趣味のインターネット地図ウォッチ
第203回
iBeacon活用、磁場データによる測位、人流センシング……位置情報の可能性を追求するNPO「Lisra」の取り組み
(2014/12/25 06:00)
位置情報サービスに関するさまざまな研究や開発、教育、振興などを目的とした特定非営利活動法人(NPO)である位置情報サービス研究機構(Location Information Service Research Agency:Lisra)の設立2周年を記念したシンポジウムが15日、東京・港区のフクラシア品川にて開催された。
Lisraは位置情報関係の最新情報や最先端の技術を追求するメンバーが集まる組織を目指して2012年9月に設立され、同年の12月に設立記念シンポジウムが開催された。メンバーは位置情報サービスを提供するIT企業だけでなく、家電や自動車関連、コンサルティングファーム、印刷会社など、多彩な業種の企業が加盟している。
Lisraの事業は、位置情報に関する技術やサービスなどの開発・実験だけでなく、シンポジウムやセミナーを開催して情報提供を行ったり、位置情報の収集・提供や流通を支援したり、位置情報に関するボランティア活動の支援を行ったりと多岐にわたる。この日のシンポジウムもまた、位置情報サービスの最新技術や今後の動向などを俯瞰できる中身の濃いイベントとなった。
さまざまな屋内測位技術を組み合わせる「地下防災プロジェクト」
初めに登壇したのは立命館大学教授の西尾信彦氏(情報理工学部情報システム学科)。西尾氏は自らが取り組んでいる総務省の採択事業「G空間シティ構築事業」について紹介した。このプロジェクトは、被災によって通信環境が制限されてしまった地下空間などで情報伝達や避難誘導の支援を実現することを目的としている。西尾氏はこれまで、大阪市の梅田地下街において、ナビゲーションや、人の動きを追うことでさまざまな分析を行う「人流センシング」の実証実験を行ってきた。今回、G空間シティ構築事業に採択されたのは、このような取り組みに“防災”という要素を足した「地下街防災プロジェクト」となる。
このプロジェクトでは、BLE(Bluetooth Low Energy)やPDR(歩行者デッドレコニング)、Wi-Fi、IMES(Indoor MEssaging System)などの複数の屋内測位技術を統合利用するほか、準天頂衛星(QZSS)からの防災メッセージも活用する。情報提供を行うためのアプリは、従業員(避難誘導員)向けのBtoBアプリと、買い物客など来街者向けのBtoCアプリの2つを配信。BtoCアプリは“日常時モード”と、災害発生時のための“災害時モード”の2つのモードに切り替えられるようにする。BtoBはAndroid用のみ、BtoCアプリはiOS/Androidの両プラットフォームに対応する。
構成としては、被災時に、各施設に設置された防災センターへ情報を集約し、情報の配信もそこから行う。集める情報は、自治体や鉄道会社、近隣のビル、警察・消防、公共情報コモンズなどから得られる情報に加えて、QZSSからの災害メッセージの中継場所としても機能する。また、施設内にセンサーネットワークも構築し、そこからの情報も取得する。2015年の年初にこれらの性能実証や避難訓練実証を東京・名古屋・大阪の地下街や商業施設で行い、ガイドラインを構築する予定だ。
このプロジェクトの大きな柱となっている屋内測位技術については、iBeaconやWi-Fiなど絶対位置を測位する手法と、PDRのような相対位置を測位する手法とを効率的に合体させる「ハイブリッド技術」を追求している点が特徴となっている。
例えばWi-Fi測位で歩いている時にいきなり離れた通路に飛んでしまった場合などに、PDRで歩数を数えていれば「そんなに歩いているはずがない」というのが分かり、「この時点でのWi-Fi測位の精度は信用できない」ということが分かる。このようにWi-FiとPDRを協調させることによってWi-Fiの精度のいい部分だけを利用することが可能となり、PDRがずれてしまった場合は、今度はPDRの軌跡を補正することが可能となる。
その上で屋内地図との整合性を取る「マップマッチング」も行う。「PDRとマップマッチングだけでもかなり精度の高い測位が可能なので、あとはBLEやWi-Fiを使うことで、もっと精度が上げられます」(西尾氏)。
