地図とデザイン
繁華街をも機械判定で描き出す、「Google マップ」のアルゴリズムすぎる地図表現術と、その地図デザインの思想
2016年11月24日 06:00
連載「趣味のインターネット地図ウォッチ」からの派生シリーズとして、地図の図式や表現、地図のグラフィックデザイン/UIデザイン、デジタルによる新たな地図デザインの可能性……等々、“地図とデザイン”をテーマにした記事を不定期掲載でお届けします。
地図サービスの定番として親しまれている「Google マップ(Google Maps)」。同サービスは今年7月、デザインのリニューアルを行い、道路の枠線を無くしたり、色使いを変えたりと、さまざまな変更を行った。このデザインリニューアルの意図も踏まえながら、Googleの地図表現に対するスタンスについて同社開発スタッフに話を聞いた。
シンプルでありながら十分な情報を提供、“絶妙なバランス”を支えるGoogleのアルゴリズム
今回、対応していただいたのは、Google マップのサービス開始当初から開発に携わっているシニアエンジニアリングマネージャーの後藤正徳氏と、4年前にGoogleに入社し、同じく地図関連の開発にかかわっているソフトウェアエンジニアの平澤恭治氏。
2人はGoogle マップのデザインだけでなく、機能やUIなどさまざまな領域において幅広く企画・開発を行っている。後藤氏によると、Googleが自らの使命として考えているのは「世界中の情報を分かりやすく整理してアクセスできるようにすること」であり、地図製品についてもそれは同様。「分かりやすく、簡単に使えて、しかもユーザーが世界中の情報にアクセスできるようにすること」を目標として、その考え方をベースに開発を行っていると語る。
「地図のデザインについても根底にある考え方は同じで、『情報をいかに分かりやすく、それでいてシンプルに伝えるか』を基本としていますが、地図デザインの場合はただ単にシンプルに描けばいいというわけではなくて、『どのように表現を広げて、さまざまな情報を提供するか』ということも考える必要があります。極端な話、シンプルすぎると白地図になってしまいますから、それでは十分な情報を提供することはできません。だから、Google マップでは『白地図ではないけれど、文字でぎっしりと埋め尽くされているわけでもない』という絶妙なバランスを追求する必要があります。」(後藤氏)
紙かデジタルかにかかわらず、地図の縮尺に応じて、POI(Point of Interest:施設などの情報)の名称をどれくらい表記するか、あるいは表記せずに省略するかという“さじ加減”は、地図の見やすさや使いやすさを大きく左右する。従来はこのようなさじ加減のノウハウは、さまざまな地図会社が独自に蓄積してきたわけだが、Google マップの場合は、それを他社から調達したリストデータなどをもとに判定するのではなく、アルゴリズムによって自動化している点が大きく異なる。
今回の取材では、判定基準などアルゴリズムの詳細について聞くことはできなかったが、ウェブ検索の「ページランク」のような仕組みで、インターネット上に存在する情報を収集し、POIの重要性などを自動判定して掲載するかどうかを決定しているという。Google マップが追究する“絶妙なバランス”は、このようなGoogle独自のテクノロジーによって成り立っているのだ。
地図は情報を見せるためのベース、主役ではなくAPI指向の配色
7月のデザインリニューアルで最も大きく変わったのは、中縮尺レベルの地図において、道路の輪郭線を無くした点だ。この変更にはどのような意図があったのだろうか。
「道路の輪郭線というのは、つい描きたくなるものですが、シンプルにするという目標を達成するためには、それを無くすのは避けられないことでした。これは、『デジタルの地図とはどのようなものなのか』という原点を見つめ直した結果の措置なのです。デジタルの地図では、ユーザーが使っている状況に合わせて色の組み合わせが変化します。例えば、車での経路検索をしたときに道路が強調して表示されるのは、経路を見せたいからであって、その周辺の地図は詳しく表示する必要はありません。それならば枠線も無くして、ユーザーが欲しい情報をより強調して表示しようと試行錯誤する中で、社内でもいろいろなフィードバックを繰り返した結果、輪郭線を無くすという答えにたどり着きました。」(後藤氏)
