ、インターネットの地図サイトやさまざまな位置情報サービスで今や我々の生活に欠かせない“デジタル地図”。こうした製品・サービスで使われている地図データはいったい誰が、どのようにして制作しているのかご存知だろうか?

 実は“地図会社”と呼ばれる民間企業がそれぞれ街の移り変わりの情報を独自に入手し、それをもとに地図データを更新している。日本にはいくつかの地図会社が存在するが、今回はパイオニアのグループ会社であるインクリメントP株式会社(iPC)を訪ねた。実際にその制作現場を目の当たりにすると、テクノロジーを活用して最大限に効率化を図りつつも、地図データを整備するということは依然として大変手間のかかる作業であることを思い知った次第だ。そんな同社の地図作りについて、3回にわたってレポートする。


 iPCの地図作りの現場についてお伝えするこのレポートも今回で第3回となる。第1回ではiPCの地図制作拠点である東北開発センター(TDC)および同社の地図編集管理システム「SiNDY」の概要と「道路ネットワーク」整備について、第2回では情報収集および「背景」や「家形」、「POI」データの整備について紹介した。

 このような地図制作の現場をTDCで見学させていただいたわけだが、これらの現場においてどの部署でも必ず目にしたのが、自動車視点で街並みを撮影した写真だ。制作スタッフが操作しているPCのディスプレイを見ると、編集ウィンドウの横に写真が表示されたウィンドウが並べられており、スタッフはそれを見ながら作業をしていた。

TDCの地図整備スタッフ
自動車視点で街並みを撮影した写真(右側のディスプレイ)

 これらの写真は、iPCの子会社であるグローバル・サーベイ株式会社(GLC)が全国の道路を実際に自動車で走って調査(走行調査)して撮影したものだ。

2005年に全国の走行調査を開始、現在4巡目、高速道路は毎年実施

 埼玉県さいたま市にオフィスを持つGLCは、2005年4月設立。同年7月に高速道路の走行調査、8月に全国道路走行調査を開始した。以来、今日に至るまで全国の道路を走行し、撮影画像と位置情報をセットにしてiPCに提供し続けている。

 全国の道路を、細街路(住宅地などの生活道路)も含めてくまなく走行調査するというのは、当時、業界でも初めてのことで、2007年9月に初回の全国走行調査を完了するまで、協力会社を含めて最大90台体制で大規模な調査を行ったという。

 現在は基本道(国道・県道をはじめとする一般的な幅の広い道路)・高速道路調査、交差点調査、新規道調査、標高調査などを実施している。基本道の調査は日本全国を一巡し終えてからも継続して行っており、都市部については2015年2月現在、4巡目の調査を行っている最中だ。また、高速道路については方面看板などが細かく変更されていることがあるため、毎年欠かさず行っている。

 調査車両は、一般的な道路調査を行う車両と高精度調査業務を行う車両の2種類がある。一般調査車両には1台につきカメラが8台搭載されており、このうち前後2台がiPCに納める画像を撮影するもので、前後左右に配置された残りの6台はGLCが独自に撮影している分だ。iPCに納品した画像は現時点で延べ500万km分、合計190TBものデータ量がある。これらの画像は道路を5mおきに撮影したものだ。

 納品された撮影画像は、iPCの地図編集管理システム「SiNDY」のデータベースに保存され、制作スタッフが地図制作・編集の際の参考資料として使う。見たい地点を指定するだけで、すぐに該当位置の画像ファイルを開くことが可能だ。

 例えば道路の分岐点で道路がつながっていても、実際に写真で確認すると車止めのポールが立てられて進入できないようになっていたり、駐車場が道路に面していても、道路と駐車場が段差になっているために実際は表通りからは出入りできないようになっていたり、航空写真を見ただけでは何の施設か分からない場合に走行調査画像で確認したりと、現場の写真を見ることでさまざまな発見がある。

車止めのポールが設置されていることが、走行調査の写真から分かる例

 また、これらの画像は道路標識や方面看板の確認にも利用されており、画像認識処理によって入力作業の自動化が図られている。例えば地方の見晴らしの良い一本道に立っている道路標識や看板などをチェックする場合、手作業では延々と1枚ずつ写真をチェックしていかなければならないが、このような場合でも画像認識を使って標識や看板の設置場所を抽出することでチェックしなければならない写真だけをピックアップできるため、大幅に確認の手間が省ける。交差点での信号機の場所などについても、走行調査を行う以前は人が歩き回りながら1カ所ずつ撮影して回らなければならなかったが、走行調査により大幅な省力化が図られたそうだ。

標識がほとんど設置されていないこの画像のような山間部などの道路では、人力チェックが必要な箇所をまず画像認識処理で抽出することで効率化が図られる
市街地における規制標識の設置箇所の例。道路標識・交通規制ということで、何かオフィシャルなデータが存在しそうなものだが、地図用に民間会社が独自に調査しているのだという