このほかに、iPhone 6/6 Plusに気圧センサーが搭載されたこともあり、気圧の変化を測定して測位に活用することも検討している。Wi-Fi測位には“吹き抜け”に弱いという課題があるが、気圧の変化を読み取ることによって立体空間を移動する際の精度の向上が期待できる。
また、IMESの活用については、Galaxy S4やNexus 6などの最新スマートフォンにおいて、IMESの電波を受けられることが確認されているという。これはGPSのチップメーカーがGPS電波を拡大してIMESのチャネルを受信可能にしたためで、これらのIMES対応機器を使った実験も行う予定だ。さらに、QZSSから配信される災害メッセージの標準案も起案するという。
「屋内測位は次から次へと新しい技術が生まれてきており、『One fits all』(万能のもの)はまだ存在しないので、誰もが参入できて、アプリ開発者がそれを意識せずに、ユーザーも自由に選択できるという技術はないのかを考えています」と西尾氏は語る。このプロジェクトでは、新しい測位技術が登場したら、それを取り込むことができるようなフレームワークの実現にチャレンジしていく方針だ。
エコシステム構築のためビーコン1万個を無償配布
続いて登壇したのは、iBeaconなどのBLEビーコンをはじめとしたさまざまなITソリューションを提供している株式会社ACCESSの石黒邦宏氏(取締役専務執行役員兼CTO)。石黒氏はiBeaconの登場で最もインパクトがあったのは、iOSのロックがかかっている時でも、iBeaconのシグナルを受けるとOS側でその信号を検知して、ロック画面上に通知を出したり、バックグラウンドで何らかの処理をさせたりすることが可能になったことであると語った。さらに、一度でもiBeaconを検知するアプリを立ち上げておくと、それをシステムが覚えていて、システム側がアプリを立ち上げることも特徴であると説明した。
ロック画面上でのプッシュ通知はマーケティングの方法としてとても強力であり、このようなプッシュ通知に対してどれくらいのユーザーがクリックするかを同社が調査したところ、55~60%がクリックしたという結果が出た。さらに、クリックした人の約4割が配信されたクーポンを使用したという。
また、店内における顧客の行動導線をデータとして集めてヒートマップにすることで、ユーザーがどんな店に行ったかを分析することが可能となるほか、例えばデパートの催事を目当てに訪れた客が、ほかのフロアに流れて“ついで買い”をするという「シャワー効果」などについて、実際に効果がどれくらいあるのかを精密に検証するツールとしても活用できるという。
その上で石黒氏は、同社が提供するiBeaconなどのビーコンを用いた位置連動型コンテンツ配信ソリューション「ACCESS Beacon Framework(ABF)」とDMP(Data Management Platform)を組み合わせることによって、従来よりも高精度なマーケティングを行えると語った。
「行動履歴型の広告というとウェブ上での行動履歴がメインでしたが、ビーコンのおかげで現実世界での人間の行動も取り入れることができようになりました。将来的には、現実世界での行動履歴とウェブでの行動履歴とをつなぎあわせて、その人に最も価値のある情報をもっとスマートに提供できるようにしたいと思います。」(石黒氏)
ただし、今のビーコンは自社完結型が主流で、サービスを提供したい顧客がビーコンを設置してアプリを用意して、コンテンツを配信する必要があるが、もっとオープンなエコシステムへと発展させていく必要があるとして、このエコシステム構築に賛同する事業者を募集して、ビーコン1万個を無償で提供する取り組みを発表した。
対象となるのはスーパーやコンビニなどの小売店舗やショッピングモールなどの複合施設、書店やアパレルなどの専門店、レストランやカフェなどの飲食店、交通機関など幅広く、2015年1月31日まで応募サイト(https://a-beacon.com/campaign/)にて申し込みを受け付ける。ビーコンはボタン電池タイプまたは単三電池タイプから選択可能で、スマートフォンアプリに組み込むためのソフトウェア構築キット「ABF SDK」およびテスト配信も無償で提供される。
「このような取り組みを通じてビーコンのエコシステムを構築することにより、『場所と人の行動パターンを組み合わせることで、いかに人々へ価値のある情報を届けられるか』を追求していきたいと思います。」(石黒氏)
屋内測位に残留磁気を活用する「スマートステーション名古屋」