道路の輪郭線を無くしたのにともなって、配色も変更している。Google マップではハイウェイはオレンジ色、公園は緑色、水部は青色が使われているが、いずれも従来よりも色が薄くなっている。
「Google マップの色使いは、APIで使われることをとても意識しています。地図のAPIを最初に提供し始めたのはGoogle マップですが、以降、世界中のさまざまなウェブサイトでGoogle Maps APIが使われてきました。このようにAPIを使用していただくときに、使用者がデータを重ねても邪魔にならない色使いで、かつ、デスクトップPCやスマートフォン、タブレットなどさまざまなデバイスにおいてもユニバーサルに使い回せるような色使いやデザインになるように配慮をしています。今回、色を淡くしたのも、地図は主役ではなく、あくまでも情報を見せるためのベースとなるものであると考えた結果です。」(後藤氏)
アルゴリズムによる機械判定で“繁華街”のエリアを強調表示
“繁華街”のエリアを色分けすることにした点も、今回のリニューアルによる配色の大きな変更だ。街エリアの基本色は薄いグレーだが、繁華街はベージュで表現されている。
「ベージュ色の部分は、サンフランシスコで言えばダウンタウンのように小売店の多いエリアを示しています。どのエリアに商業施設が多いのかという判定は、人間が行っているのではなく、コンピューターがそのエリア周辺のさまざまなデータを吟味し、アルゴリズムによって判定しています。この機能は、もともとは日本の開発チームから数年前に出た企画だったのですが、当時はさまざまな技術的な課題があって実現できませんでした。最近になって課題がクリアされため、もう1回チャレンジしてみようということになりました。」(後藤氏)
繁華街のエリアを強調する機能は、「地球をそのまま写し取って、どこにでも歩けるようにしたい」というGoogle マップの提供開始時のビジョンを発展させたものだという。
「地図の完成度が上がって、次に何をするか考えたときに、『街に行って何かに出会いたい』という人の思いを手伝いたいと考えました。そこで、『街のどこに店が集まっているのか、それがどのような場所なのかが分かるようにしたい』というのを次のステップにしようと思いました。一般的な観光ガイドブックの地図は、どこが賑わっているのかを人間が判断して記載していますが、Google マップでは、人が興味のある場所やユーザーのレーティングが高い場所を機械が判定して出していくことで、時間とともにどんどん変わる街の様子をリアルタイムに反映することができます。」(後藤氏)
病院が目立つ米国、駅・鉄道が目立つ日本……国・地域ごとに微妙に異なるデザイン
今回のデザイン変更は、基本的には世界中のエリアを対象としたものだが、実はGoogle マップは国ごと・地域ごとに微妙に異なるデザインになっている。水系が青色、公園が緑色というのはグローバルで共通だが、例えば米国では病院をピンク色にしているのに対して、日本はほかの施設と特に区別していない。これは、米国では病院がランドマークのような存在として捉えられているからだという。
逆に、鉄道駅は、米国の地図を見ると地味であっさりとしたデザインとなっているが、日本では地下鉄を含めて駅の範囲を赤色で表示するなど、かなり目立つ配色となっている。特に都市部でそうだが、日本では駅が行動の起点として重要な存在だからだ。
また、鉄道路線の描き方も大きく異なり、米国に比べると日本のほうが濃く、くっきりとした線になっており、しかも日本では新幹線と在来線、JRと私鉄の区別がすぐに分かるようになっている。
道路については、前述したようにハイウェイがオレンジ色で、主要道が黄色、それ以外が白という配色はグローバルで共通だ。日本ではハイウェイを緑色で表現する地図が多く、Google マップでもかつて緑色にしていた時期もあったが、現在ではグローバルで共通のオレンジ色に統一している。
一方で、道路の上に配置する号数やIC名を記したアイコンの色は、国によって変えている。日本では号数が青色でIC名が緑色、北米・南米では白色および青色、英国では緑色および青色、フランスでは黄色および赤色となっており、それぞれ異なる。