コンパクトカーにカメラやノートPCを設置

 一般調査車両はコンパクトカーがほとんどだ。初回の調査時は約90台もの調査車両が稼働したが、現在、同社が保有している車両数は十数台。調査業務の受注状況に応じて多少は増減があるが、基本的には十数台の体制で継続調査している。

一般調査車両
調査用のカメラ(TDCにて撮影)

 車両にはカメラ8台のほかに、iPCのシステムをインストールしたノートPCとGLCのシステムをインストールしたノートPCが1台ずつで計2台、さらにGPSを測位するためのカーナビが搭載されている。撮影用カメラはIP接続のネットワークカメラで、それぞれにIPアドレスが割り振られており、これを束ねるためのネットワークハブも車内に搭載する。

 カメラはフロント/リヤウィンドウの上部および後部席の左右ウィンドウの内側に金属ステーで固定しているが、高速道路の撮影時は構成を変更。iPCへの画像提供用カメラは前後各1台ではなく、前部に2台取り付ける。この時、1台は前方正面、もう1台は看板や標識などを撮影するため、前方斜め左向きに配置する。基本調査時と高速道路調査時でカメラの取り付け位置を変更できるように、カメラは後からでも簡単に取り外せるようになっている。

 機材を車両に設置する作業は社内スタッフの手で行っており、その取り付け作業には2週間ほどかかる。また、離島などでは機材だけを持ち込んで現地で借りたレンタカーに取り付けて調査することもあり、そのようなケースのための機材一式も用意している。現在は日本中どこであっても、GLCを出て現地入りし、2日間以内で調査を開始できる体制が整っているという。また、機材の設置をよりすばやく簡単に行えるようにするため、屋根の上にカメラやGPSアンテナなどをマグネットでワンタッチで取り付けられる機材の研究開発なども行っているという。

前部に取り付けられたカメラ
前面のカメラ
後部にもカメラを設置
カメラを束ねるネットワークハブ

調査は日の出から夕方までの明るい時間帯に、天候にも左右される

 調査員は走行中にPCなどの操作を行うことなく、全自動で撮影を行えるシステムとなっており、PCと連動したカーナビの画面を見ながら運転する。PCおよびカーナビに表示される地図は、走らなければならない道路がピンク色で表示され、ピンク色の道路を走り終えるとグレーに変わっていく。走行中、カメラが照度不足となった場合は警告音が鳴るシステムになっている。

 なお、基本調査の場合は走行ルートはドライバーの判断に委ねられているが、高速道路調査や新規開通道路調査の場合は、どの地点からどの地点までを走行するのかが厳密に決められており、その指示通り走らなければならない。場合によっては、走行レーンや通過する料金所の位置まで細かく指定されることもある。

運転中はPCの画面を見る必要はない
走行した軌跡が記録される
PC上で走行距離や調査率のチェックを行える

 調査に出発する時は、日本全国どこでも、埼玉県さいたま市にあるGLCの本社から旅立つことになる。1回の出張にかかる期間は案件によって異なり、長い時は1カ月以上に及ぶこともある。また、明るい時間帯でなければ撮影できないため、とにかく朝が早いことも挙げられる。基本的には日の出の時間に調査を始められる体制になっていることが条件で、夏は早朝4時くらいに宿を出ることもある。昼が長い夏の方が調査時間が長く、冬の方が短くなるわけだ。

 天候は晴天よりも曇りの方が逆光などに悩まされることがないので仕事がしやすく、多少の小雨ならば調査は行われるが、雨足が強くワイパーを動かさなければならなくなると調査はできない。天気が悪い日が重なると、数日間足止めされて宿にこもらなければならなくなる時もあるという。季節としては、雪が降る時期は走ることができないので、夏の間に北海道や東北、北陸などを回るというスケジュールになる。

 1巡目の走行調査では、とにかく全国の道路を走り切るのが目標だったため、“酷道”といわれるような走行困難な道の調査もできるだけ行うようにしていたが、ドライバーが危険を感じたらそれ以上は進まないように、という指示は出していたという。そのころはコンパクトカーではなく、もっと小型の軽自動車を使って調査を行っていたが、それでもUターンが難しい道路に入ってしまった時、ひたすらバックで引き返してきたというドライバーもいたそうだ。

 調査員の割り当てについては、日本全国を10km四方のエリアに区分けして、それぞれに担当者を割り当てる。当然ながらエリアによって道路の密度は異なるが、密度の濃い地域は調査に慣れたベテランに任せることが多い。基本調査の場合は、走行する道の順番が決められているわけではないため、効率よく走行するには経験と勘が頼りになるからだ。基本的には最初に国道や県道などの幹線道路を走行し、それから細街路を走行するというパターンが多い。走行スピードは一般車両とほぼ変わらないが、車体外側に「調査中」という掲示は出している。走行スタッフは私服姿で、外の音が聞こえる範囲内であれば、調査中に音楽やラジオを聴くことも許可されている。