ほかにもさまざまな講演が行われたが、その締めくくりとして最後に、Lisraの代表理事である名古屋大学教授の河口信夫氏が、Lisraの取り組みと今後の役割について講演した。
Lisraでは現在、名古屋大学と協力して名古屋駅エリアをスマート化する「スマートステーション名古屋」というプロジェクトに取り組んでいる。河口氏は屋内空間が抱える課題として「現在地が把握できない」「屋内空間構造の表現が統一されていない」「利用者に適切な店舗情報が提供できない」「情報の更新・維持コストが高い」の4点を挙げて、その解決法として、それぞれ「屋内位置推定」「屋内構造の国際標準化と目的志向ナビ」「利用者のプロファイルに基づく情報推薦」「クラウドソーシングによる情報の更新・維持」などを提示した。
屋内測位技術については、今回のプロジェクトでは無線LAN測位とPDR、さらに建物の中の“残留磁気”を利用する。これは、建築する際に、鋼材の運搬時に使用するリフティングマグネットや、スタッド溶接時にケーブルを流れる電流によって鉄骨が磁気を帯びることを利用した測位技術で、スマートフォンの磁気センサーを使って測位に活用できる。すでに予備実験として、大学構内や駅構内においてNexus 4を使った位置推定実験を実施し、評価結果として誤差5mほどの精度が得られたという。
また、今回は3次元図面もLIDAR(レーザー計測)によって作成する。レーザースキャナーで駅構内をスキャンして点群データを作成し、これをもとに3次元のCADデータを作成する。機材としては、自動運転車などに使われる「Velodyne」というレーザースキャナーと360度の全周カメラを棒の上に付けて、歩きながら収集する。このデータ収集は現在実施中で、1カ所につき約20秒でデータを収集できるので、早く安くデータを作れるという。
このほか河口氏は、Lisraの取り組みとして「時空間ビッグデータ分析」を紹介。事例の1つとして、名古屋大学との共同研究で行った西鉄バスのプローブ情報の可視化を挙げた。可視化にあたって今回試みたのは、異なる日のバスの運行状況を比較することで、バスの動きを細長い棒を立たせることで表現した。遅れが通常よりも多い場合は棒の傾きが大きくなるので、遅れ具合がひと目で分かるようになっている。
また、名古屋市の協力により、市内を走るバスの状況を示したリアルタイムデータを入手したことも紹介。現在、このデータをオープンデータとして公開できるように取り組んでいるという。このほか、経済産業省の事業で入手した名古屋市を走るタクシーのプローブ情報についても紹介した。このデータをもとに移動時間から各タクシーの収入を算出し、「最も稼いでいるタクシーは◯◯からの乗客が多い」といった分析を行えるという。さらに、「Interop Tokyo」や「G空間EXPO」などのイベントにおいてWi-Fiパケット観測を行い、参加者のヒートマップを作成したことも紹介した。
河口氏はこのようなLisraのさまざまな取り組みを紹介した上で、これからLisraが果たす役割についても語った。
「Lisraは2年前に研究・開発や教育・振興、そしていろいろな人に位置情報を集めてもらうための仕組みづくりなどを目的に設立されましたが、もう1つの役割として、民間企業や公的機関、ボランティアなど、位置情報データを保有するさまざまな人が『どうやってこのデータを活用したらいいのか』と悩んでいる場合に、それを使っていろいろなことを試してみることができる組織でもあります。現在のところ、さまざまな方面から次第にデータが集まってきている状況です。」(河口氏)
さらに今後の取り組みとして、スマートステーション名古屋などの実証実験を行った後に、それを実験として終わらせるのではなく、何らかの形で維持していくことが大切であり、その役割を担うことも目指しているという。「そうやって頑張っていけば、いずれはそれがサービスになるのではないかと考えています。Lisraは業界団体でもユーザー団体でもなく、位置情報サービスついてフラットな集団であり、今後は技術開発や標準提案、政策提言のほか、企業間交流やインターンシップなどにも取り組んでいきたいと思います」。河口氏はこのように抱負を述べて、Lisraへの入会を呼び掛けた。
Lisraは近日中に会員向けのデータ共有サイトの公開も予定しており、このサイトではLisraが保有するデータや情報を会員がダウンロードできるようにする予定だ。位置情報サービスに興味のある組織や個人であれば誰でも入会が可能ということで、興味のある人はシンポジウムなどに参加してみてはいかがだろうか。