また、施設アイコンについても国ごとにけっこう違う。飲食店を示すナイフとフォーク、あるいはホテルなどの施設を示すベッドのピクトグラムのアイコンはグローバルで共通だが、例えば日本では、学校のアイコンは地図記号の「文」が使われ、米国では博士帽のデザインとなっている。
なお、言語設定が米国英語の環境で日本のエリアの地図を表示すれば注記に英語(ローマ字表記)も表示されるが、これら道路の号数のアイコンや学校のアイコンが“米国式”に切り替わるわけではなく、“日本式”のままだ。
当然ながら、地図は眺めるだけのものではなく、リアル世界で行動する際のガイドとなるツールだ。海外の人も日本に来れば、日本のリアル世界に設置されている案内図や標識を目にすることになる。Google マップが基本的にグローバルで共通の地図デザインを採用しつつ、これらのアイコンではローカルなデザインに準じているのは、スマートフォンのナビ機能などで見るGoogle マップのアイコンと、目の前にある現地のアイコンとで整合性をとるための絶妙なバランスと言える。
街の構造の違いが、地図の注記の違い~地図上へのアイコン表示は日本発
そもそも初期のころは、米国エリアの地図にはほとんどアイコンが掲載されていなかったという。米国を含む多くの海外の国では、道路を基準に場所を把握するため、道路には細い通りに至るまで名前が付けられている。一方、日本は道路ではなく住所で場所を把握するため、施設アイコンが無いと目印となるものが無くなり、とても分かりにくくなってしまう。
「アイコンを地図の上に出すというのは、日本の地図からインスピレーションを受けてのことです。米国では道路の名前さえ分かれば目的地までたどり着けるため、書店に行っても地図が置いてありませんが、日本は地図がないとたどり着けない国であり、そこに文化の違いがあります。これが、整理された地図情報のないインドなどの国になると住所表記も無いため、ユーザーに地図の編集ツール(Google マップメーカー)を提供し、既存の地図に情報を足してもらうところから始めていたこともあります。」(後藤氏)
欧米の地図では道路名を細かく表記するのに対して、日本は交差点や建物、店舗の名前が詳しく表記されている。特に日本の都市部の地図においてはコンビニやファストフード、コーヒーショップなどが大きな目印となるため、これらのアイコンを出すようにしている。
ちなみにチェーン店の店舗については、どの店を表示して、どの店を表示しないかの判断が難しい。一時期は今よりもチェーン店のアイコンを多く出していた時期もあったが、見やすさを考えて数年前に掲載する店の数を減らしたという。
“透け具合”に日本ならではの試行錯誤、屋内マップや階段の表示は日本発
建物を3Dで表現する機能も、世界各国の中で日本はかなり導入が早かったが、この3Dの見せ方についても、日本ならではのチューニングを行う必要があったという。
「日本は狭いエリアの中に、高いビルがかなり多く密集しています。だから、他の国と同じように高さを表現すると、何がなんだか分からないものになってしまうので、建物を透かせて道路を見せる場合の“透け具合”などを変えたりするなど、表現にこだわって試行錯誤を繰り返しながら地図を作っています。」
地図上へのアイコン表示は日本発のデザインだが、Google マップにおいてもう1つ、日本主導のサービスとして忘れてはならないのが、屋内マップだ。日本が海外の多くの国に先駆けて実現したもので、駅の地下街や大型商業施設など、さまざまな屋内マップが収録されている。この屋内マップの開発にかかわったのが、ソフトウェアエンジニアの平澤氏だ。
平澤氏はほかにもGoogle マップのさまざまな細かい機能の開発に携わっている。例えば、日本の地図であれば表記されているような階段を、グローバルにGoogle マップで表示するようになったのも、日本の開発チームである平澤氏の企画だという。
「米国では、階段を描く必要性を感じている人があまりいないようです。『なぜ階段が描かれていないの?』と米国の人たちに聞いたところ、『別に階段がどこにあるか気にしない』と答えるくらいですから。そこで、一度はダメになった企画だったのですが、『自転車に乗っているときや車いす、ベビーカーを利用するときに、階段があると困るよね』と説明したところ企画が通り、数年前にGoogle マップで表記するようになりました。」(平澤氏)