誤差15cmでの測位も可能な高精度調査車両で、標高データを取得

 一般調査車両のほかに、より高度な撮影機材と測位システムを搭載した高精度調査車両(MMS:モービルマッピングシステム)も保有している。MMSには、カメラは前部のステレオカメラと360度の全方位カメラが搭載されている。ステレオカメラを搭載しているのは、左右に位置をずらして撮影することで、2つの画像を組み合わせて解析することにより、道路幅や電柱の高さなど画像内の構造物の長さを割り出すためだ。

 測位システムは一般調査車両がカーナビと同等の単独測位によるGPSを使用しているのに対して、MMSは測量などに使われるRTK-GPS(リアルタイムキネマティックGPS)を利用しており、条件が良ければ15cm程度の誤差で測位できる。GPSアンテナは前部に2台、後部に1台搭載しており、PCは3台搭載している。MMSは高精度な標高データを取得できるのも特徴で、この車両を使って取得した全国の標高データをiPCに提供している。標高データを蓄積することにより、省燃費ルートの計算や防災などさまざまな用途に活用できる。

高精度調査業務を行うMMS車両

 ちなみに、一般調査車両では撮影地点の緯度・経度を記録する際に、GPSで測位した位置情報をそのまま使うのではなく、マップマッチング(道路位置に応じて自車位置を補正する技術)を行った上で記録。道路に沿ったきれいなログを提供できるようにしている。これ対してMMSでは測位した位置情報の精度が高いため、特に補正が加えられておらず、位置情報のログがきれいな軌跡になるという。

MMSで取得した高精度の軌跡
標高データも取得可能(下の画像3点は、3次元で視点を変えて見たもの)

背負子型や車椅子型の撮影システムも研究開発中、さらにはUAVの活用も?

 GLCは走行調査のほかにも交差点調査、分岐イラスト調査、道路の傾斜調査、カーナビの動作検証、放射線の測定や道路路面の起伏調査なども行っている。また、研究開発にも積極的に取り組んでおり、背負子型や車椅子に取り付けるタイプの撮影システムも開発中だ。さらに、UAV(無人飛行機)による撮影を行っているパートナー会社と協力して、空中写真と地上写真を組み合わせたソリューションの開発にも取り組んでいる。

 このほか、iPCからの依頼で、今年度からはバス停の調査も開始している。iPCが提供する地図サイト「MapFan」のスマートフォン版において首都圏・近畿圏のバス路線が検索可能になっているが、このようなサービスを支えているのもGLCの現地調査だ。

カーナビ動作チェック用の車両。カーナビを取り付けるスタンドを数多く搭載している
車椅子型の撮影器具

手間と時間のかかる地図データ整備を可能な限り効率化

 iPCとGLCの両社を取材して思ったのは、いずれも低コスト化・省力化への意識がとても高いこと。地図作りというのは、その品質を追い求めれば追い求めるほど手間と人手がかかってしまう事業だが、それをできるだけ人数をかけずに効率的に行うために、さまざまな工夫を行っていることが随所で分かった。

 iPCの開発拠点である東北開発センター(TDC)のオフィスで、ペーパーレス化がかなり進んでいたことも印象的だった。紙の資料があるのは情報収集部くらいで、ほかの部署ではデスクの上に書類の束などを一切置いていない。制作内容の進捗管理や作業そのもの、そして作業するために使う資料なども、すべてSiNDYで管理しているため紙書類を使う機会がなく、情報の入力漏れや作業の重複など、無駄な作業が極力発生しないような環境を整えている。

 ただし、ここまで効率化しても、全国の道路や街並みの変化は激しく、数百人のスタッフが常時作業をしなければ今の情報を正しく反映した地図データを維持することはできない。インターネットの地図サイトにおいて、誰もが最新の地図を無料で利用できるようになってから何年も経つが、それを支えているのはこのような地図制作会社や調査会社による日々の地道な作業である。最新の情報が正しく地図に反映されるまでには、制作作業や情報収集、現地調査など数多くの人の手間と時間がかかっていることを改めて思い知った次第だ。

片岡 義明

IT・家電・街歩きなどの分野で活動中のライター。特に地図や位置情報に関す ることを中心テーマとして取り組んでおり、インターネットの地図サイトから法 人向け地図ソリューション、紙地図、測位システム、ナビゲーションデバイス、 オープンデータなど幅広い地図関連トピックを追っている。測量士。インプレスR&Dから書籍「位置情報ビッグデータ」(共著)が発売中。