これとは反対に、海外で生まれたアイデアが、日本でも一般的に使われるようになった事例もある。例えば、今ではすっかりおなじみになったGoogle マップの“ピン”のアイコンだ。Google マップ開発チームの前身であるWhere 2 Technologies社の設立者の1人、Jens Rasmussen氏によってデザインされたものだという。
「Google マップのピンのデザインは商標も取得しています。このピンは、地図上に表示されるものを言葉で説明するのではなく、視覚的に分かりやすく場所を表現することを追究してたどり着いたものであると聞いています。初期のころは、ピンを区別するために『A』『B』『C』とアルファベットを記載していましたが、今はこのような表現はやめて、シンプルにピンだけを表示するようにしました。」(後藤氏)
よりダイナミックに変化する地図を追究しつつ、やり過ぎにならない“さじ加減”
地図の表現を考えた上でのGoogleの取り組みの1つに、ボストンマラソンやパリマラソンなどの大きな大会のときに、マラソンコースを地図上に表示させるという試みを始めている。
「地図をもう少しどれだけライブに、ダイナミックにできるかという1つのトライアルとして、イベントにあわせて交通規制される街の一時的な変化を地図で見られるようにしています。マラソン大会のほかに、パレードの情報を掲載した事例もあります。実はすでに日本でも同じような取り組みを試験的に開始しており、例えば熊本地震のときに通行止めの情報を表示しました。」(後藤氏)
このような話を聞くと、Google マップは今後、日々変化していく街の状況を、よりダイナミックに反映するようになっていくのでは、と期待してしまうが、一方で後藤氏は、ダイナミック化をやり過ぎるのも良くないと考えている。
「例えば検索時に、目的地となる店の開店・閉店閉時間を記載するという機能を搭載していますが、だからといって開店していない時間帯に検索したらその店がヒットしなくなるようにしてしまったら、かえって不便になります。時間帯によって表示される地図が大きく違うと使いづらいと感じる人もいるでしょうし、その辺の“さじ加減”は本当に難しいですね。」(後藤氏)
日本は地図に対するユーザーの要求が高い国
Google マップはこのように、各国の文化事情にあわせて使いやすく作られているが、日本ならではの表現や、日本発のデザインなどがかなり多いことが分かる。
「日本は地図に対してユーザーが求めるクオリティが高い国であり、地図を愛でる文化もあります。ビジネスなどで地図が不可欠である社会であると言えるし、地図に対して熱い思いがあるユーザーも多いです。実用的な地図と趣味の地図が混ざっているのが日本であり、地図の上に重ねるデータもリッチで、種類も豊富であるというのも日本の特徴です。そのような地図に対する期待が高いユーザーに向けて、今後も我々はユーザーの皆様に使いやすく、分かりやすく、しかも直観的に、簡単に使える、そのようなプロダクトを目指していきたいですね。また、それだけではなく、面白く、さまざまな表現にもチャレンジしていきたいです。」(後藤氏)
面白い表現の一例として、2012年のエイプリルフール企画で発表した「8ビットマップ」がある。ロールプレイングゲームを連想させるデザインで世界地図を表現したもので、ベースの地図だけでなく、ピラミッドやスカイツリーのアイコンに加え、ストリートビューも8ビットで表示した。
最後に、屋内マップや街中の階段など、さまざまな表現を追究してきた平澤氏にもコメントをいただいた。
「Google マップを多くの人に使っていただき、『Google マップはすごい!』と言ってもらえるのはとてもうれしいですが、Google マップはあくまでも、ユーザーがやりたいことをアシストする地図でありたいと考えています。ユーザーが特にその存在を意識しなくても、Google マップがあることでユーザーの生活が豊かになれば、それがいいのではないかと思っています。」(平澤氏)